2021.3.15. 『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』

よく晴れている。

昨夜は川崎で『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』のレイトショーを観てきた。
まだ公開から1週間しか経っていないので、書くことがネタバレ!と言われることになるかもしれないなぁ・・・。

でも、昨日のうちは考えがまだ全然まとまってない、とか思い、今日になれば細部は忘れてしまい、って状態(^^;。そういう意味ではいままでの”エヴァらしさ”とは違った描き方なので受け止められていないのかも。

いろいろな人が書いているように、”卒業式”な印象。その一方で、TV版+旧劇で展開された物語と違う着地点だったと思う。そのあたりが受け止める側の状態によっては傑作に思えたり思えなかったりするかもしれない。

「シンジくんがエヴァに乗る」ということにメタ的な複数の意味をもたせていて、それは、原作者も、見ている観客も、登場人物たちも”エヴァ”という物語に乗っていたということ。そして、始まってから25年経った。原作者はもちろん25年年齢を重ねた。観客は途中から乗って来た人は別としても、やはり25年分年齢を重ねている。そんななか、登場人物たちは”エヴァの呪い”によって老けなかった。年をとることを許されず物語は繰り返されていた。その”無限に続くかもしれない物語りの円環”から登場人物たちをメタ的に退場させる(成長した姿を見せる)物語になっていた。
25年の重み、といえるかもしれない。そのあいだに物語世界の外は激変していて、虚構と現実のバランスに変化があった。今作中では東日本大震災後を思わせる場面も登場した(と受け止めている)。現実世界ではさらにコロナ禍が出来して映画の公開が2度延期されることにもなっている。

”物語を終わらせる”にはどんな方法がよかったのか。旧劇ではうまくいかなかったのかもしれない。あの結末ではモヤモヤが残りすぎて見る側が終われなかった。「心の欠けた部分を補う」ことが物語の柱だったから。
今作では登場人物たちが心の欠けた部分を男女ペアになることで補っている。それによって”外世界”と接触し、自分の内面と外側を交流して”成長”を遂げた。人によって受け取り方は様々だとは思うけど、これが庵野監督の出した補完計画の一つの結論と思うとジワリジワリ迫ってくるものがある。
TV版25,26話でも最後はこんなふうに感じさせたかったのかもしれない。よく見れば今回と同じメタ視点で物語全体を俯瞰している構図が見て取れる。が、手法にひねりが加わって伝わらなかった。「おめでとう(拍手)」はまるで”地獄絵の完成”のようにも見えてしまった。
今回はとても丁寧にわかりやすく、エヴァから降りて生気あふれる表情のシンジくんを描いて終わっていた。

監督は、自分もエヴァから降りたし、シンジも降りた。君たちもエヴァから降りてみたらどうか、と言っている気がした。

うーん、どうしようかな。もう一回観に行くかどうか。

3586歩 2.3km 132kcal 10.1g

川崎
MOTO G8
2021-03-15 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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