1日店

よく晴れている。昨日がこの天気ならなぁ。

三連休の最終日。午前中は荷造り作業。午後は本の整理をした。

昨夜は「ブレードランナー」を観た。2019年11月になったので。ロスでは今頃酸性雨が降り、街ではロイとデッカードの死闘が繰り広げられていることだろう・・・(^^;。
それにしても、原作は読んだことないが、映像作品がこれほど一般(常識)化するのもすごいな、と思う。人間の”記憶”が書き換え可能なものになる、というのは、原作者のフィリップ・K・ディックの創作だそうだが、当時こういうことを描くSFって一般的だったのだろうか。AIの発達と将来的な活用を未来予測と考えても外していないなぁ、と思えるね。・・・スマホの出現は予測されていなかったけど・・・。

勢いついでに「ゴッドファーザーパート3」も全部一気に見てしまった。三部作の完結編で、初見したのは劇場。当時はあまりパッとしない印象を持ったが、ワタシが年齢を経たことで刺さる映画になっていた。父親としてのマイケル(アル・パチーノ)と、娘としてのメアリー(ソフィア・コッポラ)の関係が物語の一つの軸になっている。マイケルはがむしゃらに仕事をして成功を収めるが、”仕事”によって家族関係は破綻してしまう。ファミリーを財団化し、教会に取り入って名誉を得たところで世評は全く上がらなかった。
そんな父親を慕う娘のメアリーは、ソニーの息子・ヴィンセント(アンディ・ガルシア)に恋するようになる。その関係を”危険”だからやめろと双方に説得するマイケル。ヴィンセントはマイケルの跡を継いでファミリーの長になるのを機にメアリーに別れを告げる。
物語は第一作目からずっとつながっていて、マイケルは当初やらないつもりだった父親であるヴィト(マーロン・ブランド)の跡を継いでいる。力を持つことでファミリーを守ろうとするヴィトとマイケルは、力を持ったことによって周りから命を狙われる。ファミリーを守ろうとすればするほどファミリーを危険に晒す悪循環。ヴィトもマイケルも天寿を全うするが、周囲の人たちは次々敵対勢力に殺されていく。
物語の本当の最後。マイケルの長男が父親の命に背いてオペラ歌手として一本立ちする傍らで、娘のメアリーが父親の身代わりに撃たれて亡くなる場面が来る。最愛の娘との突然の別れ。9時間近く眺めてきた家族の物語の最後にこれが来ることの意味。
何度も見ている場面だけど、見るたびに哀しい気持ちが増している気がする。

1979歩 1.2km 70kcal 5.3g

新港埠頭
ILCE-7M3 RICOH GR28mmF2.8
2019-11-04 | Posted in 甘露日記No Comments » 

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