平成の暮れ

もうあれから30年くらい経つのか、と思う。

時間の感覚を保つことは難しい。記憶なんてどんどん甘く曖昧になっていく。そういうものだ。
実際に流れた時間を客観的に捉えることは難しいので、体感的に時間をはかるものさしのようなものが人それぞれにきっとあるんじゃないか、と思っている。

誕生日が起点なのは(記憶はないけど)アタリマエとして、ワタシの場合小学校入学が1975年というのが覚えやすかった。昭和50年。そして、次にくるのが1989年の平成元年ってことになる。もうこれは体感的にそうなっていたことだ。
ほか、1968年の明治元年や1945年の昭和20年は本屋になってから”体感的な基準点”の中に加わった。

自分は昭和生まれなのでなんとなく昭和世代と思っていたが、振り返れば昭和は20年しか生きておらず、平成になって社会人となり30年経過していた。結婚もして子育てもなんとかしてきた。メインは完全に平成だったと思う。不思議と結婚した年も子どもが生まれた年も年齢もあまり鮮明に覚えてない(^^;。それでも、子どもたちの”学年”はひとつのものさしになっていたはず。娘が大学卒業したらものさしがひとつ失われることになるかもな・・・。

平成の時がそうだったように、年月って過ぎたものを振り返るときに意識するものなのかもしれない。”平成最後の”とか”令和初の”みたいな言葉がラジオで乱れ飛んでいたが、それが価値を持つのは令和で時間がそれ相応に積み上がってからになるんじゃないだろうか。

1827歩 1.1km 63kcal 4.8g

ILCE-7M3 SUMMICRON35mmF2
2019-04-30 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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