表現

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先日見た藤子・F・不二雄TVの最終回。岡田斗司夫さんが”SF作家としての藤子・F・不二雄”という視点で語っていた。絵は少年マンガだけど話は純SF。辿りついた星に居たかわいい少女は実はその星の住人である牛に飼われている家畜だった話。とか。吸血鬼ばかりになってしまった世の中に対抗するためにたった一人で立ち向かった主人公は、実は”吸血鬼側”から見たら「流血鬼」でしかなかった話。など。
吸血鬼話なんて先日見た「Angel Beats!」の話がそのままのような・・・。敵と思い込んでいた相手側から見た自分。立ち位置が変われば見え方も変わる。
岡田さんが指摘する、少年マンガと同じタッチの絵を使ってSFファンも唸る作品を描いていた、という点も興味深い。今やマンガもアニメも表現の幅をどんどん広げている。世代を超えて読まれる・見られている作品にはマンガ・アニメが圧倒的に多い。
表現の方法(場:プラットフォーム)もどんどん変遷していく。ここ数年の変化は特に激しく、紙メディアから電子メディアに移行していく今が分岐点らしい。PCもデスクトップがノート型に移り、今やタブレットPCの時代になった。こうして書いている日記は10年前からあるサイトだが、その後にブログができてSNSが出来て、今主流はTwitterに移っている。HPをリニューアルしようか、なんて考えたが、その手間をかけるだけ無駄になるような気持ちもある。さて、どうしたものか(^^;。
重厚長大な計画なんて通用しないのだろうか。よくわからない。傍らの時間はものすごく早く流れていく気がするが、それに乗るべきなのかどうなのか。乗ったら乗ったで流されて行かないだろうか。そんな考えているんだかぼやいているんだかわからないことがもやもやとアタマの中を漂っている。
久しぶりに見た7年前に撮影したデジタルの写真。今と全く様子の違う子供たちが動いて笑ってはしゃいでいた。なんともいえない懐かしい気持ちになった。それは良かったのだが、すでに一部再生不可能になっているコマがあった(!)。デジタルもまた確実に劣化するのだ。
見たいと思ったころにすべてが揮発しているんじゃないか、という恐怖。デジタルならではの陥穽かもしれない。
スピードが早ければ早いほど、ブレーキ性能が大事になってくると思うなぁ・・・。
672歩 0.39km 6分 29.2kcal 0.6g
20100601.jpg

2010-06-01 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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