中原中也と富永太郎展

曇り空。
仕事が一通り終わらないうちに出かけることになった。息子はお友達と遊ぶという。3人で神奈川近代文学館で開催中の「中原中也と富永太郎展」を見に行く。
途中、みなとみらいで下車し、ワールドポーターズの5階にあるお店で昼食。お食事券をいただいた為。おいしかった。
馬車道から電車に乗って元町まで。地下4階から地上へ出てフランス山を登りはじめる。頂上には元フランス領事館邸跡。山の尾根伝いに進むと港の見える丘公園。今が盛りの薔薇苑をまず散策。沢山の人でにぎわっている。しばらくしてキーボードとオーボエによるかんたんな野外コンサートが始まり、人だかりができる。娘にデジカメを渡したところ、コンサートそっちのけで薔薇の花を撮影しまくっている(^^;。この薔薇苑の傍らにはイギリス館がある。
15時近くなったのであわてて文学館へ入る。中原中也と富永太郎のビッグネーム。富永太郎は24歳、中原中也は30歳で夭折している。展示を見てわかったことだが、二人とも幼少から学校の成績は良かったが、二人とも徐々に落第する。富永太郎は人妻との不倫に苦悩し、中原中也は同棲していた女性を小林秀雄に奪われている。
二人が出会ったのは富永23歳。中也17歳。富永の死の前年だった。中也はここで富永が傾倒していたフランス詩を知ることになる。
原稿用紙に、手帳に綴られた彼らの文字はどこか神経質な印象。そして書いてある詩編の激烈なこと・・・(!)。煮えたぎる心を、気持ちを、どうやって書き表せばいいか、心情を直接叩きつけるような作風。そんな格闘の痕のようにも見えてくる。
こうして後世の人間が彼らの生涯を概観する展示を見て率直に感じるのは、人一倍鋭敏な感覚を持ってしまうと、その才能に翻弄される人生を送る、ということになろうか。詩には人智を超えた存在が宿ることがある。人とは違う何かを見つめる彼らは現世に居場所を見つけにくかった。そんな気もする。彼らはきっと孤独だった。詩人同士で同人誌を出すことなどもあったが、やはり長続きはしていない。個性をぶつけ合えばぶつけ合うほど、むしろ孤独感を強めていったのではなかったか。人は決して分かり合うことのない宿命を背負っている、という自覚。
展示を見終わっていささか疲労感を感じる。内容がヘヴィーだったかな。時間も時間なのですぐに電車に乗って帰宅する。
夕食後、荷造り仕事。終わってから軽く雪谷を往復。
13711歩 8.9km 128分 734.6kcal 20.3g
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2007-05-13 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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