今日も1日店

今日も朝からいい天気。
今週は大市会が開催されるので1週間交換会へ行く予定がない。それを念頭に山ほど本を買ったのだけど、正直買いすぎている(^^;。とても1週間で売り切れる量ではなかった。前回はおおよそ3週間でなくなったが、今回は売り切るまでどれくらい時間がかかるだろう・・・。1人でやる仕事量には自ずと限界がある。がんばってやるしかない。
先日、息子がポツリと言った。「おとーさん、ケータイ欲しいんだけど」なにぃー?!と思ったが態度には出さず、まだ必要ないから買わないよ、と答えた。
数日後、息子がケータイ欲しいと言った理由がわかった。遊びに来たお友達は皆ケータイを持っていた。確かにいまや新規加入なら1円でケータイなんか手に入るし、学割で通話料金も半額になる。でも、だからってすぐに持たせればいい、と話を直結させていいのだろうか、と思う。
まだケータイが普及し始めて10年。ネットに繋がるようになってわずか7年しか経っていない。そりゃ日進月歩で技術は進むから、経過した年月が長かろうが短かろうがたいした問題じゃないかもしれない。でも、このケータイの10年間という時間が世の中の何かを決定的に変えようとしている気がしてならないのだ。
それは人間の孤立化・孤独化だと思う。
ワタシも仕事で使うことがあるのでケータイを持っている。仕入れに出た時はこれがないとお客様のお宅に辿り着けない。
でも、中学生にとってまずケータイは必要なのか。毎日学校へ行って友達と顔を合わせ、部活が終わってからウチに帰る。ウチにはほとんどいつもワタシも女房も居る。そんな生活の中で本当にケータイが必要か?使う機会などないじゃないか。
皮肉なもので、コミュニケーションツールであるはずのケータイの普及が人々のコミュニケーションする機会を徐々に奪っている気がしている。SNSが大流行というから、潜在的なコミュニケーションへの欲求はあると思うのだが、実際に会って話すよりもメールやケータイで擬似コミュニケーション出来てしまうから、なんとなくこんなもんか、と満足”させられてしまう”。会話とは会って話すと書く。会わないで話す会話なんて本物ではないのだ。
現に中学生がケータイを持つことが普通と言われるようになって、世の中が良くなっただろうか。学校で今頻発している事件とケータイは無関係とワタシは思わない。子供にケータイを持たせたいのは、子供と会う時間を十分取ることの出来ない親が増えたことによる。親とのコミュニケーション不足は子供のフラストレーションを生む。図体はでかくなったがまだまだ子供。不安になるのは当然だ。中学生なんてまだなにがいいことで何が悪いことかの区別も付かない年齢なのだから。
景気は一時期より良くなったかもしれない。でも世の中は悪くなっている気がする。
息子はすでに思春期に突入していると思う。この時期に得たコミュニケーション能力は一生の宝となる。ケータイを持たせないのは、コミュニケーション能力を身に付かせるためだ。
バーチャルよりまずリアルを。中学生にケータイは必要ない。
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2006-11-14 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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