交換会へ

もう我慢できません。
およそ3週間、交換会行きを封印して仕事に没頭してきたものの、もう限界(^^;。今日は何が何でも交換会へ行くと朝から決めていた。
そんな気持ちを見透かされたかのような大量のご入金(いつもお買い上げありがとうございます)。要発送荷物がズドンと積み上がり、一時はやめちゃおうか、とまで弱気になった。「今日はお昼要らないんでしょ?」と買い物に出かけるとき女房に声をかけられ、ハッと我に返った。いかんいかん。今日は神保町で昼飯を食べるんだった。あと3つを高速で造り終えてPCをバタンと閉じた。よし、行くぞ。
外に出るにも勢いを付けなければ出られなくなっていた自分(^^;。いつの間にかいろいろな自分への縛りが発生していた気がする。でもそれだって順序良く丁寧に解いていけば特別なことなんてひとつもないのだった。すべては自分次第。交換会に行けなかったのは自分にそういう積極的な気持ちが失せていただけだったのだろう。
久しぶりの交換会。入札を進めて行くうちに調子に乗ってくる。見るもの見るものみんな欲しくなる。札を書きさえすれば落札できるんだから、買うことは別に難しくない。問題は買った本をちゃんと売っていかなければならないことだ(^^;。
昼飯は錦華通りの讃岐うどん屋。ピークを外れていたのですぐに座れた。釜玉にゲソ天。ひさしぶりだったこともあってうまさも一入。
行きと帰りの電車の中では名取洋之助の著書を読む。この間市民ミュージアムで見た展覧会の印象が残っているので興味深く読める。写真という装置はまるで鏡のようにカメラを持った人の内面を写し出すものだ、と思う。名取氏はいわゆる日本的なサロン芸術写真を否定し、写真とは報道のためにある、という一貫した姿勢を貫く。サロン写真から日本の写真が脱却するためには、氏の写真に対する強い近代的な態度は必要だったと思う。たとえば、当時の肖像写真といえば写真館で撮影する正装をして直立不動、といったお決まりのものばかりだったが、それは被写体のために撮影される意味が強かった。それに対し、名取氏は写真を鑑賞する立場から写真に係わった。被写体を正面からしか捉えない従来の撮影法を取らず、ライカを使って自分の切り口で被写体に向かった。被写体本人の好む好まざるの問題だった写真の良し悪しは、これ以後不特定多数の鑑賞者にその判断が委ねられることになる。写真が社会性を帯びることになったのだ。
店に戻って荷造り作業を続ける。17時少し前に滑り込みでもう一山持ち込めた。
夕食はチキン南蛮と北海道のししゃも。ししゃもはこの時期の北海道でしか捕れないらしい。このあいだ所さんのTVでやってた。ワタシが一度食べてみたいね、と言っていたのを女房が覚えていてくれたらしい。10匹で780円(!)と値段も高級だったよ、と女房。味はそれなりにさっぱりしてうまかったが、値段を考えたら秋刀魚を食べたほうがいいかな、というかんじ(^^;。
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2006-11-06 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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