雨の日

朝から雨が降ったり止んだり。
ビデオ屋半額セールで借りた「誰も知らない」を見ることにした。なんと141分もある映画だった(!)。とても連続しては見られない。とりあえず朝飯を食べながら女房と二人見始めた。
母子家庭。4人兄弟との生活。すんなり見始めたがすぐに普通ではない様子がわかってくる。母親は新しい父親探しに夢中で長く家を開けることもある。その間、わずかなお金を使って生活する兄弟。長男は12歳。学校へ行っていない。
科白などはフィクションだが、実話をモチーフにした、と冒頭に出た。もしかしたらこういう話ってゴロゴロしているのかもしれない。そう思うと急に恐くなってくる。
今度の人とうまく行けそう。クリスマスには帰ってくるから、と言い残し、母親は失踪する。破滅へ向けて話は転がり始めた。
まだ全部見切れて居ない。でももうお腹一杯になりつつある(^^;。恐くて続きを見たくない気持ちだ。
家族とは物語である、と誰かが言った。本当にそうだと思う。家族の内の誰かが、ヤーメタ、と家族をやめてしまえばその時点で家族は崩壊する。こんなかわいい子どもたちを放って出て行けるわけがない、とか、両親がボクらを裏切るわけがない、というのも実は”物語”に過ぎない。ヤーメタで全てが崩れてしまう。
このヤーメタが増えているのだろうか・・・。正体は虚無である。虚無とは死に至る病だ。
ライティングなどあまり気にしない感じで、淡々と家族の日常が描写されていく。BGMもほとんどない。まるでホームムービーをそのまま流しているような気さえする。
そんな何気ない日常にぽっかりと虚無が口を開けていた。その恐ろしさ。そんなことを知らない子どもたちがやすやすと虚無に飲み込まれていく様子は見るに耐えない。
今の日本には至るところで物語が不足しているのかもしれない。物語とは合理を超えたところに存在する。理屈ばかり振り回す人間に物語の大切さはわからない。
物語こそ、人間の拠所なのだ。
260906.jpg

2006-09-06 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

関連記事