岡本太郎の視線

朝から快晴。

昨夜見たDVDを返して来た後、早速TVを点ける。箱根駅伝の復路中継だ。すでに3区を走っていたが、首位は駒大ではなく依然順大だった。あら、これはどうしたことかしら。と思って見ているうちに順大のランナーが脱水症状を起こし、ふらふらになる。ズルズルと順位を下げていくうちに駒大がトップとなった。これからはこのまま行くのかなーと思った矢先、9区でなんと亜細亜大が駒大を抜き去った。驚いた。下馬評ではまったく予想されていなかった展開だ。その後、10区で駒大は4年連続出場の選手が走り出したが、追いつくどころか次第に離されていく。・・・やはりレースはやって見なければわからない。ディープも負けたことだしね。ともあれ、亜大の初優勝はめでたいね。

駅伝が終わってから出かけることにした。女房たちは寒いとか何とか言いながら出かけようとしないので、ワタシ一人。行き先は恵比寿の写真美術館。「岡本太郎の視線」展が開催中だった。
目黒駅から歩くことにする。地図を見るとちょうど目黒と恵比寿の中間に位置していた。左手に権ノ助坂、右手に山手線。途中で右に折れ、わざと迷子になってみたりする。基本的には前方にガーデンプレイスの建物がそびえているので迷子になりようがないのだが・・・(^^;。

いわゆる高級住宅街。”お屋敷”と呼ぶにふさわしい建物がここにもあそこにも。へぇー、おカネってのはあるところにはあるんですね(^^;。
ガーデンプレイスに到着。まずは昼飯にラーメンを食べて腹ごしらえ。ワタシが入る前はガラガラだったのだが、出るころには満席に。
写真美術館には初めて入る。不勉強を恥じ入るばかりだが、ま。それも仕方なし。で、肝心の岡本太郎の写真。実に今まで太郎さんの写真は写真界で評判になったことはなかった。文章に添えられる形での発表だったため、なんていうか、本の口絵のような存在として省みられなかったようだ。
著書を読めばわかるのだが、太郎さんの写真は主観を徹底的に排除し、客観的に撮影しなければならないとする写真観に基づいて撮影されている。かの対談集では”写真家は主観で写真を撮るべきだ”と主張する土門拳氏と太郎さんはこの点で対立し、最後には土門氏を写真論としての議論で論破してしまった。
土門氏は言う。「客観至上のそういう写真を撮ると、平凡と言われるよ。」岡本氏「言われることなんてどうでもいいじゃないか。」土門氏「モティフを絞っていけば行くほど、デフォルムして行けば行くほど芸術になると現在考えられているね。太郎さんの言うようにすると、ただ写っているだけだということになるね。」岡本氏「ただ写っている写真が見たくてしょうがないんだよ。(笑い声)」
この会話の中からあぶりだされるのは、かの巨匠と言われた土門氏でさえ作品を見られた時の評価を気にしながら写真を製作せざるを得ない状況の中にいる、ということだった。(注。岡本氏の主張する芸術活動とは、今までこの世に存在しなかったものを作り出して世に問う活動のことを指し、現在すでに存在する世評にあわせて、つまり”受け”を狙って何かを製作することではない。)
大伸ばしされた写真はほとんどが35mmフィルムに記録されたもの。使用されたカメラはニコンS2、ミランダ、ニコンF、アサヒペンタックスSPと、オリンパスペンFTなど。岡本太郎美術館へ行ったときには太郎さんが実際に使用したカメラとして、他にオリンパスOM-2やコニカの一眼レフも展示してあった。結構カメラを何台も所有していたようだ。
敏子さんの証言によれば、肩から何台もカメラをガチャガチャと提げてとっかえひっかえ撮影するなんてこともしていたらしい。それは「(敏子さん)フィルムの交換が面倒だったからじゃない?」ということらしかったが。
展示は大伸ばしされたプリントの傍らにコンタクトプリントも添えられている。これがなかなか興味深い。かの有名な”なまはげ”の写真はプリントを担当した田沼武能氏によれば、秋田を撮影したルポのコンタクトで、17本のうち4本がなまはげだったいう。シャッターを押した回数と作家の興味は正比例する。仮面をかぶり、人間を超えた存在となったなまはげには儀式としての神聖な意味付けがなされる。”祭り”だ。氏は各地を廻り、祭りに対して興味深そうにシャッターを切り続けていた。そこに人間の中の混沌を知る手がかりがあったのだろう。

外に出たら夕暮れだった。もうひとつ植田正治氏の写真展も見たかったのだが中止して、目黒駅まで歩いた。

2006-01-03 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

関連記事