1日店

台風の進路は大幅に東側へ。どうやら関東付近を通過していくらしい。
その割には雨も風もたいしたことないな。TVではものすごい勢いで高い波が打ち寄せる海岸の絵を繰り返し流しれていたのだが・・・。
台風中継となると決まってステレオタイプ的に流されるこの手の映像だが、確かに「海は荒れてますから外に出ないでね」という意味で流していると思うのだけど、「ああいう絵を一度でもいいから撮りたいな」と思わせる効果も同時に発生するんじゃないだろうか。
「そんなつもりで流していないので」と番組製作者は言うかもしれないが、放送というのはそんなもので、こういう意味で流しているんだからこういう意味以外に受け取ってはいけません、なんて強制は出来ないだろう。どう思うかは映像を受け取った側の自由だ。制限は出来ない。
いろいろとTVを見ていて思うことなのだが、何を放送すればいいのかと考えたとき、放送するための番組制作ってのは本当に難しいんだろうなと思う。最近最も重視されているのは今まであまり気にしなかった放送したあとの影響になっているように思う。生放送だとむしろハラハラして見ていられない気持ちになる。程よく”放送しても大丈夫な状態に編集された”番組は見ていても気が楽だ。
これだけメディアが増えてしまうと、放送するべき内容みたいな検証はあまり重視されなくなっていくような気もする。ワタシの場合、今TVで見たいと思う番組はほとんどがドラマだ。ある意味で不要不急のもの。見なくても別にそれはそれで、と思う。
ニュース的なものはラジオやネットで随時拾えるから、今まであった8:50から天気予報見よう、とかそういう習慣がキレイに抜けてしまった。ドラマも録画して見るからTVに向かうのは自ずと不要不急な時間ということになる。だからドラマとなるのだろう。
TVに要求するものって一体なんだろう。ある識者は、TVが生まれたときに設定された縦横比3対4の画面から映し出される映像は物事をどこか滑稽なものとして映し出してしまうような気がする、と言った。もともとドキュメンタリー的な番組を流すにはあまり適さないメディアなのかもしれない。実際、製作した番組で高い視聴率を取るのはドラマやバラエティーだ。
以前よりTVを見なくなったか、といえば多分それはない。むしろいっぱい見ている気もする。意識がTVに集中しなくなってきた、というのが一番近い感覚かも。そういう意識になった主な原因はやはりネットの出現が大きいのだろう。ネットは知らず知らずのうちにワタシの生活も意識も変えている。ワタシの中ではTVとネットでその役割が分けられたという感覚になっている。
まあそれにしても時間が無くなったね、実際(^^;。
今日は台風接近中のなか、女房は子どもたちを連れてウチの家族と一緒に品川の水族館へ出かけた。昨日来た弟夫婦ももちろん一緒。雨はあんまり降りそうもないから楽しんでおいで。
宅急便で出す荷物があったので、午前中のうちにコンビニまで出しにいき、そのついでに昼飯を買うことにした。昨日の雪辱で冷やし中華。ちゃんと錦糸玉子入りだった。結構いい値段だなぁ・・・(^^;。
定休日なのをいいことに昼ビールともども冷やし中華。うん。まあまあだ(^^)。女房たちが帰ってきたのは14時半頃。結局雨はほとんど降らないまま。台風はそーっと東日本に接近し、22時になって鴨川市付近に上陸とか。全然台風っぽくなかったな。梅雨がちょっと長引いたってかんじ。
夕食後は今日もメール書き。いつもお買い上げ有難うございます。
20050726233202.jpg

2005-07-26 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

関連記事