横浜へ

朝から快晴。ゴミ出し。
今日は市会が開催。いそいそと出かける準備。9時過ぎに電車に乗った。ホームに晴れ着を着た女性。ああそうか。今日は成人の日だった(^^;。数年前に施行されたなんたら法のおかげで成人の日は単なる三連休最終日に貶められた。休めるんならもう祝日の意義なんてどーでもいいという考え方なんだろうなぁ・・・。大人がそんないーかげんな考えなら新成人だってそれなりの心構えしかできないよ、きっと。
まあそんなどーでもいいことはどーでもいい。
電車に乗って”モリヤマダイドーさん”の本を読み始めた。写真は人によって寡黙にも饒舌にも見えるが、この方の写真はいつも静謐とともにあるような気がする。すべての風景を荒野に変える、というような言葉を氏の写真に当て嵌めたのは寺山修司氏だ。
写真は静謐だが、氏の文章はかなり饒舌で、文章を読むだけで情景がなんとなく眼に浮かぶような気にさせる。今朝読んだ部分には山梨県武川村での出来事が描写してあった。武川村は写真家深瀬昌久氏の奥様の実家がある場所で、ある夏に森山氏は深瀬氏に「いっしょに来ないか」と誘われる。楽しく過ごした夏の情景。記述は深瀬氏の事故におよび、深瀬氏の生き方や家族にまで筆が進んでいく。
深瀬氏の実家は北海道美深町で写真館を営んでいた。その写場(スタジオ)を舞台に大型カメラによって継続的に撮影された家族の集合記念写真をまとめた「家族」という写真集がある。撮影が続行された20年間という歳月。「深瀬一族の上に流れた時間の推移と一家の変容とが、この一冊のページを目で辿ることによって、微細に克明に露わにされてくる。」深瀬氏はこの写真集の完成直後に”事故”に遭われた。
「10年前にお父さんが亡くなり、次いで弟さんが倒れて写真館が廃業となり、ついでまた・・・と、次々に連鎖して四散する深瀬家の変容の疾さには、さすがの深瀬さんも現実的な混乱と心理的な惑乱とで、現状との折り合いがつけにくかったのではないか。」と森山氏。写真集のあとがきには「ゆく河の流れは絶えずして、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。」という「方丈記」の一節が引用されているという。年月ほどしたたかなものはない。愛する者も、そうでない者も、いずれすべては年月によって自分の前からかき消えていく。
電車が反町駅に滑り込んだ。長いエスカレーターに運ばれながら読み続けた。目にはいっぱい涙をためながら・・・。
今日は1日理事会の日也。20050110224901.jpg

2005-01-10 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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