ボーリング・フォー・コロンバイン

新聞休刊日に限って大ニュース。

TVは朝からこのニュースで埋められていただろう。あえて内容は書かないが。

このニュースを見ながら、先日ビデオ屋の100円セールのときに借りて見たマイケル・ムーア監督「ボーリング・フォー・コロンバイン」を思い出していた。
郊外にあるハイスクールという場所でなぜ無差別銃乱射事件は起きたのか。監督は自らレポーターとなり、事件の原因を動機面だけでなく、環境面、はてはこの国の文化にまで言及していく。
まず驚いたのは、この国ではスーパーで拳銃の弾がたいしたチェックもなしに買えてしまうということ。

拳銃を所持している家庭は多く、その所持理由のほとんどは「自分の家族は自分で守る」だった。
陸続きでお隣の国カナダでは、銃所持率がこの国と同程度でありながら(狩猟用途)、銃による射殺事件は1/10以下しか発生していない。この国では年間11000人が射殺されて死んでいるという。日本の年間交通事故死者よりもずっと多い。
銃を持っている事が事件発生の直接原因ではないとすれば、内面の問題になる。この国で好まれるTV番組はサスペンス物。ニュースでは悲劇。TVがこれらを流し始めると視聴率は急上昇するらしい。
人の恐怖する状況を見たがる。怖いもの見たさというよりも、TVで起きている恐怖を自分が味わいたくないために”予防策”として見ているのだろうか。
ムーア監督は恐怖(フィアー)によって物を買わせるのがこの国だ、と明快に切り捨てる。人々の恐怖心をあおることでカネを使わせる、というのだ。

銃所持も”恐怖心”をあおることで成立する商売なのかもしれない。

ムーア監督は事件の被害者を弾丸を売っているスーパー本部へ連れて行き、交渉の末売り場からの撤去を約束させている。
映画の最後には、銃協会会長を務める西部劇大物俳優の自宅へ行き、これまでの疑問を会長にぶつける。最初調子のよかった会長は最後にはムーア監督の質問の返答に詰まり、中座を余儀なくされてしまった。

コロンバイン高校で銃を乱射した高校生は、事件前にボーリングに興じていたという。銃を乱射したあと、自らの命も銃で絶った。

この映画はアカデミー賞を受賞した。授賞式でムーア監督の言った言葉もすごかった。
映画を見て、”この国の人”には良心があったんだ、と少し安心した。

問題は他国の元元首を生け捕ったと喜んでいる”この国”だ。

2003-12-15 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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