想い

今週も金曜日が来た。

明古の経営員になってから、金曜日はワタシにとって特別な日だ。

欲しい本が出ていた。憧れの本が並んだ。入札する楽しみ。負けたときの悔しさ。そして、落札した時の達成感と不安。

楽しい先輩がいた。すごい先輩もいた。そしてなにより、コワイ先輩が居た。
新人だった頃、金曜日の朝には胃が痛むこともあった。まるで登校拒否のような症状。それでもワタシは休まず、遅刻せず。当時の経営員は朝9時集合。でも、必ず8時前には古書会館に居るように自分を追い込んだ。それはコワイ先輩が必ず8時に来ていたからだった。

ウチのオヤジは経営員の経験もない。オヤジと違う道を歩む意味でも、経営員の仕事は大きかった。技術や想いをそのままコピーしようとすると必ず目減りするから、オヤジの後を追うだけではオヤジを超えることは出来ないと思っていた。それだけに明古の経営員に誘われたときには二つ返事で入れてください、とお願いした。オヤジとは違う道を歩み始めた自分が現れた。

経営員は市場仕事を覚える為にしているわけではない。それでもそうやって自分を経営員としてちゃんとしようと思ったのは、オヤジとの件もあったが、自分の中で確固とした”何か”を掴みたいからだった。本屋になりたてで本も知らない。その上仕事も出来ないでは自分を維持している想いを支えることはできない。すでに結婚をして子供もいる自分。明古という集団に身を置くのは自分を試すいい機会だった。

そうやって毎週金曜日を過ごしているうちに先輩はどんどん卒業していった。そしてワタシよりも後に入った後輩もまた一人二人と先に辞めていった。いつの間にか自分の周りには先輩が居なくなり、経営員のメンバーはすっかり入れ替わっていた。いや、すでに自分が先輩という立場に立たされているのだ。その自覚があるのか、と問い詰められればちゃんと答えられない。

自分は彼らにとって楽しい先輩なのか?スゴイ先輩なのか?コワイ先輩なのか?
いや、そのどれでもない。ただの情けない先輩なのだろうなぁ。

情けない先輩と思ってもらって結構だ。でも、それなら一つ考えて欲しい。明古の経営員をやっている今の自分をどう思っているのか。何のために金曜日ここに居て働いているのか。

是非考えてみて欲しい。

2001-12-15 | Posted in 甘露日記Comments Closed 

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