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■甘露旬報

HOME > 甘露旬報バックナンバー > 甘露旬報2004. 01−03

2002年10月から2004年03月までトップページに連載いたしました。すべて当店にて取り扱った本です。

2004.03.23.

「Daido hysteric No.6」森山大道写真集
1994年 HYSTERIC GLAMOUR 限定700

  ヒステリック・グラマーから出版された写真集シリーズの中の1冊。大判の分厚くて重い写真集である。
 東京を歩く森山氏。新橋、銀座、神保町、秋葉原、御茶ノ水、四谷、そして新宿。氏によって(おそらくはノーファインダーで)切り取られた風景は、ネガからプリントされる段階で命が吹き込まれ、写真集に編まれることで世界観が拡がりはじめる。
 「人を、ものや石ころのように撮りたい」という森山氏の気持ちが反映され、写真には写し止められた人々の刹那が溢れる。それにしても、街を歩いている人たちはこうまで徹底的に無表情で歩いているものなのか、と改めて感じた。
(少折れ目有)

2004.03.11.

「東京物語」荒木経惟写真集
1989年 平凡社 初版

  小津安二郎監督作品の代表作として「東京物語」がある。荒木氏は小津作品を意識してこの写真集を編んだ、とあとがきで語っている。「「小津安二郎東京物語」の映像デクパージュを見て、ん、こんな感じにするのもいいなと想った。」とある。
 全120点の掲載作品にはすべて巻末にキャプションがついている。ウソとマコトの間を行ったり来たりする荒木節に、作品を見ながら感心したり笑ったり。 時あたかもバブル経済の真っ只中。東京にはどんな空気が流れていたのか、などと別の視点を意識しながら作品を見ていくのも面白いかもしれない。

さらに詳しい記述はこちら

2004.03.01.

「犬の時間」森山大道写真集
1995年 作品社 限定1500

  森山氏の著書には「犬」と冠するものが多い。氏自身が自らを犬になぞらえて著書を製作しているためと思われる。
 この写真集には細江英公氏から独立した1964年に始まり、1983年までに撮影されて未発表だった写真が収録されている。
 「この本の編集に費やしたほぼ1年もの時をかけて ぼくはもしかしたら路上をうろつく野良犬みたいだったかもしれない あの時の自分をふたたび辿りなおし もう一度うろつきまわっていたことになる。」と帯書きに森山氏は書く。
 ニューヨーク、沖縄、横須賀。そして、東京を駆ける犬の記録。
(附録付・署名入り)

2004.02.21.

「ジャンヌ」荒木経惟写真集
1991年 新潮社 初版

  写真家としてのデビュー前。荒木氏はスクラップブックに直接プリントを貼り付けるという方法で1冊限りの写真集をいくつも制作した。この「ジャンヌ」はその中の1冊で、紛失してしまったと思われていた現物を複写したフィルムの発見によって出版に至ったという。 手書きの表紙には「キャスト Gemi−ジャンヌ・ダルク Nobu−裁判官A」と記述がある。連続して撮影された”ジャンヌ”を追う”裁判官A”の視線がそのまま写真として表現されている。宗教裁判にかけられ、苦悩の上、火炙りの刑に処せられるジャンヌ。 「これは、捕らえられてからのジャンヌ・ダルクの記録です。」と、荒木氏による前書きに説明がある。

2004.02.11.

「太陽の鉛筆」東松照明写真集
1975年 朝日新聞社 初版

  宮古島に移住した東松氏を迎えた島の人たちの言葉は「ひもじくないか」だった。金があっても役に立たない離島の暮し。人と人のつながりこそが唯一の関係性として重要な意味を持ってくる。
 氏は島の人たちと一緒に過ごすことで島の人たちの視線のままに島の様子を写し撮る。夕暮れの砂浜は美しいという言葉では表しきれない気持ちを呼び起こし、ハレの祭りの日には子供たちは緊張と期待の混じったいい表情をカメラの前に晒す。
 挨拶代わりに島で使われる「さびしくないか」という言葉。島は過疎。島を出て行く若者たちに想いを寄せる氏の視線。島という存在を想いながら島での共生感を確認する言葉として「さびしくないか」という言葉がある、と氏は読む。都会では 挨拶代わりにそんな言葉さえかけない。寂しくない人など居ないからだ。

(表紙少々スレ)

2004.02.01.

「にっぽん劇場写真帖」森山大道写真集
1995年 新潮社 初版

 1960年代日本のアングラ・シーン。森山氏が撮り続けた写真に寺山修司氏が文章を付け、この写真集は完成した。
 今までにない写真表現に実験的な文章が添えられた。ざらついた画面とブレた風景。読んでいるうちに気持ちがざわつく。圧倒的な存在感。 日本を巨大な劇場に見立てる。その”にっぽん劇場”の中でにっぽん人を”演じる”人びとの姿を我々はこの写真集の中に見ることとなる。 私「どこか面白いところへ連れて行ってくれ」 墓掘人夫「かしこまりました じゃあ一つ丈夫な靴をはいてて下さいよ」 墓掘人夫に導かれ、にっぽん劇場の奥深くへと迷い込んでみたい。
(署名入り)

2004.01.21.

「センチメンタルな旅・冬の旅」
荒木経惟写真集 1991年新潮社 初版 

  「これはの讃歌であり、愛の鎮魂歌である。」と函書きにあるように、この写真集は荒木氏が亡くなった陽子夫人に捧げた写真集である。 私家版「センチメンタルな旅」から21枚。そして陽子夫人の死の軌跡を見詰めた「冬の旅」91枚。この112枚の写真が語りだす物語には、人が生きていく上で絶対に避けられない運命が描かれている。 目を逸らして生きていく事も出来る。しかし、荒木氏は私写真家としてその運命と対峙し、この写真集を編むことによって乗り越えようとした。 黒猫を抱く少女。幸せだった夏。こぶしの花。最後のドライブ。雪のバルコニーを跳ね回るチロ。 愛とは何か。死とは。そして、人の想いとは・・・。
 読むたびにいろいろな感情が浮かんでは消える。
さらに詳しい記述はこちら

2004.01.11.

「王国」奈良原一高写真集
昭和46年中央公論社 初版 

  北海道のトラピスト男子修道院と、和歌山の女子刑務所。そして長崎市港外南西17キロにある炭鉱の島。一見全く別の場所に思えるこの三つの場所に共通するのは、外界と「強制隔離された」空間であるということだ。 一連のこの作品群は氏が大学院在学中、写真を始めたばかりの時期に撮影された。 外の世界と隔絶する「壁」の存在。”外にある現実と内にある心の領域”。奈良原氏はこの三つの場所で生活する人たちを撮影する事によって、奈良原氏自身の中にある外(現実)と内(心の領域)とのギャップが融合していく感覚を体得することができたという。
(カバー少痛・帯少欠損背ヤケ)

2004.01.01.

「センチメンタルな旅」荒木経惟写真集 
1971年 私家版 限定

  写真家・荒木経惟氏の実質的処女作にして代表作と評される写真集。陽子夫人との新婚旅行の様子が超広角レンズによる独特の画角で綴られている。後に「私写真家宣言」と云われる「前略 もう我慢できません」で始まる有名な一文も挿入されている。
 柳川の元は古い武家屋敷という旅館での写真行為。人の気配が薄く、この旅館の庭や、洋館、近くの川下りで撮影された写真には死を思わせる雰囲気が色濃い。荒木氏は生(性)のイメージで写真集を終わらせるべく、あえて夫婦の夜の営みのシーンをクライマックスとして組み入れた。描写することでエロ写真と見られてしまう、とタブー視されていたこの”夫婦間の物語”にあえて向かっていった氏の表現への決意には圧倒させられた。
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(献呈漢字署名絵入り)

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