卒業かぁ

晴れ。

娘はいつもどおり学校。息子は今日が高校の卒業式。出たのは別の時間だが、女房も卒業式出席で出かけた。
ワタシは一人朝飯。食べ終わったら、あとは仕事するしかないじゃん!

荷造り作業を鋭意。いつもお買い上げありがとうございます。終えてから今日は交換会へ向かう。まだ本はあるのだけど、交換会へは定期的に通わなければいけない。実際本にあたっていないと感覚が鈍ってしまう。

車中では今日も「項羽と劉邦」の続き。すっかりはまっている。
項羽の前で這いつくばって詫びた劉邦は項羽の殺気を削いでどうにかはぐらかした。かならず劉邦を斬るように、という者も項羽の側に居たが、項羽には劉邦を斬る気持ちがなくなってしまった。結局、劉邦は生き延びた。
秦を倒した項羽の論功行賞。ここで項羽は致命的な過ちを犯す。自らは関中を出て平野に本拠を構えると言い出した。関中は3つに分けて秦の武将3人にわけ与えた。劉邦にはさらに山奥の漢を封じた。
項羽は関中に攻め入った際、兵に略奪を許した。また、秦の法も復活させた。そのため、関中の民から大いに反感を買い、兵の略奪を許さなかった劉邦を待望する声が湧き上がった。韓信は項羽に仕えていたが失望して劉邦に仕えることとなり、紆余曲折の上で劉邦のもとで将軍となった。韓信は兵を従えて漢より関中に攻め入ることになる。民は歓喜をもって劉邦の軍を迎えた。
項羽は豪胆だが子どもっぽいところがあり、褒美をケチることもあったという。そんな性格が災いして滅びるきっかけになるとは、ね。
作者は劉邦の中身は空っぽだったと書く。とにかく人の話をよく聞き、何を言われても怒らなかった、という。袋はたとえ自身の中身が空っぽでも、あとから才能ある者を抱え込むことができた。軍師である張良。内政の蕭何。そして将軍・韓信。

入札を終えて昼飯はうどん。食べ終わったらすぐに店に戻った。さて、今日は本の整理をすすめないと。

女房は16時過ぎに帰ってきた。卒業式のあとに品川のホテルで学校主催の卒業パーティがあってそこにも行ってきたようだ。謝恩会のようなものらしいけど、生徒たちによる余興もあったりしてなかなか面白かったみたい。

少し早めの夕食後、娘は塾へ。ワタシはオークション落札品のメール書き。息子からは外で食事をしてくる旨のメールがあった。だんだんそういうことが増えていくと思う。

仕事してたら息子が帰ってきた。
3779歩 2.26km 34分 194.8kcal 4.4g

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このページは、甘露日記が2012年3月 1日 23:59に書いたブログ記事です。

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