1日店

あっという間に土曜日。

毎日寒い日が続く。今日はセンター試験の日。息子は9時過ぎに出かけた。ワタシが受験生だったころからもう25年も経っているんだな・・・(^^;。
ある瞬間を結構鮮明に覚えている時がある。とくに大学受験をしていた時期や大学生になってからの記憶にはハッキリ覚えていることがいくつもある。”鮮明率”が高いため自分ではそれほど昔とも思えない記憶が、実際には二昔前の出来事だったりする・・・(^^;。えーっ!て感じだ。
なんだか昔話ばっかりしているとガッカリな気もするけど、息子が大学受験するような歳になっていると思うと自分の記憶と時間の感覚の関係を確かめておきたくなるものだ。自分があの頃はどう思っていたのか、とか、自分が高校生の頃、オヤジはどんな思いでワタシを見ていたのか、とか。
オヤジの話す若い頃の記憶なんて、ワタシには参考にならないくらい大昔に聞こえてしまうことがあるけど、それってワタシが息子にしゃべることもそんなふうに聞こえてしまうんじゃないだろうか、なんて心配もする。思えば、ワタシが高校生の当時オヤジは古本屋として全盛期で、店も愛書会も大忙しだった。ワタシはワタシで生意気な盛りだったから、目は常に外を見ていて、それほど家族の事を考えるでもなかったように思う。高校生くらいならそれがアタリマエかな?

残っている写真の印象がそうさせるのか、オヤジの語る若い頃の話はモノクロだったり色あせたカラー写真の色彩が印象されてしまう。でも、現実はそうじゃなかった(はずだ)。明治でも大正でも昭和初期でも、現在と変わらない色が”現実”だった。色あせているのは印象に過ぎない。
でも、その”印象”こそが良くも悪くもある種の”現実”を作り出してしまう。客観ほど難しいことはない。
自分の中に残っている断片的な記憶。おそらく徐々に都合よく修正されながら甘く遠くなっていく。ワタシにとっての”現実”も、息子の記憶の中ではセピア色を帯びているんじゃなかろうか。・・・なんてね。

オヤジは愛書会展に出かけている。ワタシはまる1日本の整理をした。息子は夕食の時間すぎに帰宅し、娘は入れ替わるように塾へ出かけた。本の整理の続きをしているうちにオヤジが戻ったが、そろそろオークション関係の仕事をするからと帰ってもらった。
気分はすでに1月も終わったかのようだけど、カレンダーを見ればまだ第二週がおわっただけ。先週は松の内だった。
菊地成孔さんのラジオを聴きながら日付の変わる頃まで仕事。終えて「ゴッドファーザー」DVD−BOXの未公開映像のところを鑑賞した。この物語はギャング映画の体裁を取っているが、主題はいうまでもなく「家族」だ。
863歩 0.51km 9分 39.4kcal 0.9g

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このページは、甘露日記が2012年1月14日 23:59に書いたブログ記事です。

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