会議

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女房が夏バテでダウン。

無理もない。1か月ほど連続して真夏日が続いていた。女房はがんばり屋さんだから、たとえば夕食の支度のときでも扇風機だけで頑張っていることが多い。暑いだろうから冷房をかけていいよ、と言っても扇風機だけ。揚げ物じゃあ身体がきついだろうに。
昨日の日曜から実家へ行く予定をキャンセルし、のんびりしてもらっている。いや、実際にはそれほどのんびりさせてあげられていないと思う。ワタシはワタシで忙しい月曜日を過ごしていたから。

荷造り作業を鋭意。いつもお買い上げありがとうございます。大山が二つ仕上がったところで昼飯の時間となる。パン屋さんへ娘と二人でパンを買いに行った。食べ終わってすぐに横浜へ。先月から始まった会議の今日が第二回目。もちろん内容はここには書けません。

向かう車中では「坂の上の雲」の続きを読む。そろそろ終局へ向かっていきそうな様子だ。
オスラービアが沈没。旗艦スワロフも艦橋は炎上し、舵がきかなくなったことにより左へ進路を変えた。これを三笠に乗っていた参謀が「バルチック艦隊が戦場からの離脱を開始した」と誤認。東郷直率の第一戦隊はそれに合わせて再び艦隊運動を開始する。このとき、第二戦隊の「出雲」に乗っていた参謀佐藤鉄太郎は「舵の故障」と見切っていた。その根拠はスワロフに命令旗が上がっていないことだった。東郷第一戦隊が戦場から離脱する運動を開始したなか、出雲は命令をきかずに独自行動を開始する。その結果、バルチック艦隊という"豹の群れ"を小犬が追いかけているような状況となった。第二戦隊は装甲巡洋艦の戦隊であり、戦艦のようなぶ厚い装甲も強い攻撃力も持っていなかった。
ところが、混乱した露西亜軍にとっては戦艦に対して小犬のような装甲巡洋艦の砲撃がこたえた。30分ほどしていったん離脱した形になった東郷第一戦隊が再び戦場に現われた。この光景を見た露西亜側のセミョーノフ中佐は、日本の戦術運動が神業というほかないというような感歎を述べたという。旗艦が誤認で戦場を離れても、それを捨て身でフォローできる人間が実際に居た、という驚き。
ロジェストウェンスキー提督は、旗艦スワロフを捨てて駆逐艦へと移ったところで日本側の捕虜となった。露西亜側はこのときの戦いで決戦兵器であった戦艦5隻のうち4隻が沈没した。日本側に沈没した戦艦は1隻もなかった。

店に戻って荷造り作業の続き。出品作業はできず。明日がんばります。
10281歩 6.16km 76分 578.7kcal 21.4g
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このページは、kanro30が2008年8月11日 23:59に書いたブログ記事です。

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