今日も1日店

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晴れ。布団干し。

天気が良いのもそう長くは続かないのだとか。土日雨の予報ってどーなってんの?運動会なんだけどなぁ・・・。

朝飯を食べながらロシア関係のTVの続き。エイゼンシテイン。必ず登場するスターリンの影。

午前中いっぱい荷造り作業。いつもお買い上げありがとうございます。

昼飯を食べながら一気にロシア関係のシリーズ最終回であるショスタコーヴィチの巻を見た。これはすごかった。
19歳で交響曲第一番を作曲した彼はモーツァルトの再来と云われた。時は革命後のロシアアヴァンギャルド。前衛的な彼の作風は冴えわたっていた。
順風に見えた彼のキャリアは、1936年にオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」を党機関紙にこき下ろされたことで挫折する。実際には80回も上演される大当たりのオペラだったが、これ以後、彼は体制の反逆者として貶められる。上演寸前だった交響曲第4番の上演中止を余儀なくされてしまった。
その翌年、彼の代表作交響曲第5番が発表される。くしくもロシア革命20周年。社会的リアリズムを表面的には体現している、と評価を受け、絶賛された。ところが、彼はこの曲の中に仕掛けを忍び込ませていた。

ここからは解説者である亀山郁夫氏の説。第4楽章の主題としてくりかえされる「ソ・ド・レ・ミ」のフレーズはビゼー作曲「カルメン」から巧みに引用され、冒頭はもちろんフィナーレでもトランペットによって高らかに演奏される。「カルメン」の中でこのフレーズに付けられていた歌詞はなんと、「信じるな」(!)だった。彼は革命20周年を祝う曲の最終楽章で、ストリングスによる「ラ」の音が250回演奏されるなか、(社会主義を)信じるな、と繰り返し唱えたのだった。
1936年から37年にかけては大粛清が行われ、学者や音楽家、美術家などが次々に銃殺されていたのだという。そんな中で「信じるな」と演奏する彼の決心には想像を絶するものがある。表現者としてまさに命を賭けていた。

番組を見終わって早速持っていたCDを聴く。ライナーノーツには「信じるな」なんてことはもちろん一言も書いてない。今まで何度も聴いたCDだったが、今日の第4楽章はしみたなぁ・・・。

当時のロシア芸術にはかならずビックブラザーによる圧力が影を落としている。その力が表現者たちの力をひきだしたのか、それとも、そんな圧力さえなければもっと自由にのびのびと表現は広がっていったのか。今となっては知る由もない。
8371歩 5.02km 77分 396.6kcal 14.4g
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このページは、kanro30が2008年5月22日 23:59に書いたブログ記事です。

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