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■甘露日記 2008年05月

■2008/05/31 (土) 月末

朝から雨。

今日が月末。毎年5月はあっという間に過ぎていく。前半がGWだからだろうか。明けたと思ったらもう半分過ぎ去っている感覚・・・。その間に仕事が進めばまだしも、世間はお休みなんだから少しくらいペースを緩めても・・・、なんて思ってしまうのがイケナイ。

雨の中、女房と娘はパシフィコ横浜で開かれる「全公立展」に出かけた。いわゆる神奈川県立高校の合同学校説明会。息子も友達と出かけて行った。ワタシはこういう催しに行ったことがないけど、当時もあったのだろうか・・・。少し早目に仕事を始める。

昼飯はスーパーの弁当。まだ雨が降っている。8週連続で土曜日が雨降りとは、ご商売に良くないなぁ。このまま梅雨に入るとなると、連続雨記録はどこまで伸びていくんだろうか・・・。

ラジオを聴きながら、ほぼ丸一日かけてオークション出品作業。

途中、14時過ぎに息子が帰ってくる。女房と娘は15時過ぎに帰ってきた。様子を聞くと、大変な混雑だったようだ。「みなとみらい駅を降りたらね、「全公立展はこちらですー」って案内の人がいたんだけど、会場からずーっと並んでいて、ランドマークタワーの方まで行列がつながってて・・・。」そりゃものすごいね。「入るまで1時間くらいかかっちゃった。」で、中はどうだったの?「それがねー。結局案内のパンフレットをもらってくるくらいしかすることがなくて。まだ志望校とかも絞り切れていないからあんまり動けないんだよねー。」なるほど・・・。
神奈川県は現在、学区制を廃止しているので、県立高校ならどの高校へも入学するチャンスがある。成績優秀な上昇志向の強い生徒には、東大合格率の高い高校へ進めるありがたい制度だろうと想像するけど、ごく普通の生徒にはあまり関係ない制度かもしれない。やっぱり学校は近い方がいい、となりがちだからね。ウチの息子はどうだろうねぇ。親が自分だから過度の期待はしないようにしないとな・・・(^^;。

夕食後も仕事仕事仕事。
1597歩 0.95km 16分 73.5kcal 1.3g

■2008/05/30 (金) 今日も1日店

朝から天気が悪い。すでに梅雨入りだろうね、これは。

朝飯を食べながら色川武大さんのTVを見る。正直、この方がどういう方かワタシはよく知らなかった。交換会でたまに見かける本に付く値段の高さに驚いたことはあったのだが。なるほどご自身の中にものすごいものを抱えていたらしい。「狂人日記」にそのすべてが著わされている、と。解説は柳美里氏。感想は追って書きます。

棚の一部撤去をお願いした業者から見積書が到着。オヤジと検討のうえ、お願いすることにした。もはや撤去は既定路線だったため、金額でどうこう考えることではなかったのだが。
棚を撤去して、そこにできた空間にデスクを設置してワタシが座ることになる。事実上の事務所化とも云えるか。あとはその狭い空間に何を詰め込むのか、が、これからの検討課題。

どんなデスクを買ってどうやって設置しようか、とあれこれ考える。現在店で使っている2台のデスクは新築開店当時に家具屋まで出かけて買ってきたものだが、測ってみると90x60cmの天板だった。このサイズでネット検索かけてみると、意外にもほとんど引っかかってこなかった。もう一つ上の100cm幅のものはやたらたくさんあるのだが。さて、どうするか。今までの枠で物事を考えなければ、たとえば120cm幅のデスクを大胆に置いてしまう、なんてことも可能なのだけど。過去の自分が作った枠を破れるのかどうか・・・。

荷造り作業を鋭意。いつもお買い上げありがとうございます。午前中いっぱいで一段落。午後からはオークション出品作業。ショパンの事情により、交換会は欠席。
1149歩 0.68km 12分 51.3kcal 0.0g

■2008/05/29 (木) 1日店

朝から雨。今日は店舗臨時休業。

朝飯を食べながら、石川文洋氏のTVを見る。氏はベトナム戦争へ従軍カメラマンとして入り、戦場を撮った報道カメラマン。話はベトナム戦争について主に語られていた。
戦場に入った当初、様子がわからずに姿勢を高くしたまま撮影をしていると、その様子を見ていたアメリカ兵が伏せろ伏せろとジェスチャーする。なんで?と思っているうちに目の前の兵士が撃たれて血を流し始めた。それが”戦場”との最初のコンタクトだったという。
様子がわからないから戦場の怖さもわからなかった。だんだん様子がわかるにしたがって戦場へ出向くのが怖くなった。でも、迫力のある写真を撮るためには最前線に出て行く必要があった。ご本人は「自分は本当に臆病で」と繰り返す。どうしてそこまでして戦場の写真を撮ろうと思ったのか。

氏は戦争の本当の姿を世界中の人に知ってもらうことが必要だと思っていた、と語る。戦争反対の立場から戦場の写真を撮っていたのだ、と。
少し前に見た開高健氏もまたベトナム戦争に従軍し、その悲惨さを手記にして発表。ベ平連にも参加して戦争反対を訴えた。ところが開高氏の中で自分の訴えたかったことと、世間の受け取り方の間に大きな開きがあることに気付いてしまう。何をどう書いてもあの戦場の地獄絵は世間に伝わらない。あの戦場の異常さを理解できる人が居るとすれば、同じように戦場の異常さを経験した人だけだ、ということに開高氏は思い至り、筆の無力さを思い知る。ついには、戦場という現実以上のフィクションは思いつかない、と考えは進み、世界中をめぐる旅に出ることとなってしまった。

石川氏は、戦争の悲惨さを皆が知ってくれさえすれば戦争は起きなくなる、と語る。戦争は人殺しだ、とも言う。戦場での悲惨さを間近で見た人の意見として傾聴するべきとは思うものの、実際に戦争を指示する人は戦場の悲惨さを思い描いてはいないことを、ここ数年のうちに起きた戦争報道で我々はすでに知っている。戦争という行為は一体何か、についてもう一度マクロ的に考えなければならないのではなかろうか。

ベトナムの戦場を一緒に駆けた日本人カメラマンのうち、戦場で亡くなった方は15人。そのうち13人の方と石川氏は面識があったという。慰霊の意味を込めて、四国八十八ヵ所巡りをされていた。

1日店で仕事。雨は夜まで降り続いた。
9008歩 5.40km 65分 519.9kcal 21.7g

■2008/05/28 (水) 今日も1日店

店は定休日。明日も臨時休業。

朝から晴れているが、明日は雨の予報。どんどん下り坂になっていくらしい。梅雨入りも近いね。

昨日、棚の一部撤去を業者さんに依頼したことにより、いよいよ店の本格的再構築が秒読みになった。ずっと半年くらいかけて店の在庫を減らしてきたことの着地点だ。
これ以上店舗の営業時間を減らすことは今のところ考えていないが、かといって、長くすればそれに見合った売上げが上がるとも思っていない。これからも店舗の営業時間を減らすことはあっても増やすことはないだろう。店を開けることが仕事をしていることと自分で誤解しないためにも、時間に仕事をさせようという考え方は禁物だ。

店の構成を変えて息子の部屋を作る、と皆に言ったら、息子にも娘にも歓迎された。そりゃそうだ。いまどきの中学生な息子にはやはりプライベートな空間は必要だろう。きっと狭くたっていいのだ。ここ数日は息子の返事の声が前よりも大きくなったような気がしている。
娘は娘でおそらく、自分たちの前でブスっとしている兄貴が間近に居るよりは、機嫌のいい兄貴にたまに会うくらいの方が居心地がいいはず。
そもそも最近は、娘と息子のお友達が同時にウチへ来たりすることがあるのでワタシも気になっていた(^^;。

オヤジたちのこと。店のこと。子供たちのこと。なかなか女房のことにまで気がまわっていない気がするなぁ。でも、現役世代としては今が一番の踏ん張りどころだろう。この2、3年の過ごし方如何でその先の10年が大きく変わりそうな気がする。今はそんな節目に当たっているんじゃないだろうか。

午前中を中心に荷造り作業を鋭意。いつもお買い上げありがとうございます。ワタシの仕事場を移した際、この巻き段ボールをどこに置くかが一つの課題。
午後はオークション出品作業。思ったよりも嵩を稼げたので、今日はまずまず。
1247歩 0.74km 13分 56.8kcal 0.8g

■2008/05/27 (火) 1日店

朝から快晴。

今日は組合の総会があるというので、オヤジは朝から出席しているはずだ。二年前、ワタシは組合の理事を辞したが、その次に理事に就任された方々が今日で任期満了となった。お疲れ様でした。新たに理事に就任された皆様、がんばってください。

息子はなぜか今日まで学校が休み。かまわず溜まっていたドラマを見ながら朝飯。もう中学生なので、趣味が合わない番組に見入ることはない。

荷造り作業を終えてオークション出品作業開始。今日は早め早めの対応。ここ何日か変則的なペースでしか仕事ができなかったので、今日1日で調整してしまわなければいけない。

オヤジが総会へ出席しているため、店は今日臨時営業。代わりに今週だけ木曜日を臨時休業することになる。こういう週は休むの諦めればいいのに、すでに週休二日を既得権益のように思っているのだろうか・・・(^^;。
ワタシは別に休まないけど、店を開けると仕事にならないので。

昼飯を食べながら録画しておいた「CHANGE」を見る。いよいよ総裁選出馬。話をオオゲサにしないとパロディの効果が立たないからだとは思うけど、さすがにちょっと無理があるかなぁ・・・(^^;。あれだけ前向きな街頭演説をするキムタクの”内面”が深く描かれていないため、ストーリーにおいてかれた気持ちになった。
毎回自宅で繰り広げられる、キムタク、深津さん、阿部さん、ローサさんの4人のカケアイは楽しみにしている。そーとーリハを繰り返しているはず。

午後もオークション出品作業。店の棚の一部を撤去することになり、その業者さんが様子を見に来てくれた。現在ワタシの仕事場にしている場所を息子の部屋にし、ワタシが店で普段の仕事をすることになったため。大変は大変だけど、いつかはやらなきゃならない仕事。子供の成長は待ってくれない。

夕食後も仕事。
9778歩 5.86km 68分 575.6kcal 23.8g

■2008/05/26 (月) 六国見山

今日は休みをもらった。

女房が妙に張り切って、早め早めの出かける準備。9時には出発した。今日は新聞の「低山ハイク」コーナーに載っていた北鎌倉の六国見山へ登ることにした。横須賀線も下りはガラガラで、10時少し前に北鎌倉駅到着。空はいつの間にか快晴。暑くなりそうだ。

駅前のお店でパンをいくつか買って昼飯代わり。目的の六国見山は円覚寺真裏の山だが、円覚寺からは登れない。新聞の切り抜きにはものすごくアバウトな案内地図があったが、結局初めての場所で様子がわからず、目の前にある目的の山を横目に見ながら、登山口を探し歩くことになった。
いかにも新興な住宅街を抜けた先にようやく登山口を見つけた。女性陣の「おなかすいた」の声に押され、まずは入口そばのベンチで腹ごしらえ。ようやく登り始める。日陰は風が通り抜けて快適だった。

途中踊り場のない階段が150mほど連続したと思ったら、いきなり頂上に到着。あっけない。登山口までの道の方が日向だけにきつかった(^^;。頂上からは相模湾がかすんで見えた。いつもの鎌倉の風景だった。

明月院方面に下山。わりとしっかりしたハイキングコースを歩ききる。横須賀線踏切そばにある紫芋ソフトクリームを食べて一休み。亀ヶ谷坂切通しを通り、横須賀線をくぐる。化粧坂切通しを登って源氏山公園へ到着。街中の登り坂を極端に嫌う娘も、化粧坂切通しのごつごつした登り坂は好きらしい。遊び場感覚なんだろう。

銭洗弁天へ到着。何年ぶりかしら。中は遠足で来た小学生で混雑していた。そういえばワタシも6年生の遠足で鎌倉へ来た覚えがある。確か雨が降っていたなぁ。岩をくり抜いたかのような洞窟の中の湧水でお金を洗う。小学生たちはこの手の伝説が大好きらしいね(^^;。しばしベンチで一休み。境内は無料で入れるのが素晴らしい。

再び源氏山から大仏ハイキングコースへ。葛原が岡神社横から山道を下り、浄智寺横へ出る。娘は汗だくのため、ちょっと恥ずかしがりながらTシャツを着替える。女房直伝の女子独特の着替え方。

北鎌倉駅前の喫茶店で一休みしてから横須賀線に乗った。やはりガラガラ。「坂の上の雲」を読み進める。
横浜でYカメラに寄って、娘の誕生日プレゼントを買い、帰路。帰ってからは仕事仕事仕事。
15788歩 9.46km 163分 683.8kcal 17.5g

■2008/05/25 (日) 1日店

朝から雨。

明日の月曜日が運動会の代休で学校が休みのため、今日仕事して明日休むことに決めた。

荷造り作業と発送作業。いつもお買い上げありがとうございます。その後はゆるゆるとオークション出品作業。

息子が修学旅行から帰ってきた。行き帰りとも川崎市がチャーターした新幹線を使用。たまたまグリーン車の割り当てになったのだとか(!)。乗ったことないぞ!
初日が奈良で、法隆寺、薬師寺、東大寺。二日目は京都。班ごとにジャンボタクシーを使った効率いい見学で、金閣寺から東寺まで一通り回れたそうだ。一番良かったのは二条城だったのだとか。まあ、あれが一番「江戸時代っぽい」かもね。
そういえば、ワタシの当時の修学旅行では嵯峨野を見学したものだけど、今回はそれがなかったみたい。そもそも京都自体10年は行ってない。また行きたいけどなぁ・・・。
帰ってくる当日の朝に宿から出した荷物が夜には届き、お土産の生八橋も宅配便で届く。いやはや、修学旅行も時代とともに変わるものだなぁ。

仕事は例によって今日もはかどらず、ぼちぼちとしか進まない。
お茶の時間にはお土産の生八橋を頂く。中身はなんとチョコとイチゴ(!)だった。
8946歩 5.36km 63分 526.5kcal 18.1g

■2008/05/24 (土) 運動会

なんと晴れ(!)。今日は小学校の運動会。

予報ではずっと雨だった。雨のつもりでいた。昨夜娘が6つもテルテル坊主を窓にぶら下げていたけど、その効果か。

9時ころに出かける。ちょうどこれから娘の80m走が始まる時間。敷物を敷くなりさっそく撮影ポイントへ移動。うまく撮れなかった・・・(^^;。まあ、レースの結果もいまひとつだったから別にいいか。
今年はPTA参加競技(綱引き)がなくなり、各学年で1競技づつ親子競技というものができたので、何となく全体の種目が多くなったような気がする。
親子競技ってゆるい内容のものが多いけど、実際の運営に関してはむしろ先生方の負担が増えているのではないか、などと想像する。
オヤジと母親も午前中たっぷりと運動会を見学。立って見ていたら、隣にキャンプ用の椅子とパラソルを備えた座席をお持ちの方に「よろしければお入りになってはいかがですか?」と勧められ、快適に見学していた。
雨どころか紫外線たっぷりの夏の太陽が真上から降ってくる(^^;。日焼け止めを塗ってきておいてよかった・・・。ワタシの場合、サンバーンになってしまうので。

娘の親子競技が始まるというので、再び撮影場所へ。カメラはゾナー135mmを付けたK10D。棒の両端を父兄が持ち、その間に生徒が3人。30m先にあるポイントまで往復するという単純な競技だった。ちょっと遠かったな・・・。もう運動会も十何回目となると気合いもいま一つ。今回は(も?)ロクな写真が撮れていない。

近くに超高層マンションなどが出来、入学者数は微増傾向なのだとか。運動会の様子を見ている限り、皆ちゃんと先生の指示に従っての行動が出来ていた。なかなか優秀です。見学に来ている父兄の数も多い。

娘が出場した町別リレーも無事終わり、午前中の競技は全部終了。オヤジたちは席を貸してくださった方にお礼を述べてから店に向かった。
午後の雨を警戒して少し前倒しするそうだ。昼食時間も短くなった。生徒たちは皆一斉に父兄の待つ席へ急ぐ。これまた一斉にお弁当を食べる光景も運動会ならでは。お行儀がいいよなぁ。ひそかにプチ感動。お弁当は娘の好きなものばかりだった。

食べ終わったら始まる時間だった。ワタシも仕事をしなければ、と店に向かう。荷造り作業を終えてからオークション出品作業。これがまた、はかどらない(^^;。
雨は16時ごろから降り出した。
648歩 0.38km 6分 28.3kcal 0.0g(運動会持ち出し忘れ)

■2008/05/23 (金) 二往復

晴れ。

荷造り作業を鋭意。いつもお買い上げありがとうございます。午前中で終わらせて東横線に乗る。一週間ぶりの交換会。

車中では「坂の上の雲」の続き。露西亜軍はすでに満洲を占領している。そして、日清戦争の勝利で日本に割譲された旅順は、北清事変後に露西亜が租借し、要塞が築造され露西亜極東艦隊の根拠地となっていた。露西亜軍と日本軍は対立の度を深め、ついに開戦に至る。
まさか日本は攻めてこれまい。これが露西亜側の捉え方だったという。強大な露西亜軍を相手に戦争遂行は不可能だろう、と露西亜は高をくくり、さまざまな準備を怠っていた。日本は追い詰められていた。どのように作戦を立てても露西亜と闘って勝てる見込みはない。いずれ日本は露西亜に占領される、という悲観が明治政府を支配した。
徐々に両国の関係が悪化する中、秋山好古は露西亜の軍事的拠点を見て回った。今日的常識で思えばいずれ敵国となる日本の軍人に要塞を見学させるなど思いもよらないが、上層部は露西亜軍の強大な所を見せつけて戦意喪失を狙った。敵の懐に入る好古の度胸もすごい。ところが、国家としての露西亜は侵略的だったが、一露西亜人として付き合った場合には好古を歓待した。実に豪放で親しみやすかったらしい。いずれ戦場でやり合う運命にあることを残念がった。

読みながら、昨日のショスタコーヴィチの話を連想していた。昨日はそれくらい強烈な印象を受けた。これも露西亜の話だ。
第4楽章の「ソ・ド・レ・ミ」(信じるな)は、冒頭では短調のため、最後の音はミ♭で半音下がり、しかも別のフレーズと連続しているため、よほど音楽に対して造詣の深い人でなければ、聞いても「カルメン」には繋がらない。何度か「ソ・ド・レ・ミ♭」で聴いたあと、フィナーレに至り長調に転調する。その時は隠れなく「ソ・ド・レ・ミ」(信じるな)とわかりやすく大きく演奏しているのだけど、今度は”短調で聴いていた主題フレーズの転調”にしか聴こえないので、やはり「カルメン」には印象として繋がっていかない。言いたかったことを堂々と発表しながら証拠を掴ませない。天才的としかいいようがない。
まるで、ダ・ヴィンチが最後の晩餐に仕込んだ秘密について「ダ・ヴィンチ・コード」で解説されたときのような気分だ。
仕事中はラジオを聴かず、今日はずっとショスタコーヴィチを繰り返し聴いていた。

いったん店に戻り、再びクルマで神保町へ。カーゴ半分ほどの荷物を引き取り、店に戻った。
8390歩 5.03km 77分 403.2kcal 10.0g

■2008/05/22 (木) 今日も1日店

晴れ。布団干し。

天気が良いのもそう長くは続かないのだとか。土日雨の予報ってどーなってんの?運動会なんだけどなぁ・・・。

朝飯を食べながらロシア関係のTVの続き。エイゼンシテイン。必ず登場するスターリンの影。

午前中いっぱい荷造り作業。いつもお買い上げありがとうございます。

昼飯を食べながら一気にロシア関係のシリーズ最終回であるショスタコーヴィチの巻を見た。これはすごかった。
19歳で交響曲第一番を作曲した彼はモーツァルトの再来と云われた。時は革命後のロシアアヴァンギャルド。前衛的な彼の作風は冴えわたっていた。
順風に見えた彼のキャリアは、1936年にオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」を党機関紙にこき下ろされたことで挫折する。実際には80回も上演される大当たりのオペラだったが、これ以後、彼は体制の反逆者として貶められる。上演寸前だった交響曲第4番の上演中止を余儀なくされてしまった。
その翌年、彼の代表作交響曲第5番が発表される。くしくもロシア革命20周年。社会的リアリズムを表面的には体現している、と評価を受け、絶賛された。ところが、彼はこの曲の中に仕掛けを忍び込ませていた。

ここからは解説者である亀山郁夫氏の説。第4楽章の主題としてくりかえされる「ソ・ド・レ・ミ」のフレーズはビゼー作曲「カルメン」から巧みに引用され、冒頭はもちろんフィナーレでもトランペットによって高らかに演奏される。「カルメン」の中でこのフレーズに付けられていた歌詞はなんと、「信じるな」(!)だった。彼は革命20周年を祝う曲の最終楽章で、ストリングスによる「ラ」の音が250回演奏されるなか、(社会主義を)信じるな、と繰り返し唱えたのだった。
1936年から37年にかけては大粛清が行われ、学者や音楽家、美術家などが次々に銃殺されていたのだという。そんな中で「信じるな」と演奏する彼の決心には想像を絶するものがある。表現者としてまさに命を賭けていた。

番組を見終わって早速持っていたCDを聴く。ライナーノーツには「信じるな」なんてことはもちろん一言も書いてない。今まで何度も聴いたCDだったが、今日の第4楽章はしみたなぁ・・・。

当時のロシア芸術にはかならずビックブラザーによる圧力が影を落としている。その力が表現者たちの力をひきだしたのか、それとも、そんな圧力さえなければもっと自由にのびのびと表現は広がっていったのか。今となっては知る由もない。
8371歩 5.02km 77分 396.6kcal 14.4g

■2008/05/21 (水) 1日店

台風一過の快晴。布団を干す。

一か月ぶりの歯医者。そういえば前回は奥歯を削ったんだったなぁ・・・(と遠い眼をする)。こうして少しずつ歯は少なくなり、最後は入れ歯になっていくのだろうか。いやいや、よく歯を磨いて少しでも遅らせるようにしなければ・・・!

もうすぐ息子の修学旅行がある。なんでも、前日に荷物をまとめて初日の宿舎へ運送してしまうのだとか。そりゃすげえ。ワタシが中学生のころにはそんなことはなかったな。いまから25年も昔の話(^^;。
さすがにデジカメを持って行くつもりのようだ。ワタシの使っていたお古のデジカメ(防水)を貸すことにする。「ケースは?」と聞かれたので、じゃあ、これ。といつも使っているケースを渡す。と、「ストラップは?」っちゅうことなので、以前T3用に買ったストラップをつけてやる。さすがにワタシの様子をよく見てるな・・・。大事に使ってくれそうだ。
京都では班ごとに大型タクシーを1台使って見学して回るのだとか。ものすごい進化じゃないか・・・。んでも、歩いて疲れたー、とか、迷ったー、って状況になって仲間で相談して何とかする、ってのもいいもんなんだけどね。
ワタシのときは嵯峨野で班行動の時間があったけど、それ以外は大勢で一斉に回ってました。それでも十分楽しかった思い出。

午前中いっぱい荷造り作業を鋭意。いつもお買い上げありがとうございます。

昼飯を食べながら、昨日の続きでマヤコフスキーの巻を見る。午後はオークション出品作業を鋭意。

今日出品する本が日本各地の食事に関する本で、各地の名物や普段の食事が写真入りで紹介されていた。ついパラパラとめくって見てしまう。すると、実にいろいろなものを工夫して食べていることがわかる。おそらく日本の食事の本質は質素だったこと、と言えるのではないか。
そりゃ、海の幸、山の幸はある。でも、それはハレの日に限られ、普段の食事は雑穀がほとんど。山地ではソバや小麦などの粉ものがほとんど。それを主食にタンパク質の補給方法で各地特色が出てくる、という感じ。

現在は野菜を丸ごと買っても使いきれないから逆に不経済だ、なんて話も聞く。核家族が理由だろうけど、結局は野菜を買わないことに繋がっていく。せっかく先人たちが千年以上の時間をかけてこれもあれもこうすればおいしく食べられる、という方法を考えてくれたのに、現代人はその知恵を継承できるのかどうか・・・。実にもったいない話だと思うねぇ。
1966歩 1.17km 18分 96.4kcal 2.1g

■2008/05/20 (火) 今日も1日店

朝起きて豪雨。

台風が南海上を東進しているという。最近大雨が多いなぁ。ラジオでは「5月に降る雨の7割が今日1日で降りました」などと。今まではこの時期に台風は来なかった。いや、これからは来ることが普通になるのかもしれないね。

朝飯を食べながら「CHANGE」を見る。補選で当選して国会議事堂へ。記者に囲まれ、早速「国会王子」とあだ名が付く(^^;。まあ、実際がこうならありそうなことだ。
議員宿舎を使わずに、東京の別邸を使うことになり、そこへ選挙プランナーの阿部寛さん居候。結局”王子”付きの秘書になった深津さんと、地元から出てきた加藤ローサさんの4人でカケアイ。なかなかいい調子。このあたりからテンポがさらに上がっていく。
話の展開も早くて、総理がスキャンダルで退陣すると決めた後の党四役が、話し合いでキムタクの総裁選出馬を決定する・・・。7月で終了するドラマならこれくらい詰めていかないと終われないか。仕掛け人の寺尾聡さんにはさらに深い読みがありそうな。
なかなか面白いです。マドンナのエンディングも良い。次回も期待。

午前中いっぱい荷造り作業を鋭意。いつもお買い上げありがとうございます。

終わったころに昼飯。TVでやっていたドストエフスキーについて見る。今「カラマーゾフの兄弟」が大ブームらしい。まったく知らなかった。内容は父親殺し。暴君だった父親フョードルが殺され、容疑者として3人の子供たちが登場する。乱暴者の長兄ドミートリイ。冷静な無神論者の次男イワン。信心深い三男アリョーシャ。そして使用人スメルジャコフ。彼はフョードルの隠し子とされる。
殺される数日前に父親を殴った長兄に容疑がかけられるが、実際の犯行は次男イワンにそそのかされたスメルジャコフが行っていた。ロシア語でスメルは農奴と言う意味。ドストエフスキーの実父は暴君で、農奴に殺されていたのだとか。
解説は亀山郁夫氏。曰く、これは父殺しの物語だが、これを国家に置き換えてみれば、国王殺しの物語を暗喩している。ドストエフスキーの死後、ロシア国王は爆弾を投げつけられて殺されたという。まして、そのあと、ロシア革命が起きて帝政そのものが倒れる歴史を我々は知っている。革命前夜、爆発寸前の世の中でドストエフスキーはこの小説を書いていた、ということか。あらゆる意味で、格差は悲劇と文学を生む。

夕食後も仕事。
8134歩 4.87km 69分 416.0kcal 13.6g

■2008/05/19 (月) 1日店

くもり空。

昨夜は借りてきたテレビシリーズの「攻殻機動隊」1を見た。映画版の後に作られた全26話構成のようだ。まだ2話分見ただけだが、動画のクォリティはかなり高くて、ストーリーもよく整理されて理解しやすい。第二話の「暴走の証明」は戦車のデザイン、動き、結末に至るまでの緊張と解放の流れが秀逸。傑作だった。
映画版にはあった、「義体」と「記憶」、「感情」など複雑な背景にまでは今のところ踏み込んでおらず、映画版で重要な役割だった「人形使い」も出てこない。一見サイバー捕物帖的な展開にも見えるが、それはこれから先変化していくはず。公安9課・草薙素子が繰り出す「縦の動き」がやはりカッコイイ。また半額セールがあったら続きを借りて見たい。

朝飯を食べ終えてから荷造り作業を鋭意。いつもお買い上げありがとうございます。月曜日と愛書会展の荷造り作業が重なり、嵩は増していく。

先週調べていた地デジ。今部屋にあるアンテナソケットとつなげても電波を捉えられないようだったが、今日届いたアンテナを室内に立てても同じことだった・・・(^^;。こりゃだめかな、と思いつつ、屋上に立ててコードで繋いでみたところ、どうにか拾えるようだった(!)。ちょっとうれしくなったが、PCのメモリーが足りないらしく、ソフトが全く動かない・・・。こりゃだめだ。次回PC買換えのときまでお蔵入り決定。箱に入れて押入れに仕舞った。
地デジと聞くととても難しそうに聞こえるけど、実際にはチューナーがあってアンテナ(UHF)を立ててつなげてしまえば受信はできる。ワンセグが受信できるかどうかがいい目安になるのかも。アンテナ設置には専門の業者を呼ばなければならないわけでもない。アンテナは量販店やネットで意外に安く売っているので要チェック。
それにしても、フルセグってもんのすごくメモリを食うんだねぇ・・・。次回は4GB乗せなきゃだわっ。

どうにかがんばって今日発送分の荷造りをすべて終えてからオークション出品作業開始。数は稼げなかった。

夜になって雨が降り出す。
1790歩 1.07km 17分 87.0kcal 0.5g

■2008/05/18 (日) 谷中散歩

この間女房と娘と3人で歩いたばかりだったが、ちょうどホライズンを持っていたこともあって、谷中散歩することにした。

芸大を出るとすぐに上野桜木へ出る。信号を渡って右手に古い醬油屋さんの建物を見て、左手に岡埜栄泉。スカイ・ザ・バスハウス横を左に入っていく。谷中は寺町なので、まっすぐ続く道に沿ってずっと塀が続いていることがある。その向こう側には墓地がひろがり、本堂の屋根が覗いている。空が広い。
まっすぐ進んでいる道がある一方で、昔からあるであろう細い路地が思わぬところから入ってきて交差する場所もある。戦災で焼けなかったため、戦前の街の様子の一端がこういうかたちで保存されている。
広い道の突きあたりが大きなお寺、という道の傍らに、何十年も前から立っていると思われるヒマラヤ杉のある分かれ道。その日陰に建つパン屋さんは今日も元気に営業中。
路地を歩いているうちに谷中銀座へ出た。せっかくなので夕焼けだんだんを写す。以前は平日にこのあたりを歩いていたので、ガラガラな商店街ばかり見ていたけど、休日となれば食べ歩きができる商店街として今や一大観光地化している感がある。これもひとつの再開発か。

よみせ通りをずっと歩いてしまいまで。大通りへ出る。都道457号線で、起点は千駄木。西日暮里を通って町屋の方までつながっている。途中、アラーキーの原点さっちんの舞台:三河島のそばも通るようだ。
再び路地を歩いて谷中方向へ戻る。途中スケールのでかい富士見坂があって、おばあさんがゆっくりゆっくり降りてくるところだった。
谷中銀座の夕焼けだんだん前に出たので、そのまま上がって谷中墓地。桜並木を歩き、再び上野桜木へ至る。上野公園を突っ切ってアメ横前。閉店した聚楽を写しておく。大混雑のアメ横を歩いてそのまま御徒町、秋葉原。Yカメラでキーボードカバーを購入し、帰りの電車に乗った。フィルムは6本も撮影していた。

車内では今日も「坂の上の雲」を読む。事態はいよいよ緊迫し、日露両国とも戦争準備に入っていく。
25978歩 15.58km 230分 1282.0kcal 38.4g

■2008/05/18 (日) バウハウス・デッサウ展

いつものようにビヤホールで昼飯を食べた後、山手線に乗った。上野でバウハウス展が開催されていた。

上野駅はものすごい混雑だった。公園を抜けて芸大美術館。初めて入るな、ここ。
バウハウスは1919年にドイツで設立された教育機関。一般には工業デザインで知られている。が、当然、デザインのその向こう側には緻密に設計された哲学が存在していた。
フランスでは同時期にアール・デコが興っている。やはり工業化が進んできたことで今まで主体だった手工業から機械生産へと時代がシフトし始めたことによる「肉離れ」が変化の背景にある。少数の手工業生産から大量の機械生産へと工業製品の作り方が切り替わるとき、製品の装飾やデザインもまた新たなデザインを必要とした。アール・デコは伝統的なモチーフ(植物など)をモダンデザインへと変換することを試みたのに対し、バウハウスはいきなり幾何学的な考えをデザインに持ち込んだ。

それは、展示されている作品を一目見ればすぐにわかる。丸、三角、四角、直線。これらを数学的に組み合わせたデザインが紙に書きとめてある。その結果出来上がってきた製品、たとえば、イスや食器、花器やランプシェードなどのデザインは非常にモダンで、製造年代がわからないほどに普遍性を獲得している。有機的な要素を極力排除して幾何学まで一気に進めたバウハウスデザインは、すでにひとつの頂きを極めていた様に思う。

有機物(アナログ)の頂点である人間が無機物(デジタル)の一つの局である幾何学にあこがれるのは自然なことなのかもしれない。その一方で、デジタルをそのままの形でアナログ(人間)は理解できない。この場合、その両者の間に立つ存在(インタープリター)がバウハウスだったのではないか、と思う。

カンディンスキー、パウル・クレー、ラスロ・モホリ=ナジ、ミース・ファンデルローエ。キラ星のごとく輝く、彼らビッグ・ネームたちはバウハウスにかかわっていた。
バウハウス校長室が実物大で再現されていた。非常にすっきりとした幾何学的なインテリア。直線と直角で構成された一切の無駄を削いだデザインは、ワタシには神経質に見えて居心地の悪さを感じた(^^;。
グロピウスから校長を引き継いだマイヤーが共産主義者だったことにより、ナチスから弾圧を受け1933年にバウハウスは閉鎖となったという。

内臓で写真を撮るアナログの森山大道的世界と、どこまで無機に近づけるかに挑戦したバウハウスの両極端な表現に触れたあと、ワタシの足は自然に谷中へと向かって歩き出していた。

■2008/05/18 (日) 森山大道展

いい天気。

今日は家族それぞれ別行動。息子はお友だちと映画へ。女房と娘は渋谷の児童会館で人形劇。ワタシは恵比寿へ森山大道展を見に行くつもり。

10時半に出て目黒駅から歩く。到着は11時すぎ。2階がハワイの会場になっていた。入ると壁が取っ払われており、ドーンドーンと大きな写真が壁面に並んでいる。インクジェットだね。舞台はハワイだが、森山さんは撮り方をいささかも変えない。そこにはdaido的世界が広がっていた。展示の最後にスライド上映もあり、ハワイでの撮影風景も時折流れた。さすがハワイだけに軽装なカッコで撮影に没頭する森山さん。首からGR、肩から一眼レフを提げてとっかえひっかえしていた。無論、フィルムカメラ使用である。
3階はレトロスペクティブ。ハワイとは打って変わってにっぽん劇場のころからのヴィンテージプリントが額装され、整然と陳列されていた。時代が下るにつれてプリントも大きくなっていくのは、やはり著名になったことの証だろうか。
写真とその横に時折掲げられている解説を見ながら展示を見進めていくと、その時その時の森山さんの様子がほの見えてくる。撮ろうと思い、シャッターを切る。そして、上がってきたネガを写真に焼く。このプロセスを経ることによって、その時森山さんの見た光景と時間は写真として定着される。それはまぎれもなく、森山さん自身の記録でもあるのだ。
60年代から続く活動は決して平坦なものではなかった。「内臓」で写真を撮る森山さんにとって、作品は自分自身の内面をさらけ出すことと同義だった。内面の劇的ともいえる変化がこの展覧会でも確認できる。70年代から80年代へ移っていくころのことだ。重く沈んだトーンで表現される北海道を撮影したあと、いきなり日向の明るい庭先に咲く牡丹の花が写っている写真が来る。
この間に何があったのかについては解説にある。70年代の終わりに「写真の肉離れ」が進み、極度のスランプに陥り写真の撮影ができなくなっていた、ということだった。
80年代に入り、「写真時代」に連載されたシリーズで復帰を果たした森山さんは、光を単純に捉えるという視点で再び自分と向き合い出す。その後、ヒステリックグラマーが発行する一連のシリーズで再び街にフィールドが移り、生まれ故郷の大阪の雑踏を撮影する。この中に千日前が大写しされた写真があってしばし見つめた。確かに元気でなければこういう写真は撮れない。

写真はまるで木の年輪のように森山さんの内面を記録していた。

■2008/05/17 (土) 1日店

晴れ。いい陽気だ。

出かける予定なし。1日店でみっちり仕事。やるべきことは積み上がっている。あとはやるだけ。やらねば前に進めない(^^;。

昨日神田を往復する間に「坂の上の雲」を読み進めた。子規が亡くなった。結核菌が身体の各所へ飛び火して最期は全身が痛んだとある。それはキリでつつかれるような鋭い痛みだったという。仕事をできるかぎり続けたかった子規は、体力が続く限り病床で書き続け、書けなくなれば虚子か碧梧桐を呼んで口述筆記させた。まさに執念だった。
これによって物語は子規を欠くこととなり、話は日露戦争へと進んでいくようだ。その前に、著者は日本の敵国となる露西亜について建国のルーツから紙数をかけて記述する。かの大モンゴル帝国のキプチャク国あたりから書かれており、ルーツには東洋的な性質が見えるようだ。
19世紀に至り、未開のシベリアまで毛皮を得るために徐々に移動してきた露西亜人はそのまま領土を拡げた。英国で起こった産業革命は生産物を飛躍的に増大させたため、その商品を売りさばくために商圏の拡大を狙う。この運動が帝国主義の根底にある。なるほど。
露西亜の領土欲は旺盛で、シベリアを南下して満洲に居座り、さらに朝鮮半島を狙っていた。ほかにインド方面でも南下政策をして英国を脅かしている。いずれ衝突するのは避けられない情勢となっていった。

荷造り作業が一段落したので、午前中からオークション出品作業を開始。さて、今日1日でどこまでできるだろう。

昨夜録音したロケットマンショーを聴く。なんと3時間半の放送枠。途中どうしても時間を埋めるための企画ものが入るが、基本的にほぼ一人でしゃべりっぱなしなところがすごいと思う。内容も考えさせられることがちらほらあって、意外と長さを感じない。

18時で店を閉めて、19時過ぎから夕食。21時からオークション落札品のメール書きを始める。23時には終わらせたから、今日は早い方だった。
いつもお買い上げありがとうございます。
1424歩 0.85km 15分 63.7kcal 1.5g

■2008/05/16 (金) 二往復

今日から愛書会展。

会場はオヤジが担当。ワタシはひとまず日常の業務をキッチリ終えてから古書会館へ。ただし、入札会に行く。
出品点数は多め。入札するべき品物も多かったが、ちょっと落札できそうもない(^^;。なぜか気持ちは弱含み。
昼飯は久し振りにうどん。値上げしていた。さもありなん。小麦価格があれだけ上がっているのだから。

店に戻ってクルマに乗り、古書会館へ。昨日オヤジが落札したカーゴ1台分と、今日ワタシが落札のカーゴ2/3ほどを載せて帰路。なんだかんだ言ってかなりの量じゃないか・・・。店に積み上げると通路がふさがった。まずいな。

早速夕食を食べて、ラジオを聴きながら仕事再開。荷造り作業の続きと、書類書き作業。ほかに仕入れが一件入っていたので、その評価を。仕事に切れ目がない。

ラジオでは大学教授がエコについてしゃべっていた。曰く、「エコにはいいエコと悪いエコがある」らしい。たとえば今日の昼に実感したうどんの値上げ。これは小麦の値上げによるもので、バイオエネルギーの導入までつながっていく。もともと穀物輸出国だった国が、バイオエネルギーの導入で作付を減らす措置を取る。また、バイオエネルギーの原料となる作物のために森林を切り開くことなども行われているらしい。なんのためのエコかわからない(^^;。
日本のような食糧輸入大国にとって、バイオエタノール使用は穀物価格上昇という悪影響のみ負わされる構造。

また、わざわざ税金を使ってエコ活動することの問題点を指摘されている。たとえばペットボトルの分別回収。回収するために余計なエネルギーと税金を使っている、と。回収されたもののほとんどはペットボトルにリサイクルされておらず、実際は焼却処分されているらしい。この活動自体が余計なエネルギーを消費しているため、無駄だ、という。
税金を使わなくてもできた回収作業、たとえばちり紙交換は、完全に民間で行い、かつ業者にとって採算が取れていた模範的エコ活動、と評価していた。
ほかに、空き缶回収(特にアルミ缶)は無駄にならないエコ活動と評価できるのだそうだ。原料のボーキサイトをアルミに精製するよりも再生する方がエネルギー消費量が少ないのがその理由。

地デジのことを調べているうちに日付が変わる。実は随分簡単に受信できるようなのだ。
8033歩 4.81km 76分 380.0kcal 9.9g

■2008/05/15 (木) 今日も1日店

一週間ぶりの快晴。布団干し。

朝飯を食べながら、録画しておいた「鯨とメダカ」を見る。田中邦衛、志田未来主演。下町女子三代で仲良く暮らすせんべいやさんと、一から築き上げた大会社社長さんの物語。放送時間が早いことからみてファミリー向けに作られていると思われる。
ストーリーというほどの強い話ではない。大会社社長(田中邦衛さん)がある日突然社長を解任され、呆然となっているときに、下町で強く生きる女性たちに出会って自分にもまだまだやれることがある、と再び奮い立つ話。
「しげじいは鯨みたいだね。アタシはメダカだけど。」「メダカだって海で発見されたこともあるんだよ。」現代の童話か。志田未来さんの元気な存在感が印象的だった。

明日から愛書会展。オヤジは少し早目の昼飯を食べてから神田へ出かけた。ついでに交換会を見てくるつもりらしい。ワタシは店で荷造り作業を鋭意。いつもお買い上げありがとうございます。

今日は息子が少し早目に帰って来る。すぐにお友だちもやってきたと思ったら、「おとーさん、エヴァンゲリオンのDVDある?」と。そーいえば一度見たきりだな・・・。お友だちと鑑賞会らしい。これだけ世代世代で価値観が違う現代なのに同じ作品を親子で見られるってのもすごい。

仕事をしながら、昨夜録音しておいたトータス松本のラジオ。ゲストがスガシカオ。この時間、民放だとシモネタタイムになるんだけど、さすがFMはキチンと音楽談義になっているところがいい。いや、別にシモネタがダメと言っているわけじゃなくて、シモネタはとりあえず芸人さんに任せて、ミュージシャンはミュージシャンにしかできない音楽の話をしてもらうのがいいかな、と思っているだけ。

オヤジが帰ってくる。「いやまいったよ。カーゴ1台くらい落としちゃってさ。悪いけど明日回収してきてくれる?」言いながらすげえうれしそうだ。今回の愛書会展ではたくさんのご注文を頂けたようで、もはや恒例になっていた野村監督ばりのボヤキは一度も聞かなかった。どうもありがとうございます。
今日も元気に仕事ができるってのが一番幸せだよねぇ。

二か月に一度の食事会で隣へ。皆おなかいっぱい食べてゴキゲンだった。
夕食後も仕事。
8704歩 5.22km 61分 511.2kcal 16.5g

■2008/05/14 (水) 1日店

朝から激しい雨。

朝飯を食べながら、録画しておいた月9「CHANGE」を見る。おそらく高視聴率確実、ということを受けてか、出演している人が豪華だ。そういえば、近年のキムタク主演ドラマって脇を固めている人がやたら豪華なことが多い。「ごくせん」のパート3と取った数字を比較されていたが、こちらは仲間さんの人気というよりも、生徒役である「美少年たち」の人気が数字を取っている、という説もあったりして、ドラマそのものの評価と数字がイコールになっていない現実が垣間見える。制作する方々も大変だろうなぁ・・・。

で、月9。「エンジン」以来の三枚目キャラっぽい主人公。長野でのんびりと星見人(ホシミスト)な小学校の先生。政治家だった父と兄の急死により、自分の意志とはまったく関係ないところで決められた国政選挙に担ぎ出される、という話。ありえねー、と言いたくなるギリギリの線上でストーリーは進んでいく。議員秘書・深津さんのカツゼツの良さとか、選挙プランナー・阿部寛さんの押しの効いたキャラがテンポよくドラマ全体を引っ張っていくので、予定調和的な選挙結果になることがわかっていながら見ている方もノセられていく感じ。ま、ちょっとCMが多い気がしたけど(^^;。
おそらく、このドラマシリーズ全体のテーマになるはずの、政治家は誠実でなければならない、ということは初回からしっかり描かれている。現職議員の皆さまはどんな思いでこのドラマを見ていらっしゃるのだろうね。次回が楽しみです。

雨は昼過ぎに上がる。晴れ間も見えたが、またくもり空。午後から女房はPTA総会に出席するため小学校へ。入れ替わるように娘が学校から帰ってくる。「今日はね、お友だち4人来るよ」 なんかすごい人気だな・・・。
「うちみたいに本だらけだと狭くてイヤなんじゃないのかな」と母親。娘に話を聞くと、部屋としてはウチが一番広いらしいんよ。たぶんウチにはベットがないから広く感じるんだろうね。

17時半すぎに女房が帰ってくる。今日でPTAの仕事はお役御免となったらしい。お疲れ様でした。

夕食後もラジオを聴きながら仕事。ゲストは選挙プランナーと言う人。あのドラマで阿部寛さんの役回りをする人だろう。曰く「選挙はラッキーと愛嬌で決まる」のだとか。政策じゃないんだね・・・(^^;
887歩 0.53km 9分 39.1kcal 0.4g

■2008/05/13 (火) 今日も1日店

くもり空。天気悪いなぁ。寒いし。

女房は昨夜真冬と同じくらい布団をかけて寝たそうだ。それくらい寒い。5月に遅霜が降りることがあるというが、おそらくこういう気圧配置になったときだろう。南海の梅雨前線に沿って台風が進んでくる、という形。台風に向かって強い北風が吹き抜ける。

ビデオ屋さんが半額セール中。昨夜は借りてきた「あしたの私のつくり方」を見た。成海璃子さん主演。小学生から高校生へと成長する女の子の心の動きを描いている。彼女たちが日常的に感じているストレスは、学校からだけではなく、ときには家族からも受けることがあるようだ。ケンカばかりしていた両親は高校に入ったころ、離婚した。この物語には、この世がストレスに満ちている、という視点が根底にある。
小学生の時によく遊んでいた女の子とのケータイメールのやりとりが物語の主要部分。小学校の卒業式以来心を閉ざしてしまった彼女の心を開こうとして、主人公はアドバイスを匿名のままメールしつづける。
主人公は自分の理想の女の子像を書いてメールする。受け取った女の子は転校先の学校で描かれた通りに振舞ってみる。面白いように彼女はクラスに溶け込めた。彼氏までできた。
そこで彼女は不安になる。今の自分は本当の自分じゃない。主人公もまた、自分の思う理想的な女の子と今の自分とのギャップに引き裂かれた。

主人公が理想的に思う女の子像が描かれているが、家族とも良好な関係を築き、友達とも仲良くできるごく普通の女の子の姿だった。それが”理想”となっているところに、彼女たちの苦悩が見え隠れする。どちらかと言えば、大事なのは今であって、これから先の自分の姿はほとんど触れられていない。彼女たちは何を目指して”明日”をつくっていくのか。

ずっと信じられてきた「今日よりも明日はもっと良くなる」という近代の物語はリアル世界で崩壊しかかっている。前が見えにくくなっているのは大人だけではない、ということの反映なのだろうか。この映画の中では、彼女たちにとっての救いと絶望が普段の生活の中で振り子のように行ったり来たりする。
相手を思うことで見失いかけた自分を再発見する。そんな青春なラストでは見ていたワタシも少し救われた気持ちにはなったが。

1日店で仕事。
9025歩 5.41km 74分 475.1kcal 18.8g

■2008/05/12 (月) 1日店

朝から天気が悪い。

数日続くらしい。今年の5月も天候不順だ。

昨日のお台場への行き帰りはもちろん「坂の上の雲」を読んでいた。なかなか長時間一気に読むことができないが、まあそれはそれ。もともとこの小説は情報量が多く、あまり長く読んで途中読み飛ばしになってしまっては何にもならない。こんな風にのらりくらりと読み進めていくのがちょうどいい。
日本の明治時代当時、スペイン領だったキューバで独立戦争が起きる。アメリカはキューバの方針を支持し、戦争への介入を始めた。このとき、秋山真之は海軍諜報部に所属のままアメリカへ留学しており、とうとう米西戦争に発展したアメリカとスペインの戦いの一通りを間近で経験することができた。
当時のアメリカ海軍はヨーロッパに比べれば格段に見劣りしたらしい。ところが、ヨーロッパにはない応用力を持っていた。たとえば、防御力を強化するには大砲をはね返す分厚い鉄板で覆うのがヨーロッパなら、アメリカは強くて薄い鉄板を開発しようとした。発想が若かったのだろう。鉄板の厚さは船の速度に跳ね返る。重くて遅いのがヨーロッパの伝統なら、軽くて強い船を作るのがアメリカの強みになる。
スペインはアメリカに大敗する。秋山真之は戦場に沈んだ船を事細かに調査した。そして、速射砲から放った弾がどれくらい命中していたのか、を精査した。それでわかったことは、あれだけ雨霰のように放ち続けた弾は意外に当たっていない、ということだった。スペイン兵が船から逃げたのは、内装に木材が多く使用されており、その部分から火災が発生したためだ、ということを突き止めた。戦後の状況を綿密に調査するということは、ヨーロッパでもあまり行われていなかった。ここで真之が製作した米西戦争の調査書の驚嘆すべき出来栄えは、後の日露戦争で日本海海戦での作戦を立てる立場へと彼を押し上げた。

荷造り作業に続いてオークション出品作業を始める。母親が「今年の夏休みはどうするの?」と言い出した。どうやらこの夏はどこかへ出かけたいらしい。何か考えなきゃな。
お茶の時間に隣のたいやき屋さんで”ジャーマンポテト”を食べる。意外においしい。
夕食後はオークション落札品のメール書き。いつもお買い上げありがとうございます。
2174歩 1.31km 21分 103.9kcal 2.0g

■2008/05/11 (日) リスーピア

雨。

朝はゆっくり起きて朝飯。食べ終わってから荷造り作業。いつもお買い上げありがとうございます。

急に気温が下がった。天気が悪いので室内で過ごせる場所、と思い、お台場のリスーピアへ行くことにした。どんなところだか知らなかったが、女房が調べてきた。実はどこだっていいのです。

雨が上がった。昼過ぎに出て、13時頃に東京テレポート駅。せっかくだから散歩をからめよう、と思ったため。昼飯を食べてからてくてくと15分ほど歩く。幅員のものすごく広い橋があって、ゆめのおおはし、という名前だった。国際展示場と東京テレポートを結ぶ歩道なのでこれほど広くしたのだろうけど、歩いている人はほとんどいない。向こう側から歩いてきた散歩犬が歩きながらワタシの顔をじっと見つめ、いきなりゴロリと転がったのにはちょっと驚いた。飼い主の女性がリードを引っ張ったら起き上ったけど、振り返りながら私を見ていた。かまってほしかったのだろうか(^^;。

で、リスーピア。パナソニックのショールームの中にあって、プラズマテレビの森を抜けた奥に入口があった。理数系の展示をしているからリスーピア。ちょうど教育テレビで放送するような内容を、実験器具を使ったり、動画を駆使して解説する。それほど混んでいなかったからよかったが、オープン当初は大変だったのではなかろうか。
3階に有料で入る場所があり、せっかくだから入ってみる。一人一人に首から提げる端末機器を渡され、会場内のところどころに設置されている青い光を放つバーにその端末をかざすと、その端末に解説が現れる仕組み。なるほどねぇ。場内は驚くほどすっきりとしていて、およそ科学館のようには見えない。この端末の中に展示物が仕込んである、という見せ方だった。

自然界に潜む数学、という展示がワタシには面白かった。言わずと知れた黄金比率の話や、フラクタル。円周率の解説。そして素数の話。たとえば17年セミはなぜ17年なのか。17は素数。素数は割り切れない数なので、セミの天敵(たとえばカマキリや鳥など)が数年に一度大発生する年に当たってしまう確率が著しく低くなる。これが10年周期(非素数)だと当たる確率が上がってしまうのだ。

数学もこんな風に教えてもらえれば興味も続くんだろうにね・・・(^^;。

最先端な感じは十分伝わってくる。その一方で、こういう展示ならネットで十分代用出来てしまうのでは、とも思う。さあ、この矛盾をどう解く?
12458歩 7.47km 113分 617.9kcal 18.7g

■2008/05/10 (土) 今日も往復

朝から雨。週末はずっと天気が悪いらしい。梅雨入りか。

以前は5月から6月にかけて好天が続いていた記憶がある。近年は毎年のように梅雨が先走る。つまり天気が悪くなった。季節感が変わってしまったと思っている。理由まではわからないけど。

朝からオークション出品作業。昨日作業ができなかったので頑張ったつもりだったが、途中五反田へ行かなければならないことになっていたりして、結局はかどらなかった。ダメだね。

録画しておいた「久世光彦」さんのTVを見た。「寺内貫太郎一家」など、昭和の家族を描くドラマをおもに演出された方だ。
ある雑誌にウチが取り上げられたことがあって、ウチの記事の隣に久世さんが古書店を訪れる、という記事が載っていた。そんなご縁を感じられたのか、一度だけ久世さんがウチの店にいらっしゃったことがあった。おもにウチのオヤジとサラリとした会話を交わしていた。柔和なイメージがあったが、それはお仕事ではないときだったからだろう。撮影現場でのオニっぷりが大石静さんから語られる。まだ駆け出しの脚本家だった頃、久世さんの出す”ダメ出し”が本当に恐ろしかったそうだ。仕事となるとまったく妥協しない徹底的な絵作りだったのだろう。
ワタシも昔はオヤジが怖かった。特に本のこととなるとその扱いに対してガミガミと言われた。もちろんワタシがこの仕事を始めてからの話ではない。小学生だった頃の話だ。価値を知らない者が大事な本を手荒に扱うことが許せなかったのだろう。オヤジの主張が一貫しているのは、ワタシだけではなく、店に入ってくる”お客”にまでその方針を押し付けたことでわかる。本の扱いがぞんざいな人には出て行ってもらう。声を荒げた注意をする。”お客”によっては押し問答になることもあるのだが、オヤジはひるまない。きっと自分の仕事に自信があるのだと思う。そういう姿を、面倒な性格だなぁ、と思いつつも、頼もしいと思って見ている。これ以上ガンコの度が進まないことを願いつつ(^^;。

しょこたんのラジオを聴きながら五反田へ向かう。途中ガソリンを補給。リッター149円かぁ・・・。店に戻ったらもう夕食の時間。1日が過ぎていくのは早いなぁ。
1923歩 1.15km 17分 95.6kcal 2.0g

■2008/05/09 (金) 二往復

全古書連大市会以来の交換会参加(^^;。

随分と間があいてしまった。こういうのを間抜けと云う(^^;。
発送作業を済ませてから昼過ぎに東横線。車中では「坂の上の雲」の続き。日清戦争が終わる。最終的に日本が大勝するのだが、実際は王朝末期の清が大敗した、とする方が正確らしい。清の軍隊は士気が非常に低く、最新鋭の軍艦と大砲を揃えていたものの、日本軍の攻撃を受けて簡単に総崩れとなるなど、そもそも戦う状況ではなかったようだ。世界史上初の本格的海戦が繰り広げられるなど、列強諸国の注目をも集める戦争となったようだが、操船技術に優れる日本海軍も大砲の命中率は清国を下回るなど、未だ発展途上であることは否めない。まして、必要以上に列強を刺激することになった結果、否応なく帝国主義世界の最前線へと放り出されたことになった。
正岡子規は講和会議が始まったころ、戦場となった地域を一回りしている。ところが帰りの船の中で喀血。重篤な状態となり、神戸において入院することとなった。

久しぶりの交換会。良い口が出ていた。入札後、昼飯を食べてアキバへ。小川町小学校跡ではシャクナゲがきれいに咲いていた。息子に頼まれていたUSBメモリを買いに行く。4GBで1770円とは驚き。帰りの地下鉄でも本の続きを読む。

店に戻り、荷造り作業をしばし行った後、クルマに乗って再び神保町へ。およそカーゴ1台分の荷物を載せて五反田に寄る。

店に戻って夕食。その後荷造り作業再開。2台使っているPCのうち、古いXP機のACアダプターの接触が悪くなっている。実はiPodのコネクタ部分も時折接触が悪くなるときがある。仕事に使っているデジカメも電池の蓋部分(プラスチック製)が壊れてきた。道具はできるだけ長く使いたいと思う方だが、最近の機械は本体主要部分ではなくそういう接触部分がダメになったりする(^^;。ヤワいなぁ・・・。雪谷往復。
15407歩 9.24km 127分 816.7kcal 24.5g

■2008/05/08 (木) 1日店

晴れ。

今日は店が開く。昨日オヤジたちは神代植物園へ行ってきたらしく、お土産にそば粉で作った煎餅をもらった。それと、4月から出かけたときに撮った写真を山のように見せられた。
秩父の有名な枝垂れ桜や、舘林にある樹齢1200年の藤の花など。確かにすばらしい。が、デジカメ特有の被写体際がエッジ立ったようなギザギザした絵で眼がこすれたか(^^;、見ているうちに鉛筆の先端を見つめ続けたような気分になってくる。枚数を見すぎたのかもしれない。1枚2枚見たくらいなら別になんてことはないのだが。
デジカメの絵が四角いドットを細かくして作られているので仕方ないことなのかもしれない。フィルムカメラで撮った写真を見てこういう気分になったことはない。アナログはやはり人間にやさしい。

午前中荷造り作業。しばし、明日提出する明治古典会大市会の原稿写真を撮影。以前経営員として働いていた頃、この大市会の目録編集作業に参加させて頂いたことがある。当時写真原稿といえばすべて紙焼きの写真を使用していたが、現在はデジカメで撮影したり、スキャナーでスキャンしたデジタル画像でも入稿できる、とのこと。時代は進みましたねぇ。実際に、写真原稿は一度デジタルで取りこんでから、トリミングしてレイアウトする行程になっているようだ。となれば、紙焼き写真を添えるよりも、デジタル入稿する方が編集される方の手間も省けよう。データをCDRに焼いて同封することにした。

明治古典会大市会は毎年7月に神田駿河台下・東京古書会館に於いて開催される古書の一大オークション。ここでしか見ることのできないような高価な本や肉筆ものなどが取引される。下見展観日なら一般の方も無料で入場出来、普段は文学館や美術館のガラスケースの向こう側にあるような品物を、実際に手に取ることも許される貴重な機会だ。もしその本が欲しければ、本屋さんに入札を依頼して手に入れることだって出来る。本の海で溺れたい古書好きな方なら十分楽しめる展覧会です。

午後はオークション出品作業。はかどらず。夕食時、頂いたイチゴを食べる。うまいねぇ(^^)。
8804歩 5.28km 66分 498.0kcal 19.5g

■2008/05/07 (水) 今日も1日店

朝から快晴。今日は店舗定休日。

子供たちは学校へ。ひさしぶりにTVを見ながら朝食。「篤姫」は彼女の婚礼を中心に話が展開しているが、実際にはその時代におけるものすごく狭い領域しか描いていない。政略、と言っていいのか、国難に臨むために大奥へ入る目的が語られるが、実際の歴史ではこの後大きな成果もないまま将軍継嗣問題が絡んで状況は一気に暗転することになる。それはそれは、皆殺しと言ってもいいくらいのとてつもない悲劇へと進んでいく。物語は長くなると幸せなまま終われない。何かを暗示しているような気もするね(^^;。

昼飯を食べながら「男の嫉妬」についてのTVを見る。外はいい陽気で、窓を開けると湿気のないカラッとした風が入ってくる。いい季節になりました。

食べ終わるころに娘が学校から帰ってきた。「今日はお友だちが遊びに来るよ」しばらくして呼び鈴。娘のお友達が二人いらっしゃった。子供たち3人で何をして遊んでいたのかは、仕事で忙しく知る由もないが、時折楽しそうに歌っている声が聞こえてきた。
そうか、ウチも”女の子のウチ”なんだな。そんな雰囲気は微塵もないが(^^;。

GW明けの今日は朝から忙しく荷造り作業。いつもお買い上げありがとうございます。昨日の夜は所せましと展開していた本がドーンと一気に減った。ありがたいです。

まだ”時差ボケ”が治りきらず、時折眠くなる。そういうときはムリをせず居眠りすることに。その後が楽。

夕食後はオークション落札品のメール書き。終えてからよっぽどランニングへ行こうかと思ったが自重する。
1236歩 0.73km 12分 56.8kcal 1.0g

■2008/05/06 (火) 1日店

朝から快晴。

今日まで子供たちは学校が休みだが、なんだか蛇足のように今日は余計な気がする(^^;。祝日は増えることはあっても減ることはない。今からそんなペースに慣れさせていいのかしら。

荷造り作業を終えてからオークション出品作業開始。久し振りに2時起き強行軍をしたので、まるで時差ボケのようにずっと眠い(^^;。今日も仕事ははかどらなかった。

仕事をしながら爆笑問題のJUNKポッドキャストを聴き続ける。実にものすごい分量があって、何日か聴き続けないと全部終わらない。はがき読みコーナー(今はほとんどメールだろうけど)にもずいぶん変遷があるようだ。最初面白かった「うまいこと言おう」コーナーも、途中からはパターンにはめ込んだように、うまいんだけどおもしろさがどんどん下がっていく。お笑いが芸術だとすれば、やはり同じ場所にはそれほど長くとどまって居られないようで、今現在好評の人妻枠もいずれはパターン化して事実上終わっていくのだろうね。

長かった連休もやっと今日で終わり。明日はほぼ1日荷造り作業で終わるはず。
8167歩 4.89km 60分 472.5kcal 18.7g

■2008/05/05 (月) 亀山湖

朝は2時起き。

約1年ぶりの亀山湖。身支度してクルマで出かけた。当然ながらアクアラインはガラガラ。海を渡ったらすぐに雨が降り始める。千葉は雨が多い。出発から1時間半で到着した。
5時から釣り開始。GWで混み混みかと思いきやそれほどでもなく、空きボートも結構あった。まだ暗いうちに一度アタリをもらったものの、巻きアワセで乗らず(^^;。残念。その後、島周り、サッタ下などグルグル回ったが、なかなか釣れなかった。
バスが居ないわけではない。それなりの大きさの見えバスは何度も見ている。オカッパリの人が何度も釣っていたから釣れない日ではないはずだ。そう思って頑張ったが、やはり釣れなかった。アタリももらえない。

こうなってくるとどんなに久し振りでやる気満々でも眠くなる。10時半ごろから1時間ほど昼寝する。昼飯を食べたら少しやる気が復活し、また島周りの岸際にへばりつく。2インチグラブを投げていたらようやくアタリ。サイズは26cmとまあこんなものかな。どうにかボーズはのがれた(^^;。
その後、ギルが引っかかってきたものの、結局バスにはお目にかかれず。さびしい釣果となった。どんどんヘタクソになっているなぁ・・・。どーやったら釣れるのかが、現場でよくわからなくなる。悠々と大きなコイが水面直下に群れで泳いでいて、これが釣れないものかと、暇つぶしネタを考えたものの、やめた(^^;。

15時で上がる。女房と子供たちを迎えに千葉市内某所へ。いつものように広域農道をひた走り、木更津北から館山道へ入ったまでは良かったが、市原から先がビッチリと大渋滞。仕方なく高速を出て一般道へ。ところが、こちらも大渋滞だった(^^;。ナビを駆使して検索を繰り返し、予定から1時間遅れでようやく到着した。すぐさま女房と子供たちを乗せて館山道を南下。今度はアクアラインがビッチリ大渋滞。川崎から木更津JCまで18km詰まっているとか(^^;。これほどまでの渋滞発生はかつて経験したことがない。

市原SAで夕食を摂ってしまうことに決定。Lで「絶品チーズバーガー」を食べてみた。かなりいいお値段だった。
そのうちに渋滞の距離は少しずつ短くなっている。木更津北で降りてガラガラの一般道を走り、金田から再び入路するうちに渋滞はほぼ解消されていた。

今日うまくいったのは、渋滞回避の方法論だけだったかな・・・(^^;。
到着は21時半。すぐにオークション落札品のメール書き開始。
3417歩 2.04km 33分 157.2kcal 3.8g

■2008/05/04 (日) 今日も1日店

朝からくもり空。

当初GW中は天気が良い、という予報だったはずだが、結局は天候不順のまま過ぎていきそうだ。まあ、天気がよかろうがどうだろうが結局はずっと仕事なのだけど・・・(^^;。

今日も1日店で仕事の予定。当初の予定よりも販売点数が伸びずに、店のバックヤードが片付いていないため(^^;。どうせ天気も悪いし。昨日のラジオで須藤元気さんも言っていたが、歩く、とか、走る、など運動をすると、アタマが余計なことを考えなくてすむために行動を阻害する考えが生まれにくくなる、と話していた。実は諸悪の根源って考えすぎることから生じる、というのがこの人の考え方。
行動する前に考え込むと結局やらないで終わる。みたいなことが起こるのは、すべて自分の内面の中で何かが整理されていないため。そういう時は歩いたり走ったりすると良いようだ。身体が元気であれば何でもできる、ってこれは猪木さんか。
何をやってもうまくいかないのは、身体に不調があるときなのだろう。それに気づいたから、ワタシは一年半前に運動を始めた。

ランニングは週に3回程度に抑えているが、本当は毎日でも走りたい。走った次の日は仕事の能率が上がることを経験として感じているから。これをどうにか毎日こなすことができれば、仕事も毎日能率を上げられる。・・・なんて、こんなことを”考えて”いるようでは、まだまだなのだよね(^^;。

よっしゃ。走ってくるか。
9445歩 5.66km 73分 521.5kcal 20.0g

■2008/05/03 (土) 1日店

昨夜もほぼ終電で帰宅。

結構酔っ払っていて、どうせすぐに寝られそうもなかったから、そのまま日記を書いた。直近まで読んでいた「坂の上の雲」のことばかり書いてしまった(^^;。
書き終わるころには眠くなった。27時だった。

結局うとうとしているうちに朝。ほんの少し二日酔い。朝飯を食べてしばらくしてから落ち着いてきた。普段あんまり飲まないから急に飲むとこうなります(^^;。

今日は土曜日なので鋭意オークション出品作業。荷造り作業も鋭意。いつもお買い上げありがとうございます。夕食後、落札品のメール書き作業へ移行する。

仕事をしながらビジネスラジオ。今日のゲストは須藤元気氏。元格闘家らしからぬ(?)理論派。アタマで考えると暗い方へと考えが進みがちだが、身体に判断してもらうと(つまり直感を信じると)、案外物事はうまく進んでいく、のだとか。
これは確かにそのとおりかもしれない。何かをあーだこーだと考えているうちに、いつしかやらない理由を探している自分に気づくときがある。やりたいものなら即身体を動かしてみること。動かしていくうちに状況はどんどん動き、たいていは自分にとって良い方向へと世界が開けていく。考えてしまうときは、身体が拒否反応をして停まっているときで、そのやりたくない理由(やめたい理由)をアタマが考えている状況だと見てほぼ間違いない。

そういえば、森山大道さんがかつてインタビューで「あなたは写真を頭で撮っていますか?それとも胃で撮っていますか?」と聞かれ、間髪入れず「そんなの胃で撮っているに決まってんだろ」と答えていたことを思い出す。
アタマは計算する。こうしたらうまくいくんじゃないか。こういえばやらなくてすむんじゃないか。対して胃(身体)は考えない。すべては直感だ。本能に従ってやりたいことや行きたい方向に素直な器官。胃で世界を見る。その向かう先には、おそらくアタマでは想像だにできない世界が広がっている。
3219歩 1.92km 30分 152.3kcal 3.7g

■2008/05/02 (金) 往復

GWも終盤に差し掛かっている。

ここにきて天気が良くない。明日まで不順は続くらしい。まあ、それはそれとして。

朝飯を食べながらトリックの続き。これを見たところで何の足しにもならないことは最初からわかっていながらも見てしまう(^^;。そーいうことってありますよ。案の定なんの結論もないまま話はいきなり終わる。2時間かけて語った上で何の実もないまま終わるのかよ、みたいな想いを残しつつ、そういうことって結構あるよね、と、そんな示唆だけ頂く。思えば登場するたびに眩暈を起こす旅館の女将の存在だけが謎のままで終わっていて、これまた、そういうことってあるのかもな、みたいな・・・。

今日の夜に飲み会の予定あり。お茶の時間にケーキを頂きつつ、18時過ぎに出かけた。

神保町往復の電車の中では「坂の上の雲」を読む。日清戦争についての記述。著者の司馬遼太郎は結果のすべてを知る立場で概況について書いている。そういう著者の立場を理解した上でこの記述を読む必要があると思う。日清戦争は日本が勝っている。歴史は常に勝者が書くものと決まっていた。この物語の記述からもそういうニュアンスが滲んでくる。
日清戦争が開戦する。理由は朝鮮を独立国として認めよ、ということだった。日本側には露西亜の南下政策が頭にあった。いつまでも近代に移行することなく旧体制の考え方のままで朝鮮を属国扱いする清国の対応に日本はいら立っていた。このままでは防衛体制の整わない朝鮮が露西亜に占領される。朝鮮半島は大陸から日本へ拳を打ちおろしたように接近していた。朝鮮が露西亜領になってからでは対応できない。日本が危ない。これは幕末に薩摩の島津斉彬公が唱えた世界観で、西郷隆盛が征韓論を唱える根拠となった考え方だが、斉彬公も西郷隆盛もいない明治20年代に至り現実と化した。日本と清国の世界観の違いが戦争の引き金となった。

当時の最新艦船による海戦の様子が描写される。大砲と厚い装甲を持つ軍艦を2隻所有する清国に対し、日本海軍は速度の速い巡洋艦を中心とする軽艦で対応する。速度の遅い清国艦隊がV字型の隊列を組めば、日本は縦一列に並び速度を上げて敵艦隊に接近した。清国の艦隊が距離5kmで最初の砲撃を開始するものの当たらず。巡洋艦で編隊を組む日本側は3km以内に接近してから砲撃を開始。近距離のためにほとんど命中する。4時間以上の海戦の末、清国艦隊は12隻のうち4隻が撃沈。日本側は1隻も沈んでいない。すげえ・・・。
3842歩 2.30km 36分 181.0kcal 4.7g

■2008/05/01 (木) 今日も1日店

気がつけば5月。

朝飯を食べながら、ずっと前に再放送を録画しておいた「トリック」を見る。おそらく第三シリーズだと思う。スリットなんとかさんが出てきて「裂けてー!」と叫ぶ話。ストーリー展開はほぼパターンが出来上がっている。だいたいいつも同じような話だが、小ネタを楽しんでしまうので、意外と飽きない。でも、やっぱり最初のシリーズが一番面白かった、かな。

今日は気温が高く、夏日すれすれまで上がった。北海道ではなんと30度を超えたとか。どーなってんの?

発送作業を鋭意。いつもお買い上げありがとうございます。忘れていた目録データのアップデートを昼飯を食べた後に行う。ボケボケだなぁ(^^;。

気持ちはしまらないまま、仕事もはかどらず、気がつけば夕食の時間。まあこんな日もあります。
9456歩 5.66km 70分 542.6kcal 23.1g

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