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■甘露日記 2006年08月

■2006/08/31 (木) 往復

朝から快晴。

空には絹雲が棚引く。湿度の低いスカッとした空だ。空気は秋になっていた。
学校は二学期制となっており、夏休みは従来よりも短縮された。息子はもう何日も前から学校に行っている。今週末には体育祭があるという。娘も今日から学校へ出かけた。久しぶりに女房と二人でゆっくり朝飯を食べる。
親子の濃密な時間、というのが、ワタシにとってはウットーシー時がある。ただでさえ仕事場がウチなので、夏休みとなると始終顔を付き合わせることになるからだろう(^^;。息子にとってもそろそろ親から距離を取りたくなる時期ではなかろうか。ウチに居る時は大抵機嫌悪そうにしているのが証拠だ。
ただねぇ、残念なことにウチが狭いもんでね(^^;。そんなわけでワタシは意識して仕事場に篭って仕事に打ち込むことになる。

発送荷物を作っているうちに昼飯の時間。食べ終わってモタモタしていたら交換会に出品しに行かなければならない時間が近づいていた。出かけることにする。
いつもどおり中原街道から国道一号。麻布十番、溜池を通過して国会前。今日はこのあたりがかなり混んでいた。内堀通りを通って気象庁前を右に入り、駿河台下に至る。おおよそ45分で到着した。混んでいたのは一部だけだった。
カーゴに降ろして控え室に入れる。丁度落札品を引き取りにきていたMさんにお手伝いいただいたりして。ありがとうございます。月曜日の荷物を引き取って載せる。カーゴ半分強。帰路に着く。帰りはすいていた。途中、いつものようにセルフの給油をして中原街道をすいーっと走った。丸子橋前の坂を下りる。前方には夕焼け。左手には白い月が浮かんでいた。

店に戻るとオヤジがデジカメで撮った写真を近所のカメラ屋でプリントしてもらってきていた。見ると手ぶれがあるのかいまいちピントの甘い写真が多い。はっきり後ピンに撮れている花もあったりして(^^;。こういうのはパソコン画面で確認して省けばいいのにね。まだ使い方に慣れていないらしい(当然か)。やりがいがありそうですな。

ワタシもT3で撮ったフィルムを出していたことを思い出し、回収に行く。6月の野島崎、8月の日光、この間の岡本太郎が写っていた。ヤバ。デジカメに毒されているね・・・(^^;。カンゼンに。

■2006/08/30 (水) 写真の整理

昨日はクーラー関係で部屋を片付けるのに必死だった(^^;。

思っているよりも部屋は散らかっているものだし、思っているよりも要らないものが増えていた。ワタシが担当した仕事関係のものは別として、生活面を担当した女房の方からは、大きいゴミ袋3個分の廃棄物が出た(^^;。何年もこの要らないものと一緒に生活していたことになる。
もちろん買うときにはすべて必要なものだった(と思う)。でも、その”必要”は最初の1回だけだったかもしれない。繰り返し使ったが、最後に捨てることを忘れてずるずると残っていたものかもしれない。こういう”過去”を振り払い、生活空間を幾分かでも取り戻すと爽快な気分にはなる。きっと一時的なものだとは思うが(^^;。

整理をしていて目に留まったのは写真の多さだった(^^;。お恥ずかしいことに、現像から帰って来たままの姿で袋に突っ込んであるネガとプリントがそこらじゅうから出てきた(^^;。持ち帰って一通り見て、袋に入れなおしてそれっきり、というパターンだ。家族で出かけたときの写真なら、女房や子どもたちに見せるため台所に置くからか、生活空間の場所から数年ぶりに”発掘”されたりする。そこには当時の姿が”化石化”して定着されていた。

女房は意外に印象が変わらないが、子どもたちの変化にはただただ驚かされる。
当時息子はちょっと小太りで「お父さんに似てきたね」と言われていた状態だった。ここ数年で急激な成長を遂げた。背が伸びて肉が落ち、肩幅が広がった。そして、あまり笑わなくなった。
娘は今よりもふっくらとした丸顔で濃い髪の毛を額に垂らしていたため、ちょっと暗い印象だったが、今は背が伸びて足が長くなった。髪をミツアミにまとめたので当時より表情が明るくなった気がする。
たった2、3年前の写真だが、ここには別人が写っている。

写真は捨てられない。捨てよう、捨てても平気だ、と思い込むように努めているが、いざとなると捨てられない。かといって普段から眺め暮らしているわけでもない。毎日今を生きるのに精一杯だ。もしかしたら取って置くだけで一生見ない写真もあるかもしれない。

数年に一度、思い出したかのように過去を振り返る時がある。そのとき写真があれば気持ちが落ち着く。見始めるとズルズルと際限なく見続ける。そんな時、今の自分にとってどんな作家の写真集もワタシの写真にはかなわない、と思う。

アンカーとしての写真。写真とは自分が歩いてきた道そのものだ、と思い、やっぱり捨てないことにする。

■2006/08/29 (火) クーラーが来た

今日はクーラーの取り付け日。

それでだろうか、朝から久しぶりの晴れ。気温はどんどん上がっていくようだ。朝飯を食べる前に仕事をしていると、取り付け工事の業者から電話があった。朝11時ごろに来るとのことだった。
今日に備えてクーラー周り、階段、屋上と、通路の確保のために動いた。まずイヤと言うほど積み上がっている本(^^;。店の片側に突っ込んだ。階段にも本が積み上がっているので、これも階段じゃない場所に移動。あとはクーラー周りと屋上。このあたりは生活のためのごちゃごちゃしたものが自然に積み上がってしまってワタシでは手を付けられない(^^;。女房にお任せした。
朝、仕上げの移動をいくつか終えて、どうにかクーラーをお迎えする準備が出来た。

息子は夏休みが終わって学校へ行っている。娘はまだ休み。こういうなにか特別な雰囲気の日は娘もちょっと楽しいらしくて、無意味にアッチコッチうろうろしている。ワタシが仕事場にいると、「あともう少しで11時だよ」と逐一報告に来たり(^^;。11時ごろって言ってたから11時キッカリとは限らないよ・・・。

女房が娘を連れて買物に出たとき、到着の様子。早速シャッターを開けてお迎え。通路の確保は万全だった。
古いクーラーの取り外し。室内機はホコリダルマ状態だった(^^;。室外機と結ぶホースも取り外され、壁には大穴が。取付金具を設置して新しいクーラーが据え付けれられ、室外機も取り替えられた。工事はおおよそ2時間くらい掛かっていた。標準工事費のほかに、室外機の屋上設置料金が差額分だけ別に掛かった。

途中昼飯は女房が買ってきたパンを工事の邪魔にならない作業場で食べた。本に囲まれているので、汚さないように娘に注意する。

設置終わりました、と工事の方に呼ばれて行くと、試運転でスイッチが入っていた。ブォーとかなり勢いのいい風が元気よく吹き込んでくる。やっぱり新品だとこんなに快適なんだなぁ・・・(^^;。省エネ設計にもなっているから、古い壊れかけのエアコンを無理して使うよりも地球にやさしい(はず)。6万円と少しでエアコンが新しくなるんだから安くなったものだと思う。

夕方になって息子が帰ってくると、早速エアコンの説明書を読みながらリモコン操作をあれこれやっていた様子(^^;。まあ男の子だから新し物好きはよろしい。

残念ながらもう夏は終わり。エアコンの活躍は冬の暖房時に持ち越されそうだ。

■2006/08/28 (月) 往復の車中で読む本

夜も朝も涼しい。クーラー故障中ゆえ非常にありがたい(^^)。

今日も交換会へ行くことに決めていた。月曜日で大量の発送荷物を荷造りした後、なんとか時間間に合ったので12時過ぎの電車に乗った。今日は中央市会特選市。2フロアに溢れるほど本が並んでいた。壮観な光景だった。

行き帰りの電車で今読んでいる本は「ブ」で買った「写真とことば」と云う本で、飯沢耕太郎氏の編著。氏によってセレクトされた写真家25人の文章と、それに対する飯沢氏の解説で構成されている。写真家の文章は、時に叙情的だったり、物凄く難解だったりするが、氏の時代背景まで含めた解説のおかげで作家の言わんとすることは一応理解できる。今日は半分読んだが、その中で印象的だったのは土門拳氏の文章だ。ちょうど対比出来るように木村伊兵衛氏の文章はその次に並べられている。

土門氏曰く、絶対非演出の絶対スナップを基本的方法とするリアリズム写真だけが社会的現実そのものに直結する可能性としてここにある、とし、サロン・ピクチュアたる”演出写真”は下らない道楽と切り捨てる(^^;。かなり尖がった主張だと思う。だが、この文章が書かれた1953年と現代とでは何もかもが違う。当時の空気がわからない以上、この主張が行き過ぎかどうかの判断は出来ない。飯沢氏は土門氏のリアリズム写真に至った経緯がわかる、と冷静に受け止めている。未だ至るところに戦後が残っていた時、写真家として立ち向かうべき問題は何か、と自分を先鋭化させていった土門氏の溢れる想いは充分に伝わってくる文章だ。

木村伊兵衛氏の文章はライカについて。写真とは絵画と異なるものであり、自然を切りとるワクを決め瞬間をつかまなくてはならない、とする氏の写真観が、ライカを持つことで実現できる、とする。大判カメラでは撮影に制限があるが、小型判のライカなら露光時間、絞りなどの制約が少なくなるため、その瞬間に対応しやすい。
流動的である”瞬間”にどう立ち会うか、が、氏の写真の根幹で、迎え撃つための最高の道具が氏にとってはライカだった。

突き詰める土門氏。流れに対応する木村氏。両者の写真観の違いは端的に作品に現れているが、こうして文章を対比させてもらうとより納得できる。
・・・それにしても、土門氏の文章の激烈なこと(^^;。他人はおろか自身にも絶対に妥協はしない・許さないという考えが良くわかる。こんなに自分を追い込めたらさぞや辛いだろうに・・・。

■2006/08/27 (日) 新橋まで

今日も曇り空。涼しい。

息子は部活。娘は公園で遊びたい、と女房を連れて出かけていた。ワタシは一通り仕事を片付けてから昨夜半額セール中のビデオ屋さんで借りてきた「容疑者室井慎次」を見始める。一連の「踊る」ワールドだが、青島刑事が出てこないためか、全編を通じてストーリー的に明るくない。ちょこっとスリーアミーゴが出てくるだけだった(^^;。やはり踊るシリーズは青島刑事のキャラに負っていた部分が大きかったと改めて思う。ギャグからシリアスまで大きく動かすキャラを演じた織田裕二さんの存在感。ストーリーは権力闘争がからまっていてわかりづらい。どうして室井管理官が逮捕されるのか、も、あまりハッキリしない。あれがもし現実なら現場は混乱するだろうなぁ。
小説よりも激烈な事件が現実に起こるような現代では、いかに奇抜な話を考えてもあまり奇抜に感じられなくなる。ひょっとして、だが、小説や映画、TVドラマを意識した形で事件を起こそう、という動機が生まれているのではないか、と心配になる。・・・まさかね。

丁度見終わった頃に女房たちが帰ってくる。昼飯を食べているうちに息子も帰って来た。さあ、出かけるか。ひと働きしたあとだからか、娘も息子も出かけたくなさそうだった。実は汐留の岡本太郎を見に行く今日が最後のチャンスなのよ。イヤイヤの子どもたちを引っ張り出して東横線に乗った。息子はずっとCDを聴いている。娘は女房とずっと話をしていた。

新橋到着。地下道を通って汐留へ。結構人が居ると思ったら、日テレは24時間テレビを放送中だった(^^;。カオナシ風の絵が描いてある黄色いTシャツを着たスタッフが大勢。明日の神話広場も人で一杯だった。娘は「こわいー」と言って見ようとしない。太郎さんの絵は恐いらしいね。絵を見るのもそこそこに日テレ見学。さすがに人が一杯で移動も大変。土産物売り場にはグッズやらお菓子の売り場がある。ジブリものも結構あった。
おなか減ったという子どもたち。モスバーガーの復刻店があって創業当時のメニューで出してたので4つ買って食べた。
ステージではどこぞの漫才コンビが上がって人だかり。大型スクリーンには亀梨くんの大写し。人を集めるのがウマイよねぇ。

新橋駅。息子は疲れたので先に帰るという。娘と女房とワタシの3人で有楽町まで散歩しよう、ということになった。ガードに沿ってあるく。しばらくしてBカメラが見えてきた。

■2006/08/26 (土) デジカメ講座

今日も曇り空。クーラーが故障しているので涼しいのは助かる(^^)。

この間の旅行ではデジカメでも写真を撮ってきた、とオヤジ。そもそもデジカメはパソコンの周辺機器として存在しているので、パソコンがあってこそその実力を発揮できるのですよ。
というわけで、パソコンに画像を取り込む作業を説明する。朝店に降りるとオヤジがパソコンとデジカメ一式を持参していた。

母親も来たので説明開始。まずは付属のCDから取り込み用のソフトをインスト。しばらくの後、USBで取り込んだ。ところが、それからあとの閲覧作業が難航する。説明書を見ないと操作がわからないようなタコソフトだった(^^;。ナンダこりゃ。こんな普段から使うなんでもないソフトを説明書読まなきゃ使えないように作っちゃダメだよ。あえてメーカー名は伏せる。

で、ワタシが普段使っているキヤノンのソフトをインストールする。こちらはもちろん日常的に使っているので直感的な操作が出来る。もっとも、このソフトも説明書を読んだことはないので念のため。いいソフトとは説明書が要らないソフトのことを云うのです。高性能は要らない。軽くて使いやすいのが一番。

最初のソフトで取り込んだら、日付などは無視でずらっと全部が同じフォルダに押し込められていた。キヤノンはその点しっかりしており、ちゃんと日付ごとに別フォルダを設けて後からの整理をつけやすい形で取り込まれた。ド素人のオヤジたちが見ても圧倒的にキヤノンがいいと言った。サムネイル画像をダブルクリックすると画像が画面いっぱいに表示される直感的操作も気に入ったようだ。先のソフトにはそれさえない(^^;。やっぱりキヤノンはこういうのも作り慣れてるなぁ、と云う印象。

オヤジたちにはパソコンの教則本のようなものを渡したはずだが、もうそういう知識は飛んでしまっているらしい(^^;。無理もないことだが、このデジカメを通じてパソコンへの興味が途切れなければなぁ、と思う。実際にパソコンに何か仕事をやらせていないとパソコンそのものに触らなくなる。
まあ、それで生活に支障が出てないんだから、それでももちろんいいんだけどね・・・(^^;(なら買うなよ)。

デジカメで撮った絵はパソコンに取り込んでパソコンで保存する。これが基本。パソコンは壊れたり買い換えたりするから、画像バックアップのために外付けHDを別に買って、と話をすると、「またカネがかかるのか」とオヤジ(^^;。それを言っちゃあおしめえよ・・・。

■2006/08/25 (金) 2往復

今日も夏の終わりを思わせるような曇り空。意外と涼しい。

と思ったら朝飯を食べる頃に雨。こういう天気が多い。今日は明古がある。早めに発送の作業を済ませてから出発する。
一渡り入札。ううむ、あれもこれも出てるなぁ。いい値段になりそうな・・・。ここでその値段に付いていくのかやめるのかはワタシ次第。やはり突っ張って行くべきだろう、と思う自分と、でもこれくらいの値段じゃないと売値が思い浮かばないよねぇ、と思う自分が葛藤する。結局両者が納得しそうな落しどころ的な数字を書いてしまう(^^;。これで落札できるようなら苦労はないのだが・・・。

入札を済ませた頃、昼飯へ誘われた。古書会館近くの蕎麦屋さんへ。食べ終わって皆さんは古書会館へ戻られた。ワタシは一人本屋へ入ってしばし逍遥。文庫本のコーナーをウロウロと歩くも読みたいと思う本に巡りあわず。そもそもここは置いてある本が多すぎてどこを見ていいのやらという感じだ。これだけ揃えてあるとむしろ迷ってしまう気もする。最近本の面だし陳列が流行っているが、それは本の背ばかりズラリでは目的の本が探せないことに端を発していると思う。背っていくら見ていてもアタマに入ってきていないものだ。
まあ、消費者って沢山あると見つからないといい、絞ると欲しい本がないと嘆くもの(^^;。
地下鉄路線図が実際の地図の上に重ねてあるものを買って出る。地下鉄の駅に貼ってあるといつまでも見てしまうあの地図だ。
帰りの電車で早速折り畳んで広げる。すると早速そこかしこで変な箇所が・・・(^^;。多分ワザとやってんだろうなぁ。でもなんでわざわざこんな一目でおかしいとわかる形で書いてあるんだろう?

店に戻る頃には晴れ間。女房とお茶を飲んでから荷物の回収しに再びクルマで神保町に向かう。ふとこの二往復する時間がもったいないのでは?と考える。となると昼ごろにクルマで古書会館付近の駐車場に停めて入札して、終わる頃にクルマで乗り付けて荷物を回収して帰る、と言うことになるか。パーキングメーターは1時間300円。調べると付近の駐車場はおおよそ1時間600円だった。高い。5時間居たら3000円になってしまう。
北の丸公園の駐車場が穴場だ、と聞いたことがあるが・・・。ううむ、確かに安い。

適当な折り合いを付けた札はやはり弱かった。ワタシにとって主要な本はみんな持っていかれた(^^;。
帰りは道が混んでいた。店に戻れたのは19時。すぐに夕食。

■2006/08/24 (木) GR

朝から晴れ。布団を干す。

朝飯を食べ終わって仕事を始めるころになって外が暗くなってきた。と思ったが早いか、バリバリっと雷が落ちた。娘のキャっという悲鳴が上から聞こえた。それくらい唐突だった。
とたんに豪雨。なんだか亜熱帯のような天候ではないか。こういうのをスコールというのでは。
しばらくしたらさっきの勢いがウソのように晴れ間。ありゃなんだったのだろう・・・(^^;。

今日は交換会へ行こうと思っていた。先週が夏休みだったので、支払いも溜まっていた(^^;。別に不払いしていたわけじゃありませぬ。お休みだったのですよ。
靖国通り。カーッと照りつける真昼の日差しに道行く人の表情もヤレヤレといった表情。ワタシも汗だくでTシャツはビッショリ濡れている。きっとワタシもヤレヤレな顔をしていたはずだ。

入札を終えて秋葉のYカメラへ向かう。なんだ毎回行ってんじゃんか(^^;。今日は何か買うつもりではなく、先日故障したGRを修理に出すため。全然前向きではない。ん、もう。こんなことで販売店に行かなきゃならない消費者の気持ちを考えて欲しいなぁ。不良品は売・ら・な・い・で。
向かう途中、お蕎麦屋さんの隣にあるカフェの店先に硝子でできた鯉が二匹。涼しげだった。

GRを受付けてもらう。係の人に何を言っても始まることではないが、一応一くさりぶつけてみた。このカメラ保証期間中に二度も壊れたんですが、この機種って故障が多いですか? もちろん知らないんだと思うが、係の人は適当に答えてごまかしていた。代わりにもらった修理票の備考欄に「今回で二回目の修理です。しっかり修理して下さい。」と書き込んであった。少しはワタシの怒りが伝わったらしかった。修理から戻ってきたら・・・どうしてくれようか。

店に戻る。とっとと仕事を開始。発送荷物は少なかったので、すぐに出品作業を始めた。さすがに8月は仕事に集中できる時間が少なかった。それがちゃんと売り上げの数字に表れていた。9月はもっとがんばって数字面でも上げていかないと、な。
昨日、一昨日と東北へ行ってきたオヤジたち。二日目は山で土砂降りの雨にたたられたらしい(^^;。まあ、今年はしょうがないよ。ウチも天気はあんまりよくなかったから。

夕食後も仕事。

■2006/08/23 (水) エアコン

毎日蒸し暑い日が続く。

それでかどうかは知らないが、エアコンがついに壊れた。スイッチをONにしてもランプが点滅するばかりで動かない。買ってから11年と少し。まあ使用頻度を考えればよく持ったと思わなければならないだろう。すでに以前1度修理をお願いしているので、今回はあっさりあきらめた。そのときの修理代が高かったからだ。

買い換えることに決めて、まず思い出したのがジャパネットのチラシ。たしかまだあったはず、と新聞を積み上げてあるところから引っ張り出す。あったあった。随分高性能のモデルを特価69800円と書いてあった。すぐに電話をかけて頼んでしまっても良かったのだが、ここでハタと立ち止まり、ネットで検索をかけてみようと思いつく。検索してみてよかった。8月も終わりに近いこの時期、量販店では在庫処分セール中だった。取り付け工事費サービス、送料無料の文字が躍る。しかも価格は59800円だった。別に高性能じゃなくてもこの価格ならいいや、と即決。ポチっとした。

で、古いエアコンの取り外し・リサイクル費用が別にかかる。こちらは法律できまっていることでもあり、サービスなどはなし。それでも貯まっていたポイントを使ったりしたので総額6万円ほどで済んでしまった。ジャパネットでは送料や工事費もさらに追加されるので実際の支払額は9万円近くになる。

エアコンの場合には取り付け工事の日程を決めなければならない。そのあたりをどうするのかな、と思っていたら、夜になって電話がかかってきた。「今混み合っておりますので29日になりますが。」それでお願いします。「それでは追って業者さんの方から時間などの連絡があると思いますので」ということだった。エアコンのような家電でもネットで発注ができるという世の中。消費者の都合はどこまでも優先されていく・・・。

にしても、エアコンのない日があと一週間続くのか。ここに来て夏が終わりかけているのが不幸中の幸いだが、朝起きると着ているTシャツは汗でビショビショになっている(^^;。早く取り付けて欲しいものだ。

夕食に日光のお土産・刺身湯葉が出る。つるっと一口。おいしい。結構高いけどね・・・(^^;。

■2006/08/22 (火) 1日店

長時間の運転と少し短い睡眠時間。メ一杯の予定(^^;。

旅行は確かに疲れる。なら行かなければいいじゃないか、と言われれば返す言葉もございません(^^;。まあそれでも行きたいのが旅行ですよ。疲れなんていつかは取れるもの。旅行はいつでも行けるものじゃないからね。

今日からオヤジたちが旅行。ウチのクルマは東北道を2往復することになった(^^;。もっともオヤジたちは福島まで足を伸ばしていたが。
福島となるとワタシはもう新幹線での移動を考える。ただ、やっぱり高速道とガス代をあわせてもクルマの方が断然安いんだよねぇ。運転のウデに覚えのあるオヤジとしては新幹線で移動という選択肢自体が存在しないのかもしれない。辛いのはその運転に付き合わされる同乗者だが・・・。

昨夜は帰ってから日付が変わるまでずっと仕事三昧だった。日記を書こうと思ったが睡魔に襲われて思うに任せず、さわりの部分だけ書いてHPを更新してから寝た。寝ることに関しては旅館ではなかなかうまくいかない。まず枕が低い・やわらかい。ワタシは高めで硬い枕が好きだ。今回も座布団を枕に敷いて高さを調節した。次に布団。大抵羽布団だがこれじゃあ暑過ぎる。案の定娘は布団を蹴飛ばしてぐるぐる回っていた。ただ寝相が悪いんじゃなくて暑くてじっとしていられないんだと思う。まあ、旅館は真夏だからってタオルケットを出すわけには行かないか・・・(^^;。羽布団だと高級に見えるからねぇ。

そんなわけで、今朝は昨日の日記書きから仕事開始。3000字になったから昼前までかかってしまった(^^;。こんなことばっかりやっているから仕事が進まないんだよね。でもやらなくちゃ気になって仕事にならないけどね・・・。

実質ルーティン仕事に戻れたのは昼過ぎだった。なんとなく眠くて能率がなかなか上がらなかったが、夕方過ぎからラジオを聴きだし、どうにか軌道に乗せた。GLの軽さがいい。

夕食後もラジオ。聴いていると石田衣良氏がゲスト。IWGPの作者だ。氏の考えによれば現在の就職難はベルリンの壁崩壊に端を発しているらしい。曰く、共産主義体制が崩壊して全ての国が資本主義となり、全世界的に競争時代に突入してしまったため、ということだ。企業は常に競争を強いられ目先の利益を追わざるを得なくなっている。
だが、リストラもほどほどにしなければ、いずれ消費者が消費できなくなり、消費不況が起こる。氏の視線はマクロからミクロまで幅広かった。

■2006/08/21 (月) 世界遺産日光 その2

本殿に上がり係の人のお話を聞く。

曰く、徳川家康公が戦乱の世を終わらせ、それ以降の近世256年間は戦のない世の中となった。これは世界史上ほかに例がなく、東照大権現様は平和の神様として祀られております、とのこと。なるほどそれはその通り。ただし、その平和が破られたきっかけは日本人自らが欲したわけではなく、大砲をぶっ放して脅す某国に開国を迫られたからだ。256年間日本人が平和に過ごす間、世界は大航海時代を経て帝国主義の時代に突入していた。日本はいきなり食うか食われるかの世界へ投げ出されることになった。食われる、とは、言わずもがな列強の植民地になるということだ。実際アジアの多くの国は列強によって植民地化されていた。

この東照宮の建築群は着工からわずか1年半の間に完成されたという。ものすごい突貫工事だと思う。それも幕府の権威を高める効果を果たしたものだろう。
それにしてもなぜ日光だったのか。風水的な意味から江戸の鬼門に東照宮を置いて守る意味があった、とも云われているが、高速道路を使ってぶっ飛ばしても3時間かかる場所である。この場所に建てられたことの意味はなんだったのだろう。
いずれにせよ、現代に至っても各地には各地を代表する観光地があり、その中心に神社仏閣が位置している確率は高い。
係の人のお話は本殿の中の装飾や彩色に使われている岩絵の具へと進み、ほんの少し修理するだけで2万円くらい費用がかかることなどが説明される。最後にお守り販売の宣伝があって話しは終わった。

陽明門から出て本地堂(薬師堂)へ進む。ここの天井は鳴龍で知られる。神仏習合の結果、鳥居をくぐった境内の中にお寺も入る。中には神将像が並ぶ。鳴龍最初の絵は薬師堂とともに焼失したため、堅山南風が復原した二代目。説明する方が打つ拍子木が天井と床で共鳴して”鈴のような鳴き声”に聴こえる。ここでも最後にお守り販売の宣伝があって話しは終わった。

境内は飲食禁止。ちょうどお昼時に入ってしまい、娘はお腹減ったとなんども訴えていた。全部拝観終わり、参道を降りて先ほどクルマを停めた土産物屋の2階で昼飯を食べることにした。思っていたよりも東照宮が禁欲的な場所で、土産物は売るが食べ物は一切売っていなかった。
湯葉を使った定食が手ごろ価格だったので女房とワタシはそれを頼む。息子はカツカレー。娘はハンバーグライス。食べ終わって土産物を見てから帰路についた。

■2006/08/21 (月) 世界遺産日光 その1

日光へ向かった。ウエスタン村のある交差点から裏道へ入る。

いわゆる広域農道。あたり一面田圃風景。もう8月も終わるというのに垂れ下がる穂はほとんどない。そのど真ん中を走る車はウチのほかになかった。専用道のつもりで快走。神橋の袂に出て東照宮を目指す。土産物屋の駐車場に停めて参道へ向かう。砂と砂利の混じった広い広い参道は背の高い木々に囲まれて涼しい風が吹く。東照大権現の鳥居をくぐって表門前で拝観券を買う。大人1300円。いい値段だな。

入ってすぐに三猿の神厩舎。猿の前で記念写真を撮る人多数。三つ並ぶ神庫のうち中神庫は修理中だった。正面に陽明門。小学校の修学旅行で来て以来か。参道の石畳では通路として足りないらしく、玉砂利の上に木で補助参道が敷いてある。世界遺産登録後確実に参拝者が増えた事情が読み取れる。

絢爛豪華という表現が東照宮には当てられることが多い。ところが以前森山大道さんの写真を見たときにはそんな雰囲気は感じられなかった。モノクロで大きく切り取られた陽明門は重く沈んだトーンから浮かび上がるように描かれ、ポジティブな美しさとは無縁だった。ゾッとするような妖気を含んだ姿として表現されていた。
日本のバロックと美術史家は言う。たしかに簡素さで人びとを魅了する日本文化の特徴からはかなり離れた形式だと思う。過剰なまでの装飾。作られた当時は今以上にキンキンきらきらしていたのではなかろうか。なぜこれほどまでにバロック的な装飾が施されたのだろう。

眠り猫の門をくぐり石の廊下と階段を杉木立のなかを進んでいく。ちょうど本殿の真北裏側に奥宮があり、東照大権現の墓所となっている。江戸時代はこの奥宮へ入ることの許された者は将軍様のみ。こうして拝観料さえ払えば誰でも入れる世になってまだそれほど経っていないという。
見る人が見なければ見たところで「ふーん」で終わってしまう可能性は高い。信仰とは見たか見ないかにはたぶん関係ない。信じる人の心の問題だと思う。宗教施設としての東照宮と、美術的観光的施設としての東照宮がこうしてせめぎ合っている。

曇り空で涼しいとはいえ、階段を登ってきたので汗だくだった。竜王峡といい東照宮といい、今日は昇り降りする場面が多い。階段がすべて石で出来ているので、降りるときも慎重に。何人もビデオカメラを持った外人さんとすれ違う。皆さん非常に興味深い様子でレンズを向けていた。

■2006/08/21 (月) 竜王峡

旅館の朝。7時に目が覚める。

夜中はずっと雨が降っていた。雨粒が屋根を夜通し叩いていた。ポタンポタン、パラパラッというそのリズムがなんとなく心地よかったのか、気になることはなかった。
朝飯も部屋食。部屋は6人部屋だったから広くて良かった。食べ終わって早々に出発する。天気は曇りながらも雨は上がっていた。今日はまず竜王峡へ行ってみることにした。
クルマで鬼怒川を川治温泉方面に進んでいく。途中コンビニに寄って水を買っておきたい。ちょうどいい場所に大きな駐車場を備えたコンビニがあった。おおっと、珍しい建物が隣にあるぞ。おかめと天狗の看板も効いてる「鬼怒川秘宝殿」だった。熱海も有名だけど、鬼怒川にもあるんだね。これってやっぱり新婚旅行のメッカだった頃の名残なのかしら。

すぐとなり竜王峡の駐車場は無料。みやげ物屋が軒を連ねる鳥居をくぐって急な九十九折の階段を降りていく。大きな滝が現れた。名前は虹見の滝という。竜王神社という立派な名前の神社が大岩の上にチョコンと座っていてなかなかのもの。虹見橋という素敵な名前の橋を渡り、整備された遊歩道を歩くことにした。
最初ぴょんぴょんと皆の先頭を歩いて「あしもとごちゅういくださーい」なんて調子よかった娘も、あたりが薄暗くて水気の多い場所を歩いているうちに心細くなってきた様子。湿地を飛ぶ大きなトンボを嫌がるなどかなりナーバスになってきた。20分ほどでむささび橋に到着。袂にある茶屋の椅子に座って一休みさせてもらった。
出発する。すぐ横に水芭蕉群生地なんてある。夏なのでもう大きな葉を茂らせていたから、あの水芭蕉のイメージではなかった(^^;。
深い緑の天井。湿気が多くひんやりとした空気。サンショウウオの生息地があったり、そこかしこから水が流れて鬼怒川へ小さな滝となって流れ込んでいる様子といい、山紫水明を地で行ってる場所だ、と思った。

ぐるっと峡を軽く一回りした格好。案外平坦な道を歩いて駐車場に戻る。気がつけば汗びっしょりだった。熱い空気でじっとりとかいた汗ではなかったのでむしろ気持ちいい。これぞデトックス。オヤジたちが山歩きにはまった理由はこんなところにあるのだろう。女房に背中を拭いてもらったり。さっき買った水は空っぽ。一休みのつもりでみやげ物売り場をしばし逍遥する。お土産に蕗味噌や湯葉を買う。子どもたちのリクエストで湯葉ソフトクリームを買って食べた。

■2006/08/20 (日) 日光江戸村 その3

16時過ぎに出て鬼怒川温泉方面に向かう。程なくして今日の宿に到着。チェックイン。汗を流しに大浴場へ。少し熱めの湯に半身からゆっくり浸かる。はあ、いい湯だ。シーズンは過ぎたのか、お客は少ないようだった。誰かの鼻歌を聴きながらゆっくりした。
18時から部屋で夕食。鮎を頭から齧り、生湯葉を刺身のように醤油で食べる。ビールがウマイねぇ(^^)。旅行には欠かせない。すき焼きまで食べてお腹一杯。ひと寝入りしてからさっき撮った写真をPCに取り込んで女房とざっと見る。皆寝静まってから日記を書き始めた。

温泉に入っても日記病は癒えません(^^;。

■2006/08/20 (日) 日光江戸村 その2

そのあと、すぐに花魁ショーの会場へ。開演すると花道を使ったかんたんな花魁道中から始まる。この独特の八の字な歩き方。三歩進んで二歩下がる、のような、効率を度外視したなんとも優雅な姿だった。ここでも前説でおひねりの説明が。満員の場内が沸く。
花魁遊びの様子はほどほどにここでもいわゆる典型的な時代劇世界が描かれる。人情モノにして最後をまとめるのがお約束か。もうちょっと太夫の立ち居振る舞いを見たかった気もした。
外に出ると昼飯でも食べようかと言うことになった。江戸の町並みを再現した通りの両側にはあれこれと食べ物屋が並んでいる。どの店もそばとかうどんを出すようだが、良く見ると「らーめん」や「かれいらいす」なども文字も。「ここへ来てカレーはないでしょ」という女房の意見もあり、茶店風のそば主体の店へ。ワタシと息子は定食。娘と女房はそばを頼んだ。そばはちゃんと手打ちだった。
12時から屋外の櫓下で水掛竜神升神輿の巡行が行われると予定表にある。行ってみると升を重ねた形の神輿が屋外ステージ上に置いてあり、程なくして町人姿の行列が入って来た。良く見るとさっきの忍者劇場で颯爽と演技していた人も居る。皆さん休みなしって感じだね。真田幸村も服部半蔵も練り歩く沿道から水を掛けられてびしょびしょになりながら神輿を担いでいた。これは夏休み限定のイベントらしい。

外は雨が降ったり晴れ間が出たり。より一層蒸し暑い感じ。汗がダラダラと出る。北町奉行所で遠山裁きのショーがあるので並ぶ。ここが一番人気らしく、開演が近づくと行列はどんどん長くなっていった。奉行所のお白洲が再現された劇場。満員で立ち見・補助席まで出た。役者の科白にアドリブが混じる。「やはり夏休みはありがたいのう。9月からが正念場じゃ。」まあ本音だろうね(^^;。
人情モノを基本に適度なギャグが入って子どもたちも楽しみやすいステージだった。娘は最後おひねりを投げていた。
最後に水芸を見る。あまり期待していなかったが、始まってしまえば面白く、一体どうやって水を操っているのかな、と思う。こういう伝統芸能をナマで劇場形式にしてやっているところが貴重。映像で見るとつまらなく思えるようなネタだとしても、ナマで直に見れば迫力もあって楽しめるものだ。劇場という空間がきっとそういう効果を生み出す装置なのだろう。「思っていたよりもずーっと楽しめたよ。」と女房。普段結構クールな意見を吐く女房の褒め言葉。

■2006/08/20 (日) 日光江戸村 その1

家族旅行の日。今回は鬼怒川に宿を取ったので、まずは日光江戸村へ行ってみようということになった。近場とて気合を入れて朝は5時起き。6時過ぎには出発した。クルマの中でパンをかじりながら羽田から湾岸へ入る。そのまま葛西まで進み左折。あとはひたすら北上し、川口から東北道へと入った。羽生PAでいったん休憩。お腹すいたということだったのでホットドックを買って食べた。その場でパンをレンジで温め、千切りキャベツと焼いたソーセージを挟んでくれた。値段のわりにおいしかった。まだ7時過ぎという時間だったが、PAはかなり混雑していた。気合を入れたつもりで6時には出たがこんなの普通らしかった(^^;。
宇都宮から日光宇都宮道路へ。ここからはガラガラ。今市ICで降りて一般道。ナビの案内のままに進んでいくといつの間にか到着。江戸村の極手前にある民間駐車場に入る。600円でわずかながら安かった。空はあいにく曇り空。晴れ女どうした?さすがに山間部は厳しいか。

9時過ぎに到着。入場料は割引券を使っても4人で13000円と結構なお値段。実はワタシはここを訪れるのが二度目。大学の卒業旅行で来たから、ええとかれこれ16年前(!)か。よくぞ残っていてくれました。門の内側ではお侍のカッコをした人がズラリと整列。「おはようござります」と大きな声で挨拶。なんとなく恐縮しながら進む(^^;。

さて、ここは江戸の町並みはもとより、数々のショーが売り物だ。入り口でもらった劇場開園スケジュールを見ながらどうするかを検討。あと20分ほどで始まる「大忍者劇場」から見ることにする。列に並ぶ。見る見る行列は伸びていった。
曇り空で雨も落ち始めた。蒸し暑い。汗を拭きながら待っていると開場。入るとき白い半紙を渡された。劇場内は冷房がきいていて涼しく、一息ついた。それほど広くない劇場内はほぼ満席となった。まずは前説から始まる。曰く「写真撮影はご自由でござる」。あ。そうですか。「お配りした紙はおひねりにお使いください」とのこと。なんだか大衆劇場のようだねぇ。場内大笑いの前説で観客をあっためてから本編が始まった。
ま。お芝居のことはあまり多くコメントしません(^^;。でも、舞台を立体的に使った仕掛けは、終盤のアクションシーンで効果大だったと思う。服部半蔵と真田幸村・猿飛佐助の死闘。終わった後の舞台挨拶。乱れ飛ぶおひねりの雨。

■2006/08/19 (土) 仕事仕事

朝から快晴。暑い。

まあ暑いのは仕方ない。どうやったら出来るだけ快適に仕事ができるか、だ。扇風機くらいしかないんだけどね(^^;。

今週一杯は皆さんお休みされているようで、ネットでの動きは少なかった。その分だけ仕事に集中し、一応アップした点数だけなら増やすことが出来た。8月はがんばっても金額は行きません。これはもう毎年のこと。8月は維持でいい。秋から冬にかけてが本屋のがんばり時ですから。

食事のときとか高校野球を見ている。やはり面白いねぇ。今大会は打撃戦が多いらしくて、新聞やネットでも話題になっている。ホームランも大会新記録が出ているようだ。高校生の体力が上がっているのだろうか。昔高校野球といえばセーフティバントに送りバント。とにかく1点や2点をどうにか取ってあとはひたすら守る、というのが良く見られる光景だった。チラッとしか見ていないがバントがほとんどない。点差が開いてバントではどうしようもない展開だったからかもしれないが。
高校生の体格がよくなったので野球も変わったようだ。でも変わらないことが一つ。ピッチャーの重要性。やはり強豪チームにはいいピッチャーが必ず居る。ピッチャーがダメならどんな強打のチームでも残れないようだ。勝つよりも”負けない”方が最後は強い気がする。勝てるチームじゃなくて負けないチーム作り。勝負は常に時の運。勝てるチームは負けることもある。勝てる確率を上げる努力も大事だが、最終的には負けないチームが残っていくと思う。負けないチームは逆境に強い。どんな世界も一緒だと思うね。負けないこと。続けられる方法を考えて行きたい。
いよいよ明日が決勝戦。

息子は今日も部活。娘はプールに行けなくて女房について歩いている。昨日歯医者で抜いてきた歯を見せてくれた。歯の形をした入れ物だった。

午後、息子が部活から帰ってくる。一緒に友達も。よく冷房もかけないこの暑い部屋へ来るなぁ、みんな。キャッキャいいながら遊んでいるようだった。今の子どもたちは外よりもインドア派が多いのかしら。まあバスケもインドアスポーツだけど。

早めの夕食を摂り、オークション出品作業を仕上げる。今日は取り組みやすい商品だったので数を稼げた。ちょっと満足。

■2006/08/18 (金) 今日もやっぱり1日店

朝から快晴。ウルトラマリン。

女房は朝から娘と一緒にプールへ行ってくるという。普段行っているスイミングでは遊べないから、ということらしい。まあわかるけど。息子は今日も部活で昼前には出かけていった。ワタシは今日もダラダラと仕事を続ける。

どうしてもGRの故障に納得がいかなかった。ほかのコンパクトデジカメとは一線を画す高価格で購入したからだ。そんな高級デジカメが普通に使用していて保証期間中に2度も壊れた。昨日からずっと機嫌が悪い。

そーいう気持ちを抱えていたらお一人お客様がご来店。ワタシの大学時代の先輩で、ウチら夫婦の結婚披露宴の司会をしてくださった方だった。いろいろお話をしているうちに気分がほぐれた(^^)。よかった。どうもありがとうございます。おまけに本も買ってくださった。ありがとうございます。

気分はほぐれたがGRの故障は直しに行かなきゃならんなぁ。でも保証書がどこかへ紛れてしまって見当たらない。故障するのが悪いのに修理費はこちらが負担するという事になるのだろうか・・・。大型液晶TVの「亀山モデル」がバカ売れしているというが、そういう気分が遅ればせながらよくわかった。

女房たちが戻ってきたのが13時過ぎ。遅い昼飯を食べてから仕事を続ける。午後は午後で娘の歯を抜きに歯医者へ行くというし、息子は予防接種を受けに行くらしい。みんな忙しいねぇ。何も予定がないのはワタシだけか(^^;。まあ、ないとは言いながら仕事だけどね。しっかりしないと。

昨日キレイに咲いていた綿の花は今日落ちていた。あんなにキレイだったのにね。花の命は短くて・・・。

夕食は冷やっこ中心に。別に節約しているんじゃなくて、夏は暑いからつるっと入っていくものがいいんですよ。もともとあんまり動かないんだから栄養の摂り過ぎ。ビールも控える。でも痩せない(^^;。

■2006/08/17 (木) 今日も1日店

昨日もそうだったが、まるで梅雨のような天気。

朝から曇り空で雨も少々。今日から息子は部活が始まる。そろそろ夏休みも終わり。二学期制なので夏休みが前よりも少し短くなった。夏休みが短くなるのはいいことだと思う。もっと短くてもいいくらいだ。自分もそうだったが、中学生の夏休みはやることがなくて毎日をもてあましていた。途中から学校が待ち遠しかった。

台風が近いようで蒸し暑い。晴れたり曇ったり雨が降ったり風が吹いたり。こんな日は冷房にあたりながらのんびり仕事したいものだが、ワタシの仕事部屋にはエアコンがなく、扇風機が回っているのみ。この蒸し暑さはいかんともしがたい(^^;。まあ仕方のないことなんだけど。

今日も元気に仕事をしていると、娘が仕事場にやってきていった。「おとーさん、デジカメかしてよ。」いいけどどーするの?「うちがそだてたわたの花がさいたんだよ。それをデジカメでとってしゅくだいにするの。」どれどれ、ワタシも見に行こう。
屋上では女房が洗濯物を干していた。太陽は出ていたが空の向こう側には黒雲が漂っている。女房は用心して屋内に広げていた。で、綿の花。ピンク色した花びら。結構きれいなグラデーションで思っていたよりも可憐な花だった。これが綿になるのか・・・。なかなかロマンチックだな。どれどれ、ワタシも写真を1枚、とGRを取り出してマクロボタンを押すと反応がない。ありゃ?ほかの十字キーを押してみるがどれも反応がなかった。十字キーの真ん中にあるOKボタンも壊れていて、とりあえず普通の撮影をするにはなんとか支障はないが、マクロやフラッシュ撮影が出来なくなってしまった(^^;。

このカメラでの故障は二度目。デジカメはこのほかに何台も使っているが、故障したのは唯一このGRのみ。ちなみにGRよりもずっと前に購入したペンタックスもキヤノンも毎日かなりハードに使っているが、一度も故障していない。
ただ、カメラとしてのGRは名機なので、マクロとフラッシュが使えないのでは修理してもらうしかない。その間の1ヶ月の撮影をどうしよう、と思い、中古でいいから買おうかな、とネットで検索を掛けたりする。今や中古で5万円そこそこになっている。思わずポチっとしそうだったが、プロじゃあるまいし同じ機種をもう一台買うのもバカらしいと思い直した。

■2006/08/16 (水) 1日店

朝から雨。なんだか夏が終わったような雰囲気。

でも、時間が経つにつれてジワジワと気温が上がり始めた。暑い。蒸し暑い(^^;。
ここ数日行事が続いてなかなか落ち着いて仕事に当たれなかったが、今日は朝からやっと仕事に集中できる。まずは朝一番のルーティン・荷造り作業を一通り。終了後は店に積み上がった本の中から今日出品するものをセレクトする。いわばこの作業がネットの棚を作ることに当たる。仕入れた本の中からのセレクトなので決して思ったとおりの世界を展開できるわけではないが、たとえ思ったとおりの世界を実現できたとしてもそれが売り上げに直接結びつくとは思わないのであまり気にしない。そのときそのときで勝負する。それを絶え間なく継続できればいずれ思ったとおりの世界は近づいてきてくれる(はず(^^;)。

昨日立ちっぱなしだったので、足裏が正直痛んでいた。慣れない地下足袋の感触も原因だろう。それでも、単純な疲れらしく時間が経つにつれて和らいできた。ただ歩いていた感じだったから疲れたのかもしれない。適度に運動すれば血が巡ってそれほど疲れが残らなかったのではなかったか。まあ、普段からの運動不足ですよ。でも運動不足は言ってみれば職業病だ。机にかじりつかなければ本屋は仕事にならないのだから。

昨日の夕刊と今朝の朝刊は大きく靖国参拝の記事。解説ではやはり的外れな論理が展開されていた。詳しくは書かないけどね。
少し前の大停電。どこの線が切れた、と報道され、ここを切ったのでこのルート沿いのこのあたりが一斉に停電した、と図に描いていた。それってウラを返せばここを切れば東京は今回のように機能停止しますよ、と言っているようなものじゃなかろうか。いいのだろうか。そんな重大な情報を垂れ流して。マスコミは常に他人を批判するが、自己批判はしない。構造上仕方ないと言われればその通りなんだけど、どう考えても自己批判なしが一番の問題だ。

仕事をしながら今日もラジオ。高校野球は熱戦が続いているようだが、ラジオでは聴かないなぁ。野球の魅力はラジオでは伝わりにくい。やはりそこはTVの威力。AMは聴かないのでどうしても音楽番組が多くなる。今どんな曲が流行っているのかがわかる。ダラダラと仕事を続けた。一山作業が終わったところで夕飯。

女房自家製のふりかけをかけて食べるご飯はウマイ。これまたお得意のキッシュとともに頂いた。

■2006/08/15 (火) 大神輿渡御

いよいよ当日。外は曇り空。目覚ましの鳴る10分前に目が覚めた。

早速いくつか仕事を片付けてから朝飯を食べ、着替えて出る準備。地下足袋に袢纏。8時少し前に出発すると雨がパラパラと落ち始める。新丸子駅に向かう通勤の皆さんに逆らいつつ、日枝神社へ向かった。

すでに大神輿が社殿の前にドーンと鎮座。本当に沢山の人がお集まりだった。集合時間前に各団体の皆さんがお集まりになったうえで記念写真。それこそ老若関係なく。皆さん最高の笑顔。晴れ舞台。

宮司さんによって一連の儀式があり、いよいよ神輿が立ち上がった。社殿3周してから渡御開始。外に出れば中原警察の警備のほか、我々赤襷隊、丸子分団(消防)、鳶の方々でスムーズな神輿の通行を守る。
「ヨイサ!ヨイサ!」の掛け声と神輿会の方の笛。揺れる神輿。大勢の人。この雰囲気に酔う。肩を入れている方々はこのリズムと負荷によってトランス状態になっているのではなかろうか。

30分から40分間隔で神酒所から神酒所まで。途中何度か大通りを渡る場面があり、そういう時には中原警察が警備に当たる。特に丸子橋前の交差点は難所で、信号機をずっと赤にして神輿が渡り終わるまでクルマを通さないようにしていた。そりゃもう大騒ぎ。

囃子保存会の方々がトラックの荷台の上と、いわゆる籠のような移動式櫓とで軽快な太鼓と笛を絶えず演奏している。行列の先頭には宮司さんと、氏子の方。宮司さんは神輿の進む先をお祓いしながら進む。その後ろには各町会の町会長さんが続く。
八幡町、丸子通一丁目、天神町、丸子通二丁目と進んだ後、丁度お昼ごろに新丸子駅着。駅の改札前で神輿が暴れる。今日の渡御のハイライトだ。

14時まで昼休み。東町会の神酒所で昼飯をご馳走になったあと、いったん店に戻って荷造り作業をする。全て終わらなかったが、出来た分を女房に託す。

駅を発した神輿は小杉駅前をかすめてから親和会(東2、3丁目)、東町会へと進む。赤襷隊のワタシは、神輿の進むコースに障害物がないかチェックして進む。意外と足元の植木が危ない。放置自転車やバイクもヤバイ。駅前の道は意外に狭くて作業に難儀する。

東町会を出発して山王1丁目、山王2丁目と進んで、あとは日枝神社へ無事戻った。神輿の担ぎ手は丸子地区に限らず、いろいろな場所からいらっしゃっている。ワタシなんぞの出る幕はなかった。

境内で何度もグルグルと神輿は回った。夕暮れに投光記。セミの大合唱と人の声。それらすべてが”祭り”だった。

■2006/08/14 (月) 祭りが始まった

朝から快晴。

昨夜は早めに休んだが、やはり生活のリズムを崩すと眠気が取れにくい。もうあんまり早起きして釣りに行くのも控えないとなぁ・・・。釣れねーし。
例の外来魚の法律が出来てからバスは減り始めたんじゃないかしら。そんな気がする。毎年この時期もボート屋さんはボートが出払っていた記憶があるのだけど、昨日はかなりあまっていた。バス釣りそのものがかなり下火ってる。汐かもな。

今日から日枝神社はお祭りで、お祭りっ子の娘は神輿だ山車だと出かけていった。ワタシにとっては普段の月曜日。要発送荷物の荷造りに追われたが、さすがにお盆なので件数は少なめだった。
昼飯を挟んでオークション出品作業を断続的に。先週は思い切って量を買ったので、店の通路は本で埋まっている。これが甘露書房の普段の風景となった。望むところである。

夕暮近くなったところで、いよいよ近づいていた家族旅行のチケットを受け取りに隣駅まで歩く。昼間の暑さがウソのように外は涼しい。梅雨が明けてまだ2週間ほどしか経っていないが、すでに秋の気配だ。夏は短い方が美しいのかもね。空には夕焼けしたいわし雲。こういう時歩くのは好きだ。
チケットを受け取って帰路。昔はお盆といえば商店街軒並み閉まっていたものだが、最近はそうでもない。チェーン店や大型店舗が増えたためだが、それで既存の商店が圧迫されている。ウチもその例から洩れない。

明日のお祭りで赤襷隊のお勤めがある。人が居ないからと頼まれたが、商店街にはたくさんの人が歩いている(^^;。歩いている人を呼び止めて聞いてみれば「オレやります」と答える人は何人もいらっしゃるんじゃないかしら、と思いながら神酒所へ向かった。
袢纏をお借りして戻る。地下足袋は自分で用意してくれと言われ自腹で購入する。結構高かった(^^;。
思わぬ歓待を受けて戸惑った。まあまあまずはビールを、と勧められたが、仕事中ですから、と麦茶にしてもらう。ちょうど町内神輿の出発時間が迫ってきていた時間なので、皆さん食事の真っ最中。お弁当をお土産に頂いた。ありがとうございます。

夕食は千葉づくし。直売所で売っていたという枝豆はなんだかものすごく豆の味がしてうまかった。お父さんが作っているラッキョウはまるまるとしていて大きい。女房がスライスして味噌をつけて食べる。こりゃ間違いないや(^^)。

時折ウチの前を御神輿が通り過ぎた。そのたびに女房も子どもたちも覗いていた。

■2006/08/13 (日) 亀山湖など

朝は2時半起き。

亀山湖へ出かける。今月から出船時間が5時半となったので、5時過ぎに船宿へ到着するように按配する。道中夜中(早朝?)にもかかわらずクルマは多め。さすがお盆休みか。しかし到着すると船宿の駐車場にクルマはまばらにしかなかった。
パッと見目立つのはヘラ師の皆さん。今回は団体で、というわけでもなかったが、確実にヘラのお客が増えている気がする。
出船する。曇り空。これは行けるのでは、と期待を込めて桟橋周りから始めた。・・・ところが当たらない。全然当たらない。これはどうしたことかなぁ。ヘラ師の皆さんは島裏にずらっと船を固定。こうなれば終わるまで動かない。ポイント消滅。

島周りを攻め終わってしまう。結局当たりはなし。つぼりとへ移動。おかっぱりの方々も釣りしていた。邪魔にならないように端っこを攻めていたら当たる。ただし、20cm(^^;。最近トンとサイズに見放されてます。
ワタシの釣った様子をみておかっぱり班の皆さんがワアっとワタシの釣ったあたりに投げ込み始める(^^;。もう居ませんよ。移動する。

つぼりとの葦原を攻める。カバーにスプーンを突っ込んで引っ張りだすとバスがバッと飛び出してスプーンをかったくった。合わせる。ググッと手ごたえ。こりゃ大きいかな、とリールを巻き始めた直後、ロッドが軽くなった(^^;。ラインブレイクだった。スプーンは持っていかれてしまった。なんだよもう。サイズがでそうだとこれかよっ!

今回はなぜか昼寝できなかった。その後2回バラシと10cmのミクロバス釣れた(釣れた内に入らない)。あとはギルが引っかかってくるのみ。久々に完敗の結果だった。ボーズにも等しいね。

女房の実家へ迎えに行く。新たに建てたウチがあるということで、今まで行っていた場所とは別の場所。今までより便利な場所だった。「ごてんみたいでしょ」と娘。うん、確かに。よく千葉の道を走っていると見かける豪華な外観だった。すごいね。「うちまた虫にくわれたの」と腕と目の下を見せる。腫れてるね(^^;。千葉の蚊はそーとー強いらしい。

しばらくおしゃべりしてから帰路。出発すると急に豪雨となる。まるで沖縄で経験したスコールのようだった。高速に入って10kmほど走ると雲の圏外に抜けたらしい。とたんに青空と夕焼けだ(^^;。なんてゲンキンな。

途中和食ファミレスで夕食を済ませ、店に戻る。仕事は全部やらずにまずは寝ることにします。

■2006/08/12 (土) 五反田を往復

曇り空。

午後から雨の予報。女房が実家へ出かけているので朝飯を買いに出る。その時、昨夜作ったのオヤジの”不機嫌の元”を出す。回収業者はちゃんと来てくれるだろうか(^^;。駅前では祭りの準備。ワタシの出番ももうすぐだ。

パンとトマトジュースの朝食。よくホテルに宿泊したときの朝食にトマトジュースを頼む習慣がある。飲むと一味足りない。「塩分無添加」とあった。なるほどいつものは塩が入っているんだね。

つい思い立って昨夜から仕事もせずにジブリものを連続して見ている(^^;。昨夜は天空の城ラピュタ。やっぱりね、ゲド戦記にはエンターテイメント性が足りないと思う。ラピュタの次から次へと繰り出す見せ場、細かい演出、それがラストへ向けて無駄なく繋がっていく構成などは改めてスゴイと思う。上映時間中観客を”飽きさせない”のはやはり監督の力量の差か。飽きてもいいから自分の納得できるものを、と最近はオリジナリティを前面に押し出す方もいらっしゃるが、作ったご自分が納得できるものを作るのはアタリマエで、その前提の上で楽しみに見に来た観客を意識できる作品に仕上げるのが大事だろうと思う。実はそーとー難しいんだと思うが。
今日は「千と千尋」を見てますよ。改めて。やっぱりね、細かく作りこんである。相当緻密に。観客を意識してる。そーとー神経質に。

オヤジの不機嫌の元はちゃんと回収されていたが、オヤジは未だに怒り心頭に発する状況のようだ(^^;。まあまあこんなことくらいでイライラしててもしょうがないでしょうに。
昼飯を食べてから五反田へ電話。15時過ぎに回収へ行くことになった。空が一段と暗くなったと思ったら雷が鳴り出した。雨も降ってくる。上空に寒気が入ったらしい。次第に雷が頻繁に鳴り、雨も強くなってきた。丁度雨が強い頃に五反田へ出かける時間となった。
中原街道は思ったよりも混んでいてなかなかスイっと進まない。確かにトラックとかは少なく、自家用車が多い。まあ世間はこれから1週間夏休みですよ。

夕食の時間。母親が作ってくれた。昨日はネギトロ丼。酢飯にきゅうりとミョウガが混ぜ込んであってサッパリと食べられる。ウマイ。今日はカレー。ニンニクとショウガが効いていて、かなり辛口にしてあるはずなのにマイルドな印象。豚の三枚肉が数枚大きいまま入っていた。カレーはね、ビーフよりもポークが合いますよ、絶対。うまかった。
飯を作ってくれる人がいる幸せ。なんでもないことのようでいて実は人生の究極なのではないだろーか。感謝。

■2006/08/11 (金) はしご

金曜、明古。

来週は古書会館が夏休みのため交換会もお休みとなる。買い溜めしておかなければ、という気分だった。
先週が家族旅行だった関係で、発送荷物はほとんどなかった。オヤジから渡されたオークション出品荷物に一通り仕事をかけているうちに出る時間となった。
車内では引き続き「博覧会の政治学」の続き。博覧会と帝国主義の関係について論じていた。そもそも博覧会の起源は列強が植民地から取り寄せた珍奇なモノや人を見世物として見物するまなざしだった。当時の人類学的観点からか、その植民地で”未開”とされた人たちを集落ごと博覧会会場に持ってきて”展示”する、ということが実際に行われたらしい。連れて来られた人たちは開催期間中はその会場内に再現された村で暮らし、昼間は訪れた観客のまなざしに晒される。人間動物園としか表現できない行為だが、当時なんの違和感もなく万国博覧会が開催されると何度も行われていたという。それが20世紀の初め世界のアタリマエだったということを、我々日本人は知らなければ、と思う。

入札を済ませてから昼飯を食べに出る。すずらん通りにある中華料理店へ。ずっと前から食べたかった冷やし中華を食べた。神保町で働いていた頃からの憧れだった。お値段は高かったが、黒酢を効かせたスープもうまくて美味だった。

いったん店に戻るため地下鉄に乗る。本の記述は日本で開催された70年の大阪万博の話へ。戦前までの帝国主義的世界観はなくなり、テーマはお祭りとなっていた。観客動員は会期中のべ6000万人と過去最大で、連日押すな押すな状態だったらしい。曰く、2時間待って5分で通過(^^;。並ぶために行ったのだろうか・・・。
開催は政府が音頭を取ったが、ここで実際にパビリオンを展示したのは大企業だった。博覧会は国主導から企業主導へとはっきり転換していた。これはつまり、企業の広告の役割を果たす装置に博覧会が変わったということだった。
アメリカで開催された博覧会のパビリオンの演出を引き受けたディズニー社は、現在もディズニーランドのアトラクションとして稼動している「イッツアスモールワールド」などを出展する。ここに至り、博覧会はテーマパークへと進化を遂げた。
万国博覧会の余興として始まったオリンピックが万博の存在感を引き継いでいく、ということが指摘されて、この本は終わっていた。読了。

クルマで神保町へ。荷物を積んで帰路。途中五反田へ寄り、入札会に参加する。夕食後、オヤジの手伝い。

■2006/08/10 (木) 往復

台風一過の青空。

朝飯を食べてから荷造り作業を一通り終え、今日は交換会へ行くことにした。「え?」と女房あわてる。「あ。そうか今日は木曜日か。」と。来週は交換会もないので今週のうちに仕入れておく必要があった。皆さんがお休みなさっている間に仕事をするのが商売人であります(^^;。

車中で読む本は今日も「博覧会の政治学」の続き。世界博の話は一段落して、日本国内の博覧会について。上野で開催された内国勧業博覧会は、江戸時代の見世物興行とは一線を画す会として政府肝いりで開催の運びとなった。曰く、日本における工業製品を集めることで、生産している者と必要としている者を直接結びつけ、新しい仕事を生んでいく、という目論見だった。そのため、どちらかといえば伝統工芸的なものや、骨董的な珍しいものは陳列から外す方針だった。
ところが、回を重ねるごとに、見世物的要素を排するどころか、大正時代になるとむしろ人寄せ的要素を増やす傾向が見て取れるという。回転木馬(メリーゴーランド)が最初に登場したのも勧業博覧会に於いてだった。
これについて、著者は勧業博覧会が時代を経るごとに日本の経済発展に伴って趣旨と性格が変化していったと述べる。つまり、日本が豊かになり、消費社会が成立してきたことを端的に表している、というのだ。
日本にも勧工場時代を経て百貨店が現れる。呉服店の業態を百貨店に変化させたというが、この仕組みに人々は飛びついた。政府主導の博覧会よりも、百貨店、鉄道会社、新聞社などの民間が次々に生活に密着した展覧会を開いて、人々のライフスタイルを規定していく。消費社会はそうして徐々に深化していった。

交換会で一通り入札を済ませてから、道を渡ってカレー屋さんで昼飯。食べ終わってすぐに店に戻った。荷造り作業を済ませてからオークション出品作業を始める。先週は家族旅行で何も出していないからちょっとがんばるつもり。

夕食は鶏南蛮とそうめん。また急に暑くなったから酢を効かせた献立はうれしい(^^)。サッパリと頂いた。

■2006/08/09 (水) 台風が来て

シーズンにはまだ少し早い台風の来襲。

結果的にオヤジたちの判断は正しかったようで、台風は日本の沿岸を舐めるように進み、房総沖へ抜けた。旅行へ行っていたら二日間とも雨になるところだっただろう。旅行の中止は賢明な判断でした。

そのため、今日はいつもどおり甘露書房は店を開けた。それで何か変わるわけでもないのだが。
ゴミを出す。なぜか新聞がどっさり入っていた。見ると全部違う。何で? 大雨対策でそれぞれビニールに包まれている。せっかくだからと全部見てみることにした。インサイダーで有名になった経済新聞は、なるほど電車の中で読みやすいようにそれぞれの記事が短く、文章が必要最小限に要約してあった。三大紙の一つは写真が大きくて字も大きく、畳んで読むことは出来ない。これはリビングでのんびり座って読むように出来ていた。

それぞれがそれぞれの編集方針で情報を切り取っている。好感を持ったのは文章を短く畳んだ経済新聞だ。もちろん好みの問題だと思うのだが、要点のみに絞った記事を沢山載せることでパイロット紙の役割を果たしている。この中で気になったことがあれば、あとはネットでググれば詳細がわかるようになっている。
常々気になっているのは、こうして沢山のメディアがあるにもかかわらず、記者の方々が同じソースで記事を書いてしまうと、何を読んでもどこを見ても同じ出来事が書いてある事態となってしまうことだ。朝のTVなんて新聞の切り抜きをそのまま放送しているコーナーがある手抜きぶりだ。情報を発信している側が新聞の棒読みしている図は何か変だと思って欲しい。
だからといって大事件のスクープ合戦に向かえということではなく、この経済新聞のように淡々と出来るだけいろいろな出来事を記事として拾っていって欲しいということ。読む読まないは読者の自由。選択肢を多くして欲しい。
別に読みたくもない記事がドーンと写真入ででっかく載って紙面を圧迫している一方で、原爆の日をまるで夏の風物詩か何かのようにしか書かないのは納得いかないということだ。

昼飯を食べた後、しばらく甲子園中継を見る。試合は一方的だったが、選手は最後まであきらめないで闘っていた。負けたら終わり。だから頑張る。
プロ野球は見る気がしないが、高校野球はいい。全く違うスポーツに見える。彼らはやはりプロを目指しているのだろうか・・・。妙な違和感を感じたり。

明日は台風一過で暑くなるようだ。

■2006/08/08 (火) 1日店

朝から雨。

台風が近づいている。朝早く電話が鳴る。女房が出た。母親からだったようだ。今日から行く予定の旅行をキャンセルしたと。懸命な措置だね。でも台風の進路は九州方面らしいけど。
明日は店舗臨時休業の予定だったが、それもキャンセル。普段どおり営業します。

朝飯を食べ終わってすぐに仕事開始。荷造り作業で午前中一杯。郵便局を呼んで昼飯。ジャコ入りのチャーハンうまい。ジャコは雑魚から来ているんじゃない?みたいな話をしながら食べる。息子は早飯。もっとゆっくり噛んで食べなさい。娘は遅い。もっと一生懸命食べることに集中して。・・・なかなかうまくいかない。

女房は午後一杯入力作業。ワタシは荷造りが一段落したのでオークション出品作業。嵩は出せたが点数が伸びず。まあ来週は祭りで忙しいから少なめでもしょうがない。本当は祭りだからって店をあけるわけには行かないんだけど、引き受けてしまったものは仕方ない。今年はやるけど来年はもうやりません。オヤジの扱う本があまり売れなくなってきてその分までがんばらなければならず、こう見えてものすごく忙しいんですよ(^^;。

夕方に最後の発送を郵便局まで。帰りに薬局でブルーベリーのサプリメントを買って帰る。もう食べるようになって随分経つが、夜遅くまで仕事をしていて、ある日目の中でチカチカとするようになったのが始めたきっかけ。これを食べ始めたら目がチカチカしなくなった。ビタミンAか色素アントシアニン(だっけ?)が不足していたようだ。
水晶体を通過した光が目の網膜に映り、その網膜で受けた信号を神経に伝えるとき、色素が必要な構造になっているらしい。

台風は進路を関東方面に変えた模様。夕食はカレー。食べながらスマスマ。なんだか怪しい話をしている人がゲストだった。こういうことは話半分で聞かないと危ない。TVでは相変わらずこの手の話がゴールデンで大々的に放送されているが、その一方で霊感商法に注意しましょうと善意の第三者的に言ってたりする。無責任な態度ではないだろうか。TVで放送されていることは全部本当と思い込む人は少なくない。危ないなと思う。だからワタシはショー化されたTVのニュースワイド番組は絶対に見ない。
金メダル8個とか、決勝トーナメント進出確実、とか、亀田神話もそうだけど、ゲストたくさん呼んで「大胆予想」をさせて・・・。淡々と中継だけしてくれればいいんだけどなぁ。とにかく妙な演出は余計です。

そういう意味で、ワタシはネットニュースに大きな可能性を感じるんですよ。

■2006/08/07 (月) 往復

月曜日だったが、比較的余裕をもって荷造り作業。そろそろ皆さん夏休みでしょうか。

ウチも先週少し早めの夏休みを取ったが、実は明日からオヤジたちが夏休みを取る。よく休むなぁ・・・。飽きず山に登るらしい。おととい宿に電話して予約を取っていた。こんな急でも部屋があるものらしい。まあ2人くらいなら泊まる場所はいつでもあいているんだろう。

久しぶりに市場へ行くことにした。あまり間をあけると感覚がつかめなくなる。車中で読むのは、この間「ブ」で買った「博覧会の政治学」という本。前々から博覧会の起源について知りたかった。序章ではまず西欧諸国による大航海時代の解説から始まる。言葉を選んで記述していたが、要は西欧人たちはあの時代、競って世界各地を蹂躙し、植民地化していった。そこで手に入れた珍奇なものや”人”も獲物として持ち帰り、見世物にしたのが博覧会という発想のルーツという。西欧人の日本人とは全く異なった性格がここでまず。
博覧会は19世紀になってロンドンで最初に開催される。当時のイギリスが世界に誇る最先端工業を陳列し、その力を誇示する性格が強かった。そこに植民地から持ち帰った見世物の要素が加わり、水晶宮と呼ばれる全面ガラス張りの明るい空間の中にちりばめられたそれら展示物は、見る者に一大スペクタクルを提供した。
モノを集めることで人が集まる。この方法は後年百貨店の発想へと繋がっていく。
人が集まるという要素はそれ自体で意味が膨張し、1900年に開催されたパリ万国博では開催期間中の観客動員が実に4800万人(!)という信じられない数字を残している。かのエッフェル塔は万博のために作られたのは有名な話で、パリ自体が万博によって形成されたと云える、とまで著者。

地下鉄を出ると猛暑だった(^^;。さすがラーメン屋には行列もなく、やっと夏になったな、と思う。暑い夏は大変だが嫌いではない。入札を終えてからサッパリしたものということで、駅前の回転寿司でランチ500円を食べてから帰る。

お茶を飲んで30分ほど扇風機にあたりながら昼寝する。こうするとアタマがスッキリする。水を欠かさず飲みながらオークション出品作業を一通り。オヤジは組合の会合に呼ばれて16時過ぎに出かけていった。余計なこと喋るなよー(^^;。

そんなわけで、店は19時に閉めて母親は食事を摂って帰っていた。明日から旅行。気をつけて。
夕食後はオークション落札品のメール書き。いつもお買い上げありがとうございます。

■2006/08/06 (日) ゲド戦記

南武線に乗って川崎駅。

いつものチネチッタへ。ちょうど14時半からの回に滑り込んだ。一人で映画を見るなんて大学生以来ではなかろうか(^^;。開場時間と同時に入場して席に着いた。その後入ってくる人入ってくる人皆カップルか家族連れ。なんとなく肩身が狭かった。
ほどなくしてスクリーン以外は暗くなり、上映が始まった。

原作を読んだことはなく、予告編も見たことがない。何の予備知識なしで見始めた者の率直な感想。「わかりづらい・・・」(^^;。
冒頭に出てくる二匹の竜。このイメージをずっと引きずってしまったのだが、竜はそれほど大きなテーマではなかった。

アレンは国王の息子だが、王を亡き者として形見の剣を奪って城を飛び出した。放浪しているところを魔法使いの大賢人ハイタカと出会う。自らの”影”に怯えるアレン。立ち寄った港湾都市ホートタウンでその賑わいの裏側にある人間の荒んだ生活を目の当たりにする。「人間は変になっている」
この街でウサギに追われていたテルーという少女と出会う。
かつてハイタカ(ゲド)と争って破れたクモという魔法使いが登場する。死を極度に恐れるあまり生きる意味を見失った彼は、永遠の命を手に入れようと企んでいた。
影に怯え、生きる事を恐れるアレンはクモに捉えられ、助けに行ったゲドもクモに捕らえられる。テルーによって生きる事の意味を悟ったアレンはクモと死闘を演じる。クモの手に入れようとしていた永遠の命とは、すなわち”死”に他ならなかった。

確かに全てのエピソードは最後の場面の伏線として繋がっていくのだが、途中自らの影に怯えるアレンの心の起伏が少ない描写がただただ長くて、残念ながら退屈する(^^;。
しかしながら、この”影”のエピソードはスターウォーズのダークサイドや、漫画版ナウシカに出てくるクシャナやナウシカ自身の描写にも影響を見ることが出来る。この点こそが原作ゲド戦記の類稀な世界観なのだという。

アレン役の岡田准一は苦悩する場面も激しく戦う場面もうまく表現していたと思う。だが、一番印象に残ったのはクモ役の田中裕子。虚無の演技はゾッとするほどすごい迫力だった。

冒頭で父親を刺し殺すアレン。偉大な父を持つ監督の気持ちが表れているのかな、と思った。男として生まれた以上、子は一生父親と闘い続ける。

見終わって劇場から出ると幾分涼しくなっている。YカメラでDA21mm用の43mm径フィルターを買って店に戻った。

■2006/08/06 (日) 「名取洋之助と日本工房」展

戦前、写真家名取洋之助が中心となり、土門拳や亀倉雄策、山名文夫らが集まった日本工房。ここから発行されたグラフ誌「NIPPON」について、海外向けの編集であったこともあり、あまりその存在自体知られていないという。今回、近所の川崎市民ミュージアムにて展覧会があると知り、出かけた。

店から歩いて15分ほどで等々力緑地に到着する。その一番奥にミュージアムはある。森山大道「光の狩人」展もここで行われた。中に入ってみると、観客はほとんど居なかった。ゆっくり見ることができた。

戦前期の日本は欧米ではほとんどその存在が知られておらず、その情報が求められていた。そんな状況を知った名取洋之助は1934年「NIPPON」を創刊する。スタッフカメラマンとしてまだ駆け出しの土門拳が居り、若々しく日本の特性を良くあらわす写真を撮影している。
師匠の名取に作品をダメ出し(その場で破り捨てられるという厳しいもの)されて暗室で悔し泣きしたことや、伊豆で撮影した写真を名取に「傑作だ」と絶賛されたエピソードが紹介される。

報道写真誌としての性格も持ちながら、「NIPPON」はそのグラフィカルな編集方法も際立っていた。近年復刻され、その表紙がすべてズラリと展示されていたのだが、写真とグラフィックの融合が図られていて、デザインセンスは素晴らしい。

当時撮影に使用されたカメラはローライフレックスとライカだった。普通はスピードグラフィックなど、もっと大型のカメラを使用するのが大勢だった当時において、ライカの使用は撮影できる領域を広げる効果をもたらした。
海外向けの内容だったこともあり、日本の当時の様子が庶民の生活レベルから工業活動などの様子や軍隊の有様まで撮影されており、これは今にしてみれば貴重な戦前の日本の記録となっている。写っている日本人の表情が皆明るいのが印象的だ。

戦争が進んだことにより、「NIPPON」は1944年に発行した36号を最後に出なくなる。そのまま終戦となり、日本工房は解散する。終戦後、名取洋之助は「週刊サン・ニュース」の発行と、岩波写真文庫の編集に携わり、戦後活躍する若手写真家を育てた。なかなか見ごたえのある展示で、全て見終わってからもう一度会場を巡った。やはり観客は数えるほどしか居なかった。

図録を求めてから食堂で日替わりランチを食べ、歩いていったん店に戻った。汗を拭いて着替えてから再び出かけた。「ゲド戦記」を見に行くためだった。

■2006/08/05 (土) 祭りが始まる

家族旅行でいい具合に疲れていた。

それでも仕事が山積みになっていたので、朝起きてコツコツと荷造り作業を進めていった。いつもお買い上げありがとうございます。一渡り終了したのはお昼過ぎ。ドーンと店に積み上がった。
息子は朝早くから部活で居ない。娘は学校で行われるという映画と手品の夕べを見にいくということで、女房もその付き添いに。やはり8月はなにかと予定があって仕事が進まない。
ワタシは昨日おとといと撮影してきたデジカメの写真を整理する。弟の家族が写っているカットを抜き出してCFカードにコピーし、まずは手前のインクジェットプリンターで出してみる。うーん、ノズルが詰まっているのか、スジが入ってしまうなぁ。何度かノズルクリーニングを繰り返すとスジは消えたがドット感は残った。
そのままCFカードを近所の写真店に持ち込んでプリントしてもらう。1枚37円とちょっと高め。それでもインクジェットとは比べ物にならない品質で上がってきた。
ただ、やはりフィルムと違って背景と被写体の境界が強調されてしまい、いかにもデジタルな写り方だった。写りに関しては銀塩が勝っている。これからもたぶん変わらない。デジタルには写りとは別の強みがあるから銀塩を駆逐したと思っている。

午後はずっと仕事を続けた。夜の19時から日枝神社社務所で今年の夏祭りのハイライト・大神輿渡御の警護をする赤襷隊の打ち合わせがある。今年どうしても人が居ないということでワタシが選ばれた。19時に日枝神社へ向かった。
到着するとすでに部屋は人で一杯だった。今回ワタシが呼ばれた赤襷隊の他にも消防分団、鳶連、囃子保存会、神輿保存会の皆さんもお集まりで、会場は座る場所もないほど人で一杯。こうしていざ、という時にはこれだけ地元の人が集まるのか・・・。
神社の宮司さんから当日の渡御ルートと注意する点を説明される。わかったようなわからないような。きっとワタシの周りの方々はもう毎年のこととして良くご存知のご様子。当日何を着ていくのかもわからないようなワタシの場違いさを感じる。

神輿会の方からの補足説明を聞いて少し蒼くなる(^^;。神輿の担ぎ手で手薄なときやいくつかポイントとなる神酒所では必然的に赤襷隊が大神輿を担ぐことになるらしい。漏れ聴こえてくる話では「へとへとになった」とか「2、3日疲れが取れない」くらい大変らしいのだ(^^;。

さて、どーなる15日?!

■2006/08/04 (金) 家族旅行2日目

朝は7時に眼が覚める。

快晴だった。今年の夏で一番の天気なのではないか。旅行となると良く晴れる。ウチには強力な晴れ女がいるようだ(^^;。
7時半からダイニングで朝飯。アジの開きと厚焼き玉子を中心としたオーソドックスなメニュー。ご飯をおかわりしてお腹を満たす。
9時過ぎに宿を出た。オヤジたちは今日も山へ登ると張り切っている。目的地へ向かってナビの案内で走るものの、途中から原野を走っていることに(^^;。妨害電波でも出てるんかいな。地図を見ながらのオヤジナビも狂い勝ちで、目的の場所からは程遠いロープウェイ早雲山駅で二人を降ろした。
ワタシたちと弟の家族一行はお決まりのユネッサンを目指した。ウチは二年ぶり2度目。弟たちは初めてと言う。まあ高いからねぇ。そう何度も来る場所にはならんですよ。それでも割引券を使うと結構安くなった。

10時半ごろ入場したのだが、神々のエーゲ海という場所はすでに人で一杯。温水プールにつかると温かくていい気持ちだった。甥っ子はまだ小さいので浮き輪をしているのだが、演出で雷が鳴り出して水があちこちに噴出すとワンワン泣きながらプールから上がってしまった(^^;。弟によれば「ビックリするのが大嫌い」なんだそうだ。まあ、こういうことは場数を踏んで慣れるしかないよね。

前回も来たので、一通り入ってしまえばあとはプールで遊ぶことくらい。昼飯を挟んであとはずっと子供用プールと室内プールを行ったり来たり。娘は結構面倒見よく甥っ子と一緒に水遊びなど。途中から息子もそれに加わったり。とはいえ、室内プールでは背が立たないから大人が付きっきりですよ。水はとにかく油断しない方がいい。
浮き輪とビーチボールで遊んでいるうちに緊張ぎみだった甥っ子の顔もほころんで、つられて息子も娘も楽しそうに笑いながらバチャバチャと遊んでいた。

14時に上がってソフトクリームを食べたりして少し休む。15時ごろ駐車場から出る。今度はオヤジたちを迎えに行かなければ。強羅駅の踏切を渡って九十九折の坂を下り、宮城野橋まで。橋の袂でオヤジと母親の二人が休んでいた。登山して元気になりましたかい? 拾ったあとは宮ノ下から湯本までいつもの坂を下る。小田原厚木道路を快走し、東名の海老名SAで休憩してから川崎ICまで。降りてすぐのファミレスに入って皆でイタリアンを食べた。無事帰着は19時少し前。

弟たちはこれから千葉まで帰るのだ。道中気をつけて。二日間お疲れ様。

■2006/08/03 (木) 家族旅行1日目 その2

山頂には展望台があって、晴れていれば芦ノ湖なめの富士山が見えるはずだったが、あいにく霧で真っ白(^^;。ロープウェイ駅の向い側にある小高い場所に神社の社(やしろ)があって、そこまででこぼことした野っ原が続いている。どこかで見たイメージだった。あ、これは「千と千尋」じゃないのか(!)。
先日購入したDA21mmをDSに着けてあれこれスナップ。フォーカスも的確で快適な撮影。社まで行き、皆で記念写真を撮る。残念ながらあたりは霧で未だに真っ白。
高山植物の花が咲いていてDSで接写する。双眼鏡で覗くと実物より美しく見えた。ロープウェイ駅の前まで戻ってくる。霧で白く煙る駅のでかい建物は「ハウル」のイメージだな。

地上に戻ると空気が違った。暑い。そのまま箱根園の遊覧船に乗ることになる。元箱根、関所前と回る40分のコース。船はそれなりに大きくて3階建て。一番上まで上がる頃に出船。風が吹き抜けて涼しい。海賊船の形をした遊覧船や、外輪船もあった。この外輪船も「千と千尋」に出てきたね。宮崎監督はここ箱根からも映画のイメージを得ていたんじゃなかろうか。

元箱根には箱根神社の赤い鳥居が湖に立っている。関所前では箱根関所を復原した古い建物が立ち並んでいる。40分の水上散歩を終えてから今日泊まる宿泊施設へ移動。到着が17時半。宿の人に「17:50から夕食でお願いします。」なにぃー。あわてて男湯へ。女性陣は行かなかったらしい。温泉は箱根の硫黄の匂いがした。湯船にジェットバス装置があってゆっくり温まっていたかったのだが、時間がない。早々に出て身体を拭く。脱衣所にあった足つぼマッサージの機械に足を乗せ、しばし足裏をほぐす。ああいい気持ちだ(^^)。やべ。もう時間がない。食事場所へ移動する。

夕食にはドーンと舟盛を別注文。まるごとのデカい鯛を中心にマグロや帆立、シャコに赤貝まで載っていた。豪華だなぁ。運ばれてきたときにはダイニング中にどよめきが起こった。
食卓に座る。胃の調子が悪くてずっと我慢してきたビールを解禁。食べる飲む。ウマイのなんの(^^)。米ナス田楽ミソ、マツタケ土瓶蒸しなんてのも出たなぁ。でも、マツタケはまだ旬じゃないよね。

おなか一杯食べて部屋に戻る。それからはTVでアイススケートを見て、とんねるずの食わず嫌いを見る。関根勤さんはやはり面白い。そのあともTVつけっぱなしのままニュースを見て、合間合間に日記を書く。ニュースが終わって消灯時間。冷房つけっぱなしで寝る。

■2006/08/03 (木) 家族旅行1日目

計画は5月の初めだった。オヤジと母親が今年は家族全員でどこか旅行へ行きたいね、と予約した。入っている共済の施設で、箱根にある宿。実はここに泊まるのは今回で2回目になる。

千葉に住む弟夫婦が車で到着してから出発することになっていた。だいたい10時半から11時に到着の予定と聞いていた。そのつもりで朝は8時前に起きて仕事を一通り済ませ、余裕をもって9時前に郵便局で発送まで完了した。朝飯を食べ終わる頃電話が鳴った。母親からだった。「さっき電話があってね、あと10分で到着するんだって。」え!?まだ9時半だぞ。準備出来てない。女房はまだ寝巻きだった(^^;。
手分けして準備。ワタシは皿洗いなど。とにかくあと10分だ。しばらくしてオヤジたちがクルマに乗ってやってきた。バタバタと荷物を降ろして店先で待つ。はあ、なんとか間に合ったね、と話ながらしばらく時間が経つ。ところがなかなか弟たちは到着しなかった。今度はオヤジたちがイライラし始める(^^;。ケータイに電話しているらしい。「え?なに?あと10分で着くじゃなくてあと10分で出る?」話は決着。母親の聞き違いだった。あと1時間以上は到着しない。ちょうど郵便振替が到着したのでワタシは荷造り作業を始めた。オヤジたちはいったんクルマを戻しに行った。

作業が全部終わった頃弟たちが到着。すぐにオヤジを呼ぶ。11時半過ぎに出発となった。東名川崎ICから入って海老名SAで休憩。ファミレスで昼飯を食べる。夏のカレーフェア。息子はいつものカツカレーを食べていたが、ワタシは冷しゃぶうどんを食べた。
箱根園を目指すのだが、どんなルートで行くか検討。オヤジがナビしてくれることになる。小田原厚木道路から箱根新道への連絡道が完成しており、接続もスムーズ。まったく渋滞なく箱根園に到着した。

駒ケ岳ロープウェイに乗って駒ケ岳山頂へ。平日とはいえさすが8月なので団体さんも乗ってきて混雑はラッシュ時の電車並み。揺れるたびにオバサマのキャーという歓声が上がるところがラッシュとは違うけど(^^;。
山頂駅に到着すると、雲の中だった。標高1357m。あたりは霧で真っ白。涼しいなぁ。気温は20度という。自然のクーラーは湿気が充分含まれていて気持ちいい。駅の建物は多分開業時からずっと使用しているものと思うが、外装のコンクリートはそれなりにヤレて黒ずんで存在感があってまるで城のように見えた。

■2006/08/02 (水) 今日も1日店

昨日のこと。

仕事をしていたら電話がかかってきた。オヤジからだった。「今ね、カメラ屋に居るんだけどね。デジカメを買おうと思って店員さんに聞いたらね、○○の○○っていう機種がいいって勧められたんだけど、どう思う?」なるほど、さすが専門店はいいカメラを勧めるね。ワタシが使っているGRデジタルと同じメーカーのR4という機種だった。
ああ、それなら電池の持ちも長いしかなり性能がいいから良いと思うよ。と答える。とはいえ、選択肢は複数あったほうがいいと思ったので、P社製の防水デジカメも勧めておいた。よく雨の中でも登山しにいくようだからそういう意味でもいいかと思った。

今日、デジカメを買ったのか聞いてみたところ、やはりR4を購入したという。「いや、ズームが付いて接写が出来るところが気に入ったんだよ」とオヤジ。登山したとき路傍に咲く花を撮って歩くことを楽しみにしているオヤジらしいコメントだった。
ところが、撮った写真をどうしたらいいかがまだわからないらしい。「どこへ持っていけば写真にしてくれるの?」とかワタシに聞いている。記録したカードを写真屋に持っていけばプリントしてくれるよ、と答える。
説明書を読めば書いてあると思うけど、パソコンに接続してパソコンに取り込むとアルバムもいらないし管理も簡単だよ、とさらに畳み掛ける。ここまでいくとオヤジにはかなり難しい問題になるらしい。パソコン、触ってないでしょ・・・。当たり(^^;? なんでもそうだと思うけど、習うより慣れろだゼ。

さて仕事。発送作業に忙しい。昨日今日でかなりの量を送り出した。おかげさまで徐々に在庫も減ってきております。いつもお買い上げありがとうございます。ここ数日はそんなわけで出品する量が減っております・・・(^^。
本当は発送作業と平行して出品してくれる人がいると仕事は確実に拡大していくわけなんだけど、まあ、それはそれとして(^^;。右肩上がりは終わりの始まり、というわけで。維持でいーんです。続けること、形を変化させていくことが成功なんだから。

夕飯はアジの干物と五穀米。ウチの屋上で収穫した完全無農薬な枝豆も入っていた。食後に桃を食べる。ちょっと夏気分。

■2006/08/01 (火) 1日店

昨夜は遅くまで仕事となったが、全部片付けられず。

今朝早く部活に出かける息子になんとなく起こされ、8時前から仕事を始める。今日は月初めなのでそれでなくても仕事が多い。
荷造り作業をしているうちに朝飯。大河を見ながら食べ終わる。すぐに仕事再開。昼前には荷造り作業のみ完成。郵便局へ集荷の依頼。
女房は娘と一緒に買物へ出かけていて、昼飯が少し遅れた。そこへ部活から帰って来た息子が友達と13時から遊ぶ約束をしていると。どーしてそーいう時間に余裕のない約束をするのかねぇ。13時頃に昼飯を食べ始める。外にはもうお友達が来ていた。追い立てられるように早食いを強いられて早々に仕事へ戻る。息子には自分の都合だけじゃなくて周りの人たちの都合も考えなさい、と教える。彼にはまだ社会性というものが育っていない。でもこういうことって言葉で言って伝わるものなのかどうか・・・。ちょっと心配だ。大人でも一杯いるものなぁ。
こういうときは言葉じゃなくて「外で遊んで来いっ」とウチから追い出すのが本当は正解なのかもしれない。

午後、ネット目録の更新作業でしばらく時間を取られる。もっと目録のデータを細切れにすれば解消するのだろうが、PCの処理能力が遅くていたずらに時間が経過していく。ウチは常に店頭で最低価格帯のパソコンを選んで使っていて、メモリだけは768MBに増設してある。でももう1GB必要なのかもしれないなぁ・・・。最近は日記用の写真を編集しようとすると上がっちゃうこともあるし。
以前はもっと頻繁にネット目録を更新していたこともあったのだが、更新頻度を上げることで売り上げが上がるわけでもなかった。結果作業との兼ね合いで月に一度の更新に落ち着いた。普通は皆さんデータベース検索で目的の本にたどり着くのではないだろうか。

もっと言えばお客様は検索サイトの検索窓に直接欲しい本の題名を入れて検索し、最初のページに表示されたリストから発注されているような気もする。と考えると、検索サイトに書名を入れて引っかかるようになっていない日本の古本屋のデータは非常に惜しいと思う。書名データが直接検索サイトに引っかかるような仕掛けを組み込むことが出来れば、それこそ新日本の古本屋バージョンとなるのではあるまいか。現状では欲しい本の題名がわかっていても、「日本の古本屋」というサイトの存在を知らない人は欲しい本に辿り着くことができない。

夕方、郵便局まで娘と一緒に郵便物を出しに行った。涼しい夏だ。

2006年07月 < > 2006年09月

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