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■甘露日記 2001年05月

■2001/05/30 (水) 月曜日買った荷物

月曜日に買った荷物はいろいろだった。

デイパックと手提げいっぱいの荷物を満員電車で邪魔に思われながら何とか持ち帰った。検品してみると書き込みのある本の多いこと・・・(^^;。一点は全編に渡ってあれこれと細かく書き入れてあるので返品することにした。
もう一点は苦労して買った本だったから返品するのもかわいそうなので値引き交渉することにした。どちらも大型の重い本だったので、閉口しながら3階の事務所まで持ち込んだ。やっぱりこういうことはメゲる。

嫌なことばかりでもなかった。意識せず買った写真集の口は署名本ばかりだった。荒木経惟氏、篠山紀信氏、金子国義氏まで入っている。これは良かった。

一仕事終えてから帰り荷物を月曜日並みに抱えて旅行会社へ。夏の家族旅行の予約です。早過ぎない?確かにそうかもしれないけど、どうせ行くと決めたのなら気持ちが変わらないうちに決着つけたいのがワタシの性格なんです。修善寺温泉に一泊。「二泊は逆に疲れちゃうから止めて」と女房にクギをさされました(^^;。家族4人で夕朝食付き23000円也。安いね。

帰ってきたらウチの両親も夏の旅行を計画していた。今年は草津白根山へ登りたいんだそうだ。基本的にどうやったら宿を予約できるのか知らないので、毎年ワタシが旅行会社まで行って予約を取ることになっている。どうやら草津温泉に一泊したいらしい。小杉までパンフを取りに行った。

店に戻ってから月曜日に出品する荷物の整理。

■2001/05/28 (月) 月曜も大量

昨日は10時に寝た。女房に揺り動かされて起きたのは朝9時半。

なんと11時間半も寝ていたのだ。寝過ぎ(^^;。

その証拠に頭はすっきりしたようなしないような・・・。組合から目の醒めるようなFAXが届く。中央市会が3階まで陳列する大量出品の知らせだった。寝ぼけ眼はここまで。今日もがんばって本を買わなければ!

古書会館に行ってみるとすごい量だった。階段にも通路にも3階までびっちり積み上がった本の山。その隙間を大勢の人が忙しそうに行き来している。まるで皆本の森の中で迷子になってさまよっているかのようだった。

古書会館いっぱいの本の中から欲しいものだけに入札できるというのも、ある意味とても幸せな事だと思う。大変なのは売り手と買い手の間に立って仲を取り持つ市会運営の方々である。

Oさんと明古の話。そのあとは市場で会ったブー太郎さんと明古の話。

そのうちに開札も終わった。しばらくしてから3階に上がってみたがヌキが出来ていなかった。やっぱりすごい量だったみたいだ。ざっと2000点以上は出てたのだろう。

 秋葉原万世橋からの風景。

■2001/05/27 (日) 大雨の中で

朝(というか深夜)1:50起床。

今日は亀山湖釣行の日である。朝5時からの出船のため、7月いっぱいはこの時間に起床する。

あれこれと釣具を準備し、出発は3時少し前。羽田から首都高。湾岸から東関東、京葉道、館山道。市原でトイレ、姉崎袖ヶ浦で高速を降りて一般道。410号線久留里街道を走っているうちに夜が明けた。到着は4時半。

たしか天気予報では午前中が雨だったはず。・・・降りそうにないな。でもイイ感じに曇っている。釣りの場合、快晴は魚の活性が落ちるので最悪だ。風は釣りにならない。静かなシトシト雨くらいが人払いもできて最高である。今日はそういう感じに雨が降ればイイな、早く雨降れ♪と思っていた。

5時出船。水位は一時5m減まで行ったらしいが、先日来の雨で3m回復。更に増えつつあった。前回は5月5日。スポーンがらみでボウズを食らって以来なので気合が入っていた。7時までにノーシンカーでまず3匹釣った。本格的シーズン真っ最中なので、ボートは多めだった。雨が降りゃ少しは人が減るだろうに、早く降らないかな、とアタリが止まったのでそう思った。

10時過ぎ。ポツポツと降り出した。シメタ!雨具を持ってきていない奴らが大勢いたはずだ。これでプレッシャーががた落ちするぞ、もっと降れ降れ!と思った。ワタシの想いに呼応するように雨脚はどんどん強くなっていった。
次第に雨粒が大きくなっていく。湖面は雨粒で叩かれ、ザーザーと悲鳴をあげていた。投げたルアーを確認できないくらい激しい雨。いつしか土砂降りの中にいた。

足元を見て驚いた。ボートの中に水が溜まっている。風にあおられて揺れるとボートの中で水も波を立てた。朝出掛けにコンビニで買ったおにぎりがぷかぷか浮いている。しまった!楽しみに取っておいたタラコだ!先に食べておけばよかった(^^;。後悔先に立たず。

釣りどころではなくなった。この調子で降り続けばカチカチ山の泥舟よろしく沈んでしまう。さっき飲み終わった聞茶のペット缶でコポコポと500mlづつ汲み出し始めるが間に合いそうにない。ワームの入っているケースをあけて大急ぎで汲み出した。色とりどりのセンコーの群。雨は11時には小降りとなりホッとする。

大雨で最悪と思いきや、その後も38cmを含む3匹を追加出来、楽しめた。結局釣りは魚が主役。いくら釣り気でも魚が食べてくれなきゃしょうがない。

雨の功名かナ。

 雨の中、本日最大の38cm。

■2001/05/26 (土) 土曜の昼下がり

今日はもう土曜日か・・・。

昨日遅く寝たので、今日は朝9時まで熟睡。女房に揺り動かされて目が覚めた。それでもまだ眠い。土曜日の午前中は大抵ボーっとしながら仕事をすることになっているなぁ・・・(^^;。

木曜日に上高地へ行った仲のよいウチのご両親。ちょっと水を向けてみると、とめどなく上高地賛美の言葉を浴びせ掛けられた。でも土砂降りだったんでしょ?それでもちゃんと穂高の山並みがはっきり見えたのだそうだ。
今回の上高地行きは、新聞社が主催するツアーで行った。一人9800円で昼食のお弁当も付いたらしい。朝7時に新宿をバスで出発して、途中全く渋滞もなく11時には大正池の駐車場に到着。雨は降り続いていたものの、急に雲が流れてパアっとまだ雪の残る穂高が顔を出した。増水した梓川の勢いは強く、夏や秋とは比べ物にもならない。わざわざその川の表情を写真に撮りに来ているプロカメラマンの様子を伺った。なるほど、上高地は雨が降っても魅力的な場所なのだ。3時間ほど散策し、帰りは渋滞もなく夜の7時には新宿駅に帰り着いたそうだ。

「また近いうちに行きたい」とすっかり上高地にかぶれて帰ってきた。ワタシはもちろん行った事もないから、ふうん、へぇーと相槌を打つ以外にない。白樺湖へ行くのだってやっとなのに、少なくとも子供が小さいうちはその先になんて行けそうもないなぁ・・・。
歳をとってから夫婦で共通の趣味が持てたようでよかった。ワタシが小さい頃は仕事仕事で遊ぶヒマもなかったウチの母親の喜ぶ姿は見ていてホッとする。

そんなことを話しながら郵便が来るのを待ったけれど、今日は遅れに遅れて2時半過ぎにやっと届けられた。振替による前金も2件頂いたが、隣駅の土曜日に窓口を開いている郵便局は3時終了なのだ。残念ながら月曜日発送になってしまった。申し訳ありません。

新着本を3階にあるパソコンのところに持っていって入力している。この一週間がんばって約80件ほど入れた。来週のメルマガでは新着本を掲載できそうである。
瞼が半開きのままの打ち込み。いつも眠い土曜の昼下がり・・・。

■2001/05/25 (金) 大量

明古は月末特選市。

朝8時に古書会館へ到着すると、うずたかく積みあがっているダンボール箱。地方荷が全部で109箱届いていた。その後も当日便で追加がポツポツあり、最終的には120箱弱といったところか。

いや、それにしても持ち込み荷も多いこと(^^;。会員さんは年に一度の大市体制に入り、どこか落ち着かず、常に1階にいらっしゃるわけでもない。もちろん、事業部のお二人は1階と3階に分かれて奮闘されてたが、9人経営員でちょっと人数が足りないな、という状態のまま12時まで突っ走った。結果出品点数は1420点で久しぶりの3階会議室使用。なんとか形は整ったものの、陳列方法に反省点あり。

それから久しぶりに中華で食事。ビールを流し込むと酔いが回るのも早く感じる。突き出し代りに出た枝豆がいつの間にか胃袋に収まっている。ワタシの前で話をしているHIDEさんが半分隠れると思ったら、瞼が半開きになっていた。相当疲れたんだね(^^;。

Oさんたちとブラッセルズへ。終電にて帰宅。就寝は1時半過ぎ。

■2001/05/24 (木) ビデオ

最近物がよく壊れる。

昨日はビデオが壊れた。何年間使っていたのだろうか。確か3年くらいじゃなかったか。もっとも、こちらはパソコンと違って理由がある。使い方の頻度が前に比べれば異常に上がっている。

ドラマは大抵夜の9時から始まるもので、丁度その頃は子供を寝かしつけなければならない時間帯に当たる。親が横でTVを見ているのに寝られる子供なんて居ないだろう。一緒に見てしまうのがオチだ。次の日は寝不足で学校に行く破目になる。
親としてはそういうことは出来ないので、ビデオに撮るのである。もちろんその時間に仕事もできるから丁度いいのだ。どうしても見たい番組の場合には11時頃から見始めればいいし、次の日の朝に見てもいい。とにかく、見たい番組を放送している時間帯にウチはTVを見られない。

1時間撮ってあとで1時間再生すれば、2時間ビデオを使ったことになる。そんな調子で、知らず知らずのうちにヘッドやテープ走行系の装置は摩滅していく。最近ではレンタルビデオを見ても音が波打つようになっていたから寿命は近いな、とうすうす予感はしていた。

昨日女房が「私を旅館に連れてって」を録画しようとしたら、「カコンカコン!」といやな音を発してテープが走行しなかった。もはや寿命と諦め、今日の朝小杉まで行ってごく普通のハイファイビデオを一台買ってきた。14000円である。最初にビデオなるものを買ったのはかれこれ15年前だが、そのときにはモノラルでも5万円した。大学生になったばかりの若僧にとって5万円は大金だったが、レンタルビデオを見るために無理して買ったのだった。隔世の感がある。
この14000円で得られる効果は今や計り知れない。問題は、メーカーを変えるとビデオの操作がまるっきり変わってしまい、ちゃんと使えるようになるまでしばらくかかるという事だ。これが意外と手間取る。

「TVなんかなくても生きていける」という人も居るとは思うが、ワタシの場合たぶん生きていけない(^^;ので、こんな安く買えるビデオの有難味を噛み締めている。
生まれた時にすでにTVがあった。それだけでこの体たらくである。生まれた時にすでにビデオもTVゲームもインターネットもある現代の子供たちは、これからどんな大人になるのだろう。

ちょっと(かなり(^^;)怖い気がする。

■2001/05/23 (水) 復旧作業

HDが逝ってパソコンが一台居なくなって一週間。

ボーゼンとばかりしていられない。とにかく仕事を継続しなければいけない。

日記などの日常作業は前に使っていた古いPC-9821にやらせている。データベースソフトがソフトの設定上の理由から載らないので、本のデータは3階に置いてあるDOS/Vのデスクトップパソコン(ゲートウェイ最初期のもので、セレロン333に64MBのメモリ)にアクセスを載せて動かしている。そこで作ったデータをフロッピーでノートの所へ持ってきて加工してアップするという、なんとも面倒なことを強いられている。デスクトップに全部やらせりゃあイイじゃないか、というご意見もあろうが、子供に仕事の邪魔をされるから無理なんです・・・(^^;。

不便ながらもこれで何とか分業しながらもHPの更新だけなら支障なく出来るはずだった。しかし現実はそううまく行かず、保存しておいたデータに多少のタイムラグ(一週間ほど)が出て、現在庫とデータが一致していない部分が少なからず出てしまっている。売り切れているのに在庫していると表示されている本がかなりの数でてしまった。少しづつ気が付いたところから訂正し始めているが、いかんせんアナログな作業だから完全なものは出来ないかもしれない。ご注文を頂いたときにその本を探すから在庫がないことに気が付くわけで、もうその時点では手遅れになっている(^^;。しばらくはご迷惑をお掛けいたします。すいません。

完全なものが出来るまで待っていては作業が滞ってしまうので、甘露通信の更新作業を行った。間違いも含まれているけど、徐々に直します。

町会費の集金は今日は3軒分終えた。
前金分は今日も3件で、愛書会の荷物と合わせてすべて発送。先日の南部地区大市会の清算日が明日なのだが、今日中に銀行振込をして済ませた。

明日はウチのご両親様、二人して上高地へお出かけで留守をするのである。いいなー(^^;。でも雨みたいだよ。

■2001/05/22 (火) 仕事の山

やらなくてはならないことが多すぎる。

何から手を付けたらいいだろう。メールマガジンの発行か?愛書会の荷造りか?在庫目録の回復か?町会費の回収か?回覧板の配布か?(^^;

開店前からあわただしい。まずは回覧板を班長さんのお宅に配布しに行く。たまたまいらっしゃらない方、今日が定休日のお店などがあり、すべて終わらず。
開店後、ゆっくりとオヤジが出勤。店番が来たから今度はワタシの担当する21班の町会費をいただきにまわる。月400円。毎月毎月集金に行くのは手間だから、一年分4800円を徴収するのが慣例になっている。そうして集めたお金を町会が指定する口座に振り込まなければならない。集金帖を付け、振込みと同時に総務を担当されている方へ持っていって仕事は終わるのだ。
回覧板同様、朝ではいらっしゃらない方がどうしてもでるので、10人中6人分を集めた。明日で全員集まるだろうか。

それからは、前金分の荷造りも含めてひたすら荷造りである。これまた一日がかり。なんとかすべて梱包・発送し終えた。

■2001/05/21 (月) 明古七夕大市目録の編集

先週の金曜日が今年の明古七夕大市の目録原稿締切日だった。

目録部の方々はすでに木曜日あたりから作業を開始し、金曜、土曜とあれこれ下準備をされている様子だった。そして、いよいよ今日から会をあげての40人規模によって目録編集作業が開始されたのである。

3日間の予定のうち、ワタシは今日一日だけ出ることになっている。後2日の編集作業は、5人づつが交代で出席して、会員さんの作業の補佐に当たる。
明日はいよいよ枠取りした写真を実際に原稿用紙に割り付ける作業が待っている、はず。

仕事パソコンのHDが壊れてから愛書会とプライベートと明古が続いてフォローを出来ずにいた。何件も売り切れ済みの本に注文が入ってしまっている。明日中に回復したいのだが、愛書会の送り荷物の発送が残っているのだ(^^;。アー大変だ。町会の配り物もあるし、仕事は目の前に積み上がっている。

■2001/05/20 (日) 辻堂

天気がよい。

横浜から東海道線に乗り換え、茅ヶ崎一つ手前の辻堂を目指した。女房が新聞に辻堂海浜公園の紹介記事があったので、行ってみようよ、と言い出したからである。東海道線はガラガラで、4人がけボックス席に座れた。走り始めて数分で車窓はみるみる新緑に彩られていく。長男がニコニコしながら言った。「なんか旅行みたいだね!」車窓から風景を眺めていろいろ喋る事で旅情が生まれる。長距離線のシートがボックスになるわけが少しわかった。これがひとり旅では味わえない格別な気分であり、充実感なのだ。

辻堂駅到着は12時。バス停のある南口駅前にはスーパーさえなく、昼めしをどうしようか困ってしまった。結局一軒しかないJRのコンビニでおにぎりとサンドイッチを買った。バスの時刻表を見ると5分前に出たばかりで、次は30分後。仕方なくバス停のベンチで食事を済ませる。江ノ電バスだったのだが、走り始めてほんの10分で辻堂海浜公園前に到着した。180円。

何か華やかな雰囲気だと思ったら、年に一度の公園まつりに当たっていた。模擬店やフリマ、凧揚げ大会にブラスバンドの演奏まであって大勢の家族連れで混雑していた。場所柄か、真っ黒に日焼けした人が多く、さすがサーファーの町だと感心。ウエットスーツを着てボードを抱えて歩いていたり、ボードを自転車に付けたフォルダに乗せて運ぶ姿を沢山見た。

初めての公園では大抵子供たちは大はしゃぎする。得意の滑り台も何種類かあったり、遊具も豊富。混雑する公園をものともせず小走りで我々を引っ張った。快晴の空に浜風が心地好い。
タコの形をした曲線で形作られた滑り台が人気で、沢山の子供たちで鈴なりになっていた。もちろんウチの子も二人とも裸足になって人波の中に消えていった。よく飽きないよなぁ・・・。

 タコに群がる子供たち

■2001/05/18 (金) ブー太郎さんち

明古が終わった後、新婚のブー太郎さんちに皆で押しかけることになっていた。

文京区にあるご自宅は長いことお店の倉庫にしているという事だったが、今回はじめてお邪魔させていただいた。随分と広いリビングですなぁ・・・。二人じゃ広過ぎない?(^^;ウチは家族4人が7畳間で暮らしておりますヨ。狭いー・・・。

押しかけたメンバーは次の通り。
TAKIさん、KAWAMURAさん、HIDEさん、TOMOMIさん、SATOさん、OKUNOさん、RYOHEIくん、KENTAくんご夫妻と娘さん、HARAくん、M井くんとワタシ。随分大勢だよねぇ。

ブー太郎さんの奥様はこの大勢の珍客(?)を手料理でお迎えしてくださった。ううむ、かたじけない。キッシュなんて初めて頂きました。皆どれもうまいうまいと大絶賛。デザートに、とチーズケーキを頂いたらおなかいっぱいになってしまいました。ホントにうまかったです!

Kくんちの娘さんは寝返りを覚えたかな?というところ。けっこう丸々と太っていて健康そうだね。お父さん似の娘さんは幸せになれるよ、きっと。
ワタシが笑いかけるとすごくうれしそうに笑ってくれた(^^)。いい子になってね!

結婚式のビデオを皆で鑑賞。HIDEさんは披露宴の司会の様子を食い入るように見詰めている。ツッコミのうまさはビデオでも伝わってくる。同じ披露宴司会業をこなすHIDEさんは「ライバル」の出現に身を引き締めている様子だった(^^;。
結婚式の時の写真を見せてもらって、やっぱりプロの撮る写真はスゲエ、とKさんとひとしきり盛り上がる。おなじ35mmのシステムでこれだけシロートと差を出せるものか、と思う。写真術は確かに存在する。自分の表現というよりも記録に徹する撮り方。勉強になった。

気が付けば23時を過ぎていた。居心地が良かったものだからつい長居をしてしまった。記念写真を撮ってめでたくお開き。どうもご馳走様でした。
いやあ、楽しかったなぁ。三田線直通電車にて座って帰る。帰宅は12時半過ぎなり。

 宴の真っ最中

■2001/05/17 (木) HDクラッシュ

明日から愛書会である。

今日はその並べの日。一新会の入札後、すぐに2階の会場に上がるが、ウチの荷物は隅の方に積み上げられていた。運送屋さん曰く、カーゴがないのだそうだ。あれだけあったカーゴは今何処に・・・?仕方なく、だらだらと自分の場所へ重い品物を運んだ(^^;。

今日は愛書会どころではなくなったので、店に戻ってからのことを書いておこう。

7時すぎに店に戻り、メールチェックしようとパソコンを開くと、「カコンカコン!」とパソコンの左の方から異音がした。立ち上げなおそうとすると「カコンカコン!」はさらに激しさを増し、もう立ち上がらなかった。HDを認識しなかったのである。つまり、HDがクラッシュしてしまったのだ。この間からの一連のエラーはHDが原因だったことが判明した。うーむ、そうであったか・・・(^^;。

明日すぐに販売店に持ち込み、といきたいところだが、明古である。土曜日の朝、途中販売店に寄ってから少し遅れて古書会館へ行くことになるだろうなぁ。当然無料でHDは交換してもらえると思うが、問題は時期だ・・・。
で、この日記はどうやって書いているのか、といえば、以前使っていたPC-9821である。画面は800x600。mmxペンティアム150に64MBのメモリで動いている。良く考えたらタフだよねぇ。まだ一度も故障はない。
修理から上がってくるまで、しばらくこのマシンでHPは更新していかなくてはならない。不便だけど仕方ない。

どうするかなぁ。まるっきり更新お休みになるかもしれない・・・(^^;。

ショックがでかいよ。

 愛書会の搬入風景

■2001/05/16 (水) ウィルス騒ぎ

ある方のパソコンがウィルスに感染していたらしい。

添付ファイルが危ないということはよく言われていて、見知らぬ人からのメールには無意識で警戒するクセは付いていた。何度も怪しいメールは送られてきたが、即ゴミ箱行きにしていた。しかし、知っている人からのメールの場合にはそうもいかないのではないか。こうしてわかっていながらも感染は広がっていくのだろう。

うちもこの話と相前後してウィンドウズが立ち上がらなくなるという事態に陥り、すわウィルス感染か?と昨日半日かけてウィンドウズの再セットアップを行った。今日慌ててノートンシステムワークスも買ってきてインストしたが、現在のところウィルスは存在しないとの診断が出た。ほっと一安心である。

ハードディスクを検査するソフトにかけると、76箇所で不良と言われすぐに直してもらう。なかなか優秀。ウィルスではないが、ディスクの不良が原因でウィンドウズ不調状態になったのだろうか。今となってはわからず。

それにしても再セットアップしてみてわかったが、買ってから約半年の間にずいぶんとこのPCを使い込んでいたのだ、と思う。入れなければならないソフトの多さと、デバイスの数にメマイがした(^^;。

■2001/05/15 (火) なんとか

昨日は腹痛のため一日寝て過ごした。

食事もわずかな白粥とヨーグルトだけ。全然動いていないんだからそれで充分だったろう。昼間寝ていたから夜は寝られないかと思いきや、結構寝られるんだから不思議。やっぱり疲れているのかなぁ。4時過ぎにカラスの声で目が醒めたが、今日は資源ゴミの日だから早々に退散したようだ。

たまたま偶然、うちの母親も同じような症状を訴えていた。昼からは自宅で寝ていたというから店にはオヤジ一人。今週末の愛書会仕事も満足に出来なくてイライラしていたことだろう。8時に閉店した後、準備を階下でゴソゴソしていたようだった。明日、荷物を取りに運送屋さんが来る。ワタシは今日の閉店後、その荷を店に移動させておかなければならない。毎度のこととはいえ、これが結構大変な仕事なのだ。まして今日は病み上がり。

さーて、メールマガジンの発行と目録の更新でもやりますかな。

■2001/05/14 (月) 腹痛と吐き気

朝起きると腹痛。

トイレに入れば下痢。げっぷが出れば昨日の夕飯の匂い。前にも何度か経験したが、内臓が働いていない状況。風邪?病気?何だろう。土曜日に預かってきた町会の書類を配って歩いてきたらもう動けない。吐きそうだった。吐こうと思ってトイレにうずくまるが吐けなかった。

それでも市場へ行きたいと思っていた。明古大市の原稿用に撮った写真も出来上がっているはずだ。しかし動けなかった。寝てしまったらもうそのまま起き上がれなかった。

何も食べる気がしない。寝たまま目が醒めたり眠ったり。途中、何度かケータイに電話。不思議なものだなぁ。普段は一本だって入らない電話なのに・・・(^^;。

明日は仕事が出来るのだろうか・・・。

■2001/05/13 (日) 日曜日、多摩川。

久しぶりに快晴の日曜日。

起きたのは9:30。よく寝たなぁ。だけどこれじゃあ遠出は無理だな・・・(^^;。目ボケ眼にウルトラマリンの青空がまぶしい。

長男に今日は何処へ出かけようか?と聞いたら、意外にも「多摩川へ行きたい!」と力強い返事。凧揚げがしたいそうだ。遅い朝食を摂り、ぐだぐだとTVを見ていたら12時少し手前。休みの日はとことんグダグダだね。

途中のパン屋で昼めしを買い、長男が自転車で行きたいというから実家へ寄ってから丸子橋際の河川敷入り口へ向った。信号の前にあるアパートのゴミ置き場がカラスの襲撃にあったらしく、ゴミが散乱していた。その程度が尋常ではない。ネットがあったが何の役にもたっていなかった。
すごい数のクルマである。広い駐車場は言うに及ばず満車。さらに所構わずクルマが置いてある。それでも足りず、入場してくるクルマは絶えない。
東横線ガード下の先で凧揚げ、サッカーをして遊ぶ。しかし炎天下である。小一時間ほどで止めて川っぷちへ移動して昼めしにした。アメフト、野球の集団がたくさん居た。そうか、彼らみんなクルマで来るもんな。と思いながら歩いていると、何処もかしこもバーベキューをする人人人・・・。これまたすごい数(^^;。日光浴で半裸になった人も多いなぁ(^^;。

 サッカーボールとシロツメグサ

釣れもしないのに釣り人が沢山いる。バスなんかいないのにスピナベやミノーを投げ入れている。こんな真昼間に来ても絶対釣れませんゼ(^^;。だってバーベキューに飽きた子供たちがすぐ隣で石をドボンドボンと投げ入れているんだもん。悪い事言わないから日の出の頃おいでよ。バスはいないけどね。

石投げの様子を見ていた我が家の子供たちもやりたくなったらしい。食べるのもそこそこに移動開始。爆弾投下を繰り返す。結構こんな単純な遊びが面白いらしい。拾っては投げ、拾っては投げ。終いには女房も水面を何回跳ねるかをやり始め、家族総出で石を多摩川へ投げ入れる。なーにやってんだか・・・(^^;。

帰りは当然のように長女は歩かない(^^;。抱っこして帰る事になった。重くなったなぁ。え?もう12キロもあるのかよ?!

 東横線鉄橋下

■2001/05/12 (土) 東町会総会

今度理事になった地元新丸子東町会の総会が開かれた。

そういう地元の会議に出たのは初めてである。いろいろと新鮮な驚きがあった。

まず、班長や理事の仕事(言ってみれば末端の雑用)を引き受けたのが名義上家長だとしても、実際に働くのは奥様であることが多いということ。今回の総会でも出席者の9割は奥様方だった。
壇上の会長をはじめ役員の方々は全員が男であることを考えるとそのコントラストは興味深い。婦人部という組織があるのだが、婦人部部長は非常に控えめに呼ばれたら壇上に上がるというような感じ。しかし、総会を開くために必要な仕事(配る資料の取りまとめや整理、配布)は、実際に出席者の顔と名前を知っている婦人部が居なくては為しようがない。

会議は先年度の会計監査の承認のあと、平成13年度の行事予定と予算案について質疑される。

ワタシを含めて、こうした町会の仕事を進んでやりたいと思う人は慢性的に少ない。持ち回りで数年に一度まわって来る理事や班長だって、やってみればわかるが、かなりタイヘンな仕事なのである。

■2001/05/11 (金) 二週間ぶり

先週がGWで休みだったため、二週間ぶりの金曜日となった。

古書会館に到着すると、駐車場側の台の上には堆く積み上げられた本の山。封筒は付いていて仕分け荷ではなかったが、100点以上あった。地方荷は70箱弱。なかなかの量だ。

仕事の後の飲み会。激安の居酒屋さんへ。Hくんの前に坐ったので、ホームページの話をいろいろと。

そのあと、Sさん、元経営員Kさん、ブー太郎さんとワタシの4人でブラッセルズへ。終電まで飲んでしまった。
帰りは都営線直通で帰宅。武蔵小杉行は10分前に最終だったようだ。380円タクシーにはならず(^^;残念。それでも車内は都会を走るローカル線状態。ガラガラのまま終点白金高輪で南北線の最終に乗り換える。都営線と違い目黒駅で少し混んだが、不動前でかなりの人が降りている。南北線の開通で人の流れは確実に変化しているようだった。

■2001/05/09 (水) 出品

早起きして身支度。

今日は南部地区大市会へ出品する日なのだ。ついでにその足で神保町まで行き、資料会へ出品させて頂く予定。

朝9時過ぎに準備が完了して、大市会の目録を見ると10時から荷受と書いてある。ああ、見ておいてよかった(^^;。9時半頃に出発してちょうど良いようだからメールチェックなどする。
クルマを回してきて荷物を載せ、出発。雨まじり。道は南千束あたりから五反田まで結構混んでいた。10時過ぎに南部会館へ到着。荷受をしていただいた。

資料会へ当日持込というのは初めてだったのだが、
帰ってくると12時過ぎ。郵便も届いており、前金分の梱包・発送。いつもありがとうございます。さっそく荷造りして昼飯を食べて、今度は電車で再び神保町へ出発。あわただしいなぁ。

で、今日出品の荷物のうち、半分は売れなかった(^^;。どうもすいません。

 渋谷で切れかけたFAX用紙を買う。

■2001/05/08 (火) 雨の日

雨である。

もう梅雨の走りかもしれない。4月にほとんど降らなかった分だけ降らせるつもりなのだろう。今年の5月は天気が悪そうだ。

雨の日は他の店同様、極端に客足が落ちる。傘という荷物がひとつ増えるだけでもお客様は相当な負担を感じられるのだろう。

久しぶりに荒木さんページを更新しようと思ったのだが、ちょっと考えてしまった。どれを取り上げればいいだろう。なにせ200冊以上ある人の写真集であるから、まだ書いていないものばかりなのである。書きやすいものから書いている関係上、段々書きたいことも書き尽くして行くのは仕方のないことなのかもしれない。それでも、読み始めれば面白い写真集ばかりである。
今日はちょっと前に市場で買った「女旅情歌」を書くことにした。カバー帯付きのキレイな1冊だった。この本は荒木さんの文章が冴えていて、ダジャレ連発で思わずプっと吹き出しながら、ワハハと声を出して笑いながらどんどん読み進めることが出来た。一読しての感想は、ワタシが下手にコメントを附すとその雰囲気が壊れてしまわないだろうか、というものだった。
荒木さんの写真集で写真と文章がセットになっている場合、説明は不要なのだな、と思った。

■2001/05/07 (月) 清張の『邪推』

今日の夕刊に、清張の『邪推』というタイトルのコラムあり。

「昭和30年代の松本清張は飛ぶ鳥も落とす勢いだった。が、39年に中央公論社が刊行した「日本の文学」全80巻からは外された。清張は落胆、怒りは激しかった。」この書き出しからして面白い。現在の古書市場では揃ってもたいした金額にはならないこの全集ではあるが、それは売れに売れて数が多いからである。当時そういう権威ある全集に選ばれることはかなりの名誉であっただろう。選ばれなかった事によるその怒りは内にこもる事はなかった。「邪推」という形で表に出たのである。

「以後、7人の編集委員のうち谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫の”純文学3人組”が自分を排除したと清張は死ぬまで思い続けた。」実際には三島由紀夫が強硬な反対をしたことが主要因だったと、当時の清張担当編集者だった宮田毬栄氏が「松本清張研究」第2号に書いているという。それにしても編集委員の豪華なこと!今日文学全集を編もうとしても、こんな面子が編集委員として揃うことなど考えられない。

さて、純文学作家が調子を落として書く「中間小説」を清張は厳しく批判していた。当時「中間小説」を書いていた三島、同じ編集委員だった大岡昇平、高見順は清張の意見に反発し、この全集からはずすということで”意趣返し”をしたのではないか、とこのコラムの筆者は続ける。大岡、高見は36年以降の純文学論争で清張と対立していたともいう。

「芥川賞作家でありながら時代の潮流をつかんでベストセラーを連発する清張へのやっかみは相当強かったろう。対立の根は深く広い。」本屋をしていながらお恥ずかしい話だが、こういう対立があったことを今日初めて知った。
自分を排除しようとする巨大な力を仮想敵に据え、反撃の力を養ったのであろう。「実力なら自分の方が上だ」と。

文壇のこうした対立は、当時は有名だったのかもしれないが、文章として残っていなければ亡くなって時間が経てば次第に忘れられていく。しかし、だから大した事ないと打ち捨てられていい問題ではないだろう。清張に限ったことではない。どんな想いを胸に秘めながら作家は小説を書き続けたのか。作家の人間像を鮮明に浮かび上がらせることは文学を知ろうとする上で重要な要素であることに間違いない。

■2001/05/07 (月) ひさしぶりの月曜日

やっとGWが終わった。

まさにやっとという感じ。ま、休めないひがみも入っていると思ってくらはい(^^;。

前金も今日は入り、午前中に発送。早く普段のペースになっていって欲しいと思った。作業を終えてから神保町へ。久しぶりの入札だ。今日は土曜日に荷受が出来なかったはず。朝8時からずーっと荷受荷受で大変だったでありましょう。出した方も、それを受け入れた中央市の経営員の方もお疲れ様です。

店を出る前にHIDEさんから電話を頂いていた。「このあいだの領収書を」ということだったので、入札が終わった後にちょっとだけお邪魔した。HIDEさん、書いた本人よりも詳しいってのもヤバくないっすか?(^^;なんてネ。
一の蔵発泡酒というめずらしいお酒をいただきました。今夜よく冷やしてから女房と二人でいただきます。ありがとうございました。

そのあと秋葉原まで散歩。結構久しぶりかな。別に買いたいものがあるわけではない。でも、最新のものを売っていながら雑然とした古い街という不思議な魅力に惹きつけられ、何度来ても飽きないのだ。神保町から歩いていける距離というのがいいんだよなぁ。よく寄るのは必ず大型店である。買わなくても散歩させてくれるからだ。Sマップ、Lオックス、石○電気など。値段はどこを見てもほとんど一緒。歩いて回るだけ無駄である。買いたいものが見つかったらすぐに買って早く使い始めた方がいい。少ない経験ではあるが、大型店であれば値切って値切れる金額もどこもほとんど一緒だった。

今年度、ワタシは町会の理事を仰せつかった。理事なんていうと大仰であるが、言い換えれば回覧板や募金などの集金係りとなるので、これからの町会の行く末について云々するような役ではない。このように市制だより・区民報などを町会の責任でちゃんと配ることで、自治体から補助金が助成されるのだそうだ。なるほど納得。町会にはどんな人がいらっしゃって、どういう班に区分されているのかがよくわかった。たまにはこういうこともしておくものだね。

 秋葉原の午後4時半。

■2001/05/06 (日) 朝起きるまでに

昨日寝たのは夜11時過ぎ。

前の日の睡眠時間が少ないのに普段より多くドライブして神経を使ったからか、身体は思ったよりも疲れていたようだ。
その証拠に、寝ている最中にまず腹痛を起こして目が醒めた。時計を見ると1時すぎでたった二時間しか寝ていない。トイレに駆け込むと下痢だった(^^;。頭を上げると眠くてぐらぐらするから20分も膝に肘をついてうずくまる。下痢はつらいねぇ。
出てから布団に倒れこむとすぐに寝入ったようだった。そこまではいいのだが、変な夢を見た。
夢の中で小学校の運動会の父兄参加競技で急遽短距離走を走ることになり、走った。途中で足を攣ってしまい倒れこんだ。左足が痛い。足をさする。痛い痛い。ようやく目が醒めて気が付くと、真っ暗な部屋で布団から起き上がって必死に左足のふくらはぎをさすっている。いわゆるこむら返りを起こしていた。夢と現実が図らずもシンクロしてしまったらしい。周りでは女房も子供たちもすやすやと寝ていた。発作(^^;が収まってから子供の布団を直して再び布団をかぶった。時に3時過ぎ。深く眠れない。

完全に身体が脳の指令に従わない状態である。それとも昨日出発前の興奮を脳が覚えているのだろうか。深夜に起きるようなことをするのが悪いのだが、終わったんだから忘れてくれなければ困るよ・・・(^^;。

朝8時に起きれば寝不足で頭はぐらぐら、左足ふくらはぎは筋肉痛、先日来の咽喉痛も治っておらず、トイレに入ればまだ下痢だった。身体ガタガタ(^^;。もう若くないね。こういう風に自覚させられるのもいやなものだ。

大事をとって(?)、今日は一日店にいた。代わりに本を整理し、市場へ出す品物にしつらえた。もうすぐ南部の大市でもあり、準備もしておかなければなぁ。明日からまた市場が始まる。

一日遅れのかしわ餅。スーパーで買ってきたら柏の葉はペラペラ。紙に印刷されているんだよ、と冗談を言ってから一応確かめた。確かに本物だっだが、端午の節句に食べるという本来の意味を果たせないほどヨワッチイ。おまけに餅はこじんまりと小さくて、餡は甘ったるい漉し餡だった。長女は喜び勇んでかぶりついたはいいが、結局残してた(^^;。そんな味だった。

■2001/05/05 (土) 亀山湖

深夜1時半には目が醒めてしまう。

よっぽど行きたいんだな、と自分でも思った。ゆっくりと仕度をして、出発したのは2時半過ぎ。コンビニで買ったサンドイッチとおにぎりを食べながらアクアラインを使わずに陸周り。館山道の市原SAで休憩した後は30分ほどで亀山湖へ到着。4時半だった。

3.5mもの大減水だという。この時期としてはちょっとキツいな。4月に田んぼに取られて雨が降らなかったからだろう。大丈夫かなー?という悪い予感は的中した。出船して2時間してもアタリがない。そういえば去年もおととしもGWころに来たらボウズをくらってたな。そんなことに気が付いてしまった。産卵床を守るように水際に見えバスが居て、一人それを狙い撃ちして次々釣り上げている人が居た。この時期はそういう釣り方でもしないと釣れないのだろう。そこまではしたくない自分の限界が見えた。あとは流すことになってしまった。

5月から17:30が下船時間となった。しかし今日はUターンのピークである。どうせ釣れないから、と16時半には上がり、子供たちの待つ女房の両親の隠居城へ急いだ。しかし久留里手前から大渋滞。しまった、カーナビがあるんだからもっと手前で横道に入ればよかった。抜けるのに1時間も無駄にする。館山道も混んでいた。市原SAでトイレを済ませ軽食を買って渋滞に備える。東金道の分岐手前約10キロほど渋滞に付き合わされた。渋滞中にマックのたまごダブルバーガーをほおばる。
到着は19時。あたりはもう真っ暗で、ご両親は明日の朝市に出す野菜の仕分けにかかりっきり。忙しそうだ。子供たちはワタシの到着を待ちきれず、おにぎりを食べさせてもらっていた。TVは筋肉番付を映していて、女房のお姉さん夫婦の子供たちも食べながら見入っている。「おとおちゃん!」と歓迎してくれたのは長女だけだよ・・・(^^;。

一渡り食べ終わったら出発。アクアライン方面へ来た道を引き返す。当然ガラガラだったが、うみほたるは満車の表示。そりゃそうだろうな。

平間あたりでファミレスに寄ってスパゲッティを食べて帰る。もう22時を過ぎていた。寝るのは23時を過ぎるだろうから、22時間寝てない状態だ。夜中にドライブしていたのが昨日のようで今日だという不思議な感覚。やっぱり釣りは非日常へワタシを連れ込む存在なのだな、と妙に納得。

今日は消耗したけどね(^^;。

 亀山湖よりともボート桟橋風景。

■2001/05/04 (金) 四連休の二日目

世間はGWの真っ最中。

しかも今日は晴れた。各行楽地ではものすごい人出でありましょう。結構なことです。
出かける予定もなく、店を開けるワタシには、連休中ならではの仕事まで仰せつかった(^^;。居間の外れかかった網戸の補修である。つたい歩きを始めたばかりの頃、長女が面白半分に網戸の”網”の部分を押したため、簡単にゴムで押さえてあるだけの構造だったから網が外れてしまい、風でピラピラなびいたりしていた。どうせまたやるから、と言葉が通じるくらいになったら直そうということで1年半ほどほおっておいたのだった。
って、結局は直すのが面倒だったから、というのが真実に近い(^^;。業者に頼むと4000円かかるそうだが、自分でやれば網代600円で済む。近所の荒物屋さんにちゃんと売っているんだからたいしたもんだ。これからやるつもりである。

オヤジは自宅のベランダ手すりを塗りなおしていて店に居ない。少し剥がれかけた塗装をそのままにしておくと、通りがかりの塗装業者が呼び鈴を鳴らしてきて営業されるのだそうだ。それなら自分でやってしまおうと言うことらしい。GWらしくDIYな日だね、今日は。

昼めしに「一平ちゃん夜店の焼きそば」をもどして一人店番をしながら食べていると、見慣れたお二人がご来店。おお、誰かと思えばブー太郎さんじゃないの!あ。奥様もご一緒で。いいなぁ、GWでお休みですかい。ご一緒に横浜の文学館まで行かれたそうだ。ずいぶん真面目なデートですな(^^)。「やっぱグラシン紙がかかっていると買いやすいよね、つい買っちゃうよ。」と言いながらずいぶんとお買い上げいただきました。ありがとうございます。
奥様から甘露日記のことをいろいろ誉めていただきました。ウレシイですねぇ。書いた甲斐がありますよ。誉められることに慣れてないもので、シドロモドロでしたけど、内心ではとてもヤル気になってます!
お土産もいただきました。ありがとうございました。夜ビールのツマミにしたいと思います。食べかけの焼きそばは固まってしまいました・・・(^^;。

■2001/05/03 (木)

5月のGWだというのに雨とは・・・。

おまけに寒い。まるっきり2月の寒さである。この日記も傍らにストーブを燈しながら書いている。一度暖かくなってから季節が逆戻りすると対応するのが難しい。全くどうなっているのか。この低温が影響したのか、ワタシも女房に続き咽喉をやられた。熱は出ないものの、昨日から薬を飲んでいる。腫れているようでヒリヒリと痛い。

昨日は長女の誕生日だから家族一同でお祝いした。赤飯に長女の好きなコロッケ。あついあついと言いながら全部平らげていた。結構食べるよなぁ。そのあとのケーキも大人と同じだけペロリ。好きなものは何でも良く食べます(^^;。まったく誰に似たのやら。
正月、長男と長女の誕生日にはこうして家族全員が集まるので、そのたびに集合写真を撮影する。先月結婚したので、今回からワタシの弟は居なくなった。ま、そのうち正月には子供を抱いて嫁さんと一緒に帰ってくるでしょう(^^)。

今日はこの雨の中、女房は子供二人を連れて2泊3日の予定(当初より1日縮めた)で千葉にある両親の実家へ出かけた。まー、ご苦労様です。ワタシは5日に彼らを迎えに行く予定。

■2001/05/02 (水) 誕生日

今日5月2日は長女の3回目の誕生日である。

3年前のその日、前日の1日は金曜日で明古だった。
仕事の後、皆で奮発して赤坂まで飲みに行っていたときに女房からの電話が鳴った。「熱が上がって苦しいから帰ってきて」というヘルプコールだった。臨月ではあったが予定日までもうしばらくあった。盛り上がっていた飲み会を途中で退席し、しぶしぶ帰宅した。すると帰るのを待っていたかのように程なくして陣痛が始まった。10時過ぎのことだった。慌てて病院へ電話。クルマを車庫から出してきたが、陣痛が始まっていたため階段を下りるのさえてこずった。なんとかクルマに乗せて病院へ急いだ。

「お父さんはご自宅で連絡をお待ちください。」無事に分娩室へ運び込むといったん帰された。クルマを戻し、何時呼び出されるかわからないので仮眠を取っておこうと布団を敷き、潜り込むとすぐに電話が鳴った。助産婦さんの声で「お生まれになりました。女の子です」と報告を受けた。陣痛の開始からたった2時間あまり。安産も安産である。それまではよかったのだが、「お母さんの後産がまだなんです。ほおっておくと大出血を起こしたりして危険ですから、手術が必要です。付き添いに来て頂けますか。」と言われ、また慌てて病院へ向かった。2日0:30を過ぎていた。

病院へ到着するとすぐに長女を抱かせてもらえた。たった2時間で生まれるなんて親孝行な子だ。2370g。2日に日付が変わった直後の0:17に生まれたそうだ。小さい小さい。強く扱うと壊れてしまいそうだ。長男の時を思い出しながら抱っこすると一瞬笑ったような気がした。
それはそうと女房はどうなっているだろう。先生は「本院にはもっとしっかりした設備がありますから、そちらで手術するのがよろしいと思います。」と救急車を呼んでくれた。後産とは胎盤やら卵膜やら出産が終わって不要になった臨時臓器が自然に排出されてくることを言うらしい。搬送台に寝かされた女房と二人で救急車に乗って多摩区にある本院へ向かった。がんばったね、と声をかけると少し血の気のひいた顔だったが元気に「救急車に乗るの初めてだよ。なんかおおごとになっちゃったね」と答えた。その様子をみて安心した。

20分くらいで到着し、それから女房は子宮内の卵膜を剥がす手術を受けたようだ。真っ暗な待合室で結果を一人待つ時間は長かった。寝るわけにもいかないし、そのまま朝までそこにいた。先生から術後の結果を聞いたのは何時頃だったか。記憶が定かでない。まだ真っ暗なうちに「うまくいきました」と言われたはずだが。

翌朝、一度家に戻り、クルマで迎えに来ることになった。長女の生まれた病院に女房を移すためである。バスに乗って南武線で一旦店に帰った。24時間以上寝てない目には青空がまぶしかった。軽く朝飯を食べて仮眠。午後からクルマに乗って女房を迎えに行った。
長女のいる病院まで戻ると、病室にHIDEさんとKEITAさんからお祝いのお花が届いていた(!)。すごくうれしかった。でもどうやってこの病院を知ったのだろう?

新生児室に寝かされていた長女は数日して保育器に入ることになった。少し体力が弱くて呼吸を休んでしまうから念のため、ということだった。透明な四角い保育器の中で暖をとる為の光線を浴びていた。光線から目を守るために目隠しをしていて痛々しかった。女房は程なく退院。搾乳して病院へ見舞いにいく日が10日ほど続いた。その当時の写真が残っているが、今からでは想像がつかない。それくらい元気に育ってくれている。

生まれた以上親子という関係はどちらかが死ぬまで、いや、死んでからだって続いていくのである。長男は7歳、長女は3歳。まだまだ小さいが、この子達が少なくとも自分で自分を支えていけるようになるまで見守る義務が親にはある。
親は親で子供を通じて社会と接点を持つ。今回のPTA活動などもそうだろう。子供を持つことで広がる世界もある。
今日で長女との付き合いは丸3年となった。早いような遅いような・・・。長女がまだ生まれていなかった時期が確かにあったはずなのだが、今となっては全く思い出せない。たった3年のはずなのにずっと前から一緒にいるような感覚でいる。これからは子供の成長にも加速がついてくるに違いない。彼らが大きくなるということは我々両親はそれだけ歳をとっていくということになる。早く大きくなってもらいたいと思う反面、そのときが来るのが怖いような妙な気分だ。

将来、子供たちと一緒に酒を飲みたい。ささやかなワタシの夢だ。

 生まれてすぐの長女の肖像。ご機嫌ななめかな?

■2001/05/01 (火) 今日から5月

GWの谷間。

昨日から女房は熱を出して寝込んでいる。寒暖の差が激しかったからかな?それともPTAの仕事でうつってきたかな?とにかく咽喉が赤く炎症を起こしている、と医者には言われたそうだ。計ってみれば39度の熱。計るまで昨日の夕食の仕度をしていたのだから驚く。ワタシなら計るまでもなくダウンです(^^;。

無理されて長引くとワタシの仕事にも差し支えるため、今日一日寝てもらうことにした。運悪く火曜日はオヤジたちは休みなのだ。GWで混んでいるだろうに、わざわざ大山までハイキングしに行くと昨日張り切っていた。
そうなると大変なのはやはりワタシということになる。長男を学校に送り出したあと今日一日の仕事を考えてしまった。
掃除洗濯はパスするとしても、まず食事をどうするかを考えなくちゃならない。今日は平日だから郵便も来る。前金がご入金されたらどうするのか。梱包・発送は何時やるのか。負担が一気に湧いて出てきた。

結局店を1時まで開けない事にした。それまでにメールマガジンを発行したり、昼飯も寝ている女房と腹をすかせた長女に与える必要がある。咽喉が痛いようだから女房にはおかゆがいいだろう。長女には朝食べたパンの残りをあげてしのいだ。

12時少し前に郵便が届く。早速荷造りである。さっさとあげたのだが、ワタシの食事がまだだった。そんなことをしているうちに1時までもう時間がない。もうひとつの用事、振替で送金する用紙も引っつかみ郵便局へ急いだ。
そういうときに限って郵便局は混んでいる(^^;。

帰ってきて店を開けると、待ってましたとばかりN大学の先生がご来店。「11時にも来たんですけど・・・。」ううう、スイマセン。女房が寝込んでまして、オヤジたちは遊びに行ってしまったもんですから・・・(^^;。まるっきりこちらの家族の事情だけで開店が遅れるってのも個人商店ならではだよなぁ。ほんとにすいません。

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