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■甘露日記 2000年12月

■2000/12/31 (日) 世紀末

いよいよ世紀末を迎えた。

とは書いてみたものの、別に世紀末だからって何が変わるわけではない。いつもの大晦日を過ごしている。

子供の頃見た4チャンネルの矢追純一のUFO企画の中で「第三の選択」というのがあった。21世紀には地球がCO2排出により温暖化し、極地方の氷が溶けて人間が住めなくなるため、火星に移住するという選択をせざるを得ない、という内容だった。丁度ノストラダムスの1999年第7の月の予言とごっちゃになって、21世紀までは生きられないんだな、などと子供心に考えていた。

ノストラダムスが言った恐怖の大王の予言は見事にはずれたが、地球温暖化は日々確実に進んでいる。こちらはどうやらじわじわと当たっていきそうだ。これだけ状況が悪化してしまってから温暖化防止を叫んでも、防ぐことはすでに難しくなっている。我々は日々の便利さと引き換えに未来の生活を悪魔に売り渡したのである。今更電気のない生活には戻れない。それは現代に生きる皆が思っていることだ。ブレーキの利かないクルマのアクセルをベタ踏みして高速道路を走っているようなもので、走っている間は快適でいいが、いつか終点に到着する。その絶望的な瞬間に立ち会わないうちに人生を終えられるように祈るしかない。

今年もいつもと変わらない年の瀬を迎えられ、また、このホームページをどうにか運営して来れたのも来訪していただいた皆さんのおかげです。本当にありがとうございました。どうか来年もよろしくお願いいたします。

これから女房と一緒に年越し蕎麦を食べて、いつものように「行く年来る年」を見ながら新世紀を迎えたいと思います。

■2000/12/30 (土) 大掃除

今日は年に一度の大掃除の日である。

年に一度の床ワックスがけの作業。朝から店の中を掃き清め、雑巾で水拭きと乾拭きを繰り返し、一年間の汚れを落とす。余程の汚れでない限りはクレンザーなどの界面活性剤は必要ない。”水”という最高の界面活性剤があとでワックスをかけることを考えれば結局は一番なのだ。
昨日店の棚をあちこち拭いていたオヤジはいつもの10:30を過ぎてもなかなか来ない。こちらにも予定があるのだから待ってもいられず、ワックスがけを始めてしまった。すると30分遅刻で到着。乾いていないワックスで入り口からは入れない。ケータイを手渡して「ちょっと散歩してきて」と追い出した。乾いたら電話で知らせる手はずである。
20分ほどで乾いたので電話をしたらなかなか出ない。まあ、着信音でわかっただろう、とほっておいたら帰ってきた。近くの新刊屋さんを冷やかしていたそうな。(^^;

午後ちょっとまでかかったワックスがけ。その後は出入り口のガラス戸。そしてシャッターを一本一本雑巾で拭き切る。思ったよりも棚に積もっている埃とシャッターにこびりついた汚れ。また今年も年末を迎えられたんだなぁ、という感慨がきれいになったガラス戸を見ながらこみ上げた。

もちろん何もしなくたって生きていれば年末は来る。死ぬまで何度でも来る。ワタシの言う年末とは一年で積もった埃のように自分のキャリアは積もったのか、と振り返る時間なのである。大掃除をすることで埃は拭き取られ、また新たな年が始まる。来年という埃が積もっていく時間だけキャリアを積み上げなくてはならない新たな時間がスタートするのだ。

来年はワタシも33歳である。いつまでも”若手ヅラして無責任”ではいられない。何かをなさなければならない、という強迫観念と、何も出来ないのではないか、という自分の能力への疑心。考えれば考えるほど逃げたくなるような気持ちになる時もあるが、そこから逃げてみて気持ちが軽くなるのはホンの一時である。合わない、と捨てた世界でうまくいかない人間が他の世界ならうまくいく、ということは絶対にない。それは捨てたつもりの世界から”捨てられた”事を意味する。ワタシはゴミではない。ゴミでないなら捨てられないように努力を積んでいくしかない。この道を歩いていこうと決めた時、退路は絶たれたのである。

いろいろなことがアタマをめぐる世紀末なり。(^^;

■2000/12/29 (金) 今日でおしまい

今日は甘露書房の年内最終営業日である。

明日から3日までは年に一度の”定休日”期間とさせて頂いている。お盆にも店は休まないから本当に年に一度の休業である。明日は一日かけての大掃除。メインは床のPタイルを磨いてワックスをかける作業であり、これまた年に一度なのだ。

明日の大掃除に備えて机周りやら床周りに長いこと放置されてしまった本たちを一冊一冊見直し、店に出すもの、愛書会に回すもの、明日の最終ゴミ出しに間に合わせるものに分ける作業をひたすら続ける。よくもまあこんな本が捨てられずに残っていたものよ、と思うような本もあれば、確か買っておいたんだけど何処へ行ってしまったかなぁ?と探していた本も見つかり、年に一度の大掃除をする事の意義を知る。オヤジは過去に参加した古書展の目録を一冊一冊見ながらニヤニヤしていた。

HIDEさんからTEL。神保町のG八書房さんは今日が仕事納めなのだそうで、「忘年会、一緒にどうですか?」といううれしいお誘いだった。残念なことに今日の夜年賀状を書くことにしていたため、断念ということになってしまった。今ごろ年賀状を書こうなんていういい加減さが災いしたわけである。すき焼き、しゃぶしゃぶ食べ放題。ううう、いいなぁ。(^^;

今年もいろんなことがあったが、あっという間に過ぎてしまったような気がする。中央市会の大市。全古書連の大市。そして明古の七夕大市、と、なぜか最初に思い出すのは大市での仕事ばかりだが、今年はホームページのアクセス数が飛躍的に伸びた年でもあった。いろいろ思い出されて時間が一直線に進んでいかないような錯覚に陥るのは今年も充実していたからなのだろうか。不況が定着化してさらに悪化しようとしている昨今だが、何とか甘露書房は前年並みの売上を維持することが出来、来年もまた引き続き努力していこう!という気になれた。

■2000/12/28 (木) 退屈な年末

毎年の事だが、年末は開店休業に近い状態となる。

いや、毎日が開店休業と言えなくもない(^^;・・・か。

昨夜、女房と一緒に「2001年宇宙の旅」を見た。映画の中で黒い直方体”モノリス”は人類の前に3回姿を現した。人間がサルだったころに現れ、道具を使うことで人間へと進化するきっかけになり、月で掘り起こされて木星探査のきっかけになり、木星に現れボウマン船長が星の子に進化するきっかけとなった。結局劇的な進化は地球外からうけたカルチャーショックによって起こった、というのがこの映画のテーマである。そのテーマの説得力を高めるために費やされた微に入り細を穿つ考証はいつ見ても見事としか言いようがない。この映画を超えたものは結局その後現れなかった。

元旦に目録をアップデートしようと今から鋭意データを入力中である。年末が明古で忙しかったため予定通りの更新が出来なくなってしまったためであるが、予定通りだと元旦に更新することがなくなってしまうからでもある。荒木さんページも年末にあと一本書き溜めておいて元旦か2日にアップしようか、とも考えている。正月といっても特に行くところがあるわけでもなし、それくらいやる時間はあるだろう。

■2000/12/27 (水) 伊勢丹大古本市

年に2回ある伊勢丹大古本市に行ってきた。

毎回横長の1万2千点も載っている目録を送って頂いているのだが、これはいつ見てもすごい内容とボリュームである。
手にとって値段を見てみると、何だうちよりも安い値付けがされている本がごろごろしているじゃないですか。何でこれで売れていかないんだろ・・・?売れてもおかしくない本がちゃーんと棚に残っている。
会場内のご注文品受け取りコーナーで「日本の古本屋TKI」でもおなじみのKさんにお会いした。会場でインターネットにアクセスできるよう、パソコンをプロバイダーにつなごうと努力していたが繋がらない様子。「去年はパルス回線だったのが今年はトーンになっているから、どうなっているんだろ?」と何回も試みるも駄目。もしやISDN回線に直してやいませんか?とアドバイスしてその場を後にした。もしそうならモデムを使っていくらやっても繋がるはずがない。デパート側に聞いてみてくださいねー。

帰りにシブヤのハンズに寄って防犯カギと警報ブザーを買ってきた。作動させてびっくりしたのだが、鼓膜をつんざくようなものすごい音がする。内側にあるスイッチをoffにしない限り105デシベルの警報が鳴り続ける仕組みになっているのだからすごい。これにカギを追加すればさしものドロボーさんも諦めてくれるでしょう。鳴るとわかっていてもびっくりするようなすげぇ音!

■2000/12/26 (火) 今年一年間続いたもの

クリスマス大市があったためか、今週は異常に短かった気がする。

今年一年間続いたもの。
毎週火曜日には荒木さんの作文という宿題を課したのだが、よくまあ一年以上続いたものだ。

葵 徳川三代。ついつい見てしまった。もともと大河ドラマは嫌いではなかったし、戦国から江戸初期にかけての歴史がこんなにも複雑だったとは知らなかった。基本的には岩下志麻さんの演技がなぜか好きだから見ていた。津川雅彦と西田敏行の”将軍演技”を見たかったからではない。

世紀を超えて。これは2年越しのNHKスペシャル。今日は三夜連続で放送されるエピローグの最終日である。日本では特に顕著だがもはや政治には誰も期待していない。むしろあの程度でいいのなら誰(私)でも出来ると皆思っているだろう。これからの時代は市場が全てを決める。市場という責任者のいない決定機構に世界の運命は委ねられていくのである。いろいろなことを考えさせられた。

古本屋。今年も古本屋をして過ごすことが出来た。もちろん、これからもずっとやっていきたいとは思っているが、我々が思っている以上に本を取り巻く環境は激変しているらしい。現在はうまく古書業界と共存しているインターネットという仕組みが今後あらゆる社会構造を変えていくのではないか、と感じさせるだけの力を秘めている。ワタシは何年か前に活字で本を読むという常識は本が好きな人ならば変わらないと何かに書いた。つまりネット上で配信された本を読むという行為は少なくとも商業ベースに乗らないと予想したのである。しかし、インターネットが普及したこれからは、ネット配信という格安な方法を活用することで、出版という概念そのものが規定されなおしかねないという事態を突きつけられた。それこそ市場が許しさえすれば、雪崩を打って出版という近代を引きずった矛盾した姿を変革してしまいかねないのだ。
我々にとっての本は紙に印刷された本であることが常識だ。たぶん、それはワタシたちの世代が老いらくの身になるまで続いてくれることと思う。なぜなら本は紙印刷されたものというのは我々の世代における”常識”だからだ。
しかし、その常識は世代と共に入れ替わっていくだろう。流通という矛盾を抱えたまま50年先の本屋の形が現在のままでいるとはとても思えない。
活字文化は廃れないが、活字は紙に印刷されたものから画面に表示されたものに変っていってしまうのだろうか。

そんな味気ないものを少なくともワタシは読めない。

■2000/12/25 (月) 年の瀬

クリスマスが終われば一気に年の瀬である。

今日は月曜日で中央市会も開かれたのだが、今日買ってしまうと年内にもう一度古書会館に来なければならないため、清算だけに電車賃を使うわけにはいかない、と、入札しなかった。それならなぜ行ったかといえば、来年1月下旬に開催される愛書会展の目録原稿締め切り日だったからである。約一ヶ月先の仕事の仕込みをするなんて、古本屋もスケジュール調整が忙しい。(^^;
そんなわけで、会場を全く見ることもなく帰ってきた。

12月に入ってからTUTAYAで借りた倉木麻衣のCD(デリシャス・ウェイ)をCDRでコピーしてつけっぱなし状態で聞いている。なかなかよい。和む。それなら、と、今日の帰り途中に倉木麻衣のDVDを買ってきた。いよいよワタシもクッキーフリークか・・・?(^^;

明日は今年最後のHP更新である。何について書こうかなー。

■2000/12/24 (日) クリスマス・イブ

クリスマスを心待ちにしたのはいつ頃までだったか。

子供の頃からサンタを信じているような純な子供ではなかった。平然と「クリスマスだからなんか買って」と親におねだりしていたような気がする。現実に存在しないものを信じることが出来るには想像力(創造力?)が欠かせない。してみると決められたことを無難にこなすようないやらしい子供だったようである。ま、こればかりは生まれつきだからいかんともしがたい。いまさら子供に向かって「サンタさんに何をお願いするのかな?」なんて事は自分に対してしらじらしくて言えず、女房に任せてしまった。

毎年誕生日とクリスマスにおねだりしていたため、小学生の頃は友達がおもちゃ目当てに遊びにくるほど比較的遊ぶものがあった。その中でもよく遊んだのはエポック社の野球盤。レバーを下げると”消える魔球”ができるやつである。スコアボードも付いていたがすぐに壊れ、遊びすぎで消える魔球はいつも調子が悪く、バットを動かすバネの動きがまだるっこしくて手で直接ぶん回して場外ホームランを量産したりした。弟とそれこそぶっ壊れるまでよく遊んだ。これはたしかクリスマスで買ってもらったハズだ。
野球好きだったのは町内会の野球部に入っていたからで、店に入ったドカベンや巨人の星、アストロ球団とかよく読んだ。ワタシは中学入学と同時に野球からは足を洗ってしまったが、代わりに弟はそのまま高校まで野球を引きずった。

子供には夢を信じられるようになって欲しい、とはきっと皆さん思っているだろう。不況が10年以上続く現代日本では夢や希望がなければ生きていけないような気がする。だが、それは親のエゴに過ぎないのではないか、と思う。夢も希望も子供たち自身が自分で作り出していかなければならないもののはず。

彼らは今、何を夢みているのだろうか。

■2000/12/23 (土) 打ち上げ

今日で漸く明古クリスマス特選市会は全日程を終了した。

無論、今日も入札会があったわけではない。昨日取引された荷物を各書店さんに梱包発送する作業、会場の後かたづけ、そして打ち上げ会へと時間は進んでいく。

今回は地方荷の量が多くなく、梱包作業は午前中でほぼ完了した。あとは会場の後片付け。幹事・会員の方々には地方荷売上明細を起こしていただいた。
全ての作業は3:30には終了。忘年会の始まる5時までの時間つぶしが始まり、3階の事務所でひたすら無駄話。傍では会計のYさんとIくんがそれぞれ耳にヘッドホンをしながら黙々と作業を続ける。

忘年会は竹橋のKKRホテルの一室。余興でちょっとしたゲームが行われ、その賞品は新人のHくんと不肖ワタシがGET。申し訳ない・・・。(^^;おかげさまで子供にクリスマスプレゼントと正月のお年玉が渡せます!

今日で明治古典会は今年の全日程を終了。来年は1月12日からである。今年も本当に御世話になりました。

■2000/12/22 (金) クリスマス大市当日

今日はいよいよ開札日。

普段宵っ張りの古本屋なのに6時起床が連続するのはきつい。だが、特別体制である。年に何度もないことであるからそれは仕方なし。
8時集合で作業開始。12時の開場に向けて皆さんの持ち込んだ荷物を荷受し、各階へ捌いていく。封筒の記号登録が全部で200件弱。総出品点数2,000点である。名家書簡や色紙など小さいものもあれば、額装された20号の絵や、クルマ一台分くらいある洋書の映画の口まで様々な品物が一堂に会した。無論、我々10人の経営員では作業する人間の手が足りない。お手伝いを中央市会から4人。資料会から2人。経営員OBのKさんを頼んだ。皆さん現役のバリバリだが、聞くところによれば品物が一点一点高いことや、周りの雰囲気が通常市会とは全く違い、緊張の連続だったとか。なるほど、そうかもしれません(^^;。ワタシたちももう少し緊張しましょう。

緊張が続いたためか、人数の割りに思ったよりも開札のスピードが上がらない。ある意味で順調だったペースが3階の額物・幅物のコーナー開札から後片付けの段取りがちょっと狂い、休憩時間をほとんど取れなくなってしまった。緊張を一度も途切れさせることなく6:30の最終開札まで結果的に突っ走らざるを得なくなってしまったため、2階の原稿集中コーナーあたりでまた目に見えてペースが落ちた。息切れである。皆無口。重苦しい雰囲気のまま最終赤毛氈の開札へ進んだ・・・。

もうここまできてしまったら座ることは出来ない。座ったら死んでしまう。二度と立ち上がれない。御手伝いのかたがたにはかなりきつい一日を強要する結果となってしまった。休みを取る時間を明確に規定しておかなかったことはひとつ失敗として覚えていたほうがいいだろう。その後、8時まで荷捌き、後片付けの作業が続き、12時間働きっぱなしの長い一日は幕を閉じた。そのあと「藩」で御酒をご馳走になり、日付が変わるころにやっと帰ってきた。

明日は最後の6時起き。もう寝なければいけないのだが、また眠れなさそうだ(^^;。ヤバイ。

■2000/12/19 (火) 更新の火曜日

火曜日が巡ってくるのは早い。週に2日あるのではないだろうか?

それと言うのも、時間が過ぎていった分だけ仕事をこなせていないという思いがあるからである。忙しい毎日だが、一日店の帳場に座って仕事をする火曜日には、あれこれと頭の中をいろんなことが巡っては通り過ぎていく。
ほぼ毎日市場で買ってくる荷物と、その整理。それをパソコンに入力し、データベースにアップする。合間に入金されたご注文品を梱包発送し、開いた棚に補充する。単純なようで複雑な毎日。さらに毎週のホームページ更新と、やることがどんどん増えていくような気がするなぁ。気のせいかしら・・・。(^^;

毎週楽しみに見ていた「やまとなでしこ」は昨日最終回。”カネこそ男の器量を計る唯一の目安”という美貌の女をずーっと描いてきたこのドラマの桜子に同調する女が多いと何かで見た。でも、結局はカネ命で突き通してきた前半は前フリで、後半は”おカネでは買えない大切なもの”が何かに気がついた、という終わり方だった。やっぱりなぁ、展開が単純だよ、と思いつつもどこかでホッとしたものだが、余談部分の「おカネ云々女が多い」という現実に背中が寒くなる想いがした。

ワタシは何処から見てもおカネ持ちではない。むしろ結婚したときには女房の方がおカネを持っていた。大学出で24歳という歳なのに結婚する男にカネがあるわけがない。その比率は結婚後7年半経った現在でも変わらないのだ。(^^;
”安月給の甲斐性なし”はこれからも変わらないし、変えようもない。それでも子供をつくって一緒に歳をとっていこう、と思ってくれている女房には感謝しなければ・・・。いつもスイマセン。

■2000/12/18 (月) 中央市

今日は月曜日。中央市会である。

荷物の納品と発送に追われながら1:30頃に古書会館へ到着。今日も沢山出てますねぇ・・・。でも入札できるものはごくごく限られていた。
一通り入札したあと、今週の木曜日から始まる明古クリスマス特選市の地方荷が着いていた分だけ4階倉庫にしまう。そのあと新宿へ移動。今日もまた長い長い空き時間を消化するためである。

IDOがKDDIのAUになって2ヶ月以上たった。DOCOMOが値下げしたとはいえ、やはりAUの方が安いようだし、通話品質がいいのでこのままNTTに買い換えず折りたたみ型に機種変更でもしてしまおうかな?と思いながら Yカメラで価格チェックしたところ、お目当てのC401SAは14,800円。これは新規価格であろうから、機種変更ならばさらに上乗せされるはずである。はっきり言って高い。買う気が失せてしまった。ついでにあれこれ見ていると、DOCOMOのP209ISが7,800円にまで値が下がっている。ううむ、よほどこちらのほうが欲しくなるではないか。でもデザイン的にあまり好きになれなかったから思いとどまる。ほかにもN502Iが3000円台になっていたりして、DOCOMOも安くなってきたようだ。AUで行こう!と思っていた決心はあっさり撤回。4月を待ってDOCOMOに乗り換えだね・・・。

■2000/12/17 (日) マリタイムミュージアム

またもや日曜日。朝起きたら晴れていたので出かけなければならなくなった。(^^;

昨日の夜、ベッソンの「ジャンヌ・ダルク」を見てしまったので今日も寝不足。見始めてわかったのだが、158分もある長編映画だったのだ。最初にR指定が出たので、どの場面かと思っていたが、戦闘シーンで首が飛んだり足が飛んだり、ジャンヌが火あぶりになったりするので指定されたのだろう。
神がかりで上向き調子のジャンヌは息を飲むような光り輝く女性に見えたが、フランス国王が戴冠したあとからは死神が付きまとうようになる。この死神をダスティン・ホフマンがやっていて不気味に怖かった。無論、死神が憑いたのであるから、彼女はイギリスに捕らえられたあと、異端裁判にかけられ火あぶりとなる。
前半と後半での映画の勢いのようなものが違って、ちょっと飲み込みにくい映画になってしまったと思う。はっきり言えばアメリカ的ではない映画。興行的にはうまくいかなかったのではないだろうか。

11:30過ぎに出発して桜木町を目指す。みなとみらい散策でお茶をにごす作戦なり。第一ドック跡には日本丸が係留され、マリタイム(海事)博物館が併設されていたので、今日はそこに入った。
氷川丸が客船であるのに対して、日本丸は帆船だからもともと商売っ気がない。ストイックな海の男の元晴れ舞台だった甲板を歩くと、ある種感慨が湧く。亀の甲と称されるように甲板はまっ平らではなく、船頭から船尾までの間を大きく凹んだカーブで結ばれていた。室内にはブラス製の調度品が置かれ、それはボランティアが毎朝ぴかぴかに磨いているのだそうで、気持ちよく光っていた。

途中から腹減ったと言い出した子供たち。何とかなだめすかしながら全て見終わってからランドマークプラザでお昼。何処にでもあるチェーン店とんかつ屋で定食を食べる。
そのあと、クイーンズモールに大きなクリスマスツリーがあると聞いて、女房がぜひ見たい、とそちらへ移動。4時の時報とともにパイプオルガンの演奏に合わせてツリーのイルミネーションがきらきらと明滅するイベントが始まった。大勢の見物人と共にただただボーっと眺めた。

すぐ隣にあるコスモワールドで「観覧車に乗りたい」と主張する子供をなんとか説得し、空中自転車で手を打ってもらった。

帰ってから葵徳川三代の最終回を見る。ま、大河ドラマの最後はこんなものでしょう。

■2000/12/16 (土) ねむい眠い土曜日

昨日終電で帰宅後、メールチェックをしてしまった。

それが運の尽き、である。どうせ酔っ払っているんだからしばらく寝られない、とわかっていたため、日記を書き、ご注文いただいたメールに全て返事を打ってしまった。終わったのは2時半過ぎ。まずい、と思ったときにはもう遅い。寝不足の土曜日決定・・・。(^^;

アルコールが体内を巡っているとなかなか寝付けず、おまけに熟睡もできない。うとうとしているうちに目覚ましが鳴った。今日は第三土曜日で子供の学校があるのだ。7時には起こされてしまう。
まだ酔いが覚めずふらふらする10時過ぎにシャワーを浴びて身体を起こす。相当な深酒をしたのか、酒に弱くなったのか・・・。しかし、ここでシャキっとしなければならない。古書会館へ月曜日の中央市会への出品作業と、今週分の落札品を回収しに行かなければならないのだ。

クルマで古書会館に到着すると中央市の人が荷受作業をしていた。御疲れ様です。
やはり毎週月曜日の市は、いろいろな意味で大変だと思っているので、つい「御疲れさまです」という一言がでてくる。最近は明古も3階を使うことが半ば常態化していて大変さはどっこい位になってきているが・・・。(^^;

持ち帰って来たのは昼過ぎ。飯を食べてから甘露通信と前金でご送金いただいた分の荷造り。すぐに歩いて15分ほどの中原郵便局へ持ち込む。量が多くて道中が結構辛かった。帰ってからはひたすら買ってきた本の整理とパソコンへの打ち込み。

さて、もう明日は日曜日である。何処へ出掛けようかなぁ・・・。基本はもちろん安・近である。(^^;

■2000/12/15 (金) 明古の金曜日

明古の市は1,350点の出品と盛況だった。

そのあおりのため、全て作業が終わったのは夜8時を過ぎていた。

終電まで飲み会。

■2000/12/14 (木) 一新会ウルトラ市

月一の一新会ウルトラ市が開かれた。

通常は1:30から開札が始まるところを2:00に繰り下げるほど大量の荷物。

入札しているうちに明日の明古の荷物が80箱も届いた。ウルトラ市を開催しているため荷捌き場を使えない。ちょうど明古の経営員が4人居たので皆で下ろしてカーゴに載せた。

地方荷はこの80箱を加えて今日の時点で130箱を越えた。前日荷受を視野に入れる”量”ではあるが、内容が全集中心という話だったので、そこまですることはない、と事業部長。今日の作業は予定通り行わなかった。

明日は今日のウルトラ市の片付けから始めなければならない。残置品の量もウルトラなんだよねぇ・・・(^^;。

■2000/12/13 (水) 水曜日は資料会

大市明けの資料会は出品点数が多い。

それは、大市が一口1万円以上と規定されていることに起因する。あらかじめ1万円にならなそうな口が持ち込まれたとき、大市に出品せず、通常市(つまり今日)に回されるのである。
今日は他にも哲学関係の一口が出ていて、がんばって入札したがあまり落札出来なかった。落ちたのはキリスト教がらみの本ばかり。
いよいよ来週の木曜日から明古のクリスマス市が始まってしまう。今日は主任Mさん、副主任Oさんとワタシの3人で3日間の期間中の仕事について全体の流れ、それぞれの分担仕事についていろいろと確認した。やはり話し合っておいてよかった。細かいところで3人の思っていたことが微妙に分かれていたり、詰め切れていない部分に気がついたりした。

月曜日にも書いたが、近所のビデオ屋さんがセールを実施中だ。今日はキューブリックの「フルメタルジャケット」を借りて見た。7泊8日で185円である。借りなきゃ損だ。
そうそう、来世紀を迎えるに当たって「2001年宇宙の旅」を買っておかなければイカン・・・!33年前も前の映画だが、この映画の「思想」を超えたものを私は知らない。「現実」もまた木星への有人飛行を実現できず、結局はこの映画を超えられそうもない・・・。いろいろな意味で偉大な映画である。

■2000/12/12 (火) 寒いなー

今朝はこの冬一番の寒さだったそうである。

確かに昨日DVDをセットアップして「レオン」を見ているときには北風がものすごい勢いで吹き荒んでいた。さもありなん。
で、結局、昨夜は3時までDVD鑑賞してしまった・・・。(^^;

「ブレードランナー」はもう何回見ただろう。しかし、昨日見ていて初めて気がついたことがあった。レプリカントたちは、ロイをはじめとしてレオン、ゾーラ、プリスと人間に対して攻撃的な性格がはっきりしていて、ブレードランナーたるデッカードは殺される寸前までやられている。しかし、タイレルやセバスチャンを殺したロイは、プリスを殺したデッカードに対して最後の対決をする時、”殺された二人の恨み”としてデッカードの指を2本折ったほかは、言葉で脅すばかりで実際には攻撃をしない。むしろ手負いのブレードランナーに対して自分に攻撃するように促したりしている。
屋上に逃げ、やっとの思いでビルを飛び移ろうとしたデッカードは失敗し、白い鳩を大事そうに抱えたロイに落ちる寸前に助けられる。そのまましゃがみこみ、自分の思い出を語るロイ。寿命を迎えて死ぬ間際にデッカードを助けたのだ。
最初の劇場公開版ではここでハリソンフォードの”つまらなそうな”声で、「死ぬ間際に命の大切さに気がついた・・・」とかなんとかナレーションが入ったのだったが、なくてもわかる。”つまらなそうな”ハリソンフォードの声には不本意ながらという意味がこめられていたようだ。

1982年当時こんな映画があったのだ。現代ならばCGを使ってどんな世界でも再現できるだろうが、この頃はそんな技術はない。オールセットで2019年のロスアンゼルスを表現しているのである。クライマックスシーンがCG使いすぎの最近作よりも、この当時の作品のほうが数段味があると思うんだけど・・・。

■2000/12/11 (月) 久しぶりの月曜日

もちろん、月曜日は一週間に一度来るのだが、中央市会が久しぶりなのである。

その反動があってか、資料会大市で買えなかったからか、自分でも自覚できるほど札がうわずった。ちょっと買いすぎ・・・(^^;?
久しぶりの本の洪水に身を浸すことが出来た。妙に落ち着く。しかし、それは表向きのこと。裏方では土曜日に荷受をしなかったから、中央市会の経営員の方々は、今日の午前中からすごい労働量だったことと思う。御疲れ様です。それと同時に、出品した方もまた、長い順番待ちをしながら出品されたことでしょう。御疲れ様です。

長い空き時間の間、新宿へDVD-ROMドライブを買いに行った。I/Oの外付けコンパクトタイプがYカメラで29,800円で売っていたので、それを購入。ついでに「ブレードランナー」最終版を買った。1,900円。これは買いでしょう!
これからセットアップして見てみようと思う。

■2000/12/10 (日) 江戸東京たてもの園

小金井公園にある江戸東京たてもの園をご存知だろうか。

オープンから7年ほど経っているが、現在も継続的に展示品を追加している博物館である。何を展示しているかといえば、その名のとおり、”建物”である。もともと古い建物が好きなワタシには格好の博物館なのだが、小金井公園が遠いため、そう何度も簡単に行ける場所ではない。今回は約2年ぶりに訪れたのだが、かなり展示物が追加されていて楽しめた。

近代建築の大家、前川國男邸のシンプルな間取りには驚いたし、モダニズム建築家堀口捨己氏が30歳で建てたという小出邸は和洋折衷の不思議な佇まいを見せていた。東武鉄道が開発した常盤台という昭和初年に造られた新興住宅地にあった常盤台写真場のモダンな外観は今回の追加の中で一番目を見張った。つい3,4年前まで現役だったというのだから驚く。二階にしつらえてあった”写場”のライティングは天井から取った日光なのである。やはりライトは太陽が基本である。

かと思うと、ついこの間まで神保町専修大学の前にあった西田書店が入っていた建物があり、当時は丸二商店という荒物屋だったことがわかった。西田書店の前は刀江書院だったから、荒物屋だったとはわからなかった。
池之端の日増やというイオニア式列柱がアンバランスだった和菓子屋さんも近年取り壊されたと思ったら、ここに入っていた。元小間物屋(化粧品店)で村上精華堂といったらしい。ともに看板建築という大震災後に出来た東京特有とも言える商店の建築形式である。

こういう施設では子供たちは退屈しがち(^^;。ワタシがローライで写真を撮っているうちに画面に見切れてきたり、あばれたりして仕方ない。女房が横でついたり、別の場所へ誘導してくれたり、と、いろいろ気を使ってくれた。まだこういう文化的なものには全く関心をもてなくて当たり前ではあるが・・・。

建物園を出てから公園内に落ち葉が風で集まっている所があり、それを目ざとく見つけた子供たちは落ち葉の中へ突っ込んでいく。蹴っ飛ばしたり、手で取って舞い上げたり、と、今日一番のはしゃぎ様。子供にも無理させているのかなぁ・・・(^^;。

帰りの中央特快で新宿を目指す。乗り込んだとたんに抱っこされて寝付く長女。そりゃ疲れたろう。大人だって座りたいくらい疲れたのだから・・・。それにしても12キロのカイロと化した娘を抱っこしての電車はつらいゼ!

■2000/12/09 (土) 平穏な土曜日

明古のなかった金曜日のあとを受ける土曜日は平穏そのものである。

しかし、昨日甘露通信の在庫をアップデートするのに深夜までかかってしまったため、朝8時に起こされるのはちょっと辛かった。第二土曜日の今日は学校が休みで、朝っぱらから子供たちは渋谷の児童会館へ行くと全開ではしゃぎまくっている。その元気を受け止める女房の懐の広さには毎度感心する。

10時半に店を開けると東京の組合から電話。資料会の大市の荷物があるのですがどうしますか?とのこと。取りに伺います、と電話を切った。
オヤジは南部の入札市に出かけている。自宅の母親に電話して早く店に来てくれるよう告げた。

クルマに乗り込み、古書会館には12時過ぎに到着。予想通りというか、大市作業は全て終了しており、展示台の並び方にその名残を残すのみであった。都内近郊の荷はカーゴに積まれてきれいに3階会議室に納められている。荷捌き場(駐車場)の入り口には「中央市会の荷受は5時以降に」という張り紙があり、古書展もなかったため周辺はがらんとしていた。
中央市に出品しようとしていた荷物は地下ロッカーに納め、水曜日に出品することとした。肝心の落札品は2点のみ。とほほである。

古書会館から帰ってくると甘露通信からの注文品を荷造り。小杉にある中原郵便局へ出しに行った。ヨーカドー前にあふれかえっている放置自転車に眉をひそめながら本屋さんにはいってみると、アスキー刊の「ホームページ・ベスト5000」が店頭に並んでおり、うちの「KANROKANRO」が掲載されていた。掲載者に配るということはありません、と最初から断られていたので、記念に1冊買っておいてもよかったのだが、結局やめてしまった。スイマセンねぇ。
そのかわりといってはなんだが、早速HPにその旨を書き入れる。最近になって自己紹介ページを読みやすくなるように改訂しているが、ローライ35のページは全然手付かずになっている。いずれ何かの機会にリニューアルしなければなぁ・・・。

■2000/12/08 (金) 明古のない金曜日

今週もまた明治古典会は休会となった。どうも最近何らかの理由で休会になることが多い。

明古のない金曜日はいつも在庫品の整理に費やされる。今日は甘露通信の受注もほとんどなかったので、来年の1月終わりに開かれる愛書会展に向けて均一本を作った。来年の話をすると鬼が笑うというが、こういう商売をしていると一ヶ月先のことを考えるのはごく当たり前であり、12月ともなれば鬼には連日大爆笑してもらうことになる。傍らで鬼が大爆笑してくれていれば今年も何とか年を越せそうに思えるからありがたい。来年の話が出来なくなればその店にはもう後がないということだ。

本の整理をしているとついついその本を読みふけってしまうことがある。先週買ってきた江戸東京の二本口は面白くて、ちょっとのつもりがついつい読み込んでしまった。「看板建築」という藤森照信氏の著書は増田彰久氏のタイトな写真が添えられていて、関東大震災直後に建てられた商店特有の建築物についての本だ。三省堂から出版されていて、都市のジャーナリズムという叢書のなかの一冊である。当時三省堂からは都市・建築関係の佳本が数多く出ていた。
近年はどんどん建て替えが進み、看板建築もあまり見ることが出来なくなってきたが、神保町2丁目の現神田ブックセンターの建物は元「澤書店」の建物で、代表的看板建築なのである。気がついた方はご覧頂きたい。

商売は行きつ戻りつ。一直線に進んでいくようでいて扱っているものが古本だからそうそうまっすぐには進んでいけない。毎日が著者の分身たる本との一対一の勝負である。本に影響されつつ、いろんな道に迷いつつの毎日が続いていく。無論、それが楽しくて楽しくて仕方ないのだが・・・。

■2000/12/07 (木) 荷造りに明け暮れる

甘露通信の受注作業に追われている。

たぶん昨日今日あたりがピークである。受注し、本を棚から探し、パソコンで伝票を打ち出し(これが意外に面倒で時間がかかる)、荷造りして発送となる。ひとりで50個ほどの荷物を作るのは結構大変だ。この一連のルーチンを50回である。やってみればわかるが、かなり大変な仕事量である。
葉書、電話、FAXから断続的にご注文を頂いている。メールは今回に限って少し少な目かも。それでも自分で集めてきた本に注文が入る様子を見るのはうれしいものだ。これがなきゃ本屋などやっていない。

発送作業中は店には出ず、作業場にこもって仕事をしている。せっかくだから、とCDをかけっぱなしにしているのだが、BGMがYMOやサザン、GLEYにSPEEDである。何の共通点もないところが自分でもおかしい。このあたりが分裂的な特徴を持つAB型の特徴か・・・。(^^; あ。よくみればみんなグループだったな。

■2000/12/06 (水) 資料会大市

今日は年に一度の資料会大市である。やはり通常市会一週間分の荷物を期待してしまう。

甘露通信の本格的な受注が今日から始まった。先着順で、出来るかぎり受注したそばから発注していくようにしているため、なかなか仕事に切れ目が出来ない。しかし、通常市会一週間分荷物が出ていると信じて作業を急ぐ。大市会場の東京古書会館へは1時過ぎになんとか到着できた。例年通りの出品量。

入札中、OさんからTEL。明古のクリスマス大市の段取りについて焦点として考えるべき事をいくつか話す。それをふまえて、入札後、主任と明古のクリスマス大市についてあれこれと話した。いよいよ今年も来るんだなぁ。これがあるから年末は毎年忙しいのである。年賀状を書く気にもなれない(と年賀状不精のイイワケ(^^;)。

■2000/12/05 (火) 更新の火曜日

写真集「秋桜子」について書いたのが先週の火曜日だったが、もう一週間経ってしまった。光陰矢の如しとはこのことである。

荒木さんの写真集について書き始めた一年前、これだけ沢山の文章を毎週書き続けられるとは思ってもいなかった。続けてこられたのは本を提供してくれたS.K.さんや、感想を送っていただいた皆さんのおかげだと思っている。もともと飽きっぽい性格をしていることを重々自覚しているだけに、これだけ続けられたのは奇跡に近い(^^;。

■2000/12/04 (月) 市場のない月曜日

今週は資料会の大市があり、今日から一週間もの間通常市会が開かれない。

どうも月曜日に中央市がないと気合が入らない。あの本の洪水に身を浸すことでなにかカタルシスになっているようである。今週は目録を発行して明日から受注作業である。印刷屋さんが暮れで忙しくて普段より3日も遅れてしまったためにずれ込んだ。本当なら今ごろは日記を書く暇などないはずだったのだが・・・。

先日の明古で落札した荒木さんの「少女物語」だが、この本には改訂版も存在する。どこが改訂されているのかをご存知の方はかなりの荒木通である。「普通なら気が付かない」程度の改訂だ、と、ある方はおっしゃっていた。
さて、なにが、どう、改められているのでしょう・・・?

■2000/12/03 (日) 月島もんじゃ

今日は日曜日でワタシは休みである。親と交代で休んでいるため店は休みではない。

休みになると何処へ行こうかと悩むのだが、今日は月島にもんじゃを食べに行くことにした。子供たちがもんじゃ好きで、年に一度は食べに行くことにしている。毎年偶然にも夏に行き、汗だくで食べていたが、今年はうまく冬にその番が回ってきた。

月島へは有楽町線の月島駅が最寄である。有楽町線に乗るには永田町で乗り換えだ。そこでハタと気が付いた。南北線に乗るチャンスである。新丸子まで8月から南北線が目黒線を介して直通運転を開始していた。目黒経由で南北線に乗り、永田町乗換え有楽町線で月島まで片道約40分の380円という道のりである。

初めて乗ってみてわかったが、目黒から2個目の白金高輪駅で都営三田線と南北線の入れ替えがあり、始発駅なので座れたものの接続ということで3分くらいそのホームで待たされた。

月島に到着してみると、12月から大江戸線も開通するとある。こりゃ騒々しくなるのかな?と思い、外に出ると、かなり様子が変わっていた。昔ながらの町並みは随分と取り壊され、無機質な3階建てに建て変わっている。だんだんこの街にも魅力がなくなっていくのか、と思うと仕方ないと思いながらもさびしかった。

もんじゃはあれこれ店がありすぎて行く所に迷ってしまうので、一店に決めている。店頭に大きな招き猫があって、それに吸い寄せられたのだ。鉄板焼きにウィンナーときのこを注文し、もんじゃとお好み焼きはどちらもミックスを頼んだ。まわりではひっきりなしにお客が入れ替わっている。どうやら1品か2品しか頼まずにもんじゃのはしごをしているらしい。御勘定が2人で1500円くらいの人が多いので気が付いた。でも、はしごするほど味って違うのかな?

その後は佃島に移動。公園で子供を遊ばせた。よく考えたら遊園地にも行かず、こんな公園のブランコやジャングルジムで満足してくれるんだからありがたいものだ。
佃大橋を渡るとそこは明石町である。聖ロカ国際病院の威容を前に、腹減ったと繰り返す女房子供に押されてコンビニでパンを買って食べた。日曜日なので人っ子一人歩いていない。

■2000/12/02 (土) 土曜日の店内

晴天が続いている。気分がよい。

今日は土曜日である。いつものように古書会館へクルマを飛ばし、先週一週間の荷物を回収してきた。帰ってくるとすぐに荷造り。前金でご送金いただいた分の発送と、甘露通信にてご注文いただいた分を手早く荷造った。しかし、このウィンドウズ版古書NETが旧DOS版とは勝手が違い、おまけにプリンターとの相性が悪くて一枚一枚手作業でプリントアウトしなければならなくなっている。ウィンドウズとの通信も遅く、出すスピードも遅いので倍々で時間がかかってくるのでせっかく新調したのに意味が半減してしまった。

やはりソフトが新しくなるといろいろと不具合が出てくるものだ。そりゃウィンドウズ3.1の頃に買ったプリンターである。かれこれ7年以上前のモデルなので、現在のパソコンをめぐる環境を想定して設計されていないから相性が悪いなんて当たり前と言えばアタリマエ。使用言語がNPDL2というDOS然とした規格だからウィンドウズの文字がそのまま印字されないなどのトラブルも抱えている。いずれ故障でもすれば新しく買い換えるのだが・・・。当分の間ちょっともどかしい想いを抱きつつの作業が続きそうである。

■2000/12/01 (金) 金曜日

今日は明治古典会。二週続けて開催されるのは久しぶりである。来週から資料会の大市が始まるため、またも次週はお休みとなる。

大市前の駆け込み出品という現象は、地方からの荷物には現れた。今日の出品函数は100に届いた。代わりに持ち込み出品の量は、ボーになった荷物を明日中に引き取る必要が出てくることから手控えられ、結局総出品点数は900点あまり。無難にこなせる量に留まった。

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