Auction 甘露日記 KANROKANRO Twitter@kanro30
2000年01月 2001年01月
2000年02月 2001年02月
2000年03月 2001年03月
2000年04月 2001年04月
2000年05月 2001年05月
2000年06月 2001年06月
2000年07月 2001年07月
2000年08月 2001年08月
2000年09月 2001年09月
2000年10月 2001年10月
2000年11月 2001年11月
2000年12月 2001年12月

2002年01月 2003年01月
2002年02月 2003年02月
2002年03月 2003年03月
2002年04月 2003年04月
2002年05月 2003年05月
2002年06月 2003年06月
2002年07月 2003年07月
2002年08月 2003年08月
2002年09月 2003年09月
2002年10月 2003年10月
2002年11月 2003年11月
2002年12月 2003年12月

2004年01月 2005年01月
2004年02月 2005年02月
2004年03月 2005年03月
2004年04月 2005年04月
2004年05月 2005年05月
2004年06月 2005年06月
2004年07月 2005年07月
2004年08月 2005年08月
2004年09月 2005年09月
2004年10月 2005年10月
2004年11月 2005年11月
2004年12月 2005年12月

2006年01月 2007年01月
2006年02月 2007年02月
2006年03月 2007年03月
2006年04月 2007年04月
2006年05月 2007年05月
2006年06月 2007年06月
2006年07月 2007年07月
2006年08月 2007年08月
2006年09月 2007年09月
2006年10月 2007年10月
2006年11月 2007年11月
2006年12月 2007年12月

2008年01月 2009年01月
2008年02月 2009年02月
2008年03月 2009年03月
2008年04月 2009年04月
2008年05月 2009年05月
2008年06月 2009年06月
2008年07月 2009年07月
2008年08月 2009年08月
2008年09月 2009年09月
2008年10月 2009年10月
2008年11月 2009年11月
2008年12月 2009年12月

2010年01月 2011年01月
2010年02月 2011年02月
2010年03月 2011年03月
2010年04月 2011年04月
2010年05月 2011年05月
2010年06月 2011年06月
2010年07月 2011年07月
2010年08月 2011年08月
2010年09月 2011年09月
2010年10月 2011年10月
2010年11月 2011年11月
2010年12月 2011年12月

2012年01月 2013年01月
2012年02月 2013年02月
2012年03月 2013年03月
2012年04月 2013年04月
2012年05月 2013年05月
2012年06月 2013年06月
2012年07月 2013年07月
2012年08月 2013年08月
2012年09月 2013年09月
2012年10月 2013年10月
2012年11月 2013年11月
2012年12月 2013年12月

2014年01月 2015年01月
2014年02月 2015年02月
2014年03月 2015年03月
2014年04月 2015年04月
2014年05月 2015年05月
2014年06月 2015年06月
2014年07月 2015年07月
2014年08月 2015年08月
2014年09月 2015年09月
2014年10月 2015年10月
2014年11月 2015年11月
2014年12月 2015年12月

HOME > 甘露日記

■甘露日記 2000年08月

■2000/08/31 (木)

久しぶりの雨だ。一ヶ月くらい降ってないよね、と女房に言うと、「アナタが釣りに行ってた時に降ったじゃない!」と言われた。確かにそのとおり(^^;。あの時も台風がらみの雨だった。

そんな風に雨を記憶の外に置いておくと、雨にたたられる。今日も古書会館へ行ったのだが、神保町駅を降りると、今にも泣き出しそうだった空が突然に大泣きを始めた。まさに降り始めからわずか1分程度で滝のような涙である。
帰りには渋谷駅で、ちょっと青空が覗くほどに回復していた空のご機嫌は、新丸子駅にワタシが近づくにつれて悪くなり、多摩川を渡る頃には再び土砂降りとなっていた。2度もたたられた。

これはなにかある。明日の明古で何かが起きるのだろうか。オー、コワー。

今日でやっと子供の夏休みはめでたくも終了である。明日からは元気に学校へいってちょうだい!
学校はいつのまにか週休二日になって、授業の量も大幅に減らすという。これ以上勉強を楽にしてどうするんだろうか。せめて夏休みを8月の一ヶ月だけにしてもらえないだろうか・・・。40日ってのは長すぎますっ(^^;!

■2000/08/30 (水) 事故かぁ・・・。

先日の明治古典会で事故が出た。

「事故」といっても世間で言う事故は車に轢かれたとか、2階から落下した、など、そういう事故をいうが、市場で普通に「事故」といったら、落札した人に品物が行っていないとか、入れたはずの無い品物が自分に落ちているとか、そういう手続き上の問題が発生した時に言う。

今回は、ヌキ(落札品明細)に付いているのに品物がない、という事故だった。金曜日に発生した事故が水曜日になってもまとわりついてくるのだ。もちろん、われわれ経営員のミスとなれば、そんなことは当然なのだが・・・。

調べてみると、落札者とは違う名前を封筒に書いてしまったという単純ミスだった。しかし、この手の事故は品物が不明になってしまうので始末が悪いのだ。ワタシもよくやってしまう事故である。(^^;

で、先ほど、経営員主任よりメール。事件は落札者が判明し、解決したそうだ。よかったねぇ。

■2000/08/29 (火) 更新の火曜日

この日記は毎日更新しているが、表のページは週に一度の更新である。

先日のバス釣りでうれしい思いをしたので、昨日深夜までかかってバスページに書き込んだ。ホームページというのは、自分の思うこと(それがくだらない事でも)を思うだけぶつけられる。しかし、その結果はあまり問題にしないのが精神的にいい。つまり、やりっぱなしである。書く内容に責任を持つことは社会人として当然だが、面白い、つまらない、など、それ以上の責は負わないのだ。

一番の読者は書いた本人、というのがホームページである。

面白いと思うから週一回の更新を続けている。面白いと思うことが何にもなくなれば更新はなくなるかもしれない。そんな日が来たら、の話だが。

■2000/08/28 (月) また早起き

明古とバス釣りのため、ここ4日間睡眠をとる時間が確実に不規則化している。土曜の早朝に就寝した時間に、次の日の日曜早朝バス釣りに出発しているというのは、やはりキツイ。
今日も眠い眼をこすりつつ、6時前に起き出し、古書会館へ品物を出品しに行ってきた。朝飯も食わずに・・・。やっとこれから朝飯です。

で、昼過ぎに再び電車で古書会館へ。「また行くの?」と女房に言われるほど、すっかり古書会館に住みついているような錯覚を起こす。やれやれ。

入札を一通り済ませて開札を待つ。待つ時間というのがハンパじゃなく、たっぷり3時間あるのだ。その間、バス釣りの仕掛けをショップに見に行ったり、秋葉原までパソコン関係の値段をチェックしてくる。ノートパソコンは○EC製が一番安い事がわかった。Sテックのノートパソコンは付属ソフトがない分だけ割高であった。

さて、5時を過ぎて会館に戻るとあと一息のところまで開札が進んでいた。うちの出品した品物は・・・。ううっ、出品20点中9点がボーだ。ま、仕方なし。早速水曜日の市会へ出品の手続きを取る。落札は荒木本を含む4点。

「今日は何でも高いなぁ」と知り合いの業者さんのつぶやきが聞こえた。うちのもついでに高くなって欲しかった・・・。

■2000/08/27 (日) 39cm!

今日は早起き(といっても深夜2時起き)して亀山湖へ。
例によってバス釣りである。連日の明治古典会のため、睡眠不足は確実にたたり、昼寝を間に入れた。日陰は風も通り涼しく、木の根にくくりつけてケータイのアラーム機能を一時間後に仕掛けた。気がつけばまぶしい。おかしいな、確か日陰のはずが・・・、と起き上がるといつのまにか縄が解け、ボートは日向へと漂流していたのだった。(^^; 時計を見るとたった30分しか寝ていない。でも、この30分が大きかった。集中力は回復し、釣りを続行できたのだ。

釣果は大減水にもかかわらず健闘。計3匹で最大は39cmなり。ここのところ亀山でボーズはない。行けば釣果を必ずくれる。だから亀山って好きさ!

■2000/08/26 (土) 土曜の昼下がり

眠い・・・。前日荷受があった週の明治古典会あとの土曜日はいつも特に眠い。それは、木曜日の仕事が終わった後にご馳走になる夕食の時にビールを飲んでしまうことに端を発する。

自分自身は”ほろ酔い”程度で済んでいると思っても、実際に眠ろうとする時に何故か眠れないのだ。仕方なく、この日記を書いて推敲したり、メールチェックした結果、注文があればその返事を書いたりしている。週末に発信されるメールのタイムスタンプが深夜にかかるのは、こんな理由があるのです。あれこれと作業をしているうちに時間は刻々と過ぎていく。

金曜日。朝はきっかり5:50起床。大抵は眠い。シャワーを浴びて強制的に身体の目を覚まさせる。7:01発の東横線に乗り、神保町へ向かう。朝8時前には古書会館に到着するためだ。着いたらすぐに仕事開始。開札時間と本は待ったなしで迫ってくる。

へろへろになるまで働いて、仕事が終わるのが夜7時過ぎ。残業がないだけ幸せか、と思いながら経営員皆でジョッキを傾ける。
昨日は反省会の時に事業部長から出た「もっと仕分けの精度を上げてほしい、と何人かの方から意見をいただきました。」という件について白熱した議論。「そのとおり」という肯定的な意見と「これ以上は無理」という意見が衝突。
・・・まったく仕事が終わってからも仕事の話全開だった・・・。

その後は、1年前に経営員を卒業されたKさんと一緒に近くのブラッセルズへ。お互い話は尽きなかったが、終電の時間がそれを遮った。

帰宅後、メールチェックと日記書き。昨日はおまけに荷造りが5件も溜まっていた。すべて終えて寝たのは午前3時過ぎ。明日はバス釣りでこの時間には出発していると思うと、我ながらアホかと思った。

■2000/08/25 (金) 小宇宙の爆発

昨日市場に届いたタウンエース3台分の小宇宙は、本日の明治古典会で入札に伏されることによりビックバンし、それぞれの方向へと拡散していった。古本屋を介して読者の許に届き、いずれその種は大賀蓮よろしく、何年ぶりかの花を咲かせることになるだろう。

市場は、”売る人”、”買う人”、”その仲介をする人”の思惑が激しくぶつかりあう場所である。売る人は自分の持ち込んだ本はなるたけ高く買って欲しいと思う。買う人はできれば自分の欲しい本”だけ”を買って帰りたいと思う。その仲介を仰せつかった人には、好むと好まざるとにかかわらず、売る人と買う人の勝手な思惑がぶつけられる。出来高を考えてしまえば、どちらの思惑も大切に思わなければならない義務を負ってしまう。

売り物が出なければ買う人は買うことが出来ない。これはアタリマエのことである。ただ、その点が災いし、買う人は売る人が出す品物の”出し方”ひとつで品物を買えたり買えなかったりすることがある。

売る人の姿勢がいい加減で、残っても困るから”一山いくら”で売りたいと申し出た時、買う人がその中にどうしても一冊だけ欲しい本が入っていたとして、他の本がその人にとって不必要な本の山だった場合、欲しい本一冊のために山を買えないという理由で手が出せなくなる時がある。
市場では日常的な光景だ。かく言うワタシも似たような場面に出くわしてあきらめることなどいつものことである。
そんな時にはその山の中で踏める本を少しでも多く見つけられた人の札が勝つ。そこには公平な競争原理が働いている。

あの一冊で出ていれば私が買えた。その一冊が欲しかったのに・・・という不満が買いたかったけど買えなかった人から仲介者に対して出る。今日はそんなことが起きたと聞いた。

うーん、どう対応したらいいのでしょうか・・・。

■2000/08/24 (木) 前日荷受

明日は金曜日で明治古典会である。先週から予告があったのだが、”タウンエース3台分”の一口ものが入荷した。このタウンエース3台という分量がちょっとわかりにくく、「たいしたことない」という予測が大方をしめていた。しかし、今日運び込まれてみてビックリ。「どんなタウンエースなんだよ!」というくらいすごい分量。2トントラック2台分くらいの荷物が、たっぷりと古書会館1階のすべてを占拠した。

本はいわゆる性風俗関係に見るべきものがあり、仕分け作業は順調に進んだ。ワタシはその横で仕分けられた本をしばり、入札用封筒をつけていく。

壮観な風景だ。いままで何十年ものあいだ、倉庫でほこりをかぶっていた”紙のかたまり”が再び日の目をみて、われわれプロの目に晒されて本として世に送り出される瞬間に立ち会っているのだ。

「書棚をみればその人がわかる」という。たしかに集められた本にはその人の考え方すべてが反映されているといっても過言ではない。昭和30年代から40年代の本が中心だが、戦前に発行された本も少なくない。それは性風俗関係から東京、大阪の地方史、果ては、当時の風俗全般に及ぶまで広がっていく。まさにこの本の塊の中にはひとつの宇宙がある。この本をすべて読破したとしたら、それだけで博士になれるだろう。何博士になるかは知らぬが。

データベースという言葉を聞けば、インターネット世代ならばパソコンでアクセスして・・・、となるだろうが、かつては本そのものの蓄積がデータベースだったのだ。いや、現在だって本で得られ蓄積された情報なり知識が現在のデータベースにつながっているのである。
日の当たらない薄暗い書庫でこの本たちは、蔵書家のデータベースとして一時期を確実に過ごした。それが再びまた必要としている人の許へ市場を介して散らばっていく。その”現場”に立ち会える面白さは、ここにはとても書き尽くせない、とだけ書いておきます。

■2000/08/23 (水) ひさしぶり

夏休み明けの親の顔は晴々としていた。山登りというのは大変魅力のあることらしい。帰ってきてくれたおかげで、ワタシはやっと日常に戻ることが出来た。

久しぶりに電車に乗り、市場へ行ってきた。買いたいものがあまり出ていなかったし、あったとしてもお高いので、札を書いたものの落札できたかどうかは心もとない。そうやすやすと売れていくわけでもないだろうに、皆さんがんばって高く買っていくなぁ・・・。

カンヅメ3日間で売れたのはごく少なかったのだが、それを書いた事が幸いしたのか、今日は美術関係の本をお買い上げ下さったお客様が・・・。ありがたい。ありがたいです。ありがとうございます。

毎日がこんなペースで売れてくれるのだったら、市場で本を買いまくってやるんだけどなぁ・・・。

■2000/08/22 (火) カンヅメ3日目

親が夏休みを取っている関係で今日で連続3日間も店にカンヅメになっている。それならさぞや仕事が進んだろう、となるのが話の流れだが、そうはならないのが厄介なところだ(^^;。

まず、お客様が少なくて店の棚が動かない、という事がある。いや、ご来店される方は特に減っていない。実際に買っていただける”お客様”が少ないのだ。店の売上げが多くなり、棚に隙間が増えれば、補充のために本をたくさん整理する必要が出て来るのだが、本は滞ったままである。整理した本は再び倉庫へと帰っていき、なんだか無駄をしているような気分になってしまう。

次に、市場へ行っていない、ということがある。普段の生活のリズムがなんとなく出来上がっていて、市場に行かないとどこか気分が乗らないのだ。本屋が一日冷房のきいた店でパソコンの前にじーっと座っていることは、実に不健康な状態と言わなければならない。
休みは取る分には短く感じるものだが、取られた方にとっては長く辛い時間だ。

■2000/08/21 (月) 5万ヒット

本日、8月21日で5万ヒットを達成した。

1998年の9月に始めたこのホームページだが、実は急激にヒット数が伸びた主な要因に荒木さんの記事を書いた、ということがあるのだろう。確かにインターネット上で「荒木経惟」とキーワード検索をかけて拾われるサイトはまだ数少なかった。YAHOOに登録してからヒット数が激増したのも、やはり荒木さんがらみだ。今年2月にkanroshobo.comにドメイン変更をした時には、わずか17000ヒットであった。

「日本の古本屋」というサイトに甘露通信の全データを登録しているが、実際の書籍注文はこちらから入る。直接そのお店と交渉するよりも「日本の古本屋」というモールを間に入れてワンクッション置く、ということでお客様には安心感が生まれるのかもしれない。

この2年で実感したのは、見知らぬ者同士が「本」というキーワードで実際に結び付けられる、ということだった。インターネットには底知れない力が秘められている、というのが率直な感想だ。

■2000/08/19 (土) 振替休み

今日は、明日から3日間も休むうちの親たちのために振替で休日をもらった。
しかし、ホームページからご注文をいただいた件がいくつかあり、本の発送作業は行なった。この商売、信用が第一である。我々は、ご送金をいただいたお客様に対して、お金が届き次第ご注文の書籍を即発送する義務がある。うちは今後もこのことだけは墨守していこうと思っている。
こんな事はアタリマエと思うのだが、最近の世の中、意外にそのアタリマエがうまく機能していないようだ。

夜になって秋風のような涼しの風に吹かれながら、多摩川花火大会を家族で見物に行った。遠くの方ではじけては消える光のうねり。いろいろあった今年の夏が暮れていく。

■2000/08/18 (金) 夏枯れ

今日の明治古典会は、お盆休みの週であったことが影響してか、出品数は極端に少なかった。多い時の半分以下である。それに従い、仕事も少なくなった。しかし、気がついたことがある。1200点を捌く時と、600点以下を捌く時とでは疲れ方が違ってくるのだ。

1200点の時にはどこか夢中で動いていることもあるのか、肉体的には疲れても、どこかさっぱりした疲れ方をする。仕事の後にビールを飲めばきれいさっぱり、という疲れ方だ。それに対して、今日のような点数が少ない時には時間が経つのが遅く感じられ、精神的に疲れるのか、12時過ぎには立っているのが辛いほどになってしまっていた。こんな経験は初めてだ。

やはり仕事が多いということは幸せなことだ、と思う。

ちょっとずれるかも知れないが、夏休み中の息子は、現在「夏休み疲れ」中である。学校が無いのでやることを見つけられずに毎日つまらなそうだ。
やはり自分の居る場所、居るべき場所に腰を落ち着けることは、人間にとって一番の歓びになるのかもしれない。

■2000/08/17 (木) 休み明け

今日からお休み明けという方が多いのだろう。ここ1週間のうちで一番多くのお客様が店にいらっしゃった。売上げはそこそこ(いつものこと(^^;)。

確かに売れる本の範囲は日に日に狭まり、死蔵在庫は日々その勢力を拡大しつつある。以前は週一で買って頂けたお客様のご来店回数が月一になったり、買って頂ける金額も数も減っているようだ。
面白い本がない。高いなど、こちら側の体制にも問題があるかもしれない。お客様もこの不況で本にまで手が回らないのかもしれない。しかし、原因はどうあれ、この目の前の現実を否定することはできない。

どーする?

■2000/08/16 (水) 夏休み

今日で夏休みが終わる人は多いようだ。ワタシも夏休みを一日だけもらい、亀山湖へバス釣りに行った。帰り道、千葉の実家へ里帰りしていた女房・子供をお迎えに行った。登り渋滞はその距離をどんどん伸ばしつづけていた。

それなら空いているアクアラインで帰ろうという事になり、あわよくば海ほたるで見物しようなどと考えていたが、入場するための渋滞が発生していて、断念。そのまま帰ってきた。夏休みから3,000円に値下げされていたアクアラインだが、本線は渋滞知らずのスイスイ走行。値下げは大して効果が無いように思った。いや3000円でも高すぎるのかも。

バス釣りの方は、快晴の空の下、活性をガクっと下げた魚の反応は悪く、やっと31cmを1匹釣るのが精一杯。湖上祭(花火大会)のため12時で切り上げられたことも釣果不足に一役買っていた。(←いいわけ(^^;)

■2000/08/15 (火) 55回目の終戦記念日

55年前まで日本が戦争をしていたと言われても、ワタシは戦争が終わってから23年も経って生まれた人間である。その事実に責任を持てないどころか、すべてのことがリアルには立ち上がってこない。
同時代を生きていないのだから、その時起きたことは、誰かが体験し、判断し、印象の強い頭に残っていることだけが伝えられる。無論、感情もたっぷりブレンドされていよう。そこから事実だけを抽出してその時代に何が起こったのかを判断するのは殊のほか難しい。事実上無理だ。
そんなワタシのような世代が日本人の30代、40代になり、戦争中のことを知る人は、どんどんと現役を退いていくこの時期に、ご近所の国から「戦後補償」といわれても何もリアルにならない。

テレビカメラが生中継をしている中ででかい包丁を振り回し、バスジャックして人を殺した”現行犯”の少年が名前と顔を厳重に伏されていずれ無罪放免になる国である。過去の証拠も残っていないような戦争犯罪を立証してカネを受け取ろうなんて無駄なことであろう。なんのリアルさも見出せない。もし”正義”を掲げて戦争犯罪をどうしても裁きたいのなら、広島、長崎に落とされた原爆と、東京大空襲で焼け死んだ日本の非戦闘員の無念もどうか等しく想ってあげて欲しい。これこそ戦後補償してもらうに一番ふさわしい案件だ。証拠?それなら広島と長崎の原爆資料館を見ればいい。原爆投下と大空襲は人類の長い歴史上、非戦闘員を標的にした最低にして最悪の無差別大量虐殺行為であったといえよう。戦争犯罪という範疇など軽く超えてしまっている。日本人ならば、この大虐殺行為を行なった国の名前(新聞の大半は下手人の名前を自主規制している)と事実だけは決して忘れてはならない。

夜、NHKの戦争関係の座談会を見たが、そこで流されるVTRにすでに作為を感じた。あれで引き出されるのは「日本が侵略戦争を起こして悪いことをした」というステレオタイプ化された模範解答だけである。くだらない。罪のない若者をいじめて何が楽しいのだろう。

■2000/08/14 (月) お盆

お盆の最中である。
外を子供神輿が通過し、山車が続く。各町会には神酒所が出来、年に一度の祭りで街はざわめいている。
かわりに店はさっぱりだ。

ワタシの子供の頃の写真に山車を引いているものがある。写真好きのオヤジがペンタックスで撮ってくれたものだが、写っているワタシはうれしそうな顔をしていない。あまりそういったお祭りなどとは距離を置きたい性格だったらしい。残念なことにそれは今も変わっていない。
毎年神輿を担ぐことをやめられないお祭り好きがいなくならないように、お祭りと縁遠いワタシのような人間もいなくならない。

息子と娘は女房の実家へと行っている。近くで祭りをするような場所ではないため、年に一度の祭りとは縁遠い場所でこの期間を過ごすことになる。ワタシの祭りと縁遠い性格はこうして遺伝されていくらしい。少し気の毒な気もする。
商店街という共同体に所属しているにもかかわらず、ただでさえ”地元に密着していない商売”を続けているうちである。お祭りに参加するに越したことはないのだが・・・。
子供には将来どうかお祭り好き人間になって、近所の人とも親しくし、お盆の間くらい”はじけられるような人”になって欲しい、と思うのは親のエゴなのだろうなぁ。
親は自分の得意だったことを子供に伝えようとし、また、出来なかったことを”出来るように”と期待するワガママな存在だ。

店の前を通過していく神輿担ぎたちの威勢のいい声を聞きながら、ふと思ったこと。

■2000/08/13 (日) 亀山湖

台風が近づいている、というのに亀山湖へバス釣りに行ってきた。
しかし、雨も風も予想していたよりおとなしく、全く問題にならなかった。
予想外だったのは、水位が3mくらい落ちていたこと。7月には爆釣したヘビーカバーなんてどこにも無い。
ま、それでも夏バスの活性に高さに救われ、6匹(最大32cm)の釣果。
一緒に行ったHIDEさんも3匹。(最大34cm)。Kくんは・・・、がんばりましょう!(^^;

8月からワタシのケータイcdmaOneが亀山湖でアンテナ3本で使えるようになった。Docomoよりも音が良く、月々が安いので、亀山でバス釣りをする方にはオススメしたい。

帰りは1,000円安くなったアクアラインで、渋滞も無くスムーズに帰った。気分良し。

■2000/08/12 (土) 仕入れの結果

水曜日に買ってきた本のうち、どうにも店でさばけそうに無い品物をより分けた。店でさばけない、というのは、全然駄目な本という意味ではない。ひとことで言えば「うち向きではない本」カッコよく言えば「専門外の本」トホホで言えば「市場に出した方が高くなる本」なのである。

店に全集を置いても普通は売れていかない。きっと、お客様は良い本だとわかっていても、お値段が張る、場所が無い、などの理由で買うことが出来ないのだと思う。しかし、出版業界の隆盛を一時担ったのが、この「全集」という分野なのだ。

ショーペンハウアー全集揃、小林秀雄全集揃や、梶井基次郎全集、福永武彦全集のバラを昨日の明治古典会に出品した。すると、やはり自分の店ではなかなか買い手がつかないであろう本が、あっという間に値段がついて売れていくのである。それもうちの売値よりも高く・・・。

市場に出品するには、用意をして車に載せて市場まで品物を運ばなければならない。しかし、その手間さえ厭わなければ、思った以上の結果を生んでくれる。活用しない手はない。

■2000/08/09 (水) 仕入れ

今日は市内までオヤジと二人で仕入れに出かけた。
大学の先生といった雰囲気の方で、オヤジによれば「たしか5,6年前に一度お伺いしたことがある」人との事。その割に近くまで行ってもお宅がわからず、番地をぐるっと歩いて一周してみると、車を停めたすぐ手前がお宅だった・・・。
駐車場に入れさせていただき、中に入ると、引越しの作業の真っ最中。なんでもすぐお近くに越すのだそうだ。
哲学書が多い。ヘーゲル、カント、ドゥルーズ・・・。それも、あまり古くない版なので、店でも売れ筋の本ばかりだ。これは素晴らしい。文庫も岩波やちくまの物が多くて、これまた店の看板になりそうなものばかりだ。お金をお渡しするときにお伺いすると、”確か7年前にも一度御願いしました。”とのこと。オヤジの記憶は正しかったようだ。ただ、そのときも別の場所で引越しの最中だったそうなので、今回のお宅を覚えていないのも道理だった。
本を縛っていくうちにみるみる噴出していく汗。それは、本を全部運び出して車に載せ終わっても収まらない。
帰り道、水筒で持ってきたお茶を飲んだ。

現在、電話帳は”川崎版”にしか広告を掲載していない。そのため、多摩地区の電話帳にうちの広告が載っておらず、わざわざ図書館でうちの電話番号を調べてお知らせくださったそうだ。感謝感謝である。

■2000/08/08 (火) 甘露通信

甘露通信を発行した。といっても、インターネットの方ではない。紙に印刷して郵送する”目録”だ。従来の方法であるが、送ってみるとやはり反応を頂ける。インターネットでは、現在一日あたり300人くらいいらっしゃっているようだが、そのなかで本を注文していただける方は一日数人であることを考えると、目録も健在といえる。インターネットだけで販売することは現段階では相当難しいと言わねばならない。
とはいえ、目録では売れないような本がインターネットで注文が入る、ということはある。紙目録とインターネット、やはり見てくれている方が違うようである。

■2000/08/07 (月) 休み明け

今日から市場が始まった。久しぶりの雰囲気。でも何事もなかったようにいつもどおりの空気が流れている。目に付くのは一部顔が黒く日に焼けた人がいること。かくいうワタシも「焼けたね!」と3人くらいに言われた。(^^;

さすがに出物はない。入札するべき品物が見つけられないまま最終台まで過ごしてしまった。結果は一点も買えなかった。しかし、今日は仕方ないだろう。

帰る頃には空は真っ暗。夕立か?と思っていると都内は大雨で、東京湾には竜巻が発生。伊豆諸島の地震も相変わらずで、天変地異が何か起こるのではないだろうかという気になる。

デジカメの画像を何かに保存しなければ、コンパクトフラッシュがうまく使いきれない。CD-RWあたりを物色中。最近は3万円台のコンパクト機が出ている。その一方で、ZIPドライブの気軽さにも惹かれた。なんと言っても本体の電源はPCMCIAカードから供給されるため邪魔なコードが減ってよいのだ。その上250MBと必要充分。しかし、BカメラにはZIPの製品在庫がなく、換えのZIPディスクの在庫も無い。将来のなさそうなZIPはやめたほうが賢明か。やはりCD-RWかMOになるんだろうな。

■2000/08/06 (日) 今朝のこと

寝苦しかったため、3:30には目が覚めてしまった。ついでに水分を補給しようと台所へ立ったら、釣りに行きたくなってしまった。でも今日は潮加減が良くない。まして日曜日である。人が一杯で釣りにくいだろうなぁ・・・、と思っているのに、4:00には家を出ていた。
予想通り、当たりは少なく、釣り人が多い。60アップを一匹釣った後は割り込んできたフライマンに追い出されてしまった。
ふらふらと歩いているといつもは気にならない浅瀬に目が止まった。「入ったら気持ちいいだろうな・・・。」半ズボンにサンダルである。よし!入ってしまえぃ!とばかり、川に浸かった。岸から見ているよりも流れが速い。足に直接流れを感じる。そして、思ったよりも水は透明だった。それだけに時折流れてくるゴミが目立つ。

釣れる場所ではない。何度かキャストするものの、何も起こらない。足に多摩川の冷たい流れを感じながら、フッと小学生の頃を思い出した。夏休みによくじいちゃんのうちへ一週間以上遊びに行った。すると、近くにある小櫃川へ川遊びに連れて行ってくれたのだ。まわりには誰もいないところで投網を投げるじいちゃん。それを遠くで見ながら石を投げたりして遊んでいた自分。捕れた魚はハゼ、ボラ、コイ、ウナギ、カワエビ、エイまでいた。それを全部持って帰って風呂場でさばいて料理して食べさせてくれた。ハゼのてんぷらの美味さは今でも思い出す。

31歳になってまた川に入るとは。小学生だったあの頃、悩みなど何も無かった。ただ毎日が楽しかった。しかし、それは何の責任も負わない気楽さだったような気がする。悩みが無いかわりに何も目標がなかったのだ。あのままでは生きられない。今の自分ならそう想う。

4年前の今日、ワタシはじいちゃんの告別式に列席していた。今日と同じ、太陽がぎらぎらした暑い日だった。

■2000/08/05 (土) 仕事の山2

東京古書会館の夏休みは明日の日曜日までである。日曜日はワタシも休みを頂いているため、実質的には市場の無い一週間は今日で終了する。いよいよ来週からいつもどおりの生活が始まるのだ。普段が普段だけになかなか休み慣れず、とくにホームページを運営するようになってからは、メールボックスが気になってしまうため、気持ち的にも長期休暇は取れそうもない。取ったところでその休み相当の有効な使い方(海外でリゾート)などは金銭的に出来っこないのだから、今のままが相応なのだろう。

今日でお休みは最後なので、今までに買いまくった(不良?)在庫の整理に当てる。いやあ、結構あるものだ。店に並べきれない量だから古書展に出品することにする。

今日は商店街の縁日デー。屋台や模擬店がたくさん出て、子供たちはヨーヨー釣りやスーパーボール掬いで楽しんだようだ。夏だなぁ・・・。店は夏枯れ(^^;

■2000/08/04 (金) 仕事の山

大体8月は売れないと相場が決まっている。さらに来週はデパート展のオンパレード。ほぼ毎日どこかしらで初日開店!とのことだ。そんなプレッシャーを受けつつ、うちで溜まりに溜まった本の山を黙々と片付けていく。どこか後ろ向きの仕事のように感じるのは気のせいだろうか・・・。
さて、うちの店は新丸子駅前の商店街の、それも駅の真ん前にあるのだが、それによるメリットはほとんど、いや全く無い。地元商店街にお買い物をするお客様でうちの品物に興味を持つ方は限りなくゼロに近いのだ。つまり、神保町と同じで、(電車なり、車なりで)出かけてまでうちの店に足を運んで頂いているお客様がほとんどなのである。ありがたいことだ。遅くまで店を開けておいても無駄に終わる理由はここにある。

■2000/08/03 (木) 休みのツケ

昨日河口湖から帰ってメールボックスを開けてビックリ!未読メールが100通近く入っているではないか。とても読みきれず、ご注文のメール、ご送金いただいた旨をお知らせ下さったメールに返事を書く。その中で、ワタシのローライ35のページをご覧になった海外在住の方から応援メールを頂いた。ありがとうございます(^^)!最近ローライ35を購入されて、”ローライ35”でインターネット上を検索していたが、一向に大したことない記事しか見つからなかったそうだ。そんな時に、偶然うちのローライ35ページを見つけられて、群を抜いて内容が濃く、感動した、と。こういうメールをいただけると非常にうれしいものだ。またローライ35に関して色々と書きたくなってくる。

最近カメラを購入することも無くなり、数年前まで全身を巣食っていたクラシックカメラ病は完治できたように思う。つまり、購入することが無くなったのである。
その一方でデジカメを買ってしまったから、ま、とりあえずはカメラページにキヤノンIXYデジタルについてそのうち書いてみましょうか。

そうそう、新聞記事によれば、とうとうデジカメの生産量がフィルムカメラを追い抜いてしまったそうだ。いよいよ分岐点まで来た。インターネットが今更無くなっていかないように、デジカメが減っていくことは到底考えられない。この力関係がひっくり返ることはもう永久にないだろう。フィルムカメラ時代の終わりが始まった。

■2000/08/02 (水) 河口湖2

宿の朝飯で”ほうとう”が出た。山梨へ来たらほうとうを食べなきゃね、と言っていただけに、今日の昼飯で食べようか、と思案していたのだ。これでほうとうを食べる義務を果たしてしまったので、昼飯の予定はフリーになった。
さて、朝9時過ぎに河口湖に新たに出来た「UKAI河口湖オルゴールの森」へ入場。ハウステンボスのミニミニ版といった感じの施設はあまり広くない敷地のなかで比較的こじんまりとしていたが、中に入ってビックリ。平均100年前に作られた”自動演奏装置”のコレクションがズラリと並んでいた。簡単に言ってしまえばオルゴールといえようが、ピンポロリンと奏でる安いオルゴールを想像してもらっちゃ困る。金属製の音楽が記録された丸いディスクが回転しだすと、なんともいえないいい音楽が流れ出す。展示されているオルゴールはただ置いてあるのではなく、すべて実際に動くのである。ヴァイオリンを自動演奏する機械、シロホン、グロッケン、ドラム、シンバルを組み合わせてマーチを演奏してしまう機械もある。すべて実際に叩いて、吹いて演奏をして音楽を再現している。Dランドの子供だましとはレベルが違う。デジタル化されるのがスタンダードになってしまった現代の音楽が忘れてしまったものがここにある、と思った。アナログ時代のなんと味のある事か!
その中にあるレストランでカルボナーラを食べたが、これまた美味だった。
食後、河口湖野猿公園というところへ行く。どんなところか、と思えばすごいところだった。”観光”っぽい要素のものをすべて一緒くたに詰め込もうとした施設。しかし、その想いは買いたい。買いたいが、客が我々のほかに数組しか見当たらない(^^;。で、秘宝館のような”資料館”は過去の民家をそのまま使用したような天井の低い木造家屋。鴨居に何度か頭を打ち付けた。「夫婦円満」のシンボルとして飾られていたのは、屹立した男根のような木の根と、節穴の大きく開いた女陰樹。思わず拝んでしまった。(^^;
猿はたいしたことはなく、動物園の猿山で充分。その資料館の印象が強く残った。あれだけはどこかに保存してほしいなぁ。
かくして、河口湖一泊二日の家族旅行は終了したのだった。

■2000/08/01 (火) 河口湖

子持ちで旅行するというのは想像以上に大変なことだ。TVのニュースなどで見かける子供同伴なのに平気で海外旅行できる人たちのタフさには恐れ入る。とにかく自分以外の人間の都合に振り回されるのだ。やれ腹が減った、おしっこだ、のど渇いた・・・。(^^;自分ひとりなら何とでもなる事なのに・・・。とにかく大変。
そんなわけでとても海外へなど鼻から行くつもりのないワタシは、近場も近場、河口湖で一泊することにした。
6月の末には河口湖ホテルを予約。夏休みプランのため、家族全員でも格安。でも、サービスはそれなりに受けられ、2年前に長野で受けた酷いサービスに比べたら格段によかった。昭和天皇が宿泊したこともあるという由緒あるホテルだったからか、夏休みアルバイトの高校生を使っていないこと、キャパが決して多くないこじんまりした施設ということも幸いしていたろう。書き入れ時のために大きな施設を抱えるホテルほど、シーズン中のサービスが酷くなるのはすでに皆様もご存知と思う。
さて、意外に行かないのが日本一の富士山である。ここ数年にわか登山ファンと化したうちの両親に勧められ、富士山の五合目にスバルラインを使って行ってみた。果たして素晴らしい景色だった。さすがに富士である。冷房の吹き出し口にいるようなキーンと冷えた空気、眼下に見下ろす雲海。五合目付近で斜めに切れ込んでくる富士の稜線のダイナミックさ。家族4人で歓声を上げてしまった。
宿にチェックインしてから目の前の河口湖で2時間ほどバス釣り。しかし渋かった。最近はエサでバスを釣る人が増えたようで、イモグラブにもなかなか反応しない。やっとこさ20cmを一匹釣るのが精一杯。それでもボーズにならずによかった。
夕食後、湖畔で花火。売店で買ったセット花火に線香花火が入っていなかった。失敗。(^^;

2000年07月 < > 2000年9月

powered by 日本の古本屋


211-0004 川崎市中原区新丸子東1-833
店舗定休日:毎週火曜・水曜日
特定商取引に基づく表記 プライバシーポリシー

Twitterアカウント:@kanro30 @kanro300

Kanroshobo Home Page Since  1998.9.9.
Yahoo!オークション

Yahoo!検索

  • ウェブ全体を検索
  • 甘露書房内を検索

AmazonKANRO メールマガジン サイトマップ 古書買い取り MAIL 甘露日記 Twitter@kanro300 
[PR]カウンター