|
 小さい頃から、床屋さんへ行くときには少し緊張する。
年に数回は必ずお世話になっているのに一向に慣れることがない。大抵前回髪を切ってから2ヶ月ほどすると、襟足に伸びた髪が首の根っこに当たって「そろそろ床屋さんへ行ってこいよ」と告げる。
近所の床屋さんへ行って例の可動台に座る。「今日はどうしますか?」と聞かれ、まるで小さい子供が初めて一人で病院へ行ったときのような緊張感を覚えながら「全体を3cmほど切って下さい」とお願いする。これはもういつも決まりきったオーダーだ。襟足をジョキジョキと切ってもらい、スキばさみでザクザクと全体をスキ切り。襟足を剃刀。シャンプーしてもらってから顔剃りのあたりで気持ちよくて寝てしまいそうになる。入ったときの緊張感なんてまるでウソのようなリラックス感。短くしてもらいながらも無難な髪型にまとめてくれる。
どうして最初入るときに緊張するのだろう。あの青と赤と白がクルクルまわるサインポールがそういう気持ちにさせるのだろうか。
そのサインポールの由来をネットで調べてみると、歴史は中世ヨーロッパにまで遡る。当時、理容と外科は同一の職業で、散髪・髭剃りのほかに歯の治療や傷の手当てまで行っていたという。当時ポピュラーだった病気治療法の一つに瀉血というものがあり、これは身体の悪い部分に溜まった悪血を抜くというちょっと神秘的なもの。患部を切開し、血を棒に伝って受皿へ垂らす。そのときの棒に包帯がクルクルと絡まってできた紅白の螺旋模様が、サインポールのルーツとされているそうだ。その後の医学の発展とともに、外科は理容と分離していったらしい。
なるほど、もともとは外科のお医者さんと根が一緒だったのだ。緊張のワケがわかった。
写真の床屋さんは神田須田町1丁目にある。夏の日の昼下がり。サインポールが4つもクルクル回っていた。
1966年のフォトキナで姿を現したテッサーレンズ付きのローライ35は、その後機種を増やし、トリオター付き、クセナー付きモデルが追加され、シンガポールに製造拠点が移されてからこの35Sが登場する。時に1974年。搭載されたゾナーレンズもテッサーなどと同じカール・ツァイスのレンズ名称であるが、このときローライはライセンス生産としてシンガポール工場でこのゾナーを製造している。ペッツバールの変形型で4群5枚構成のこのゾナーレンズには、Rollei−HFT(ハイフィデリティ)コーティングが施されている。
開放F値がF2.8と、テッサーよりも明るく、また、テッサーが前玉回転式だったのに対して繰り出し式に変更されている。ファインダーを覗くと少しピンクか紫かかった景色になるが、これもテッサー搭載型にはなかった点である。
ローライ35は現在も根強い人気を保っている。その証拠に、いまだハンドストラップ、ネックストラップをはじめ、レンズキャップにレンズフィルター(ゾナー用)、金属製レンズフードが新品で入手可能だ(2002年現在)。純正ケースは残念ながら現在製造されていないが、筆者はTAMRAC製ウルトラ・ライト・トラベラーというカメラケースを使用している。実は純正品よりもこちらの方がベルトに付けられるため、遥かに使い勝手が良い。
「ゾナーはテッサーよりも一色(ひといろ)多い発色をする」とよく言われる。ゾナーレンズの特徴なのか、HFTコーティングの威力なのか。ローライ35Sを持ち出す時にはカラーフィルムを入れたい気分になる。 |