正月はなぜか浅草に行きたくなる。どうしてか、と聞かれると困ってしまうのだが、やはり正月気分が一番盛り上がっている場所の代表が浅草と思えるからだと思う。近年は元旦に行くほどの元気もなくなったが、結婚する前には彼女(現在の女房)を連れてあの混雑を押してまで参拝に訪れた。付き合わされた女房もさぞ迷惑だったことだろう。今はそう思えるほど、元旦の仲見世の混雑はすごかった。
結婚して子供ができてからは、元旦に行くのはやめて、正月最初の休みの日に行くことにしている。今年は6日に行くことになった。銀座線の浅草駅を降りるとすでに人の波。6日なのにこれでは人ごみ嫌いの女房はもう元旦には来られないだろう。
雷門をくぐって仲見世を歩くと、頭上にはお正月の飾りつけが施されていて気分を盛り上げる。人気のある煎餅屋、人形焼屋の前には大行列があったりする。今やその存在自体が貴重になってしまったおもちゃ屋にも子供が群がっている。筆者も人ごみが好きではないが、こうして人がたくさん居ても”ある一定のルール”に従って移動していくような場面ならそれほど嫌いではない。だめなのは、たとえば、切符を買うために並んでいる人、定期を持っているからと急ぎ足で改札を通過しようとする人、今到着した電車から降りてきて乗換えを急いでいる人たちがゴッチャゴチャに混ざってしまう休日の渋谷駅コンコースなどである。あの混沌とした様はいつまでたっても慣れない。
浅草寺のなかでもこの二天門はひときわ歴史が古い。もともとは1618年に浅草寺内に勧請された東照権現社の将軍参詣の廟門として建てられたもので、豊岩間戸命・櫛岩間戸命の二神像が安置されて当時は随神門と呼ばれていた。その後、東照権現社は火災で焼失。1646年に三社権現が造営されたときに合祀されてしまった。明治17年になって増長天・持国天の二天が新たに安置され、三条実美が書いた「二天門」という額が掲げられ、二天門と呼ばれるようになったという。重要文化財。
そんな歴史を知ってか知らずか、この日も沢山の人がここを通って本堂へと向かう。このすぐ傍に観光バスの集合場所があり、浅草寺ツアーで地方からいらっしゃった沢山の人を迎えるのがこの門の現在の役目なのだ。
カナダライツで設計されたズミクロン35mmには4世代が存在する。もともとこのレンズはカナダがルーツ。そのためかドイツでも製造されたがカナダ製の方が個体数が多いような気がする。現在カナダ・ライツはエルカン社(Ernst Leitz Canadaの略)となり、北米大陸最大の光学機器メーカーになっているという。
名玉で名高い昭和33年発売の8枚玉ズミクロン35mmF2のあとを受けて出された4群6枚構成のズミクロン35mmF2がこのレンズである。その後の時代になってズミクロンはコンピューター設計の7枚構成になり、現在はアスフェリカル(非球面)化され、前玉が凹レンズというなんとも現代レンズとなった。
このM6TTLに合わせるレンズは7枚構成のズミクロンにするつもりだった。しかし、実際に店頭で6枚構成のズミクロンを見てしまうと、モノとしての立ち上がりは6枚の方が上に思えた。ライカ社になる前のレンズということもあり、どこか古いライツらしさが残っている鏡胴に魅力を感じた。
もうそこまで思ってしまったら7枚ズミクロンはどうでも良くなった。あまり迷うことなく6枚ズミクロンに決めた。写りがどうのという評判をあまり聞かないレンズを買って自分のモノにしていくのも悪くない。
この二天門の写真は買ったその日に撮影した中の一枚である。絞りはF4。傾いた夕陽を背にした二天門の大きな堤燈をはじめ、見た時の印象がそのままに再現されているように思う。いいレンズだ。
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