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シグネットで写す神保町裏通り

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 神保町では大規模な再開発(超高層幽霊ビル建設)が行われる。いよいよ神保町にも墓石が立ちあがるのだ。その前に一度、シグネットを持って裏道を中心に散歩してみよう。

 

神保町の交差点。地下鉄神保町駅は、都営線、半蔵門線が乗り入れるターミナル駅である。出口を出て一枚。春先の典型的な曇り空で、あまり天気が良くない。撮影が終わるまで降らないとよいが・・・。

 神保町といえば、やはり古書店街であろう。世界的にもこんな商店街は他に存在しない。本屋の隣に本屋があって、その隣も本屋・・・。しかもこのご時勢にあって、神保町に進出する本屋さんは減るどころか増える一方である。神保町という名前は、まさに本のトップブランドと化している。

 有名な喫茶店、「さぼうる」である。かの失楽園で、役所広司がリストラの瀬戸際の有り余る時間をつぶしていた喫茶店。よくドラマのロケが入る。柳葉俊郎と京野ことみ主演の「リング」もここでロケを行った。この写真を撮影中に、筆者の持つシグネットを珍しそうに覗き込む人、あり。

↑拡大図あり。クリックして下さい。

 有名な出雲そばの隣にあるとんかつ屋さん。ひるめし時にこのあたりを歩く事が無く、まだ一度も入った事はないが、いかにもうまそうな香ばしい匂いがあたりに漂っている。きっとラードで揚げているに違いない。隣のすし屋さんも渋い。

とんかつ屋さんを撮影したあと、振り返るとこんなファザードを持った建物があった。一ツ橋大学の校舎を連想させるデザイン。何かの工場らしい。

 そのまま裏通りをすずらん通りと平行して歩くと、大規模再開発予定地はすぐそこである。「盛すし」は安い割には美味しいお店。

 今回再開発される地域には、中小の取り次ぎ書店が軒を連ねている。この松島書店は、取り壊しに備えてすでに閉店してしまった。もし建て直ってからも営業するとしても、それまでどうするのか。

 そんな事を思いながら撮影して通り過ぎようとすると、ぱっと陽が差し込んだ。とっさに振り向いてもう一枚撮影した。「もっと撮っておいてくれ」と呼び止められたような気がしたからだ。この建物と一緒に、からまった蔓も根こそぎ廃棄物となる運命である。

↑拡大図あり。クリックして下さい。

 角を左折し、すずらん通りへと向う。途中にバー「KARUTA」というお店があった。看板が取れて「かうた」になっているが・・・。ちょうど日陰と日向の境目で撮影。トーンがつぶれる事無くよく描写されている。エクターの威力。

 KARUTA前をそのまま進むと、すずらん通りと交差する。角とその向こうには、まだ昔の神保町が残っている。すずらん通りには他にも数軒、しゃれた造りの昭和時代に建てられたお店が残っている。古くはこのすずらん通りの方が表の靖國通りよりも栄えていたという。

 小宮山書店と三省堂書店の裏口の間にはこんなしゃれた路地がある。昔から「さぼうる」と並んで学生の溜まり場だったという喫茶店(兼飲み屋)の「ラドリオ」と「ミロンガ」である。今でもお客様でここでのエピソードを懐かしく語る方が少なくない。神保町の裏通りには名物飲み屋が多い。

 神保町、御茶ノ水界隈には、楽器屋も多い。このすずらん通りにも3軒ほど楽器屋があるが、あくまで主流は駿河台下からお茶の水駅までの通りにある大手楽器店。電話番号の頭に「3」が付いていないということは、平成2年からテントを変えていないということのようだ。はやってないんだろうなぁ。

 すずらん通りもだんだん高層建築が増えてきた。写真のようなしゃれたファザードを持つ建物は少なくなり、経済性を優先させた無機的なビルが大半を占めている。この建物の下には、ネコで有名なサンドイッチやさんがきょうも元気に商売をしていた。

 昼飯には事欠かないこの通り。すずらん通りを一本裏道に入ると、洋食と天ぷらのお店、あまみがあった。入り口横に植栽を置く心の余裕がうれしい。
洋食と天ぷら、なんともミスマッチだ。と思ったが、天ぷらはもともとポルトガルから渡来した料理だったはず・・・。
そんな事を考えている筆者を看板の向こうから猫が見つめている。

 ↑拡大図有り。クリックして下さい。

 ここの家つきの猫なのか、筆者がそばへ寄っても知らん顔。覗いていたくせになぁ。
エクターの柔らかい描写が気持ちいい。

 あまみと同じ筋に、キッチンジローがある。ここは神保町にたくさんの支店を持つジローの本店らしい。ここの洋食は食べた事がある。ボリュームたっぷりなのが特徴だが、味だって悪くない。
すずらん通りのキッチン南海ではカツカレーを常食し、キッチンジローではスタミナ唐揚げセットを頼む。

 そのまま直進してしばらく歩き、また取り次ぎ屋通りを左に行くと、「らいぶ居酒屋カラベラ小劇場」に出る。中には入った事がないため、詳しくはよく分からないが、外装は70年代のノリである。

 紳士服屋が以前はよく目に付いた。さすがに学生の街であり、サラリーマンの街である。しかし、近年は徐々にその数を減らしている。このメンズコーナー「ダン」も、年明けから店を開けていない。看板の横に「駿河台下通」とあり、この通りは以前そう呼ばれていた事がわかる。

↑拡大図あり。クリックして下さい。

 建物は紳士服の店にしては、なんとも面白い。洋風の柱が一本立ち、ガラス戸の向こうにはカーテンではなく障子が光を調節していた。折衷様式か、はたまた擬洋風建築か。

 メンズコーナー・ダンの前の通りを靖國通りへ歩いていくと、洋食キッチンヤマダさんの店頭に出る。神保町には洋食やさんが多い事がわかった。いや、筆者が洋食が好きなだけかもしれない。
入り口の前の自転車が時代かかっている年代物だとしたら、現在が平成の世である事を忘れてしまいそうだ。

 キッチンヤマダの全体像を標準レンズエクター44mmで捉える事は難しい。引いて撮るといってもこのあたりが限界。
神田近辺には、藤森照信氏のいう、「看板建築」が多い。キッチンヤマダの隣のコーヒー&スパゲッティ桃牧舎も特徴的なファザードを持つ看板建築と言えよう。防火建築の意味も持つため、建てた当時の人の思い入れは相当なものだったろう。桃牧舎の桃の看板も渋い。

 靖國通りを歩くと、ずらっと並ぶ古書店街の規模の大きさに圧倒される。筆者にとっては御同業の方々である。本が陽に焼けてしまうため、古本屋街が北向きである事を知っているあなたは、かなりの神保町通である。今、この奥野書店の若旦那と一緒に市場の仕事をしている。神保町一丁目七番地。目の前にバス停があったが、一時間に2本が停車するのみ。深夜人口を考え合わせると都会の中の過疎地帯と言えまいか。

 また少し天気が悪くなってきた。撮影している場合ではない。早く帰ってまた本の整理をしなければ・・・。地下鉄神保町駅から半蔵門線で帰路につく。

 シグネットのエクターは人気がある。アメリカ製ライカコピー機、カードンの標準レンズとしてLマウントでも採用されている(47mmF2)。シグネットに付いているこのエクターは、テッサータイプの3群4枚レンズである。エクターの付くカメラの中では一番安価で、一万円台でお店に並ぶ事も珍しくない。
 シグネットを使っての撮影にはちょっとしたリズムが必要である。なぜなら、フィルム巻上げとシャッターチャージが連動しておらず、どちらかを忘れるとレリーズできない構造になっているからだ。だからといってそれはこのカメラの欠点にはならない。高級機レチナを同時期に販売していたコダック社のラインナップを考えるとき、中級機の存在としてのシグネットのスペックはこれで必要にして充分だったのである。
 一本撮影してみると、そのリズムに慣れて、すでに体はカメラの言う事を聞いていた。撮影者に理不尽な要求をするカメラは、どんな高級なカメラでも淘汰される。中古市場でのシグネットの価格は、このカメラが人びとに愛され、よく売れた事を教えてくれる。

1999年3月24日記


 

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