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ローライフレックスと歩く月島

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 クラシックカメラを片手に、東京をよく歩く。ローライフレックスに手をのばした日、ちょっと月島へ出掛けてみたくなった。

 愛機、Rolleiflex2.8C、プラナー80mmF2.8付きとともに歩く、月島道中記である。

 半蔵門線の水天宮前駅を降りて、東京シティエアターミナル方面の出口を出ると、首都高速道路の箱崎ジャンクション真下に出る。隅田川大橋は、その道に沿い歩いていくとぶつかる隅田川に架かっている。この清洲橋は向って左。隅田川上流にある。

 この橋は昭和3年に復興局によって架けられた。震災復興時にかけられた隅田川の橋はどれも美しく、街頭の形まで手を抜いていない。当時、帝都の大動脈であった隅田川をまたぐにふさわしいものばかりである。

 デザインが良いと、見ていて飽きがこない。この清洲橋は、永代橋の男性的なデザインと対比され、女性的な美しさを持つ、といわれるが、実際にはなかなか力強いデザインである。

↑拡大写真有り。クリックして下さい。

 隅田川テラスとして整備されている、きれいな河川敷を下流に歩いていくと、首都高速をくぐり、永代橋たもとで日本橋川が合流する。日本橋川の門がこの豊海橋である。橋の横にベンチが整備され、そこからアイレベルで撮影した。フジテレビのトレンディー系ドラマでこの橋はよくロケに使用された。

 豊海橋の隣には、ついこの間倒産した山一証券の元本社ビルが大きく聳え立つ。このビルが完成したのとほぼ同時期に倒産してしまったため、ビルというよりは巨大な墓標に見えるのは気のせいではあるまい。完成と同時に寿命を迎えるビルと、この永代橋は良いコントラストである。

  大川端リバーシティ。元は石川島といっていたあたりだ。画面中央の中央大橋というハープ橋が、中央区新川と石川島を結び、佃へのアクセスは便利になった。この風景は新しい都市の景観として、たびたびTVに登場する。深田恭子と、金城武が飛び込んだのはこの橋。

 中央区新川側から石川島へ橋を渡っている。田中長徳氏によるカメラの紹介記事の作例に、この橋が良く登場するのは、 氏が月島在住であるためのようだ。

中央大橋を渡りきると、狭い河川敷は公園に整備されていた。石川島灯台トイレ側の堤防には、東京都が設置した「ねずみ返し」がある。バックの橋は佃大橋で、その向こうに聖路加タワーが見える。赤瀬川原平氏の作例にも採用された場所。やはりプラナーは逆光に弱い。

 住吉小橋という橋が突然架かった。確かに大回りする必要がなくなり交通の便は良くなったが、使っている人はほとんどいない。住吉小橋から望む。

 住吉神社の鳥居。かつては、佃の渡し発着所近くのこの鳥居はランドマークであったに違いない。現在はあたりは3階建て住宅が主流になり、肩身が狭そうだ。荒木経惟の作品にこの場所を撮影したものがある。

 住吉神社の社である。あえて正面ではなく、バックのリバーシティのマンションと対比させた。どちらも日本人が考えて作り上げた建築物である。日本人には伝統と最先端を併せ呑む力量があるのだろうか。

 有名な佃島の佃煮屋さんである。ほかに2軒ほど佃煮屋があるが、繁盛しているのはここだけだ。それはやはり建物のクラシックな佇まいに惹かれるのだろう。新築したら客は減ってしまうため、当分はこの雰囲気を保存するために気を遣ってほしい。

 佃島の民家は、たぶんほとんどがこのような佇まいだったにちがいない。リバーシティが整備されることで、引っ張られるように建て直しが進んでいる。いずれこのような雰囲気は無くなってしまうだろう。

 

 佃小橋の上からリバーシティ方面を覗くと、釣り船屋が一軒だけ営業していた。バブル前にはこの入り江の周りに木の杭が乱立し、そのあいだに船が所せましと係留されていた。

数年前に整備され、すっかりきれいになってしまった護岸には、今この2匹の犬が係留されている。

 何度この風景を見た事だろう。来るたびに違う様な気持ちになり、いろいろなカメラで何度もシャッターを押した。通い始めた頃には無かったマンションが一棟追加されており、確かに東京は今も変わりつづけている。

↑拡大図有り。写真をクリックして下さい。

 隅田川を隔てて向こう岸に聳える聖路加タワーである。月島側からはよく見える。中空でつながる渡り廊下を歩くのは、さぞ心持ち悪い事だろう。

 月島西仲商店街の、セイフーと交番のかどを曲がり、振り返ると、こんな光景が眼前に広がる。夏には街路樹の柳が伸びて川向こうの聖路加タワーが隠れてしまうため、撮影にはこの時期が良い。

↑拡大図有り。写真をクリックして下さい。

 手書き看板に弱い。鍵を作って30年という看板も、書かれてから相当経っているように見える。実際には40年になっているかもしれないが、さすが江戸っ子。細かい事にはこだわっていない。

西仲商店街の真ん中には、月島観音がある。アーケードが邪魔そうに観音さまの看板が覗いている。アーケードは店を暗く見せるので、商売にとってプラスとは思えないが・・・。

 観音様の看板をくぐると、すぐ横のしもた屋にシールが張ってあった。チェスタってどんな味だったかなぁ。

 月島の観音様は、いつもこの商店街を見守っている。参道には月島の名前を広めた「もんじゃ」屋があり、観音様の庇護を受けていた。きっとこの商店街の人たちは、開店前にはここでお参りをするのだろう。

↑拡大写真有り。写真をクリックして下さい。

 この商店街のお店の建物は、どれもなかなか格好が良いのだが、アーケードが邪魔をしているため、全体を見る事が出来ない。たいした意味もないから、アーケードは止めた方が良いと思うけどなぁ。

 商店街をちょっと外れたところにある天ぷら屋。お土産専門のようだ。「天ぷら旗」を掲げているところが勇ましく、店の前の植栽に「穴子」と書いてあるところが本物である。

 そろそろ陽が傾いてきた。高校生も自転車で家路を急ぐ。店に帰って本の整理をしなくては。駅は西仲通商店街の外れにある。

 ローライフレックス2.8Cは、露出計を持たない。
ピントはAFではなく、自分で合わせるため速写できない。レンズ交換が出来ない。そして一本のフィルムで12枚しか撮影できない。そんなカメラでも撮影に持ち出すと非常に面白い。
 露出計を持たないカメラを使うと、光に敏感になる。ピントを自分で合わせると、まわりを良く見るようになる。レンズ交換が出来ないと、構図を良く考えるようになる。12枚しか撮影できないが、写真の仕上がりを見て、またハマる。
 外装が金属製で、構造も機械式。すべてが現代カメラの代表、AF一眼レフのアンチになっている。
 しかし、新製品としてローライフレックスを造っても、コストがかさんで価格が高くなり、売れないはずだ。現代は非常に価格にシビアな分、価格の手頃な中古のローライの存在意義を押し上げている。

1999年3月9日記

 


 

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