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ロ−ライ35で写す渋谷

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東京でも屈指の繁華街が渋谷である。「シブヤ系」という言葉があるようにファッションの街であるが、それはここ20年の話だ。以前はどこか泥臭い場末の雰囲気をたたえていたように思う。そんな印象のシブヤをローライ35を持って散歩してみた。

 JR渋谷駅を降りてハチ公前スクランブル交差点から見た光景である。東急の109は道玄坂と東急本店通りの合流点にあり、ランドマークとしての性格から印象的な丸い塔が中央に立ちあがっている。
荒木経惟の東京物語の表紙はこの光景であり、死へと向ってゆく昭和時代の象徴としてとらえられていた。

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 渋谷の表通りでは、ビルは文字どおり広告塔となる。行き交う人たちが立ち止まる信号の前ではその広告効果たるや計り知れないほど大きい。洗練された広告スタイルとは言えないが、繁華街の広告のお手本がここには並んでいるようだ。

 109前の交差点も、ハチ公前交差点に負けず混雑が激しい。どちらもスクランブル交差点となっていて、自動車が両方向流れた後に歩行者が一斉に横断する。さながらたまりに溜まった水が、堤防の決壊と同時にだくだくと流れだす泥流のようだ。泥流と違うのはその流れて行く方向が一方向ではないことであり、いざ横断するとなると人とぶつかりそうになる事が多い。

 その交差点の脇に看板を発見。風俗店の立て看板である。ちょうどビックカメラの前の人通りがもっとも多いところにあった。広告としての効果も高いと思われる。表通りに置かれた裏通りへのお誘い。裏通りへ行ってみようと思った。


 道玄坂の渋東シネタワーの手前、閉店したアメリカ屋靴店の前を左に折れると、この光景にぶつかる。突然20年間時間を引き戻されたような雰囲気の商店街だ。バックの大きな建物は再開発された井の頭線渋谷駅である。

 道玄坂と平行して走る「井の頭線渋谷駅駅前通り」である。3,4階建ての雑居ビルが立ち並び、手前の白い建物は「日本一の出玉」を誇るパチンコ屋であるものの、一階に飲食店が入っている事が多い。ラーメンと酒とたばことごみの一体となった匂いがあたりを漂い、一種独特の雰囲気を感じる。

 道玄坂の渋東シネタワーという映画館を中心とした複合ビルの裏には、車の入れない細い路地があり、飲食店街が形成されていた。ここを見て新宿の南口を思い出した。現在は再開発されて南口広場になってしまった場所にこれと似た雰囲気を漂わせた飲食店街が確かにあった。荒木経惟の「東京は秋」という写真集だったと思う。夜にこの通りを歩いた事はなく、このカレー屋さんが営業しているかどうか、確かめる術はない。

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 腸詰と角煮は大好きである。その東京一美味しいお店という看板が印象的だ。「腸詰提灯」もなかなか良い。
上には「TIGER」とネオン看板が付いている。元はパチンコ屋が入っていた建物のようだ。やはりこの建物の年季は一朝一夕にできあがったものではない。
日陰と日向の境だったが、ツアイス・テッサーはつながり良く描写してくれた。

 さっき表通りで見た立て看板である。両側にシールで割引券が貼ってある。どうやらお店はこのそばにあるようだ。
「日本太古の時代から親しまれ」と看板にある。男女同権の精神が叫ばれ、それを曲解した主張がしばしば聞こえるが、男の本能、女の本能は生まれながらにして違う。ここから話を始めないと、相互理解はおろか話は深まってゆくとは思えない。
「日本太古から親しまれている」こうした風俗店は、男の本能、女の本能に根差しているため、なくなってはイケナイ。

 「繁華街」を制服で歩く女子高生。通学路を歩くときと、繁華街を歩くときでは「制服」の持つ意味が違ってくるように思う。
通学路では没個性の象徴として廃止されることもあるような制服も、繁華街では、自分が女子高生であると主張するための「戦闘服」となるのだ。

立て看板その2。ここも井の頭線渋谷駅改札前の飲食店街である。京王もなかなか思い切った事をする。再開発ビルを建設した駅改札前に場末の香りが今も残るこの地区を選んだ。

 京王渋谷駅を後にし、道玄坂通りを渡ったところに、道玄坂小路がある。その入り口に台湾料理店「麗郷」があった。いつ見てもロボットが口を開けてこちらに襲い掛かってくるような建物に見える。台湾料理の老舗で、営業時間中はいつ通ってもお客でいっぱいだ。

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 道玄坂小路にある老舗風俗店。栄枯盛衰、入れ替わりの激しいこの通りのお店の中にあって、10年以上営業を続けられればすでに老舗と言えよう。
荒木経惟の「東京ラッキーホール」にもこの界隈は登場する。人間とは何かを追求する荒木氏が風俗店に目を向けたのは、そこに人間の本質があると見たからである。このお店は需要(客)だけでは成り立たない。10年以上にわたって常に供給(コンパニオン)が存在した事を見逃すわけにはいかない。

 道玄坂小路で一番賑やかな光景。飲食店と風俗店が立ち並んでいる。人間の三大欲望の「食欲」「性欲」がこの通りに犇めいている。そばの空き地だったところにラブホテルも開業し、こじつけながら「睡眠」も満たされ、人間の欲望がそのままこの通りを形成しているようだ。

 道玄坂小路の老舗「フレッシュマンベーカリー」だった建物。戦後すぐからこの地で営業を続けてきたという。つい数年前、惜しまれつつ閉店した。すぐに取り壊されると思ったが、店舗兼住宅だったのだろう。建物だけは残っている。

 宇田川町交番前のゲームセンター。ここも老舗。
 渋谷と言えば流行り廃りの激しいところとしても有名で、バブル崩壊直後には「もつ鍋屋」が公園通りに林立したことがある。現在は一軒あるかどうか、という状態になっている。ひとつのものが流行るとワーッと皆が飛びつき、あっという間に消費してしまう。そういえば「流行」とは「流れて行く」と書く。埃のように雨とともに流れて行ってしまうものなのか、いずれ流れが集まり大河となって大海へ注ぐ流れに成長するのか、流行している時点ではだれも予想できない。

有名なスペイン坂。小売りの雑貨屋、洋服屋、レストランが立ち並び、健闘している。ただ、どこがスペインなのか、未だにわからない。

 スペイン坂を登りきると、パルコ、GAPなどが立ち並ぶシブヤでも有数のファッション街に入る。東京FMのスペイン坂スタジオは正面ビルの左手すぐ。大物ゲストが来る週末には多くの人だかりができる。

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 東急ハンズの有名さはここで言わずとも皆知っている。その道を隔てて向こう側にあるたこ焼屋。この店は流行に乗ってシブヤに何軒か店を出している。ひところよりは人気も停滞気味か。そう言えば一時たいへんな人気を誇った「ベルギーワッフル」は壊滅寸前だ。さても流行を追いかける事のリスクの多さよ。

 東急ハンズの看板を広角レンズ的に撮影してみた。
 ローライ35には準広角レンズの40mmが装着されている。もちろんこれで充分なのだが、広角レンズが装着されているモデルが出ればうれしい。
 その名も「Rollei35W」。レンズにはカール・ツアイス製のビオゴン28mmが付く。明るさはF3.5に抑えて、小売価格を下げてもらいたい。ほかはローライ35と同じスペックで価格が10万円ならばたいへんな人気となるだろう。

井の頭通りとセンター街を結ぶ横道。ここにも飲食店、風俗店が軒を連ねていた。不思議とこのあたりでテナントの空室は無いようだ。

 渋谷と言えばセンター街というほどの有名な通り。人通りはすさまじく、ぼーっとしながら歩く事はできない。常にまわりを見ながら歩く事を強いられる。すでに対象年齢から外れてしまったからか、筆者はこの道を通っても利用したいと思う店がない。それなのにこの人通りである。なぜこの通りに人が集まるのか、皆目見当がつかない。
 人口密度が高いせいか、人とすれ違うたびに摩擦を感じ、通り抜けるとホッとする。進んで歩きたいと思えない。

 丸井の渋谷店。この建物を一目見て、109と相似系である事に気が付く。この建物も通りを分けるランドマークとしての役目を負っている。
 谷中で見たあの樹と印象がダブる。あの樹をモチーフにしたとは言わないが、日本人が共通に持っている印象が具象化するとこんな形になるのではないだろうか。
 そう考えれば、あの谷中の樹が切られる心配はなさそうだ。

渋谷を一回りしてハチ公前交差点に帰ってきた。これで渋谷を全部回ったつもりはない。自分なりに見た渋谷の極一部を切り取ってみただけだ。いや、極一部だって見たと言えないかもしれない。
これだけ多くの人が集まる場所である。集まった人が街の性格を作り、街が集める人を選ぶ。
ローライ35はシャープなテッサーレンズを搭載している。渋谷をシャープに切り取り、バランスの良い印画を残してくれた。目測でこれだけピントの出るカメラはほかにないだろう。これからも持ち歩いていきたい。

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 渋谷は私鉄沿線に育った筆者が最初に出会った東京であった。その感覚はどこか泥臭い場末のような雰囲気で、現在のうそ臭くなってしまったシブヤとはぜんぜん違う。松田優作演じる「探偵物語」シリーズにたびたび出てくる「渋谷」がそのイメージなのだ。
今回、表通りから裏通りを歩く事で、まだ泥臭い渋谷が残っている事がわかった。
洗練されればされるだけ、街はどこか生活感のないウソクサイ街になる。センター街もどこか泥臭いだけに、人は無意識に洗練と泥臭さを合わせておきたいと思っているのかもしれない。
今回ローライ35をこの街に合わせたのは、小さくて目立たないカメラを使いたかったからである。カメラを持って街に立った自分は合わせ鏡を持って街へ出た事と一緒の状況になる。渋谷は人口密度が高く、人とすれ違うときの摩擦係数も高い。それだけに目立たないカメラを使いたくなるのだ。

1999年5月26日記


 

 

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