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荒木経惟写真全集9
私日記・世紀末 Private Diary 1999

 「未来」と呼んでいる漠然とした来たるべき瞬間に日付を付けてみると、それは漠然としたものではなくなる。いつか自分に近づき、そして一瞬自分の目の前で「現在」となった後、すぐに通り過ぎ、そして過去へと足早に去ってゆく。過去となったその一瞬は連なって「いつのまにか背後に道を作る。」(解説の山田詠美) ”年に一度の”クリスマス、誕生日など、その一日が強調されるが、それは間違っている。二十歳で迎えるクリスマスは一生に一度だし、勿論、二十歳の誕生日も二度とやってこない。ただし、普段のなんでもない日も一生に一度きりだ。それが連なって背後に道を作り、その道は次第に「人生」と呼ばれるようになる。時間は誰の上にも等しく降りそそぎ、そして淡々と積もっていく。言い訳はきかない。

 この写真集の作品は日付の年号を「’99」に直したものの、月日は撮影された95年そのままのものなのだそうだ。エイプリルフールの4月1日から筆が起こされ、この日記も「偽」であることが宣言されている。しかし、写っている写真は写真としてその「時」を写したわけであり、全くの嘘ではない。写真という装置、それも日付を入れることにより、嘘とホントの境目が曖昧に表現されている。「カメラに日付機能があったら、この記念写真をいつ撮ったか忘れなくて便利だろうな」という普通の感覚から誕生したであろう日付機能。写真家なら邪魔なものと考えて作品には使わない日付機能に荒木さんは着目し、過去、現在、未来を写真表現にするための手段としてしまった。あとがきを見て、この日記が95年に撮られたという客観的事実がわかっていたとしても、読者は知らず知らずのうちに日付を意識していることに気が付くであろう。それは、思った以上に”日付”の影響力が大きく、作品の重要な要素になっているという事を証明しているのである。

 撮影にはフジのティアラというカメラが使用されている。28mmEBCフジノンレンズが付いた小さくて面白いカメラだが、使用電池がCR−2のため動作が緩慢で、レリーズボタンを押してからシャッターが切れるまでの時間(タイムラグ)が長すぎる、という欠陥がどうしても気になり、結局筆者は購入に至らなかった。その後2型が発売され、その部分の改良を期待したが、手付かずのままであった。荒木さんはコニカのヘキサーやビッグミニも愛用されているが、そちらはきびきびと動作するカメラである。その使用感の違いが気にならないのだろうか。それとも、その緩慢な動作をするカメラで撮影したという空気感までも写しこみたいと考えていたのだろうか。”99年”も年末に近づくにつれ、カメラのフィルム圧板は傷つき、写した写真の真中から少し上には線が入るようになっている。花に、ヌードに、夜景に、夕景に、空に傷が付き、世紀末している。これからの時代はノイズから新しいことが生まれる、という予感に満ちている。

 しかし、あとがきの最後の最後で荒木さんは「東京に世紀末はなかったね。とりあえず今の結論は、都市にも、アタシの人生にも、世紀末はないっていうことかな。」と締めくくっている。世紀末とは、誰かが便宜上時間に線を入れた結果、たまたまその区切りが作り出した副産物である。どこか終末のイメージを含む世紀末という言葉だが、写真行為をしているうちに、東京にも、都市にも、荒木さん自身にもまだ終わりは来ない、という事が実感としてあるため「世紀末はない」のかもしれない。

 1999年は、すでに過ぎ去り、過去となった。撮影した時点では未来だった一年も現在となり、他の写真と同じように過去の仲間入りをした。東京都現代美術館で開かれた「センチメンタルな写真人生」は4月17日(土)から7月4日(日)まで開かれ、その初日に一番乗りしたことを思い出す。17日はたまたまこの「日記」には記述がなかった。19日(月)にはS&Mスナイパーの撮影を信濃町・蜂蜜邸で行っている。あとがきで言われていたとおり、東京にも、荒木さんにも終わりはないようだ。

2000年1月25日記