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荒木経惟写真全集6
東京小説 Tokyo Novel

 江戸は明治に東京へ変わり、現在は「TOKYO」になっているように思う。日本が「JAPAN」と呼ばれるたびにそんな気がする。東京はもはや誰か個人の意思ひとつで動きが決まるような単純な構造ではなくなってしまった。東京にはいい意味で強権を揮える「オヤジ」がいない。そんな思いが頭をよぎる。解説の磯崎新さんは「東京は虚像」とまで言い、東京の都市計画は不可能で、時代錯誤だと断言している。確かに思いもよらなかった場所に高層ビルが建ち、人間を見下ろし始める。そんな時、都市計画の無力を感じる。「誰か」がそれを建てようと考え、「誰か」がそれに許可を与え、「誰か」がそれを建てたはずなのだが、出来上がってしまえば、そんなことを追求しても何の意味も無い。そのうち別の場所でまた高層ビルが建ち上がるのだ。

 

 筆者が一番好きな荒木さんの作品は、「東京物語」「TOKYO NUDE」「冬へ」「センチメンタルな旅・冬の旅」を出版した平成元年頃の四冊だ。時代は昭和が終わり、平成へと変わる頃。東京はバブル絶頂期で、東京オリンピック以来の「町殺し」が各地で横行。あちこちに空地が出来た。そして愛妻陽子さんは死ヘ向かう旅を始めており、荒木さんは昭和、東京、陽子さんと、この時期に大好きだった身近な存在が「死」へと向かっていく喪失感を感じていたのではないだろうか。「死は真実で、ウソとはいえない」と篠山紀信との1990年の対談で荒木さんは言っている。撮影する対象に「死」を感じた荒木さんは、得意の「ウソかホントか」の間を行ったり来たりする写真を少し「ホント」のほうへシフトさせる。少しホンキになったその感覚が筆者は好きなのだ。

 

 この第6巻を見てみると、写っている東京には「哀」の雰囲気が漂っている。なぜだろう、と思い、繰り返し見ていると、写っている人の顔に表情のないものが多いことに気が付いた。東京で生活している人たちは、故郷から離れて暮らしている人が多い。その無表情さは自由と成功を夢見て上京したものの、共同体に属していない孤独と不安を感じ、東京という「虚像」に振り回されてしまったことを悔いているのかのようだ。

 荒木さんの生まれは三ノ輪である。自由と成功を夢見て三ノ輪を離れたのかどうかは定かではないが、世田谷の豪徳寺に住まれているのは周知のとおり。荒木さんもまた”故郷を離れて暮らす”東京人なのだ。途中に挿入されている「私景1940−1977」という荒木さんの文章は、生まれ育った三ノ輪を去ることにした自分の後ろめたさを文章にしている。終始センチメンタルな筆致で綴られ、両親の愛した生家にんべんや履物店の「ゲタの看板」を想いながら終わっている。荒木さんにとって東京は故郷であり、死へと向かっていく事が残念でならなかったのだろう。本当はずっとそのままでいて欲しいのにその流れを止めることに無力な自分。故郷喪失に似た想いがこの写真集全体を包む「哀」という印象に繋がっている。「東京には空がないっていうけど、東京にこそ空があるんですよ。田舎には、こんな哀しい空はないよな。こんな空虚な空は。」あとがきにある荒木さんのこの言葉に現在の東京が集約されている。

 「冬へ」からの出典であるが、「近所で遊んでいる子供たち」の写真が数点入っている。彼らにとっても「東京」は故郷である。一度死んだ東京。これからの東京を彼らは殺すのだろうか、生かすのだろうか。荒木さんの彼らを見つめる視線はあたたかだった。

2000年1月4日記