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荒木経惟写真全集 完結記念限定版写真集
さっちんとマー坊
Satchin and His Brother Mabo

 この巻「全集完結記念限定版写真集」を皆さんは手に入れられただろうか。あのカバーの端を切り取って台紙に貼り付け、平凡社に応募した人は、意外に少なかったのではないだろうか。古書市場を流通する荒木経惟写真全集には、この第21巻が付いていないものがほとんど、という状況を見るにつけ、そんなふうに思った。かく言う筆者も、この第21巻を所有していない。これは、「荒木経惟書誌」を著したS.KAWAMURA氏から借用したものだ。

 「2年前の夏の日です。たまたま見つけた三河島のアパートにはいっていきますと、真っ黒に日に焼けた子どもたちが、汗だくであばれまわっていました。すてきに元気な子どもたち。そのなかで、パチンコをむけてきた少年がいました。おどろいてよけた私のあわてた格好を見て、大声で笑いころげる彼。パチンコにはタマがはいっていなかったのです。ぼくはこの少年がいっぺんに好きになってしまいました。星野幸夫(ほしのさちお)君、小学4年生です。」「太陽」1964年7月号のなかで荒木さんが語っているさっちんとの出会いである。この「さっちん」という作品で第一回太陽賞を受賞したことは荒木さんにとって大きな励みになった。

 「この「さっちん」を見ていると、あまりにも私が暴露されているので照れる。と同時に、一種、快感がある。キャプションまでがそうである。「ぼく、強いんだ 早いんだ いちばんうまいんだ」「どうだい かっこいいだろう」「くにちゃん ぼくがすきなんだってさ」「ピッチャーじゃなくちゃやらないよ」自信たっぷりなのである。見栄っぱりなのである。タイトルの鼻くそをほじくっているさっちんのポートレートをみるとドキッとする。最終の地下鉄で股を開いた三流バーの女を見ながら鼻くそをほじくっている私にそっくりだからだ。」「フォト・アート」1969年10月号
 荒木さんは「さっちん」をセルフタイマー・フォトと呼んだ。三河島のアパートで遊ぶ少年「さっちん」に自分を発見したのだ。自分を投影した少年を写真にするという行為は、まさに自分と向き合う作業になっていく。自分がイイと思った瞬間にレンズを向け、シャッターを切る。そして、上がってきた膨大なネガから自分がイイと思ったものを選び、暗室にこもってプリントする。そして、イイと思ってプリントしたものから自分の作品として発表できるものをレイアウトし、選び出す。撮影から発表まで、写真家一人の作業となる。写真とは、他でもない自分と向き合う行為なのである。写っているものも、事も、すべて写真家自身がイイと思った写真であり、自分の表現なのだ。

 照れながらも発表することで自分を暴露していくことが、荒木さんの出発点になった。これは「センチメンタルな旅」のまえがきで発表される「私写真家宣言」へと繋がっていく考え方だ。すでに出発点から荒木さんの写真家としての方向性はきっちりと固まっていた。いや、写真が「自分と向き合うこと」であれば、方向性が固まっていることは当然なのかもしれない。自分にないものは写真にはできないのである。そう考えていけば、「でてくる顔」「でてくる裸」「でてくる私生活」「でてくる風景」がみんな「嘘っぱち」な「ファッション写真」には撮影者が自分自身と向き合うという行為が欠けていると言わねばならない。

 この全集を通して見た感想は、「この写真は荒木さんにしか撮れない」ということである。言葉にしてしまえばアッタリマエであるが、陽子さん・チロとの家族写真(尤も家族写真を超えた表現を持っているが)、東京写真、女写真、そのいずれもが、荒木経惟という写真家の「撮りたいもの」という共通項を持っている。個人的嗜好と言ってもいい。つまり、自分が「撮りたいもの」を気持ちのままに撮っているのだ。それが写真集として発表された時に人気を得るのは、荒木さんの写真家としての資質と言うよりも、荒木さんの人生そのものが、たくさんの人に受け入れられているということなのだ。
 「荒木さんのような私写真なんて、難しくてとても・・・」と言うなかれ。コンテストで賞を取れなければいい写真ではない、ということはない。自分が納得できる写真が撮れていれば、それは世界中のあなた以外の人には写すことの出来ない”いい写真”なのである。
 カメラを持った以上、写真家も素人も一切のハンデはない。いい写真を撮れるかどうかを分ける要素、それは豊かな人生を送っているかどうか、その一点しかない。

2000年4月25日記