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荒木経惟写真全集20
センチメンタルな5月 Sentimental May

 当初、セルフポートレイトの巻になると予告されていた第20巻は、突然「センチメンタルな5月」というタイトルになり発売された。それは、後にも出てくるが、竹中直人監督、中山美穂主演の映画「東京日和」の柳川ロケが荒木さんを巻き込んで1997年の5月に行なわれたことが大きいという。文字通り5月1日から5月31日までの日付入り写真が編年でそのまま載っている。表紙の鮎子サンは5月1日に上京したために、たまたま表紙になっただけなのであるが、物憂げに身体を横たえた姿は、見る者の気持ちをどこかセンチメンタルにさせる。

 見たものはすべて写真になってしまうのではないか、と思うくらい、荒木さんは視神経と同じレベルでシャッターを切る。昨日撮ったから今日は撮らない、ということはなく、自分が見るものにはすべてシャッターを切るのだから驚く。
 「また同じとこばかり撮って、同じとこばっかり見てる。その繰り返し。非常に単調な毎日だけど複雑で、複雑な毎日かもしんないけど単調だっていうことなんだよね、5月に限らず。単々とした日々の流れを撮ることなんだよね、写真って。」と、あとがきで荒木さんは言う。普通、世間の一般人は、日々のなにげない日常を写真にすることはない。しかし、一見単調に見える日常は、後で振り返ったときに輝きだすかもしれない。だから写真を撮っておけ、ということではなく、写真にするくらい日常だって複雑なのだ。人生は日常が積みあがること、と考えると、このあとがきの中で語る荒木さんの写真論には説得力がある。写真という言葉は荒木さんの場合「人生」に置き換わるからだ。

 いつも通っている自宅から豪徳寺までの道、新宿のクラブ「婉」の女の子、「婉」の隣の薬局、六本木のスタジオへの道、屋上でヌード撮影、スタジオで大股びらき、うどんすき、六本木「ホワイト」の女の子、ラブホテル、「婉」の女の子2人、脱がないコを帰してふたりで写真、「婉」に行くと帰したコがこんなお客といる、家に帰ると風呂で待つチロ。ワニーン、蔦TV、夕陽、ワニーンに乗るチロ、豪徳寺、小田急線車内、地下鉄乃木坂駅、死刑囚のようにエレベーターを上る人たち、山崎努氏を撮影、東京女子医大、キャピトル東急で斎藤陽子と対談、雨の日のワニーン、コモドン、南新宿から早稲田までのクルマド、風鈴、クラブ「龍」、「龍」のコに誘われて日付が変わるまで部屋写真。
 「単調な毎日」と荒木さんは言うが、ここに写っているのは、複雑極まりない日常である。屋上でヌード撮影して、毛深い大股びらきまで撮ったコとうどんすきを一緒に食べられるのは、荒木さんしかいない。

 そして、5月17日という陽子さんの誕生日に、新婚旅行で訪れた柳川へと向かう旅に出発する。「東京日和」のロケなのだが、監督の竹中直人氏が日程をセッティングしたのだろうか。誕生日に合わせるなんて、気が利いている。機内から眼下に広がる風景。5月は一気に「センチメンタル」になっていく。唐津線の駅で「10年目のセンチメンタルな旅」の再現シーン。荒木さんは駅員に扮して出演。御花旅館で新婚旅行と同じ部屋に宿泊し、陽子さんを想いながら、あの異界の庭をニコンFではなくライカ・エルマリート21mmで写す。映画のワンシーンのなか、陽子役の中山美穂を撮る。どんな気持ちで荒木さんはシャッターを切っただろうか。

 帰京すれば、再び荒木さんの日常が始まる。コモドンを置いて緊縛写で剃毛。ヒロミックス、夜の新宿、祐天寺。そして、朝になると、決まってバルコニーのワニーンがくる。よみうりランドのプールのCMで藤原紀香の撮影。
 5月25日は荒木さんの誕生日である。青空にぽっかりと浮かんだ綿雲。ペンタックス67。ワニーンの上にケーキ。集まったメンバーはほとんど女の子である。ビルの町並みと雲、ヌード、「東京日和」の打ち上げで、松たか子。

 こうして荒木さんの「センチメンタルな5月」は暮れていった。なんとも女のコに囲まれた日常と言えよう。しかし、彼女たちには人生の道行きを同行する男が他にいるはずであり、荒木さんとどれだけ写真関係になろうが、帰る場所は別にあるのだ。それは写真を撮っている荒木さんが一番知っていることである。
 31日、最後はバルコニーで花写真を撮って終わっている。そこには陽子さんに見立てた花、そして娘であるチロがこぼした水、それを写真にする荒木さんという「家族」3人が写っていた。荒木さんの写真人生は「センチメンタルな旅」であるが、旅はいつか終わる運命にある。その帰る場所はウィンザースラム豪徳寺のバルコニーで、家族3人が一緒に過ごした「時間」なのかもしれない。

2000年4月18日記