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荒木経惟写真全集16
エロトス Erotos

 どんな辞書で「エロトス」という言葉を引いても載っていない筈だ。

 これは、荒木さんによる「エロス(性)」と「タナトス(死)」を融合させた言葉なのである。それには、荒木さんの「タナトスの逆がエロスっていうんじゃない。エロティックなことには、死が混ざってないとだめなんだよ。」という考えが根本にあった。「女の子もセックスのときに「イクイク」とか「死ぬっ」とか言うじゃない。「イク」っていうのは彼岸に行く、昇天することだからね。」つまり、性の快感が嵩まるほど、死は性と融合されていくことになる。

 荒木さんにはあまりブツ撮りのイメージがないが、やるとなったら徹底的である。ペンタックスZ−1にマクロレンズとリングストロボ。この組み合わせでエロティックを感じるモノにつぎつぎとストロボを当てていく。
 接吻(これはベロが行ったり来たりしていなければ接吻とはいえないそうだ)、ソープランドのマットプレイ、男根、女陰そのものなど、いわゆる”エロ”も当然写っているが、ベランダのしみ、水溜り、牡蠣、無花果、枯れかけの花、蜜柑の皮などの、言葉にしただけでは全然”エロ”ではないモノまで写っている。しかし、これがリングストロボで接写されると、「無影灯みたいに、ぐっと寄ると陰ができ」ず、影は全部被写体の後ろ側にまわる。そのため、普段見ているイメージとは全然違う絵が立ち上がってくることになる。性器そのものがエロトスなのは当然としても、ベランダの水溜りにもエロスを感じる荒木さんの感性はやはり普通ではない。

 荒木さんは無論、男性である。そのためか、エロトスは女陰をイメージするものに向かっていく。この写真集の9割は女陰をイメージするモノが占めており、女陰へのこだわりが感じられる。たまに男根のイメージが写されるが、どこかたよりない姿をしている。手で包み込まれていたり、ぶかぶかのコンドームをかぶったままうなだれていたり、タバコもほとんど燃え尽きて灰になっている。蛇口もやはり下を向いていた。なにかコンプレックスがあるのだろうか。唯一、かたつむりがそそり立つ男根の頂きに登っている写真があり「亀頭が丘のカタツムリ」の題され、荒木さんのお気に入りになっている。

 表紙にある口の写真を縦にしたもののほかにも、目の写真を縦にしたイメージも収められている。無論、荒木さんは女陰と思って撮っている。縦にしたことで、一見形が似ていることだけを考えてのダジャレのようにも見えるが、もともと”目は口ほどにモノを言う”くらい人をひきつける部分である。そして、口は縦にしなくてももともと性器だ。生物学的には性器とはいえないが、人間の性文化が口を性器にしてしまった。他の生物を食べることでそのエロスを取り込むのも、この”口”がする。口の写真が表紙に来たのは、性器よりも性器といえる役を口がこなしていることの表れではないだろうか。

 「接写の距離っていうのは、セックスしているときの距離感なんだよ。ポートレイト撮る時には接触しないでしょ。」 なるほど、接写して撮りたい、ということは、そのものと関係を持ちたいと思っている自分がいるのだ。最初見たときにはモノクロで接写するなど”すごく実験的な写真集だ”と思ったが、よく読んでみれば、他の写真集と同じように荒木さんにとって興味のあるモノばかりが写っていた。

 「エロトスとは写真のコトであり、人生のコトなのである。」 納得。

2000年3月14日記