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荒木経惟写真全集14
猥褻写真と墨汁綺譚
Obscenities and Strange Black Ink Stories

 「猥褻」という言葉を広辞苑で引いてみた。「わい・せつ【猥褻】男女の性に関する事柄を健全な社会風俗に反する態度、方法で取り扱うこと。」とある。辞典の常とはいえ、ほとんど具体性のない説明と言えまいか。
 1993年に「AKT−TOKYO」の写真展カタログを販売していたパルコの社員が猥褻図画にあたるとして逮捕された。要は女陰と陰毛の描写が「猥褻」に当たるという判断だったようだが、オーストリアで問題なかったものが日本では「猥褻」と判断されるのは一体どういうことなのだろうか。しかし、その後世の中に「ヘアヌード」という言葉が氾濫し、大量に出版されたのは周知のとおりである。
 「猥褻」とはまさに文化が作り出した事柄である。その時その時代の判断によって「猥褻」と規定されるものは揺れ動く。陰毛が猥褻で駄目だというから先に剃って「修正」してから撮影 する荒木さんの姿は楽しげだ。

 では、取り締まられてまで荒木さんが女陰に向かうのは何故だろうか。それは、そこに人間の本質が隠されていると考えているからに違いない。1970年の初期から、「カルメンマリーの真相」など、女陰を大写しにした作品を発表していることからも、奇を衒ってここ最近撮り始めたテーマではないことがわかる。
 天才編集者、末井サンに女陰の写真と500枚の写真を渡したら出来上がってきたのが、「オマンコラージュ」。女陰のなかに、荒木さんは勿論、陽子さん、新宿高層ビル街、原宿竹下通り、竹の子族その他もろもろが貼り込められる形でコラージュされた作品だ。荒木さんは、「オマンコがなんでも呑みこんじゃうっていうことなんです。」とブラックホールに見立てて語っているが、筆者は逆に森羅万象のすべてが女陰から出発している、というビッグバンを端的に示しているすごい作品だ、という感想を持った。つまり、新宿の高層ビルも、原宿の竹下通り、竹の子族、荒木さんに陽子さんも、すべて誰かの女陰から出てきた人であり、作り上げたものなのだ。もし、女陰が「猥褻」で取り締まるべき図柄なら、そこから生まれてきた人間はすべて「猥褻」な存在と言わなければならず、その人間が作り上げたこの文明もすべて「猥褻」なものとなってしまうだろう。「猥褻写真」の最後にある、削られて青い色素以外何も写っていない写真は、何も考えずにただ取り締まろうとする者への痛烈な批判なのだ。女陰という”ブツ”が猥褻なのか、女陰を見るという”コト”が猥褻なのか、取り締まるからには明確な基準がある筈だ。猥褻という言葉に対する的確な説明が欲しい。

 白いリキテックスで陰部を修正した「スペルマンコ」にヒントを得て、白を黒に変えて表現したのものが「墨汁綺譚」という形でまとまった。「S&Mスナイパー」に連載された、いわゆる”縛り写真”群の中でもかなり文芸色が強い。永井荷風の「墨東綺譚」にあやかったタイトルだが、写真には墨書きでダジャレ即興詩が添えられて、荒木さん流のオリジナリティに溢れている。午後の紅茶をモデルが持って「午後のリアリティー」。女の上にでかい蟹を乗せて「カニバリズム」。このときには本家カニバリズム、パリ人肉事件の佐川一政がモデルとして参加している。
 出来上がった縛り写真に墨付けをする。しかし、それは女陰だけとは限らない。「すべての穴から墨汁が出るようにしてる。」とあとがきで荒木さんが語っているように、電柱や、コンクリートの穴、通気口からも墨汁が垂れている。性的なものが出すエネルギーのようなものを具象化すると、こんな風になるのではないだろうか。猥褻罪の取締りをヒントにここまで自分の表現を生み出す力には驚くほかない。

 いつだったか荒木さんは、顔が一番猥褻で、今に日本人は顔にパンツを履くようになる、というようなことを言っていた。”健全”な表現と”猥褻”な表現の境目が短期間にこれだけぐらぐらと揺れるようだと、あながち突飛な事とは言えないかもしれない。

2000年2月29日記