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わが愛、陽子 荒木経惟
朝日ソノラマ 1978年2月28日発行
 陽子さんは、荒木さんの恋人であり、妻であり、「わが愛」であった。この写真集の最初のページ(電通のカメラマンだった荒木さんが社内報の仕事で文書課の女性を集めて撮った写真)、最初の出会いとも言えるこの写真には陽子さんがこうキャプションを付けている。「物想いに沈んでいる表情が良い、と言ってくれた。私はその言葉にびっくりして、じっと彼を見詰めていたような気がする。その時までの私の世界は、きっと、原色だっただろう。けれど、その原色は渋いニュアンスのある色に変わろうとしていた。一人の男の出現によって、季節がはっきりと区切られていくのを、秘かに自分の心の中に感じていた。私、20才。彼、27才。冬の終わり頃だった。」

 激情みなぎるような調子とは程遠い、ゆったりとした気持ちの中で相手に対する自分の気持ちに気が付いた、というような陽子さんの心の動きが詩情豊かに綴られている。女が男に恋をする時、世界は原色から渋いニュアンスのある色に変わっていくものなのだろうか。人によって好きになり方も違うとは思うが、陽子さんの場合、自分では思いもしなかった自分の魅力を発見してくれた荒木さんから目が離せなくなっていったようだ。無論、荒木さんは「そのときにはもう狙いをつけてた。」とか。

 そして、知り合って4年目の夏(1971年7月7日)に二人は青学会館で挙式する。そのあとの新婚旅行の様子が「センチメンタルな旅」としてまとめられたが、それを補うように、陽子さんによる新婚旅行記が3頁にわたって記されている。「センチメンタルな旅」の中の世界はどこか音を失ってしまったかのような雰囲気で描写されていたが、ここでは、新婦のヌードのスライドが映し出されて大騒ぎになった披露宴の様子や、馴染みの京都でのそれぞれの過ごし方、大阪から別府行きのフェリーに乗るときのハプニングなどが生き生きと描写されている。しかし、やはり、柳川の宿、「御花」での様子は、荒木さんの解釈をそのまま跡付けるように音を失ってしまったかのような雰囲気だった。

 新婚旅行から帰り、荒木さんと陽子さんの日常が始まった。まだからっぽの新居にハタキをかける陽子さん、河原の土手を自転車で走る陽子さん、キッチンで料理をしながら振り向く陽子さん。どれも楽しそうに荒木さんへ微笑みかけている。夜、実家にんべんや履物店の前を一緒に銭湯に行く二人。食卓を囲む二人。とても幸せそうに見える。荒木さんは、特別なものではなく、ごく身近に撮るべき被写体があり、写真があることを我々に告げる。

 「私は、よく妻を撮ります。台所で料理をしているところとか、酔っぱらってダウンしちゃったところとか、トイレでウンコしているところとか、なんでも撮ってしまいます。なんでそんなに妻を撮るのかというと、ジャジャジャジャーン、私は妻を愛しているからです。写真は、まず自分が愛しているものを撮ることから始めなくてはいけません。そして撮りつづけていなくてはいけません。(中略)自分が愛しているものを撮りつづけていると、その写真のなかに自分の気持ちまでが写るようになります。写真というものは、撮った人の気持ちまでもが写ってしまうものなのです。コワインだぞー、写真って、自分がバレちゃうんだから。」「高二時代」1976年12月号
 荒木さんの「私の写真哲学」と題された文章である。冗談めかして言っているが、これは荒木さんの写真の本質をそのまま語っている。多少の枝分かれはあっても、根本的な撮影スタイルは現在に至るまで何ら変わっていない。それは進歩しないとも言えるが、この頃にはすでに完成していたとも言える。時代がやっと荒木さんに追いついたのだ。

 あとがきで、桑原甲子雄氏が荒木さんの写真についてこう語っている。「「センチメンタルな旅」が評判になったのはなぜか。もうすでにおわかりのように、写真を撮る、というのはどういうことなのかを、あらためて荒木氏が輪郭のはっきりした具体的映像でしめしてくれたからなのです。そのころ周囲にたちこめる写真の思想性やら政治性、あるいは芸術性や報道性、商業性といったロジックとテクノロジーにがんじがらめになっている写真家や写真界に、荒木氏は嘘とまやかしを嗅ぎつけ、そこからの自由な開放を彼はうったえたともいえるでしょう。」 当時、時代は全学連に代表される学生運動の真っ只中。写真は撮るべき被写体を失い、輪郭のはっきりしない荒れ、ブレ写真が全盛を極めていた。そんな中、身近な存在を撮り続ける、という荒木さんが出した方向性は逆に新しく、見る者をハッとさせたに違いない。たしからしさの世界をすててしまうのがトレンドだった時代に、なにが本物か、ということに集中し、一人の女、まして自分の妻を写し続けることで”写真”に迫ろうとした。この私的行為ともいえる写真制作を続けた荒木さんの視点は、一冊の写真集にまとまることで、その”たしからしさ”は高まり、いろいろなことを見る者に訴えかけてくる。

 「女が男を想う、その想い方にも色々あるだろうが、私の場合は、火や水を欲するが如く、ごく単純に彼を求めているようだ。それは絶対に無くなってもらっては困る物なのである。(中略)彼の常套句はこうである。<俺の言うことを聞いていたら間違いないから>聞き方に依っては非常に傲慢な言い方ではあるが、私などは、この言葉の裏に、テレを含んだ男のロマンチシズムを感じてしまう。彼は抒情的な男なのだ。時々ふっと空っぽな瞳をする時がある。心の中に何を横たえているのかは知らぬが、そんな見知らぬ男のような時の彼は、大変に素敵だと思う。」 陽子さんの語る荒木さんの魅力である。

2000年5月16日記

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