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TOKYO NUDE 荒木経惟
マザーブレーン 1989年12月1日発行
 TOKYO NUDEという名の写真集はほぼ同時期に篠山紀信も出版している。まさに当代を代表する二写真家の激突といった趣きであるが、二冊の同じ題名の写真集はその表現方法という点において全く異なっていた。

 篠山氏は評判だった「東京未来世紀」の手法を継承し、東京の未来的な風景を凝ったライティングで装飾してそこにヌードになった外人モデルを配置させたものに「TOKYO NUDE」と名付けた。ライティングの都合から作品は夜景が中心になっている。カメラはシノラマカメラを使用したものもあったが、大半は8x10で撮影されている。近未来都市東京に生息する”動物”としての人間を捉える、というような表現を展開していた。出版するにあたって篠山氏は荒木さんにこの題名を譲ってくれないか、とオファーを入れたそうである。

 では、荒木さんの「TOKYO NUDE」はどうか。「右ページに東京、左ページにヌード」という形式で120点の作品集である。収録されている写真は1点が4ツ切という堂々たる大きさで、手に持ってページを開くと視野いっぱいにTOKYO NUDEが広がるようになっている。これでひとつの表現がある。軽装ながら中身の詰まった写真集といえよう。

 全点ペンタックス6x7にて撮影され、全て縦位置作品である。東京は当時バブル景気の真っ只中だった。規模の小さい商店や商店街のしもた屋が次々と取り壊され、巨大テナントビルの建設が次々と行われていた。その象徴的な存在としての新宿新都庁舎の建設風景からこの写真集は始まる。曇天に屹立する4本の巨大クレーンをバックに京王プラザホテルの一室でアサヒスーパードライを飲む女。新宿ワシントン靴店の”背中”。築地聖路加国際病院遠景。雨の新宿ゴールデン街。新宿ビル裏飲食街の街灯。新宿高層ビル街を望む屋上の配管。砂場で正座するゴリラの置物。新宿南口台北飯店。円山町ラブホテル”イコー”。首都高目黒線際。雨の六本木。梅丘の選挙ポスター板。神楽坂料亭満喜埜。公園の簡易トイレ。置き去りにされた朝顔。佃住吉神社鳥居。”やすらかな死をあなたに・・・”。団地前の深川警察署パイロン。空き缶とプルトップ。廃屋。六本木裏通り。移転のお知らせと散乱するゴミ。アルマーニ男性下着のウィンドウ。注射堂肛門科。菊の花壇。剥がれそうな地下道天井。京橋親柱。石川島リバーシティ。隅田川吾妻橋前遊覧船。神田鍛冶町ガード下。後楽園落下傘。新宿三井ビル。昭和天皇一般参賀。これら東京風景の一枚一枚にヌードが組み合わされている。

 荒木さんの出す写真集には東京と名の付くものが多いが、一般に”東京”と言ったときにイメージする大都会東京とは程遠い風景ばかりがこの写真集では描写されている。渋谷、新宿でも銀座でも撮影しているのに写されているのは裏通りにひっそりと佇む人気のない風景が多いのだ。都会で取り残されたような静謐さを含んだこの風景たちは、何処にでもあるようでいて東京にしかない風景といえるだろう。荒木さんは東京が表現しているからそれを複写すればいいのだ、と前々から言っていた。とすれば、この写真からあふれてくる静かながらも力強い印象は、東京に内在する”何か”が知らず知らずのうちに写り込んでいる結果なのである。
 見開きで組み合わされたヌードの描き出す曲線とのコントラストが作る雰囲気によって、ページをめくっていくうちに読者はある印象が言葉となって結晶していく感覚を覚えるようになる。「東京は女体なのではないか」という言葉である。荒木さんのカメラの前で哀しげに佇む東京。そして物憂げな表情の女体。二つの全く異なる被写体に対して、同じ気持ちのまま荒木さんはカメラを向けている。見開きのページを使って風景とヌードが配置されているのだが、読者はいつしかその2枚の写真の印象が頭の中でひとつになり、東京とヌードが同じ次元で存在するような錯覚に陥ってくるのである。題名「TOKYO NUDE」の見事な表現といえるだろう。

 伊藤俊治氏は「東京の無意識」という文章の中でこう述べている。「「東京物語」のなかに妊婦のヌードがある。髪を短く刈り、眉間の広い丸い顔の女が大きなおなかを抱え、濡れた目をして、じっと、こっちを見つめている。その白い陶器のような裸身を降りてゆくと、濃い恥毛におおわれた性器が口を開き、見る者を吸いこもうとしている。上気した肌に薄い青い血管がすうっと浮きあがる。妊婦特有の大きく広がった乳輪と、液がいまにもその先端からにじんできそうな黒ずんだ乳首があえぎ、薄闇のなかで輝く。これは女の廃墟の美しさではないだろうか。女の廃墟へのいとおしさと欲望がそこにはとらえられ、荒木は女の性のなかに体ごととりこまれている。 荒木は透明にその胎内へ飲み込まれ、写真だけが、女だけが、濃いぬめぬめとした存在感を訴えかけてくる。これはまさしく東京という女である。東京という女の裸である。無限の感情と肉体を持った女の生理と生態が一枚の写真に写しこまれている。」
  
 ここに至り、篠山紀信とはまさに対照的な東京観が写真となって現れている事が判明する。一枚一枚の中に凝った構成を詰め込むことで「TOKYO NUDE」を表現しようとする篠山氏に対して、荒木さんは一見日常の何気ない風景にヌードを組み合わせることで東京は女の裸であると表現したのである。余所行きの格好をした東京と普段着の東京という異なる視線。偶然にもほぼ同時期に我々の前に提示された二人の写真家による異なる東京観は、読み比べてみることで両者の歩んできた人生までも浮き彫りにするように感じられる。

 2001年1月9日記

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