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■東京ノスタルジー

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東京ノスタルジー
荒木経惟
平凡社 1999年3月20日発行

 この表紙には惹きつけられた。三省堂の4階の写真集売り場にある平台にこの本が積まれていた時には、手に取った瞬間に”買おう”と決めてしまっていた。
 「80年代の半ばから、645の中判カメラで撮り続けてきた写真があってそれがこの『東京ノスタルジー』。撮ってる時から「映画みたいに見せよう」って決めてた。」あとがきで荒木さんはこう語っている。
 645というのは写真のネガサイズのことである。中判カメラは普通のフィルム(パトローネ入り35mm判)と違ってロール状に巻き込まれたフィルム(ブローニーフィルム)を使用する。出来上がったネガのサイズは大きく、プリントした時に絵としての立ち上がりに優位性がある。ただ、このサイズのネガを使う理由について、荒木さんは35mmフィルムの縦横比だと少し横長すぎて合わないが、645のサイズなら映画になる、と語っている。ちなみに、この写真集の撮影には「ボンボンボンって連写」できるペンタックス645が使われている。普通にカメラを構えると35mm判カメラと同じく横位置になるので、”映画撮影”に向いている。カメラについてはあまり語らない荒木さんだが、他にも66(ハッセル、ローライ)、67(ペンタックス67、プラウベルマキナ67)、68(フジカ68)などの中判フォーマットを使い分けているところが面白い。

 撮った写真を撮った順に並べる、というのがこの写真集のコンセプトである。中には名写真集の作品になったカットまで含まれている。言ってみれば荒木さんのコンタクトプリント集のようになっているのだが、その一方で、撮影の仕方が映画的でもある。連続してシャッターを切るという荒木さん得意の方法を使い、写真に「コト」を写しこんでいくのが特徴的だ。

 神楽坂の「写真診療所」、道、鱗雲、ヤツデ、路傍の石、陽子さん、食堂のショーケース、空き地、電灯のシェード、三千院京子、野良犬、飛行船、新宿、女、男、SEX。豪徳寺駅、小田急線、電線、銭湯の煙突、ブランコ、ヌード、病院、病院の屋上、看護婦、少女、食事、ネコ、ヌード、歩道橋、駐車場、横断歩道、神社、滑り台、陽子さん、雪釣り、サインポール、交差点、放置自転車、ヌード、自宅バルコニー、SMの風景・・・。 個人的には、冒頭で描かれている荒木さんが「69膜炎(ろくまくえん)」で東京女子医大に入院した時に撮影された一群のカットが好きである。病院のベットがあって、食事の写真が欠かさず写っている。屋上に上がってそこから見える風景をしばらく追っていた視線が、次第に帽子をかぶったような電灯に移った後、配水管やパイプ類、給水タンク、ベンチ、煙突などのオブジェに執着する。床からニュッと突き出している配水管を晴れた日に写すと、男根のような影を落としていた。発見した、とばかり3枚も写している荒木さんの面白がり方が伝わってくる。

 この中でたびたび登場するテーマが男女のSEXである。男と女が出てくると、話はSEXへと動いていく。ヌードになった男女の局部や、SEX時の結合部も撮影されているが、アダルトビデオよろしくモザイクがかかっているところが”表現”している。これは映画であり、女陰、男根を「ブツ」として捉えるのが主眼ではない。意識や視線のいく場所へもらさずレンズを向ける事で、SEXという男女にとってなくてはならない「コト」を表現したいのである。

 男女の「コト」は組み合わせ次第で千差万別となる。そのためか、色々なパターンの男と女の関係が提出される。
 ラブホテルでのSEX。ここでは「写真時代」の「シノキン」氏が登場。女と男が別々にシャワーを浴び、ベットの枕元にはビール瓶。キスの場面もなく、体位もバックが主体。どこかカラダだけの関係という男女が描かれている。
 SMの関係。ここでは「S&Mスナイパー」の「縄師洋平」氏が登場。六畳間で熱燗を飲む男女。女は脱いで横たわり、男はお銚子を女陰に挿入する。喘ぐ女とは対照的にあくまでもクールな男。大股を開いて卓袱台に縛り付けられる女。女陰を肴に酒を飲む男。卓袱台は立て掛けられ、女は縛り付けられたまま逆さに吊るされ、目を閉じている。SMの風景である。
 恋人同士のSEX。ここでは「タマサブロー」氏が登場。近くに銭湯の煙突がある小奇麗なマンション。そこへ一緒にラーメンを食べ、買い物袋を下げて仲良く歩く男女が戻ってくる。ドリップコーヒーを淹れる女。その後姿を見詰める視線。ベットの上で飲み終えると男はすぐにシャワーを浴びに行く。女はその間に服を脱ぎ、オーディオをつけてベットの中で男を待つ。シャワーから上がってきた男をうれしそうにくわえる女。一人暮らしの女の部屋の中での、仲のよい男女の「コト」が写っている。銭湯が近くにあることが先に提示されているので、物語が「神田川」よろしく一緒に入りにいく、という展開になればもっと良かった。
 どれも雑誌の編集者が実際に出演するという形で絡んでいる物語なので、すべて荒木さんの「仕事」写真であろうと思われる。「仕事」と「私事(しごと)」がひとつのカメラで撮影され、そのまま出してしまうという編集のため、見ている者にとっては唐突な場面転換を感じるかもしれない。しかし、これはすべて荒木さんのカメラの前で展開された光景が記録されているのである。
 女が縛られて卓袱台に吊るされている次のカットがいきなり自宅の陽子さんなのである。これくらい「仕事」と「私事」をごちゃまぜに写していくエネルギーが荒木的写真世界の強さの秘密なのだろう。

2000年7月31日記


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