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■東京猫町

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東京猫町
荒木経惟
平凡社 1993年7月12日発行

 1990年から91年にかけて「アニマ」に連載された東京の猫写真がこの一冊にまとまった。タイトルは「東京猫町」である。荒木さんの撮った猫の写真集はいくつかあるが、代表作が「愛しのチロ」であることに異論はないだろう。もっとも、愛しのチロは猫写真集というよりは荒木家の家族アルバムという趣きに仕上がっていたが。
 猫嫌いだった荒木さんに猫写真集を撮らせるまでにしたチロの不思議な魅力についてまでここで語る余裕はないが、チロだけが猫ではない。写真集としてこうして見せられてみると、「かわいい」という言葉だけでは表現し切れない東京の市井で人間と共に暮らす猫の魅力に気づかせられる。「猫が消えちゃったら東京は廃墟になっちゃうんだろーニャア。」と荒木さんはあとがきに書くが、この写真が撮影されたのは陽子さんが他界した直後なのである。なるほど、猫に注がれる視線にいとおしむようなやさしさがあるのはそのためなのだ。

 思えば、猫はいたるところに居るような印象を持っていた。路地裏を歩けばいくらでもいるだろうから、撮ろうと思えばすぐに撮れるだろうくらいの軽い気持ちで街を歩いて猫を探してみると、意外に見当たらないことに気がついた。そもそも路地裏というものが確実に減った。一軒家が減ってマンションが増えたためと思われる。また、最近は繁華街からも猫は姿を消した。昔からゴミ捨て場の残飯を荒らしてしまうのは野良猫と相場が決まっていたが、いつのまにか新丸子駅前からは姿を消した。住宅地の軒が沢山あるような古い家が現代風に立て直されてしまったり、しもた屋がまとめて高層マンションに変わったりして猫の棲家が次第に失われていったのだろう。ちょうどその頃、テレビで残飯をあさるカラスの姿が大きく報道されはじめ、新丸子にもカラスの大集団がゴミをあさりに飛来するようになった。隠れ家を失った野良猫たちは完全に縄張りを取られてしまったようだ。

 猫の姿を求めて東京を歩く荒木さん。あとがきからその足跡を追ってみよう。
 「リバーサイド21佃島 いま東京は急テンポで変貌している。生活の場でなくなりそーなのだ。銀座からすぐ隅田川をわたってリバーサイド21とかや開発中の佃島に行ってみた。人の姿もなく猫も見あたらない。すでに廃墟になってしまっているのだろうか。新旧の光景をフレーミングしていると、2階の窓から猫がのぞいた。ホッとした。ニャーオ、外に出ておいで。」佃島はもともと漁師の街である。魚が上がる場所に猫は付き物だったはずだ。しかし、現在は石川島だった場所には高層マンションが立ち並び、急速な開発が続いている。都営地下鉄大江戸線も開業し、いよいよ都市化する運命は避けられそうにない。玄関先に縁台と物干し台があって、植栽もにぎやかな民家の二階の窓から猫が小さく覗いている。こんな静かだった街でも飼い猫でないと生きにくくなってしまったのだろうか。

 「招福猫児(まねぎねこ)の豪徳寺 私は世田谷の豪徳寺に住んでいます。日曜日はいつも午後4時頃この路をゲタばきで(ひとり)富士屋食堂にカツカレーを食べに行きます。いつもこの路には猫がウロチロしてんだけど、きょーは一匹もいない。と想ってたら樹の上にシロクロちゃんがいた。うーれしくなっちゃって写真してたら、美少女2人登場。さすが招福猫児の豪徳寺。」陽子さん亡き後の荒木さんの生活が垣間見える記述である。富士屋食堂のカツカレーはきっとうまいのだろう。このあとがきを見る前はこの写真に猫が写っているとは思わなかった。通りかかったご近所の美少女二人を猫に見立てている写真だと思ったのだ。ニッコリ笑顔の二人を撮影する様子を、塀の上の木に登った猫が珍しげに視線を送っていた。よく晴れた初冬の昼下がりである。

 「月島ハーモニカ横丁 銀座の裏通りを1時間ほどブラついたのだけど、1匹も出会わなかった。どこへ行っちまったのかニャあ。地下鉄有楽町線で5分、月島に行ってみた。花さがりの植木鉢、ハーモニカ横丁を歩いてると、鯉のぼり、かけぬける少女、ふと路地をのぞくと奥にミケちゃん。あーよかった。月島はまだ猫町。ビールで乾杯、もんじゃ焼き。」銀座にもたしかに猫が居たはずだった。筆者がカメラ屋めぐりを毎週のようにしていた頃、レモン社裏の路地でひなたぼっこしている猫を発見して、撮影した写真が残っている。警戒心が強くて、カメラを向けたら走り出してしまったが。猫を見つけるのがうまい荒木さんでも見つけられなかった銀座の猫である。カラスに追われてもう絶滅してしまっているかもしれない。月島へはついこの間お邪魔した。家族でもんじゃを食べに行ったのである。あまり長居をしなかったので猫を見ることはなかったが、代わりに入ったお店の店頭に大きな招き猫があった。

 あとがきに書かれた情景以外でもさまざまな猫の生き様が活写されている。
 多いのは住宅地の路地に佇んでいる猫だが、道を横切っている姿も多い。はたと気がつくと前を歩いていた、というような感覚である。いろいろな場所にいるものだなぁ、と感心することしきりだが、新幹線のホーム下に猫がいたとは驚きであった。えさなどはどうしているのだろうか。
 神社の境内と思えるような場所で子育てする猫。移動するとき親猫は口に咥えて子猫を運ぶようだ。
 神保町すずらん通りのフルーツ屋さんは猫で有名だ。神田餃子屋に猫がいたとは思わなかった。飲み屋街の昼間、佇む猫たち。招き猫からくるのか、商売をしている場所ではえさを与えられたりして比較的猫が大事にされているようである。

 「番町皿屋敷猫階段 マンションになっちまった屋敷町。千代田区一番町をアッジェしてると、ありっ、トマソンかな、ちっちゃな非常階段?しばしアラン・ポー然としてると「シロクロちゃーん、お散歩にいっといでー」と、おばァちゃんの声。でぶっちょネコちゃんがバルコニーに顔だして、ニャニャニャーと階段おりてきて、そばによってきてニャーァ。ニャンと猫階段だったのだ。マンションになったって、ネコとおばァちゃんがいるうちゃ、東京都内安全。」このあたりが天才の天才たる由縁であろう。マンションの2階からおりている細い階段を”でぶっちょ”ネコが一匹降りてくる。しかし、場所は名高い御屋敷の町、番町である。まさかそんな階段があるとは思えない。猫のお散歩タイムを外してしまえばただのトマソンで終わってしまっていた。そんな飼い猫の日常に遭遇できるのも、荒木さんだから出来ることなのだろう。

 公園にいる猫を探して撮影しているうちに、荒木さんはホームレスさんがダンボールをひいて寝ているところに行き着いた。大きな公園では見慣れた光景になってしまったが、見ればそばに猫が3匹座っている。当のホームレスご本人は寝っころがりながら新聞を広げていて表情を伺うことができないが、猫は3匹とも荒木さんに眼を飛ばしている。政策の失敗に由来する長い不況の影響は、失政した責任者には全く及ばず、代わりに大量の失業者を生んだ。まだまだホームレスさんは増加傾向にあるという。そんな彼らを応援するかのようにこの3匹は彼のそばにいる。
 表紙の子猫は野良猫だろうか。荒木さんに鋭い視線を送り、キッと睨んでいる。まるで同情を寄せる偽善者を睨みつけているかのようだ。家を持つ飼い猫と持たない野良猫がいるように、人間もまた帰る家を持つ者と持てなくなった者がいる。”野良”猫などと言っていられるのも今のうちかもしれない。いつ我々だって”野良”人間になってしまうかわからない。ならない保証など、このすさんだ現代日本には何処にもないのである。

2000年12月5日記


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