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最初は荒木さんの生家そばにある三ノ輪浄閑寺を訪れる。ここには近くの新吉原の遊女を葬った総霊塔がある。「生まれては苦界 死しては浄閑寺、と詠まれた遊女の投げ込み寺。ここには廓内で死んだ引取り手のない遊女が、二万人ほど「投げ込」まれている。供養塔の台座窓から、おびただしい骨が暗がりに白く散華しているのが見える。 俗に、遊女を「生きた観音様」という。観音はひらく。観音はゆるす。観音はすくう。遊女が客を満足させることを「ぶち殺す」という。女ひとりで千人あまりの男を昇天させる。遊女の赤いふとんの上は天上界で、そこでは現世の約束は通用しない。世間的な体面や地位をはぎとり、一個の肉塊として、なぶり殺しにするのが最高のもてなしだ。殺された翌朝は、まっさらな魂に生まれ変わって、送り出される。そして、死にきれぬ野郎は、永劫の観音詣でにとらわれるのである。」生きた観音にゆるされ、すくわれ、俗世に惑う心を”ぶち殺”されることで、男は再び浮世(憂き世)を生きていくことが出来た。吉原にはそんなからだを張って衆生をみちびく観音が居たのである。百人と寝れば淫売 千人と寝れば観音とはこのことを言うのだろう。杉浦氏の見かけからは想像できない強い文章は、筆者の心をハッとさせた。
その後、一行は浅草へ。浅草寺は押しも押されぬ東京随一の大伽藍を誇っている。そのそばにある観音堂の天井に天女が描かれていたとは知らなかった。二枚描かれた天女は微笑をたたえながら我々を見おろしている。「ちょいとねえさん、そんなとこでオツにすまして、おもしろいかえ。地上(した)では、食って糞して寝て起きて。ソウサ、それだけのこと。でもおもしろいんだな。天上(うえ)のあんたにはわからないだろう。」ほほほと笑いを投げ下ろす天女の様子を見て、杉浦氏はこう書いた。天上界は俗世とは違ってさぞや美しいところなのであろう。死ぬことを昇天するというが、業の深い人間はそのままでは昇天できず、実際には地下に入ることになる。火葬場の煙突から立ち上る煙が気になるのは、あれが死んだ人間の魂を連想させるからではないだろうか。俗世の垢がたっぷりこびりついた肉体は焼かれて骨だけになる。やっと身軽になった魂はそこではじめて昇天できるのだ。
そのあとも、東京にある俗世と来世を行ったり来たりできる場所を荒木さんは案内され、最後は地元豪徳寺の”猫観音”で行脚は終わっている。なぜ豪徳寺に招き猫が多いのか。もともとここは弘徳院といったが、寛永15年(1638年)に井伊家三代目当主直孝がこの寺の前を通りかかったとき、一匹の猫がうずくまりながら手を挙げて招くようなしぐさをしていたという。猫のあとについて寺院内に入ると、突然背後に落雷があり、直孝は命拾いをした。その後直孝はこの寺の名前を現在の豪徳寺と改め、手厚く保護したのだそうだ。このときの猫は住職が飼っていたタマ。思わぬ福を授けてくれたタマは観音の化身に違いないと、住職は猫観音を作ってお祀りしたのが猫寺となる始まりだそうだ。(巻末「ひとくちメモ」より)
俗世と来世は思ったよりも距離は近い。東京の至るところに来世がぽっかりと口を開けている様子が良くわかった。人は生まれた以上、浮世を生き、いつか必ず死んでいく。いや、むしろ永遠の命など与えられたとしたら、それは浮世にずっと留まることを命じられた終身刑のように感じるだろう。年末年始になると繁華街に立ち上がる「永遠の命」と書かれた幟と大きな音で流される神の国に行く方法に誰も耳を傾けないのは、長く生きることが必ずしも幸せとは限らないことを皆本能的に知っているからだ。 人は死ぬからこそ生きていけるのである。 2000年11月21日記 |
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