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東京日和 荒木陽子 荒木経惟
筑摩書房 1993年1月27日発行(荒木陽子命日)
 陽子さんは荒木写真の最高のモデルであると同時にエッセイストでもあった。その片鱗は「わが愛、陽子」の時から充分窺い知る事ができる。「10年目のセンチメンタルな旅」「ノスタルジアの夜」「愛情生活」「酔い痴れて」「愛情旅行」と、写真家荒木経惟のエピソードを書かせたら日本一のストーリーテラーであった。筆者は圧倒的に「愛情旅行」の洒脱な文章が好きである。いや、「愛情生活」も捨てがたい・・・。
 この「東京日和」は思想の科学という雑誌に連載されたエッセイである。東京を天気の良い日に散歩して、そのときに起こった出来事や、心に感じたことを文章にしている。夫である荒木さんと一緒の道行きの記録にもなっており、楽しそうな夫婦の雰囲気が直接伝わってくる。陽子さんの病気のために3回で終わってしまったのだが、読んでみると東京を撮らせたら日本一の荒木さん撮影の写真とマッチして面白く、どうしてもこの続きが読んでみたい、という気持ちになる。

『月島界隈』では、夢の島熱帯植物園へ行き、新木場の駅前でオイナリさんとラーメンのセットを食べたあと、月島へ。下町生まれの荒木さんと陽子さんは失われてしまった幼少時代の風景をこの月島に見つける。『東京ステーション・ギャラリー』では、「ホイットニー美術館展」を見に、東京駅へ。ギャラリー・カフェで、元駅の改札員をしていたカウンター勤務の男性と歓談。作品を見ながら写真を撮りたいと思った荒木さんだったが、許可が下りず、おかんむり。レストラン・ばらでサンドイッチの食事をしたあと、JR高架下沿いに歩いて神田界隈まで。『7月の東京画』では、18回目の結婚記念日(7月7日)に有楽シネマまでヴェンダースの「東京画」を見に行く。この映画は小津安二郎の「東京物語」へのオマージュなのである。感動で「涙腺の抑制は完全にブッちぎれ」て、涙が流れっぱなしになる陽子さん。そのあと懐かしい入谷の朝顔市へ行くも「東京画」が頭から離れず、ハイになれない。荒木さんの提案で我慢して夜の谷中墓地を歩き、谷中銀座に着いた頃には午後8時過ぎ。店は閉まり食事もままならない。くたくたになった陽子さんは「もはや、ケンカ腰」になっていた。タクシーで移動した縁もユカリもない青山のバーでジントニックを飲みながら、何らかかわりをもたないことの気楽さに落ち着く陽子さんなのであった。

 そして、『ヒマワリのぬくもり』という文章がくる。今まで大病をしなかった陽子さんに”子宮筋腫”という病気が襲う。本当は”子宮肉腫”という悪性のガンだったのだが、それは医師から荒木さんにだけ告げられ、陽子さんには知らされなかった。「夫はこんな私を慰める為に、いつも大ぶりなイキイキした花束を抱えてやってきた。一抱えもあるような背の高いヒマワリは見事だった。夫の去った後、鮮やかな黄色の炎のようなヒマワリを見ていると、確かにそこには夫の姿やぬくもりや匂いが感じられ、私はいつまでも見つめ続けていた。人の思いというのは存在する、本当に存在して、疲れた者の身体と心をいやしてくれるんだ、と私はこの時いやというほど感じ入った。涙がボロボロ流れ出してなかなか止まらなかった。」「1時ちょっと過ぎになると、それじゃソロソロ帰るかな、と彼は帰り支度を始める。また明日も来てあげるから、と言いながら彼は私の右手をギュッと握りしめる。それは握手というより、夫の生命力を伝えてもらっているような感じで、私はいつも胸がいっぱいになった。彼の手は大きくて暖かく、治療に疲れて無気力に傾きそうになる私の心を揺さぶってくれた。その時の私にとって、彼の手の暖かさこそが生の拠りどころだったのではないか、と、今しみじみ憶い出す。 退院して3週間たった今、外は木枯らしが吹いているのだが、夫と囲む食卓は明るく愉しい。今夜はカキ鍋にしましょうね!」結局、この文章が陽子さんの最後のものとなった。表紙のヒマワリがまぶしく、哀しい。

 陽子さんが亡くなってからの荒木さんの日記が、活字に直されずそのまま載っている。バルコニーで陽子さんを感じるものをブツ撮りしていく荒木さんの様子がわかる。書いていてすぐ陽子さんを思い出すのか、陽子さんの記述と、楽しかった頃の写真が半分以上を占めている。「湯上りビール 牛肉とピーマンのあまから煮 なす古漬け 冷凍ごはん 遺影のヨーコとふたりっきりで<食事> 鼻のあたま黒くしてチロすっとんで帰ってくる」 日記のさいごには新盆の記述がある。「7/13迎え火」をし、「7/14新盆」を営むも「7/15送り火しない。帰さない。」で終わっている。竹中直人氏は、この本を書店で立ち読みしているうちにはまってしまい、感動で涙が出、本屋を後にする頃には「是非映画にしたい」と決意を固めていたという。その話は現実になり、竹中直人が荒木さん役、中山美穂が陽子さん役の「東京日和」という映画になった。
 筆者はビデオで見たのだが、竹中氏から見た荒木夫妻の姿には、ちょっとしっくりこない、と思った。陽子さんの存在感はあんなにふわふわした頼りないイメージではない。それでも、荒木さんが駅員の役で出演したり、荒木的東京風景が数多く撮影されていて、ファンは楽しめたに違いない。

 巻末にはライカで根岸、根津、谷中の”昔ながら”を撮影した「東京日和」がある。亡き陽子さんに捧げられている。これがきっかけで、荒木さんの写真にモノクロからカラー、カメラはライカを使う、というスタイルが始まる。人生のパートナーにして、写真家人生をともに過ごしてきた陽子さんの死は、荒木経惟という写真家の何かを確実に変えた。

2000年7月18日記

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