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荒木さんの好きな風景、新宿南口は何枚も登場する。「酒處丸山」は、営業中の「札幌ラーメンどさん娘」の二階だが、まだシャッターは下りている。「大衆酒場お染」の店頭にはゲタ履きの女将が佇んでいる。「台湾料理味王」の看板には「明日のスタミナは当店のお料理で・・・」の文字。「サントリーバーピリカ」と「早苗」の店頭には洗濯物が干されていて、「白龍味噌ラーメン」の手書き看板は赤い堤燈で枠取りされている。荒木さんは「一種の存在感ていうか、街を散歩するときに非常に魅力的な、ノスタルジーをそそるものがあるわけ。惚れた女に何回でも会いたくなるのと同じなんだよ。ここんとこに惚れてるわけだな。今でも東口で人に会うとき、南口で降りてここを通ってゆく。それぐらい魅力的なとこだね。午後の二時頃だと、ちょうど看板に陽があたるわけだ。これもみんなベニヤみたいな建築の写真だろう。」荒木さんは特に午後2時のこの場所が好きだと言明している。この”夜の街”は、荒木さんにとって昼間に出会うべき風景なのだ。ヌード個室ボニータの看板も昼下がりの日差しに照らされている。 新宿コマ劇場裏の「50円玉で立飲みの殿堂」、「上野松竹デパート」のポルノ映画看板、新宿「富士銀行」のシャッター越しの”富士”、渋谷「天井桟敷」、湯島の手書き看板地図、湯島の洋品店店頭、玄関先の植栽、サントリービールのびんに差された菊、廃屋に張られたチョウチョの紙、マンホール、食堂の商品サンプル。ごちゃごちゃした街並み、ごちゃごちゃした店頭、ごちゃごちゃした看板。街を歩いていて荒木さんの心に引っかかってきた”ディティール”のあるものたちが収められている。
「夫■もうひとつね、新宿の御苑に向う途中に電信柱がぼんぼんとある。この写真が気に入ってんだ。 筆者が生まれ育った新丸子駅が高架になる前は、木造の田舎然とした駅舎だった。急行が通過しようものならその振動は店を揺さぶった。ガタガタいう音で電話が聞き取れないほどだった事は今でもはっきり覚えている。丁度店の目前には鉄筋コンクリート造りの陸橋があり、東横線の線路を跨いで西口と東口を繋いでいて、幼稚園へ通うため毎日渡った。それが、高校の頃新丸子駅の高架工事がはじまり、陸橋の袂の臭い公衆便所は廃止され、陸橋は地下道に変更となり取り壊し。夕方になると全く開かなくなった踏み切りも徐々に廃止されていった。汚い駅、不便な陸橋と踏み切り、臭い便所。早くなくならないかと思っていた物ほど印象は深い。ディティールが詰まっていたと言うことなのだろうか。 忘れられない人がいるように、忘れられない風景というものは人の数だけ存在する。今見慣れている風景が思い出に変わるのも時間の問題だ。あの頃は良かった、と振り返る人が大抵老人なのは、彼の上に降り積もった”時間”が、彼の中にあったものを全て思い出に変えてしまったためではないだろうか。自分で撮った写真を陽子さんと一緒に語ること、撮るよりも楽しいと言った荒木さんの写真行為もまた、この本の中の思い出となった。 2000年10月24日記 |
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