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写真小説 荒木経惟
集英社 1981年6月25日発行
 「写真小説」という題である。写真なのか、小説なのか、そのどちらでもないのか。普通、小説には起承転結と言われるような形式があり、クライマックスを迎えて終わる。ただし、これはフィクションとしての小説の話。荒木さんは私写真家を標榜するだけに、撮った小説も「私小説」となり、クライマックスを迎えることなく淡々と終わる。
 最初の写真は陽子さん。Gパンにトレーナー姿の陽子さんがソファに腰かけ、ネコの置物を頭の上にのせて笑っている。「最近の私は8時20分に目が覚める。なぜなら、最近妻がラジオ体操を始めたからである。しかしながら起床はしない。あおむけからうつぶせになって、股、あおむけになって、隣の部屋でドンドンヨイショコラショやってる妻の最近やや太り気味の裸体を脳裏に想いうかべながら、ホーケーをむいたりひっぱったりしている。
 愛しあっている夫婦の朝のひとときの情景である。そしてやっと起こされた荒木さんは朝飯を陽子さんと食べ、私事(しごと)へと出かけるのだった。「岩戸栄通りは、写真である。シルクロードより写真なのである。岩戸栄通りとゆーのは、私が居住している豊栄狛江マンションから小田急の喜多見までの道程である。今日も股、日付のはいるミノルタハイマチックSDの自動カメラひっかけて私は817号室をあとにした。」売り物になる写真とは、非日常を撮ったもの、というのが常識だったころ、荒木さんは、自宅から最寄の駅までの道を写し、商店街の一軒一軒にコメントを付す。「いつものようにマンションの裏口から出ると、神戸牛「まつばや」、この岩戸栄通りで一番早く店を開ける勤勉な店、あ、勤勉コゾーが配達に行く、パチ、あのコゾー出世するゾー、きっと店をもつ。「秋元寝装店」、いつも2階のあの窓にうす汚れたシーツの蒲団が干してある、パチ、あの部屋には、きっと田山花袋の孫が、間借りしているのだ。おそば「増田屋」、なぜ日曜日のおそい朝の朝食にカツカレーの出前を頼まなくなったかとゆーと、毛が2本もはいっていたのだ。(陰毛だったら許せたのだが)、以来「栄楽」のカツカレー、レバニラいため、でも懐かしいねェ「増田屋」のウドンコカレー。」以下、10枚にわたって、喜多見までの商店街が、荒木さんに撮られている。いつも通う道程である。喜多見駅につけば、ホームで電車を待つ人をパチ。適当に散らばったバルテュス的な構図。人それぞれ、何を思いながら電車を待っているのだろうか。荒木さんは「プラットフォームは、人生劇場なのである。」とキャプションをつけた。

 富岡多恵子氏と荒木さんの対談が、巻頭と巻末に分けられて載っている。その中で、荒木さんは写真小説についてこう語っている。「アタシはまず、女は小説であるという論で、ただ女が写っている写真を並べればいいって、単純に思っているわけ。」喜多見を後にした荒木さんは、早速私事にとりかかる。街で女のコに声を掛け、ラブホテルに挿入する。そんなプロセスをくりかえしたのか、ラブホテルで撮られた女のコの写真が並ぶ。京子サン21才、奈津子サン20才、慶子サン21才、清美さん18才、久美子サン19才。剃毛され、裸になって荒木さんのカメラの前に立つ彼女たち。たしかにその存在そのものが小説といえるかもしれない。

 場所はラブホテルから荒木さんの恥部屋へ移る。妙子サン28才、涼子サン17才、睦美サン20才、そしてレナさん20才。ハイネケンを片手にレナさんが表紙の写真集「女旅情歌」を抱えてニッコリ。ここで荒木さんの脳裏に2年前のレナさんの姿が浮かぶ。熱海の金城館へ行った時の場面、浴衣姿を撮った場面、一緒に温泉に入った場面。と、思いつくままに場面が変わっていく。レナさんの写真を撮りながら、荒木さんの頭の中にはいろいろな場面がカットバックしては消えていく。そのなかで、ロマンポルノ女優、吉沢由起を撮った時のエピソードが詳しく挿入されている。「「ヤングジャンプ」の広告に、由起を劇写した時なんざ凄かった。最後なんざ大股小股ひらいて、スタッフみんなに、順番に入れてー、と猫なで声で娼笑。いくら酔っぱらっちゃったからって、こりゃー凄いぜ、カンドーテキ、ステキーッ由起ちゃん、みーんな勃起。」その時の写真はスポンサーがNGを出して、掲載はならなかった。
 そして、レナさんの撮影に場面が戻る。荒木さんがレナさんにまたがっての接触写が始まる。連写、連写。バシャバシャと撮るたびにレナさんが喘ぐ。行為の高まったと思われる8ページ目の揺れてブレた写真のあとに、いきなり東京マラソンの様子が挿入される。息も絶え絶えに走るランナーたち。レナさんを接触写しながら、荒木さんの頭の中ではマラソンをしているような感覚があったのだろうか。それとも、これは接触写を中止してSEXに及んだことを”小説”している表現なのだろうか。(対談では”してない”と荒木さんは言っている)最後のランナーが走り去る場面のあと、レナさんが再び現れる。マラソンの場面に移る前の喘ぐ姿はもう写っていない。事後といった雰囲気のけだるい伏目がちな表情が8枚続く。東京マラソンは収容車が走り去り、「退屈なセンチメンタリズムよ」と字幕があるウッディ・アレンの「スターダスト・メモリー」の一場面が写される。(ちなみに荒木さんは、この写真集の中でたびたびウッディ・アラキと名乗っていた。)

 荒木さんの写真は私写真である。いつ何を撮っても荒木さんが持つ”私(わたくし)の視線”というものを感じる。この写真集のなかでは、愛する陽子さんの写真から始まって、駅までの道が事細かく写され、キャプションが付けられている。まず普通のプロ写真家で自分の妻の写真を発表する人は居ないし、シルクロードまで出かけていって写真を撮る人はいても、日常歩いている道を細かく写す写真家はいない。撮らなくてもいいだろうと思われるものを自分の価値観に照らして見逃さない私的な視線。言ってみれば普段着なのである。そして、行きずりの女のコ(という設定)は1枚でも、好きなコ(レナさん、由起さん)の写真は執拗に撮りつづる感覚。男なら誰しも思い当たるだろう。気持ちに逆らっていないこと、相手を思うことが結局は”写真”につながっていくのだ。

 富岡多恵子氏はこう語る。「やはりプロは、大袈裟にいえばアマチュアリズムが大事でしょう。アマチュア性をプロがいつも持っていて、それと玄人の良さというのが拮抗した関係にないと、プロの面白さが出ない。アマチュアだけだと全然面白くないし、またプロだけだとこれはもう職人ですからね、何にも新しいものは出てこない。」至言である。

2000年6月27日記

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