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写真への旅 荒木経惟
朝日ソノラマ 1976年5月25日発行
  昭和50年の一年間に「アサヒカメラ」連載の「荒木経惟の実践写真教室」がこの「写真への旅」としてまとまった。まえがきには次のような文章が載っている。
 「昭和49年7月に、私の母が死んだ。母の死は、私が写真家であることを強く自覚させました。 私は現在、再び写真を撮りはじめました。ファインダーの中の現実、その「私現実」だけは信じられそうな気がしてきました。 写真とは、私現実の複写である、と思っている隣人(ひと)、その現実と深い関係になりたい他人(ひと)、それから美しい女性(ひと)は、新しく始まった「荒木経惟の実践写真教室」を通して、私と関係してみませんか。私は現在、天才です。」*( )内はルビ。

 荒木さんは「センチメンタルな旅」の有名なまえがきですでに私写真家宣言を行っていた。この文章はアサヒカメラというメジャー誌の新連載写真教室の売り文句であるが、よく読めば私写真家としての写真論がここにも盛り込まれていることに気が付くだろう。すなわち、荒木さんにとって写真は「私現実」なのだ、ということである。
 ならば「私現実」とはどういうことだろうか。人間はそれぞれこの現実社会に対して肉体を通じて実際に関わっている。それは例えばこういうことだ。散歩しようと思って家を出るとき、外は現実社会であるからまず自分がどう見られるかを知らず知らずに意識する。それは服装であったり髪型であったりする。道を歩いていてすれ違う人が居るとする。自分が可もなく不可もない格好をしていれば一瞥もせずに相手は通り過ぎるだろう。しかし、もし自分が何も服を着ずにハダカで歩いていれば、相手はすまして通り過ぎる事はしまい。人が二人いればそこには立派な社会が存在し、相手にとってハダカで道を歩くことが反社会的行為であれば、その人によって自分は反社会的人間と認定されるはずである。カメラを持つ荒木さんもまた「なんで関係ないオレを撮るんだ」と反社会的人間に見られた経験を持つ。そういう決して自由ではない現実社会という摩擦の中で自分が関わりを持った、もしくは積極的に関わりを持ちたいと思うコトやモノ、人がある。それらに接触するひとつの手段として写真は存在する。”なぜそれを撮りたいと思ったのか”という問いに対する答えを求めることは、自分と関わった”私的な現実”というものの存在を意識できる絶好の機会になる。

 カメラを持って被写体に向かう。この行為によって能動的に被写体と写真関係になろうとしている自分を発見することが出来る。他の誰も注目していないことでも構わない。自分はこれを撮るんだ!と対象をファインダーに取り込み、フィルムに定着させることで、自分が能動的に選んだ現実と関係が結ばれる。「私現実」へつながる道はこうして撮影者の前に現出する。

 
「雨上がりの肉眼戦」から実践写真教室は始まっている。
 「まず、写真は、面接からはじめなくてはいけない。面接とは、正面勝負であり、眼と眼の戦いである。人間を撮らなくてはいけない。人間とは、街の中の顔であり、現物なのである。相手と自分との関わりであり、それが現実ということなのである。私はそれを、私現実あるいは、死現実と叫んでいる。」ここで、続けて荒木さんは、かくし撮り、ノーファインダーでの撮影を戒める。必ず相手に撮っていると認識させてからシャッターを切ることの重要性を説く。やはり最初の章だけに荒木さんの写真論にも気合が入る。

 「ともかく、相手がこっちを見てない写真は撮るな。にらめっこ写真でなくてはいけない。相手の目線と、こっちの目線とが、ぶつかりあった瞬間、それがシャッターチャンスであり、決定的瞬間なのである。そうですね、アンリ・カルチェ=ブレッソンさん。 (中略)ファインダーをとおすことによって、相手がより見え、自分がはっきりと見えてくる。自分自身がレントゲンされてしまうのだ。写真行為というものは、自分自身をはっきりと見るための作業である。そうかなあ?」 最後の「そうかなあ?」はまともなことを書いたあとの荒木さんの照れだ。相手との関係を写真にすること。そのために目線を外した写真を撮らないこと。そうすることで相手を撮っていながら自分自身がはっきり見えてくること。そしてそれこそが「私現実」へ近づける方法であることが非常に力強い筆致で書き込まれている。

 「恋人たちの舞台装置」はその応用編。私現実への関係性という方向から恋人写真の有効性を論じている。ラルティーグにとってのルネ。荒木さんにとっての陽子さん。そのどちらもすばらしいのは、写真家とモデルの関係性が写真からにじみ出てくるからである。
 「他人の前で、短時間で恋をして撮影するのは、初級には無理なのだ、かなりの修行がいるのだ。だから恋人をつれてこいと言ったのだ。恋しあっていれば、すぐに感情が行き来するのだ。すぐに、ホテルいやふたりの世界にはいりこめるのだ。まったく下手クソで才能もない男でも、恋人の写真だけはいい写真が撮れるはずだ。 恋は写真への初歩であり、人生への初歩でもあるのだ。まず恋をしよう、そしてカメラを買って、フィルムをつめて、野原や林の中で、記念写真を撮ろう。」
 彼女が出来た男がそのコの写真を撮りたいと思うのは自然である。自分がその写真を撮影する事でその関係はますます高まっていく。撮りたいと思った自分を自覚することから被写体との関係性が生まれる。それはまさに立派な私写真足り得るのである。

 「終章 なぜ松島か、風景か」では、この連載のために全国を回ってきた荒木さんにとっての風景論が語られている。 「とにかく、私は、この一年間、人間を撮れ、顔を撮れ、女を撮れ、と口をすっぱくして言い続けてきた。それなのに、いまさら、なぜ風景写真なのか?」 そう書いた荒木さんはなかなか自分にとっての風景写真について語ろうとしない。篠山紀信の「晴れた日」、社会党委員長浅沼稲次郎の刺殺された報道写真は風景写真だ、と例を挙げるにとどまった。
 自分にとっての風景というものがある。それは生まれ育った土地の風景であったり、一生忘れないような思い出を刻まれたときに見た風景であったりする。自分が関わった風景以外は例え美しい風景の写真であったとしても、それは絵に描いた餅と同等のものでしかない、と極論することも出来よう。自分にとっての風景を探すこと。それもまた私現実を探していくことになっていく。
 荒木さんの生家にんべんや履物店の近所が8枚提出される。この写真の撮影者である荒木さん以外の人間(つまり我々)が見てもいい写真に思えるのは、そこに荒木さんと近所の関係性が写りこんでいるからなのである。風景を私現実として探した”写真への旅”の終点は、やはり生まれた土地三ノ輪の下駄の看板だったのだろう。

 「「風景」から「近所」へ。写真の天才アラキは、やはり「東京」へと、進んでいくことになる。実は私は、「東京」は、写真の終点なのだと、確信しているのだ。 「私東京」、それが写真だ。」

2001年1月30日記

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