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■センチメンタルな旅

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センチメンタルな旅
荒木経惟
私家版 1971年発行

 荒木さんの巨大な写真世界を語る上で欠かすことの出来ない写真集がある。それが、実質的な処女写真集にして代表作の「センチメンタルな旅」である。

 1971年7月7日。荒木さんと陽子さんは青学会館で結婚式を挙げた。表紙の写真はそのときのものだろう。ここでは結婚式の様子を描写した写真は一切ないが、「わが愛、陽子」によれば、かなりにぎやかな披露宴だったようだ。お二人の硬い表情が印象深い。
 ページをめくると薄っぺらな青い紙に印刷された「私写真家宣言」といわれる一文が挿入されている。「前略 もう我慢できません」で始まる有名な文章だ。これは当初入れる予定のなかったものだが、当時の紀伊國屋書店の田辺茂一社長に本を置いてもらえるよう頼みに行ったとき、書き入れることを勧められたために急遽左手で書いて差し入れたという。実際に製本の段階で入れられたものではなく、糊で貼り付けて挿入しているだけだ。はがれたのか、入れ損ねたのか、古書市場ではこのページのないものが出るときもある。

 表紙とともに重要なのが、扉をめくった最初の写真である。大騒ぎの披露宴からやっと開放されて、新婚旅行最初の目的地・京都へと向う新幹線の座席にもたれかかり、カメラから目線を外して物憂げな表情をした陽子さんが写っている。新婚旅行をモチーフに夫婦の道行きを描くことで私小説を表現し、「写真」に近づきたいという荒木さんの気持ちがこのカットを最初のものにしたのだろう。いい写真である。
 京都ホテルに一泊し、新婚初夜を過ごした二人は翌日遅く起きて、その日のほとんどの時間を別行動して過ごす。傍らに陽子さんのいない身軽な荒木さんは京都の街を歩き回る。70年代の京都がニコンFに付けられた20mm超広角レンズで撮影されている。よく晴れた日の古い街並みをかすれたようなモノクロ写真で見ていると、見たこともない風景でも何故か懐かしいように感じてしまう。
 その日の夜、二人は大阪港から別府へ向うフェリーに乗り込む。鉄道、タクシーを乗り継ぎ、次の目的地柳川の御花という有名な旅館へと投宿するのである。古い武家屋敷を旅館にしたというこの宿での写真が「センチメンタルな旅」の大半を占めていて、ここでの写真行為が旅行中の印象の重要な部分を占めていることを表わしている

 部屋へ通される前に見た洗面所、部屋の床の間の花と彫刻、座椅子とお茶、とこの間に人の気配はない。能面のような旅館の女将のアップ。他にはお客が誰もいなかったため、人の気配は後退し、モノの存在感が前面に出てくる。非常に静かな部屋にテレビ、扇風機、蚊取りマット、雪洞がコンセントを求めて電源コードの足をまるで生き物のように伸ばしている。割れたリンゴ。
 晴れた空の下、他に誰もいない広大な庭ではしゃぎながら写真行為をする二人。そんな中、20年後に出版される「冬の旅」の写真を荒木さんは偶然にも撮影してしまう。石のベンチと蝶が舞っている花の写真である。陽子さんはぽつんと置かれた石のベンチに腰掛けたり、寝そべったりしているが、この写真を「冬の旅」の中で見ると、石棺と供えられた花という組み合わせに見えてくるのだ。ひと気のない大きな西洋館の階段にかかっている能面。宿のすぐそばまで通っている川下り。など、この宿には異界を思わせる要素が多すぎるくらい存在する。
 その川下りに乗船している途中、あまりにゆっくりとした進み方で眠くなった陽子さんはうとうとしてしまう。茣蓙を敷かれた船の上で、膝を折って横になっている写真である。ゆったりした川の流れに身を任せた安らぎと放心のイメージを表わす一方で、茣蓙に寝かされているため、死者のイメージをも含んでしまう。三途の川をゆっくりと進んでいく船。一度そんな風に写真が見えてしまうと、スッと立つ船頭さんの様子もこの世の人ではないように見えてくる。この場所では何を撮っても異界のイメージを連想させる写真になってしまうのだろうか。

 このあと、「死の世界からの再生のため」と飯沢耕太郎氏が解説する、夫婦の夜の営みが描写される。ほの暗い部屋に蒲団が並べられ、その上で一枚づつ服を脱ぎ捨てていく陽子さんが少し引き気味に写される。服を脱いでいくごとに夫婦は男と女へと還元されていくようだ。荒木さんをくわえる陽子さんの写真のあと、いきなり昼間の柳川の風景が挿入される。飯沢氏は「覗き見趣味的な方向にエスカレートしがちな性的イメージを、いったん別な方向にはぐらかし」てしまうため、と解説を付けているが、筆者はこのとき昼間の情景が荒木さんの頭にふっとよぎったのではないか、と思っている。自分をくわえている陽子さんを撮影しながら、バス停に立つ昼間の陽子さんが頭に浮かんだ、という人間の不可思議な部分をそのまま伝えようとしたのではないだろうか。
 後背位で繋がりながら撮影された写真。そのあとは正常位で絡み合いながら撮影された写真が連続する。全裸で左右に首を振りながら喘ぐ陽子さんの身体には、カメラを構えた荒木さんの影が落ちている。
 行為の終わった後の余韻であろうか、暗い部屋に乱れたシーツと蒲団が描写され、うつぶせに寝る陽子さんの植物的にすらっとした肢体が20mmレンズの遠近感のある画角で撮られたあと、場面は暗転していく。次の日の朝を迎え、洗面所で陽子さんが歯を磨いている。異界の地、柳川ともお別れである。

 服装をよく見ればわかるのだが、庭の写真行為と川下りの場面は時間的に連続していない。川下りは2日目の出来事なのである。「そのまま並べただけ」と荒木さんは言うが、実際には細かいところで時間が逆転している場面があるのだ。意図的に時間を入れ替えたつもりがないとすれば、それは写真集としての見せ方を編集し、意味付けしようとする無意識の意識が働いていることになる。SEXの場面を最後に持ってきたのは、飯沢氏の解説の通り、異界のイメージのままこの写真集を終えることを良しせず、性(生)のイメージで終わらせたいとする荒木さんの無意識な表現の展開があったためなのかもしれない。
 いずれにしろ、そのあとの旅の様子はほとんど描かれないままにこの写真集は終わっている。この旅(結婚生活)はこれからも進行していく、という暗示が含まれているのである。

 この写真集について書かれた当時の評論家の意見は、いい写真集だがSEXの描写がねぇ、という風なものが大勢を占めていたと、あとから陽子さんがくやしそうに語っている。SEXの描写が何だというのだろうか。この意見をおっしゃった方が誰かは知らないが、その方はSEXをなさらないのだろうか。ご自分が両親のSEXによって生まれたということさえ否定されるのだろうか。
 筆者は別に芸術のためなら何をしてもいいとは思ってはいないが、夫婦を語る上で男女の物語としてのSEXは不可欠のものとは思うのだ。描写することでエロ写真と見られてしまう、とタブー視されていたこの”夫婦間の物語”にあえて向っていった荒木さんの表現への決意には圧倒させられた。

 下世話な話だが、「センチメンタルな旅」は、ゼロックス写真帖を除くと1冊の相場として荒木さんの写真集の中では一番高価である。過去に何度か市場に現れて、そのたびに買い札を搾り出すのだが、未だに落札できたことがない。前回がこれくらいだったから、今日はこれだけ入れればいいだろう、と思って書いても落ちないのである。あれよあれよの間に入札する時一大決心を要するまでの相場になってしまった。姿を現すごとにその価値が見直されて上がっているのである。しかし、荒木さんのファンなら一度は所有してみたい写真集ではないだろうか。無論、筆者は入手を諦めるつもりはない。

 そんな思い入れをこの写真集に傾けるのも、筆者が妻帯者であるからかもしれない。
 結婚前、夏休みに一人で京都へ旅行したことがある。クソ暑い真昼間に徒歩で東山を縦断しようと考えた。銀閣寺へ行った後、セミの声を聞きながら哲学の道を歩いて歩いて、清水の産寧坂を登る頃にはへとへとになっていた。その道中、折にふれて頭に浮かんだのは付き合っていた彼女のことだった。銀閣の銀砂を一緒に見ながらゆっくりしたい、とか、清水の舞台から京都の街を二人で眺めたい、などと思った。新婚旅行は京都へ来よう、といつしか気持ちが固まっていた。
 付き合っていた彼女とは無事結婚でき、夫婦として最初の旅行の一泊目は荒木さんと同じ京都になった。桜吹雪の舞う哲学の道を、産寧坂を念願叶って二人で歩く。持参したヘキサーで、LXで写真を撮りまくった。この時間は筆者にとって永遠のものとなった。

 新婚旅行が「センチメンタルな旅」なのではない。荒木さんはこの写真集でそんな”そのまんま”なことを表現しようと思ったわけではない筈だ。一人の女と結婚することに決め、人生という旅を一緒に過ごしていこうと決意した時から、人生は「センチメンタルな旅」へと変わっていくのである。
 最初にこの写真集と出会ったのは筆者が結婚してまだ間のない頃だった。やっぱり天才アラーキーの最初の写真集は高いんだなぁ、くらいの感想しか持たなかったような気がする。しかし、何年かの歳を得て再びこの写真集を手に取ったとき、荒木さんの気持ちが伝わってきたような気がした。男と女とは何か、夫婦とは何か、そして、人生とは何かということが。

 人は見えない明日へと向ってつらい旅をすることを強いられている。人生がその幕を下ろすまで続いていくこの旅は、一人で生きていこうと思わない限り決して苦しいだけのものにはならないはずだ。一人の女と一緒に歩んで行こうと決めたそのときの気持ちを忘れない限りは。

2000年10月31日記


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