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男と女の間には写真機がある 荒木経惟
白夜書房 1978年1月1日発行
 「レンズは男根である。フィルムは再生処女膜である。」帯書きにもあるこの言葉は、表題作「男と女の間には写真機がある」の決めのセリフだ。この本は、「WORK SHOP」「面白半分」「現代詩手帖」「ガロ」などに発表された荒木さんの文章と写真がまとめられたものである。
 シルクハットに黒眼鏡とハの字髭。いかにも胡散臭いルックスのおじさんがどこぞの旅館で暗い顔をした女と冷や酒を飲んでいる写真が表紙である。赤い地の帯書きにはただならぬ単語が並び、荒木経惟の文字。誰が見てもあやしい。様子が分からない人であれば、こんな感想を持つのが普通ではないだろうか。
 しかし、そのルックスは照れ隠しのためではないか、と筆者は考える。あまりに真面目に見える男が真面目な事を話しても、誰も見向きもしない。その一方で見かけの変なヤツが妙に的を射た言葉を吐くと、皆ハッとする。中を見ればわかるのだが、その内容はいたって哲学的なのだ。アプローチの仕方が正攻法でないだけだ。読者は油断して読もうとすると全く太刀打ちできない事態に陥るのである。

 『母の死』では荒木さんのお母さんが亡くなったときの情景が語られる。「母は「ウッ」と呻くと、そのままであった。(中略)母は死んだのだ。私は、死んでしまったのに、まだ暖かい母の胸に、手を置いた。私の冷たい手を、よけようともしない。私はみんなに気づかれないように、乳首に触れてみた。私はざわめいた。そして、私は泣いた。」 喪主となった荒木さんは、葬式の段取りをつけた後、お母さんの遺影を作成する。その写真は、お母さんのアルバム帖から撮る事にした。そのページには、「父の写真、父の死後二年もたたないうちに死んでしまった長男である兄の娘の微笑の写真、末っ子である妹の花嫁姿の写真、その結婚式に私が撮影した母のポラロイド写真」の4枚が無造作に貼ってある。この肖像、編集、レイアウトはどの写真集もかなわない、と荒木さんは語る。 「アサヒペンタックス6x7に接写リング全部つけての複写作業は、母との時空世界であった。ボケの中から現われる母は、またすぐにボケの中に消える。そしてまた現われる。その時空は、ビデオをも、映画をも、そして写真をも超えていた。私は、母と時空世界にいた。」 葬式の当日、荒木さんはカメラを持っていこうかどうしようかとトイレの中で迷う。が、喪主であることを理由に写真を撮るのはやめようと決心してトイレから出る。しかし、式の最中、花に埋められたお母さんの安らかな顔や、霊柩車の後について車から見る街を見ながら、カメラを持ってこなかったことに後悔する。「あまりにもわずかの骨になって熱風とともに出てきた母を見て、私は、またまたカメラを持っていないことを悔やんだ。」撮りたいという気持ちに写真家としての”打算”が混ざっていないか、と自分を疑う荒木さん。しかし、お母さんとの最後の別れである。写真家でなくても何かに残しておきたいという気持ちになるのは不自然ではない。「私は、写真が撮りたかった。打算で、写真が撮りたかったのだ。母の死は、卑小な写真家である私を、批評し、糧となった。」 終始センチメンタルな筆致で綴られたこの文章には「あるいは家庭写真術入門」という副題が付いている。


 『必見!「七年目の本気」』には、陽子さんがロッキングチェアーに座ってビールを飲んでいる写真がある。これがなんともくつろいだいい笑顔なのだ。荒木さんは「写真を超えてしまっている」と照れない。
そのまま銀座のニコンサロンで開かれた「わが愛、陽子」展の様子が紹介される。その冒頭には、荒木さんの手書きでこう記されている。「「わが愛、陽子」をプリントしているうちに、私は写真の中の陽子と深い恋愛関係におちこんでしまった。そんな、私に、実物の陽子は気がつかないはずはなく、嫉妬している。 陽子と出会って、もう8年にもなる。初めて2人で観た映画は「ボニー&クライド」、そして食事、恋、そして旅、結婚、生活、その間に、私は陽子を撮った。 それは、私の陽子への愛であった。  この写真展を 父、そして母に捧げる。1976年春、 荒木経惟」 この紙の直下には亡くなったときの両親の写真が貼ってある。隣には電通での初めての出会いとして「わが愛、陽子」の冒頭にあった文書室での集合写真がある。等身大に伸ばされた「遊女お陽」も目を惹くが、大小すごい数の陽子さんの写真が壁面にずらりと張られている。この写真展が開かれたのは昭和51年4月20日から25日。たった一週間である。もしネガが残っているのなら、是非また開催してもらいたいと思う。

 荒木さんの写真世界で重要な位置を占めるのは、実に身近な存在であることが多い。両親と恋人。それは、荒木さんの写真が人生とイコールであるから出た結果である。個人的感情をむしろ大事にしていく姿勢。それが私写真へとつながる第一歩になる。

2000年8月8日記

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