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◆おー日本 荒木経惟
幹出版 1971年6月25日発行
 現代を代表する写真家、荒木経惟氏にも最初の一歩がある。昭和39年に「さっちん」で第一回太陽賞を受賞し、昭和45年に「シュールセンチメンタリズム宣言2 カルメン・マリーの真相」という写真展を櫟画廊にて開催。大股開きの女陰写真をB全パネルに伸ばして展示した。

 刊本としては、電通勤務時代に会社のゼロックス(コピー機)を勝手に使って作ったゼロックス写真帖全25冊があり、著名人に”勝手に”送りつけた。この黒羅紗紙に赤い糸で和綴じされた写真帖25冊は、もはや伝説的な存在になっている。
 そして、最初に刊行された写真集は、この「おー日本」である。”実質的な処女作”と称され、代表作である「センチメンタルな旅」よりも先に出版されているにもかかわらず、ほどんど無視された存在になっている。なぜあまり評価されないのだろうか。

最初から最後まで、スタジオ(おそらく電通の)での女性二人のヌード写真が撮影されている。二人で絡みあい、乳首を舐めあったりしているところを、荒木さんは超広角レンズ(おそらくトプコンREスーパーに25mmレンズ)で接写し、デフォルメさせる。女陰を隠す手や、片側からライティングして不気味に浮かび上がった口(というか歯)をやはり広角レンズで歪めた上で接写する。”美しい”などという言葉とは全く無縁の女性という絵が次々と提示されていく。

 当時は女陰はもちろん、陰毛も描写することが出来なかったため、それを逆手にとって女陰部分を白丸で抜き、「検」「閲」と書き入れたり、絡み合った部分を切り抜いてコラージュしたりしている。この写真集では、昔から積み上げられてきた「どう撮影したら女性を美しく撮れるか」というテーマを根底から否定し、むしろ「どう撮影したら女性は女性という薄皮を脱いで”人間”として写るか」が追求されているような気がする。

 美しくなければ撮影するに足らないのか。女性は美しくなければいけないのか。この二つの呪縛からの開放がこの写真集のメインテーマと言えそうだ。

 二人が絡みあうそばに、毛むくじゃらの足が写り込み始める。遠慮がちに二人の傍らにいたその足は、次第に図々しく絡んでいる二人を跨いだり、座って足を開いた女陰に突っ込んだりし始める。寝っ転がった女性の局部を這い、乳房を、乳首を触りまくる毛むくじゃらの左手。これは撮影者である荒木さんのものに間違いない。モデルを二人とも全編にわたってヌードにした以上、撮影者も素っ裸だったのではないか、というのは筆者の想像だ。ほかに誰もいないスタジオで、女二人、カメラを持った男一人が全裸で撮影に没頭している姿が現実にあったならば、それはかなりキワドイ写真行為だ。 

 たまたまなのだが、この「おー日本」の宣伝葉書が本に挟まっていた。当時の7円葉書だが、荒木さんの署名はない。
 「私にとって写真(リアリズム)とは演技し演技させ、それを複写することでしかない。これは、1970年から71年にかけての日本の虚構(ドキュメンタリー)であり、私の写真論(リアリズム)の序章でもある。」 と、かなり難しいことが書き連ねてある。 荒木さんが当時持っていた写真論を具象化したのが、この「おー日本」であったようだ。

 宣伝葉書に「藤圭子さん、ご婚約おめでとう。」と書いた内田栄一氏が、巻末に全裸で登場し、この写真集の解説を書いている。
 『「写真なんていいかげんなもんだから」これは彼の口ぐせのような言葉だけど、まさにその意味、そう云わざるを得ない荒木経惟の<生理>は、”にもかかわらず”所有している彼の中の写真の位置、彼がどのように写真を捉えているかを如実にうつし出している。つまり「いいかげんなもんだから」と云った場合、それはいままでの写真や、写真を含めての<芸術>が持っている形式的なもの、いわば<神話>をにくみ、撃つことを意味している。』70年代特有のわかりにくい表現だが、要は荒木さんは写真を”いいかげんなもん”として読者に提示することで、「こう読んでくれ」というような芸術作品にありがちな”強制”をしないという決意をした、というのである。本当の芸術は人に強制しない筈であり、逆に万人が認める芸術といわれるものの価値は、実は誰かからの借り物ではないかと暴こうとしているのだ。

 戦前、戦後を通じてずっと続いてきた価値観が大きく揺れた60年代から70年代。大学はロックアウトで授業もなく、ただただ既成の概念や価値観を破壊する行為が延々と続けられた。そんな時代に、荒木さんは美しくない女性のヌードを並べたこの写真集で当時の総括をしようとしたのかもしれない。

 奥付に、大股開き写真のちょうど女陰部分に自分の自写像をレイアウトし、「写真芸術家」と肩書きを書く、若き日の荒木さん。裏表紙には「われわれへの決意・・・われわれの解決」と刻まれている。荒木写真の評論の大家である飯沢耕太郎氏までも、この写真集の評論を意識的に避けてしまった。それほど理解しがたい存在なのだろうか。我々は荒木さんの”決意”を受け止めるだけの”解決”を現代に至ってもまだ見出せていないようである。

2000年10月3日記

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