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美登利 荒木経惟
単騎社 1982年2月10日発行
 樋口一葉作、『たけくらべ』。この物語の主人公の名は美登利という。
 『たけくらべ』の中の美登利は吉原の花魁大巻の妹で、自分もいつかは遊女となる身の上だ。
 横町の少年たちの勢力争い。頭(かしら)の子長吉と金貸しの息子正太。長吉は寺の息子信如を味方に引き入れ、祭りの夜に正太たちのいる筆屋に乗り込んだ。正太は不在。代わりに三五郎が痛めつけられる。美登利はそのとき長吉の後ろに信如の存在があることを知る。
 多感な少女時代。転んだ信如にハンカチを差し出したところを悪童にからかわれ、切れた下駄の鼻緒を直そうと表に出ながら信如とわかると出来なかったり。対立する相手の仲間にいる信如に対し次第に恋心を抱く美登利。時が来て、信如は僧侶の修行のために出家する。美登利は島田髷に髪を結い、仲の良かった正太を追い返す。少女から大人へ。時は過ぎた。
 『たけくらべ』は早逝した樋口一葉畢生の傑作と云われている。

 

 荒木経惟写真集『美登利』の中で描かれる美登利。彼女は後に出された新版『美登利』の中で書かれている通り、吉原の風俗店で働く女性である。 
 「写真集 美登利  荒木経惟が一人の女性を写した。 ワイセツをご期待の向きはご遠慮ください。」発売されたとき、表にこう書かれた封筒に収められていた。中が見えない荒木経惟写真集でヌードが出てこないことに対して読者が不満を持つのではないか、と出版社側が(勝手に)心配したためらしい。
 この写真集は荒木さんがいわゆる風俗嬢をモデルに撮影しながらヌード写真が一切出てこない。目が大きくて特徴的な彼女。ワンピースに上着を羽織り、公園で佇んでいるカットや、自宅と思われる部屋でくつろぐ姿が荒木さんによって撮影されている。畳敷きの部屋にカーペットを敷き、ソファにロッキングチェアー。サイドボードには洋酒がズラリと並び、TVにビデオデッキとステレオセット。なかなか洒落た暮らしぶりのようだ。

 「樋口一葉の『たけくらべ』の主人公がソープ嬢になったという設定で、でもわざと脱がさないでやったんだよね。出てるよ、人生が。」これは全集第1巻のコメンタリーで荒木さんが美登利の写真に付けた言葉だ。細面ての彼女が荒木さんのカメラをキッとした目で見詰めている表情にはハッとさせる迫力がある。その一方で、ロッキングチェアーやソファに身を任せながら少し節目がちに目線をはずした写真はある種の雰囲気を感じさせる。

 「たけくらべ」の美登利は少女から大人になるとき初恋に別れを告げた。彼女にとって大人になるということは先に花魁となっていた姉と同じように吉原で客をとるということだ。荒木さんの撮影した美登利もそういう経験をしたのだろうか。写真集の最後に吉原の風俗店の立ち並ぶ大通りを昼間歩く彼女の後姿が捉えられている。

 少し寂しげな、憂いのある表情が多かった彼女。最後のカットでは、なめネコのポスターが貼られた部屋の引き戸をバックに少女のような少しはにかんだ笑顔の彼女の姿があった。

2004年1月1日記

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