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■ラヴ・ユー・トーキョー

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ラヴ・ユー・トーキョー
荒木経惟 桑原甲子雄
世田谷美術館 1993年7月17日〜9月5日

 これは、東京を写し続ける二人の写真家の作品を集めた写真展の図録である。しかし、視点の全く違う二人によって描き出された東京の姿は、こうして一冊にまとめられ、俯瞰してみると、お互いがお互いを刺激しあって輝きを増していくようだ。これは立派に荒木経惟と桑原甲子雄のコラボレーション写真集になっているのである。表紙の荒木さんのはにかんだ笑顔は素敵で、ついそのまま表紙をめくって中を見る。そのままページを繰っていくと荒木さんの東京写真が顔を出す。キリッとした表情の桑原氏の肩からはニッコールの35mmレンズが装着されたバルナック型ライカが下がっており、かっこいいなぁ、とページを繰ると桑原氏の撮った東京が姿を現す。この構成、レイアウトも凝っていて楽しめる。

 荒木さん、桑原氏のそれぞれの東京を捉えた作品が編年で並べられている。荒木サイドの出典は次のとおり。

「さっちんとマー坊」(1963)、「中年女(おんな)」(1965)、「地下鉄」(1966)、「動物園」(1966)、「銀座」(1967)、「中年女(おんな)たち」(1965)、「女囚たち」(1965)、「七五三」(1964〜66)、「東京は、秋」(1972)、「終戦後・私東京」(1972〜73)、「東京ラッキーホール」(1983〜85)、「東京物語」(1988)、「TOKYO NUDE」(1988)、「冬へ」(1990)、「冬の旅」図録掲載なし(1990)、「空景」VTR図録掲載なし(1990)、「色景」(1991)、「東京日和」(1992) 以上。

 時代を感じる。荒木さんは当初、夢中だったイタリア映画に感化され、人物写真を中心に撮影していた。この出典の中でも、さっちんから七五三までは人物写真が中心である。それも、スクラップブックに大伸ばしされた写真が張り込んである形式のもので、実際にこの時期の作品は写真集としてまとまっていない(さっちんは別)。ほとんどが一部限りのオリジナルがあるだけだ。写っている写真は地下鉄の光景や、銀座に出てきた人たちのごく普通の姿を写したものなのだが、スクラップ帖に張り込まれた写真とは思えない現実感が飛び出してくるような迫力を感じる。うまいへたを言えば、きっとそんなにうまい写真という評価を得られないと思うが、一人の被写体の表情を大きく写すこの迫力には恐れ入る。うまいへたというレベルを超えている写真がここにある。「女囚たち」は丸ビルの全体の絵に写ったたくさんの窓に若い女性の顔写真をひとつひとつコラージュしたもので、この発想もさることながら、出来上がった絵の不気味な存在感は恐ろしいほどだ。

 人物写真に執着していた荒木さんは、「東京は、秋」から街へ視点を転じる。ちょうどこの頃、荒木さんは電通をやめ、その退職金でアサヒペンタックス6x7を購入している。そのためか「東京は、秋」は6x7で撮影されている。写真の質感というのは大きく作用するもので、ここに写っている銀座三越や新宿南口ボニータ、上野公園の姿は、1972年当時のものとは思えないリアルさで見る者につかみかかる。今その光景が存在しないことが俄かに信じられないように思える。

 桑原氏と荒木さんの関係は長い。写真雑誌の編集長と評論活動を中心にしていた桑原氏が「カメラ芸術」誌の編集長を務めていた昭和39年、桑原氏は16ページのグラビア特集として荒木さんの「マー坊」を掲載した。その年の夏に「さっちん」で第一回太陽賞を受賞するわけだから、実力が公のものとなる前に、桑原氏は荒木さんの実力をその眼力で見出していたことになる。

 桑原氏の最初の写真集は、「東京昭和十一年」であるが、その写真集出版には荒木さんが大きくかかわっている。ある日、桑原氏が戦前に写した東京のネガの束を荒木さんに見せたところ、その内容を知った荒木さんはネガを預かり、自分の暗室でコンタクトプリントを製作。それがきっかけで、桑原氏の初の個展が開かれ、その成功をみたうえで昭和48年に晶文社から発売された。 

 解説の高橋直裕氏はこう語る。「若手新人カメラマンと中年の編集者とのコンビ、と言ってしまえばどこにでもよくあるような組み合わせにしか見えないが、この二人に関して決定的に違ったのは、お互いに対する強い共感と羨望があったということではないだろうか。つまり双方欠けていると自覚している部分を相手のなかに直感的に見出していたのである。」桑原氏は淡々とした視線を東京に投げかける。飯沢耕太郎氏は「通過者の視線」と評した。その撮影スタイルは東京を撮り始めた頃と何ら変わらないように感じる。桑原氏の目の前には東京がいつもあり、ただ時間だけが過ぎていった、といった趣なのだ。誰からの影響も受けない一貫した視点が桑原氏の写真にはある。この世界観のなかでは、東京がゆったりとしながらも確実に変化していった様子が見てとれる。荒木さんの「東京は、秋」のころの視点には、桑原氏の視線が見え隠れする。実際に桑原氏の撮影スタイルに影響を受けたとも思える。ただし荒木さんは通過者ではなく、じっくりと東京と対峙した。ペンタックス6x7を撮影に使用したことからもそのことはわかる。

  三河島で出会った少年たちを彼らの視線で撮影したり、街で出会った女性を片っ端から撮影して回る若き日の荒木さん。そんな東京とのかかわり方に桑原氏は荒木さんの才能を感じ、そしてまた、自分にはないエネルギーを感じたに違いない。互いに影響されながらも独自の東京感を持ち、撮影をつづけている二人の写真家を紹介した良い企画展であった。

2000年6月6日記


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