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しかし、荒木さんには思いもかけない運命が待っていた。この見慣れた大好きな空をいつも一緒に眺めていた陽子さんが、子宮肉腫という病気によって他界してしまったのである。天気が良くても悪くても、それを一緒に喜んでくれる、文句を言ってくれる人がそばにいれば、その日もまたイイ日のうちに暮れていくはずだった。それが日常であり、大切な帰るべき場所だったのだ。なのに、その相手がいなくなってしまったのである。日常を失ってしまったショックと哀しみをわかるはずもない空は、荒木さんの気持ちとは関係なくいつもと変わらない表情しか見せない。そんな薄情な空が憎くなったのだろうか、荒木さんは写した空の写真にカラーインクで着彩してしまった。
「妻が逝って、部屋の中から空ばかり写していたわけではない。 部屋からバルコニーに出て、バルコニーから、空、風、光、となりの柿の木とか、テラスにからみついた蔦とか、バルコニーの隅の忘れてたモノとか、バルコニーを写場に、ヨーコの好きだったグラスにビールをついでその光と影とか、枯れてゆく花とか、小鳥がつついたりんごとか、ヤモリのみいらとか、ヨーコと私のジョギングシューズを並べて写したりしていた、チロと。 A 」 これは第二分冊「近景」がデジャヴ4号に発表された時、冒頭に掲げられた文章である。
すべて自宅とバルコニーで撮影された写真である。雨上がりのバルコニーを覗き込むようなカットで始まる。絡み合う飛行機雲、雲間の青空、チロ、陽子さんの遺影。バルコニーにある陽子さんを感じられるモノに対して、写真家荒木経惟としては珍しいブツ撮りの手法で撮影を試みる。朽ちた白テーブルに、ヤモリのみいら、割れたリンゴ、枯れた花を活けた花瓶。静寂な時間を陽子さんを感じる被写体とともに過ごす荒木さんが写っている。
「空景」があまりにも荒木さんの心象風景をストレートに表現した作品で、詩人の吉増剛造氏が詩を寄せることが精一杯だったのに対し、この「近景」ではアルトゥーロ・シルヴァ氏、飯沢耕太郎氏がコメントを附している。
「LAMENTS」(悲嘆)と題されたこの作品の最後は、雨上がりにも見えるトーンの豊かな空の写真で終わっている。解説のシルヴァ氏は「荒木のもっとも深みのある写真」と述べ、「荒木のこの一年を、その喪失感を、さらにこの写真集のすべてを見事にまとめあげる」と絶賛している。 2000年9月19日記 |
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