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「東京物語」では6x7カメラを使って横位置で捉えた東京を、今度は同じ6x7カメラ使用の上、縦位置で捉えたのが、この「冬へ」としてまとまった。巻末の”ダイアローグ”では、合田佐和子氏と荒木さんがこの写真集を一点一点見ながらコメントを付けている。
表紙の写真は、本文の最初にも出てくる。「これ、私の幸福論。どこだったっけなァ、東京アッジェしてたら、この少年と少女が路地を歩いてきたんだよネ。」彼ら二人の表情が素晴らしい。これだけでもこの街がまだ元気であることが伝わってくる。傘にサッカーボール。仔猫に買い物袋。植栽に風呂屋の煙突。いくらでもありそうでいてなかなか出会うことが出来なくなってしまった光景だ。 そんな殺伐とした東京の中でも、生きていかなければならない。マンホールの脇からは雑草が花を咲かせる。湯船に入っている荒木さんの”恋人”、コックの青年が二人で一服、新宿御苑そばのタバコ屋のおばちゃん、早稲田の服屋のおじさん。スカートをめくられたマネキンまでみなイイ笑顔で写っている。表紙の写真もそうだが、これだけいい表情を撮るには何か秘密があるのではないか?と思うところだが、荒木さんは「照れずに撮る」と良いと語っている。荒木さんが写っている人に負けない笑顔の持ち主なのだろう。撮る人と撮られる人の心が呼応し合い、写真を高めている。 この写真集では見開きページの対比で見せる、という表現が各所にちりばめられている。公衆電話の風俗チラシにエロマンガ。墓に新宿高層ビル街(高層ビルが墓石に見える)。黒いコンドームをくわえる女と街頭の”コンドーム”。そして、「TOKYO NUDE」でも試みられた、都市景観とヌードの対比。直線的な造形の多い都市景観の中で、曲線を探す荒木さん。新橋のガード下、屋上の配管、パイプ、コンテナの取っ手。その曲線は女性の曲線と一緒に並べることで、東京に生命感が溢れてくる。荒木さんにとって、東京とヌードは近い存在なのだ。 最後に近くなって、新宿で、代々木公園で、銀座で、新大久保で、浅草で、渋谷で、公園で、写っている人がブレ始める。風景はそのままに人の姿だけが被写体ブレを起こしている。合田氏は「この一瞬あとにはフッと消滅しちゃいましたみたいな感じがするのね。」と語る。確かにそのとおり。「東京の街のドキュメンタリーに自分の気持ちを写し込んでるんだよネ。季節が冬へ向かうってーことは、私と妻にとっては死へ向かってることなわけ。冬イコール死だったんだよ。で、東京の街ももしかしたら冬へ向かってんじゃないか、なんかこう、どんどん人間性がなくなっていくっつーか、人が消えていくようなネ、そんな思いが強くなってきてさ。」この頃、陽子さんは死への旅を始めていた。陽子さんという存在が死ということによって消える、その予感がこの表現を生んだ。 荒木さんの故郷東京。その大好きな東京から街が消え、人が消え、愛する人が消えていく。自分を取り巻く愛すべき環境が少しづつ消えていくことは、誰だって本能的に怖い。解説の伊藤俊治氏は「誰もがみな死者たちの列に加わることを、死へ向かう列車にのっていることを「冬へ」はある官能のうねりのようなものとともに知らせてくれる。」と書いた。 東京ばかりが例外ではない。自分たちの住む街も、人も、愛する人も、そして自分さえも、いつか必ず消えていく運命を背負っているのである。 2000年5月23日記 |
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